名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第三章 伊勢の戦国大名

第九十四 密使

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 俺は早速本田様から話を聞くべく玄奘様と一緒に寺の奥にある部屋に入った。
 本多様からもたらされた情報は俺の予想通り北畠に関するものだった。
 北畠陣営に何かしらの動きはあろうとは思っていたが、どうせ大したことができないとタカをくくっていたのだが、本多様からもたらされた情報は俺の予想をはるかに超え無視できない内容だった。

 なんでも幕府と公家に一部が絡んだ少々厄介な物になってきているとのことだった。
 もう少し詳しく知りたかったので本多様に詳細の報告を求めたら本多様は丁寧に教えてくれた。
 なんでも松永様が密使との面会に際して本多様も同席していたので、一部始終を教えてくれた。

 彼が語るには、今から遡ること1ヶ月前のことで、当然場所は大和にある松永様の居城の一室である。

「殿、城の前に幕府と朝廷からの使いというものが訪ねてきております。」

「何、俺は朝廷や幕府から何か言ってくるとは聞いていないが、何かあったのかな。
 ま~いいわ、会えばわかる。
 直ぐにお通ししろ。
 して、使いというのは勅使か上使か。」

「いえ、ただの密使とのことだそうです。」

 密使とな。
 どういうことだ。
 正式な使いじゃなさそうだな。

 そもそも京は俺が抑えているから、動きがあれば俺のところに最初の情報が入るはずだが、何も聞いていないとなると影で何やら怪しげなことでも動いているか。

「殿、大広間にお使いの者を通しました。」

「相分かった。
 今行く。
 お~~~い、本多はおるか。」

「ハイ、ここにおります。」

 大声で呼ばれた本多正信は殿の前まで行き、指示を待った。

「広間で京よりの密使が来ているそうだ。
 今から会うぞ。
 付いて参れ。」 と言われ、松永弾正は広間に向かった。

 すぐ後ろを本多正信もついていった。
 広間では京よりの密使が下座に控えて座っていた。
 弾正が部屋に入るなり密使に二人に向かって大声で声をかけた。

「勅使の方を下座に座らせるなど大変失礼をしました。
 田舎者ゆえお許し下さい。
 さ、さ、上座にお移りくだされ。」

「いや、我ら確かに帝より密命を持ってきてはおるのだが、勅使ではありませぬ。
 なので、このままでお許しくだされ。」

「え、勅使殿ではござらぬのか。
 幕府からお使いが来ていると聞いたのだが。」

「それがしが将軍様より、権大納言殿の副使を仰せつかっただけで上使ではござらんので、それがしもそのままで。」

「帝や将軍様からの使いが勅使や上使ではないとは、どういうことか理解に苦しみますが、これは一体どうなっておるのですか。」

 松永弾正は完全に分かってやっているのだが、部屋の入り口付近で立ち話のように座る席次についてかなりしつこく使いの者たちをからかっていた。
 使いの者には焦りが見え始めてやっと上座に弾正が座り会談が始まった。
 本多正信は部屋の隅で控え立会人のような位置づけで会談を見守った。

 密使の二人共かなり焦らされたのか余裕を無くした様子で密命を伝えてきた。

「帝が悪党の所業をかなり気にしており、参内した将軍に対して直ちに伊勢の地の騒乱を収めよとの仰せだ。」

 かなりもったいぶった言い回しだが、焦りがあるのかこのあとの言葉もすぐに続けた。

「上様も帝のお気持ちを察し、直ちに悪党九鬼嘉隆の討伐を決意し、北畠具教を総大将に神戸を先方とした討伐軍を起こすとの仰せだ。
 そこで貴殿にも討伐軍に加わり後詰をとの命を出された。」

 ふたりの密使はありえないことを言い出した。
 早い話が九鬼嘉隆を攻めるのに軍が足りずに協力を帝と将軍の名前を使って要請してきただけだ。

 そもそも今の帝にそんなことを将軍に命じることなどできないし、将軍にしたって現状は三好三人衆との権力闘争で5月に第13代将軍が永禄の変で殺され、代わりに三好三人衆によって傀儡将軍が立てられたばかりだ。
 三好家の代官でもある松永弾正が知らずにこのような命令が発せられる訳はありえないのだ。

