名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第三章 伊勢の戦国大名

第九十六 近衛関白の失職

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 俺は雑賀崎に向かう船の中で孫一氏とこれからについて話していた。

「孫一さんは、これからのことについて考えておりますか」

「これからのこと?」

「はい、これからのことです。
 これまで本当に私たちに良くしていただいており、感謝してもしきれないくらいです。
 そんな孫一さんにはどうしたら今までのことについて報いることができるか考えておりました」

「考えとは」

「孫一さん、大名になってみませんか」

「大名?」

「はい、雑賀崎を中心に紀伊半島の西半分を治める気はありますか」

「私にはそんなだいそれたことは考えられません。
 ただこれからも空さんと一緒にやっていけたらと考えているだけです」

 う~む、これは少々困ったぞ。
 おれは孫一さんを配下なんて出来ないぞ。

「孫一さん、私の考えを聞いてもらえますか」

「は?
 いいですよ、その考えとはなんですか」

「これからのことについてです。
 このまま戦ばかりの時代は徐々にではありますが終わりを告げる方向に向かっていくことでしょう。
 どこぞの有力大名が今の幕府を滅ぼし、新たな幕府を開くことになっていきます。
 もしかしたら建武の新政の時のように帝を中心に政治が行われることになるかもしれません。
 しかし、その場合に今のままでは孫一さんは悪・党・の扱いを受けることになってしまいます。
 これから始める謀はかりごとで多分伊勢は片付きます。
 その場合に、伊勢の地に領地を分けて孫一さんを配下にすることもできますが、申し訳なくて孫一さんを配下にするなんてとても考えられません」

「私はそのつもりだったのだが」

「え~~、でも雑賀崎を捨てることはできないでしょう」

「雑賀崎は商い組に任せて傭兵たちをきちんとした仕事につけられるのならばそれでもいいかと考えていたが、空さんは気に入らないのですか」

「は~~、私は配下など持つつもりなどなかったのですよ。
 それに見てください、まだガキですよ私は。
 なので、伊勢は九鬼様に大名となってもらっているのですが。
 それに紀伊半島のほとんどが寺院などの領地となっていてまとまりがない。
 尤もこのあたりは山ばかりで魅力がなく攻めづらいという地勢ではありますが。
 しかし、この日の本がまとまり出したらこのままでとはいかなくなります。
 なので、そうなる前にきちんとそれなりの人にこの辺を治めてもらう必要があります。
 でないとこの辺に住んでいる人たちの未来は今の北畠が治めていた人たち以上に悲惨になってしまいます。
 そこで、孫一さんにも大名となってもらいこの紀伊半島を九鬼様と孫一さんのおふたりが協力して治めてもらえばかなり安定することになるでしょう。
 尤も中心の大和の辺は松永弾正様が治めているので、魅力的な土地はあまりありませんが、それでもそうなれば紀伊半島だけでも一足早く安定した土地になります。
 私も最大限協力しますので考えてみてください」

「空さん、一つ聞きたいのだが、今の話では私は今の九鬼殿と同じ立ち位置に立つということか」

「はい、そうなります」

「そうか、九鬼殿と同じように空さんを殿と呼ぶようになるのか。
 分かった、私一人では結論を出せる問題ではないが雑賀崎に戻り次第直ぐに返答しよう。
 期待していてくれ。
 私は空さんの話には賛成した」

 え~~、俺の配下になるっていうことか。
 俺ガキだぜ、勘弁して欲しい。
 しかし俺の案の通りにことが進めば、孫一さんが治める領地は徳川御三家の一つである紀州徳川家以上の領地となるはずだ。

 九鬼様とふたりが今のようにがっちり協力し合えば早々どんな勢力にも攻め滅ぼされることは無くなる。
 当然、俺は遠慮なく富国強兵策を両国に進めていくことになるから、下手をするとこの国最大最強の勢力となるかもしれない。

 そうなっても幕府を彼らに開かせることだけはさせないようにしよう。
 でないと俺が将軍様にされてしまう。
 この先は様子を見ながらではあるが、織田信長との協調関係を考えよう。

 信長を暴走させないようにすれば、かなり良い国を彼に作ってもらえるようになることだろう。

 ま~先のことはその時にでも考えればいいか。
 今は、京都をどうするかということだ。
 そうこうするうちに船は雑賀崎に入っていった。

 ここで俺は孫一氏と別れ、わずかばかりの護衛を連れて大和の多聞山城に向かった。

 雑賀崎から多聞山城までは距離にして90Km弱ある。
 堺からの30Km弱からだと距離にして3倍はあるのでやはり不便だ。
 これならば誰が考えてもやはり堺を使いたいだろう。
 そうなれば否が応でも俺に協力しないわけにはいかないことになる。

 城に着くと俺は直ぐに弾正様に面会させられた。
 なんだなんだ、大名の面会ってこんなに簡単なのか。
 平成の世の中でも一般家庭でもアポのない面会はもう少しめんどくさいぞ。
 たとえ知り合いでも、どこぞの社長との面会は待たされるのが普通だ。
 ましてやこの時代にあっては数日待たされても不思議がないのだが、一息入れることもできずにいきなり奥の部屋まで連行された。

