名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第三章 伊勢の戦国大名

第九十七 討伐命令

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 幕府と朝廷からの呼び出しに対して、予想した通りに北畠と神戸の両家は無視する対応を取った。
 彼らは、京の三条河原で処刑された連中を追うように処刑されると考えているようだ。

 俺からすれば、当然の帰結で今回の件の黒幕は北畠具教で、具教の話を聞いて、神戸も自分たちの領地の危険性を感じ、すぐさま北畠に協力して京都の政治工作に乗り出しての結果なのだから処刑された彼ら以上の刑罰は確定されていると考えるのが普通だ。

 この戦国時代においては、朝廷や幕府からの呼び出しに対して無視されることもしばしばあった。
 それだけ両方の権威が落ちている証拠なのだが、完全に無視できるものでもなかった

 彼らはしばらくの間大人しく領地に篭もり、ほとぼりが冷めた頃に詫びにでも行けばいいくらいに考えていたようだ。
 これはある程度力のある大名だからできることで、堺の紅屋の方はそうもいかない。
 既に、彼がつるんでいた京都の有力者のほとんどが処刑されており、今回の幕府の命令を無視するようならば堺まで彼の身柄を捕縛する部隊を出されることになる。

 堺はいくら治外法権といえども、朝敵の捕縛に対して徹底抗戦などできない。
 元々商人の町なのだから朝敵の汚名を着せられれば、攻めるまでもなく街は滅ぶ。
 なにせ、この日の本で商売ができなくなるからだ。
 それに堺は紅屋ひとりで街が運営されているわけではなく、会合衆が集まり合議で運営されている。

 しかし、最近は紅屋一人が京都との太いパイプを使い、力を付け会合衆をいいなりにまでしていた。
 実質ひとりで決め事を全て行い、会合衆は彼の案をただ盲判を押すように了解していただけだ。
 当然そのような状態を紅屋以外の会合衆が喜んでいるはずもなく、幕府からの捕縛命令が届けば彼ら会合衆が紅屋を捕縛して官吏に引き渡すことになるだろう。

 実際に幕府が紅屋に対して呼び出し命令を発したらすぐさま紅屋を捕縛して京都まで護送してきた。
 紅屋に対して直ぐに取り調べが行われた。

 紅屋は直接今回の企みに繋がる証拠はなかったが、既に処刑されている彼らと相当に親しくしており松永弾正に対して圧力をかけていたことは疑い様もない事実だ。
 そのこともあり、紅屋に下された刑罰は、財産全てを幕府に没収され畿内からの所払いとなった。

 彼が命を繋げたのは、取り調べにあたっていた役人もかなり前から紅屋から借金など色々と便宜を払ってもらっており、そのような役人が他にも多数存在したのが幸いした。
 しかし松永弾正に対しての圧力のかけ方が露骨で無罪とはできず先程のような処罰となった。

 尤もここで紅屋が仮に無罪となっても俺らの企ては終わっており、紅屋は堺での地位は保てるはずもなく処罰の如何にかかわらず堺を追い出されることはほぼ決まっていた。
 何せ堺では彼の敵が多すぎる。
 ちょっとでも隙があればすぐさま彼を引きずり下ろそうと虎視眈々と狙っている輩がどれだけいたことだろう。

 その証拠に幕府からの呼び出し命令に対して会合衆が下した判断は紅屋を捕縛しての護送なのだから彼の運命は幕府の呼び出しが出た段階で決まっていたのだ。
 むしろ堺以外では特に京都では敵を作らないようにしていたことが幸いして命を繋げたようなのだ。

 まさに『情けは人のためならず』の教訓そのままのような結末だった。

 ここに来て松永様の問題は全て解決したことで、ここからは俺らだけの問題だが、もう少し松永様のお力を借りないと少々辛い。
 幕府や朝廷からいつまでたっても出頭してこない北畠と神戸の両名に対して問責のための使いを出してもらうように松永様にお願いをした。

 これには俺に対して、借りを感じていたのかすぐさま幕府に対して問責のための使いを出すように命令を出してくれた。

 そう命令だ。

 本当にここまで来ると幕府はと言うより将軍は完全にお飾りだなと感じてしまうのは俺だけではないだろう。

 三好の本家は、京都での力は松永様よりも弱い。
 京都では、幕政のほとんどを松永様が握っているようなのだ。
 将軍暗殺などという大事件は三好三人衆が中心になって松永様は協力というか黙認された形で行われたと聞いているが、それでもこのパワーバランスには違和感を感じる。