 いつの時代も周りの見えない連中はいるもので、この時の松永弾正は旧幕府よりの北畠にとって敵側に近い存在でその北畠の軍に加わるはずはないのだが、伊勢を攻められる軍を集めるので必死な北畠陣営の連中はそんな些細なことには構っていられない状況だった。

「弾正殿、何も上様はただ働きを命じているわけではない。
 貴殿に大和の守護を命じるともおっしゃっておられる。」

「それと同時に帝も働きに応じて、貴殿を権少納言にともおっしゃっておられるので、すぐに軍を出して合流して欲しい。」

 密使は役職をやるから軍を出せと言ってはいるが、彼らは役職以外には出せるものがないとも言えた。
 それでいて戦の成果だけはしっかり持っていこうとしているのだ。

 50年前であればそれだけでも十分に魅力的ではあっただろうが、将軍すら邪魔なら消される時代にあっては役職等あれば使える程度しか価値はない。
 現に侍として最高位である将軍すら5月に政変で命を落としているのだから弾正には全くと言って魅力がない。

 それに松永弾正は、九鬼勢力とは同盟関係にはないが、九鬼勢力の実質的なオーナーである空とは秘密同盟が結ばれているのだから攻めるつもりなどサラサラない。
 そこで弾正は大げさに大声で城に詰めている皆に聞こえるように応えた。

「帝や将軍様からの命には応じないわけにはいきませんな。
 それに権少納言への陞爵や守護職の拝命は大変光栄なことです。
 これは早速京にあがりお礼言上を述べた上で軍を出しましょう。」

「いやいや、弾正殿。
 京に上がりお礼言上など必要はありません。」

「弾正殿、密命ですので目立つことはお控えくだされ。」

 密使の二人は慌てて弾正殿を説得にあたった。 
 当たり前である、何しろ空約束の上、密かに軍を動かそうとしているのにそれを大々的に公表しようとしているのだから慌てるのもわかる。
 しかし、そんなことにはお構いなく弾正は話を続ける。

「しかし、それがしは三好家の代官に過ぎぬ身であります、まず三好家にお伺いを立てて後、許しを得たら早速京に登ります。
 それからでも返答はよろしいか。」

 ますますことを公にして大げさにしていく弾正のこの返答には密使の二人もかなり困っていたが、更に弾正は話を続けた。

「しかしわからないのが、何ゆえの討伐なのですか。」

 この質問に密使は正義が我々にあるかのように答えてきた。

「悪党の九鬼嘉隆は、こともあろうに志摩の地を理由もなく襲い我がものにしたばかりか、伊勢の地も不当に占領しておる。
 伊勢の国主である大納言から悪党討伐の要請が出され、朝廷も幕府もこれを了承したものだ。」

 この答えを聞いて弾正はえらく感心したことがあった。 
 空が伊勢攻略前にえらくめんどくさい工作をしきりにしていたことが功を奏し、北畠陣営が幕府や朝廷を使って表立って討伐軍が出せなくなっている。
 なので影でこっそり動いて伊勢を攻略して既成事実で誤魔化すしか北畠陣営にはできなくなっているのだ。

 全くガキのくせしてやることがえげつない。
 俺でもここまではやらないと弾正は思った。

「密使殿。
 私が聞いたとことは情報が異なるのですが。」

「弾正殿。
 聞いたこととは。」

「九鬼嘉隆殿とは出入り商人を通してやりとりがあり、幕府や朝廷に対して今治安を維持している伊勢の地を本来の領主に返したいので、力を貸して欲しいとお願いされたばかりなのですよ。
 戦などせずに借りた銭や兵糧を返せば良いのではないですか。」

「それこそが、悪党の言い草だ。
 銭などを返せば領地を返すと言いながら一向に返そうとはしていない。」

「それも聞いていたのとは違います。
 九鬼陣営からは大納言が一向に返事をくれないと困っており、そこでワシに泣きついてきたのだから。
 彼らも幕府や朝廷には再三にわたってお願いの文書も出されているとも聞いております。」