「お~お~、久しぶりだな。
 その様子なら元気が有り余っているようで俺からしたら羨ましい限りだ。
 そうそう、塩の件な、早速送ってもらい助かっている。
 感謝するよ」

「弾正様。
 この度は貴重な情報をそれも本多様に託して連絡していただきありがとうございます。
 当面の塩については足りない分だけでもと思い本多様にお持ち帰り願いましたが、いつまでもあれで足りるはずはなく、主家の領地がある淡路島からの荷は雑賀崎経由ならばいつでも入手できるよう手筈を整えてきております。
 今雑賀崎に船を待たせておりますので、洲本への入港の許可を頂けましたらいつでも向かうことができますので、御領地の商人を連れて直接向かわれたらどうでしょうか。
 雑賀崎にいる私どもの船や雑賀党の船はいつでも船を出します。
 尤もその都度銭は頂きますが、ぼるようなことは致しません」

「お~、そうだな。
 それは感謝する。
 本多にでも向かわせるとしようか。
 正信、聞いていたな」

「は、直ぐにでも」 と言って本多様は部屋を出ていった。

「しかし、雑賀崎か、ち~とばかり遠いな。
 ま~堺を経由しないでいいから邪魔だけはされる心配がないのが救いだな」

「その件で、弾正様にお話があります。
 堺の邪魔を取り除く方法がありますが、話に乗っていただけますか」

「ほ~、そんなことができると申すのか」 と言った弾正の目は鋭さを増した。

 あまりに迫力があったので思わずちびりそうになった。
 よほど堺の件は腹に据えかねていたのであろう。
 俺は今進めている謀略について話し始めた。

「ほ~、すると空が言うには紅屋を堺から取り除けると言うのだな。
 今の堺は紅屋ひとりで仕切っているようなものだから、あやつさえ取り除けると確かにそこでこの件は全て解決するな。
 してその方法というのは」

 俺が京都で広めている噂を話し、松永様から先の密命の返答として正式に使いを出してもらうようにお願いをした。

 さすがに食えないおっさんだけあり、ここまで俺が話したらその先の説明はほとんど不要であった。
 それどころか、より効果を出せるように弾正自ら京都に登ることになった。

 今の将軍の首をすげ替えた張本人の一人であり、幕府の御供衆でもある弾正本人が京都まで密使の返答に向かえば幕府も朝廷も無視など出来様もなく、更に問題が顕在化していった。

 すでに京都では俺がばらまいている噂によって公家の一部や幕臣などが京都の土倉などからの借金ができなくなってきており、また、今まで借りていた借金の取立てが始まっていた。

 土倉どぞうにすれば死活問題なのだ。
 なにせ俺のばら撒いている噂は「幕府や朝廷に金を貸すと財産ばかりでなく命まで取られる」という所まで尾ひれが着いていた。

 俺が広めた噂は「今度幕府が借金の踏み倒しのために軍を出して債権者を殺し財産を奪う」というのだから、金貸しを本業としている土倉たち商人は必死だ。

 過去何度でも徳政令によって手痛い被害を受けていたが、今度ばかりは命まで狙われかつ財産すべてを取られるというのだから、誰でも自衛に入る。
 当然、幕府や朝廷にこの様子は直ぐに伝わるが原因がわからない。
 今まさに調査が始まったばかりだ。

 そんな時に、松永様が先の密使に返答に京都まできたのだから幕府や朝廷は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
 当然先の密使は幕府や朝廷の正式な手続きをしていたわけでなく、朝廷周辺は関白の近衛家だけが絡んでいたようなのだ。

 なので、公の場では先の密使の内容を肯定できるはずもなく、密命そのものを正式に否定した。
 幕府も同様で、軍を起こすつもりがないことを京都中に通達するしかなかった。

 そうなると、松永家を訪れたふたりの密使は騒乱と不敬の罪にならざるを得なかった。
 この企みに加わっていた近衛家は、早々に密使を切り捨てた。
 幕府も対応が早く、これを機会に反三好の勢力の一掃を図った。

 松永様が京都を訪れてから1週間とかからずに密使ふたりを含む関係者が三条河原で処刑された。
 幕府も朝廷もこれで幕引きとしたかったようだが、ここからが本来の目的だ。

 松永様は密命に名を挙げられている神戸具盛と北畠具教の両名を京都に呼び出してこの件の真相を明らかにするように求めた。
 また、弾正様の目的である堺の紅屋も同様に京都への出頭を求めた。

 堺の紅屋への出頭命令は朝廷、幕府両方からすぐに出されたが、中納言という要職についている北畠具教の呼び出しは出せそうになかった。

 それでも今回の件でかなりまずい立場になってきている関白の近衛前久は弾正に詫びを入れ自身の安全と交換に自身の関白の離職と北畠具教の呼び出しを命令ではなく要請の形で応じてきた。

 幕府はと言うより将軍は彼に対して遠慮する必要がなく簡単に出頭命令を両名に出していた。

 ここまできて俺の謀は成功したのだった。

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