 いつまでもこのようなパワーバランスでは将来的に松永様にとって良くないことにならないか心配だ。
 少なくとも俺の知っている歴史においては、このあと直ぐにお家騒動じゃないが三好三人衆と争うようになるし、その時に松永様は負けてかなり難しい立場に立たされることにもなっている。

 俺が、いや、俺らが色々とやっている関係で、俺の知っている歴史は変化しているはずだが、それでもこの状況は芳しくないと思う。
 しかし、今の俺ではどうすることもできないので、俺のできることを精一杯頑張るしかない。

 今は幕府から問責の使者が京都を発ったと聞いたのだ。
 彼らの持ってくる返事を待てばいいだけだ。

 確かに4日前は俺もこのように思っていたが、まさか問責のための上使を国境で追い返すとは思わなかった。
 どこまで考えなしなのだ。

 確かに怖いとは思うが、上使を国境で追い返すことがどういうことに繋がるかということを分からないわけじゃないだろう。
 仮に大名本人が分からなくとも彼らの部下のひとりでも分かればそんな暴挙には出まい。
 これで完全に幕府のメンツは潰れたのだから、そのままとは行かなくなった。

 この知らせを聞いた俺はすぐさま松永様に討伐の軍を出すように俺に命じてもらうようにお願いをした。

 実質神戸家だけを叩けばいいので俺らだけでも大丈夫なのだ。
 この件は直ぐに松永様の了承をもらえ、幕府から九鬼様に対して謀反人の討伐という命令をもらった。

 このとき命令をもらったのは俺らだけでなく松永様本人も俺らに対して後詰で軍を出すように自分で命令を作っていた。
 後詰と聞いて俺はそこまで必要はないと言っていたら松永様はニヤニヤしながら

「何も今回の件はお前だけのためではない。
 お前たちだけうまい儲け話に関わるのが悔しくてな。
 俺も勝手に一枚噛ませてもらった。」 と言っていた。

 ここまで聞いて、俺が思い当たったのは大和周辺のめんどくさい状況だ。
 松永様はこの出兵を利用して付近の寺社勢力の弱体化を図るようだ。
 特にかねてからことあるたびに対立していた邪魔な筒井勢力の完全排除を目的にしての出兵のようなのだ。

 俺らには直接関係ないので松永様に「頑張ってください」と声をかけて孫一氏のいる雑賀崎に向かった。

 雑賀崎についた俺は孫一氏に会うなりお礼を言われた。
 なんだ何だ、わけがわからないぞ。
 なんで孫一氏からお礼を言われなければならないんだって思って孫一氏に聞いてみた。

 すると帰ってきた答えは堺の件でのお礼だそうだ。
 雑賀党の商い部門を受け持っている紀伊乃屋が堺ではかなり紅屋にやられていたそうなのだ。
 その憎っくき紅屋を退治して貰えて嬉しいと堺から報告があったそうだ。

 結構今回の件は多方面に対して2度美味しいどころか何度でも美味しい案件であったようだ。

 さ~~、俺らは本来の目的である伊勢の統一のための最後になるだろう軍を起こすことになる。

「孫一さん。
 幕府より討伐の命令が出されます。
 予定より若干早くはなりそうなのですが軍を起こすことになりました。
 作戦は以前の時と一緒になるとは思いますがみんながいる安濃津に参りましょう。
 今回もよろしくお願いしますよ」

「そ~か、案外うまくいっているようだな。
 それにしても、一旦落ち目になると歯止めが効かないとはこのことだな。
 仮に今回の一戦で守りきっても次はできなさそうだし、今回は幕命に綸旨まで出ているようなので周りからの応援もない。
 本当に我らは空殿と味方で良かった。
 もし敵になったらと考えると恐ろしくてしょうがないわ」

「そんなことありませんよ。
 私たちは最初の志摩攻略から雑賀党の皆さんに助けられっぱなしなのですよ。
 それでもまだ恩返しができてはいませんが、とにかく伊勢の地を安定させるのが先決です。
 そこが落ち着いたら、今度は雑賀崎周辺から紀伊半島を回り込むように領地を広げ我々と地続きになるように頑張りましょう。
 なので、今回もよろしくお願いします」

 俺と孫一氏は和やかに会話をしながら安濃津に向かう船に乗った。

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