「借金を返すように大納言に働きかけをお願いする文書はもらっている。
 借金を返すためにも領地経営をせずには返せないのが道理、彼らは占領地を返すつもりなどない。」

 全くもってそのとうりなのだが、そこはいやらしい空のとこだからきちんと言い訳も用意されていた。

「確かにその通りですが、彼らは治安が悪化した地に入った時にはその地を治めているはずの領主が一人もいなく、しょうがなく軍を入れていると聞いております。
 治安が悪化した領地から逃げ出すような領主など信じられるはずもなく、確実に借金を返してもらえなければ領地を返せるはずがないと聞いております。」

「そこが彼らの計略なのだ。
 返せるはずのないことを言い募って既成事実を作っているのだ。」

「しかし、彼らは、今まで年貢を半分以上もとっていたはずだから大納言様が蓄えているはずの富をほんの少し出すだけで済むはずだとも言っております。
 仮に、信じられないことなのだが、すぐに現金化ができないような形で富をもっておられるようならば、京や堺の土蔵にでも話をつければすぐにでも借り換えが出来るはずだとも言っております。
 更に、大納言様や幕府がそんな下々の者に面識がないようならば自分のところの出入り商人を通して土蔵を紹介するとまで言っているのですよ。
 そこまで言われて、このまま討伐でもしようものならば借金を踏み倒すための討伐軍とも言われかねません。
 その辺をどのようにお考えなのでしょうか。」

 さすがに借金を踏み倒すための討伐では外聞が悪すぎて、密使の二人は図星を突かれてかなり怒りがこみ上げてきて、

「借金の踏み倒しの討伐ではないわ。
 我らを愚弄するな。
 軍の返答は京で待つ。」 と言い残して大和を去っていったそうだ。

 その後、何もなければ良かったのだが、出入り商人を通して堺経由の大和への品物の値段が上がっていったそうだ。
 調べてみると、北畠に懇意にしている堺の豪商紅屋の嫌がらせだと判明した。

 三好家の本拠がある淡路島からの塩の値段がここに来てかなり値上げをされてきており困ったので、空に今回の件を伝え恩を売って塩の都合をつけてもらう算段だとか言っておられた。

 本多様から詳細に状況を聞かされた空は現状を完全に理解した。
 色々なところの思惑が絡んで複雑になってきているが、京では旧幕府よりの陣営と三好よりの陣営の権力闘争が起こってきており、今回の北畠からの要請を受けて利用しようとしているために公家や幕臣が出てくる羽目になったと分かった。

 ただ今回得た情報で捨ててはおけないのが北畠と神戸が完全にくっついており、神戸が敵に回り近い将来攻めて来ることが分かった。
 どうせいずれ攻めねばならない相手であったので構わないが、今回の件でやりようによっては攻め込む大義が手に入りそうだ。

 それにしても戦国チートは自分の困り事も俺に対しての恩の回収にしてしまうのだからすごいとしか言いようがない。
 現状、塩の値段の上昇が国内問題化しているようだから、すぐには大壷で2つを無償で本多様に持って帰ってもらうことにして、堺経由の塩のルートを俺のよき理解者である雑賀党の協力を仰ぎ、堺から雑賀崎に荷揚げ地を変更することで対応した。

 大和への搬入には陸路が少々長くなる弊害はあるが、堺からの影響を全く遮断できるので人為的に値上げされた塩の値段を下げられることになる。
 もし松永陣営が望むのならば直接荷揚げされた塩を雑賀崎まで引取りに来ればその分の商人の利を省けるので下げることも可能だ。

 港の使用料も堺より下げることも可能なので後で俺が直接雑賀崎に行って交渉すれば済む

 とりあえず今回は本多様にお礼を言って、弾正様からの要請についてはすぐに当たることを伝言して別れた。
 政に関してはほとんど任せるつもりでいたのだが、神戸との件が片付くまでは諦め、すぐに雑賀孫一さんに会うべく、彼が今いる安濃津に取って返した。

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