名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第五章 群雄

第百二十八話 俺の消えた救世主

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 永禄9年の春、気が付けば周りは田植えの準備に忙しくしている。
 つい先ごろまで冬の寒さが身にしみていたのだが、気が付くと春になっている。
 本当に季節が巡るのが早く感じる。

 つい先月、海運事業を発足させたのだが、これが殊のほかものすごい勢いで需要が高まっている。
 現在の取引先は堺の能登屋さんと紀伊乃屋さんの二つと熱田の清須屋さんの合計3つの大店、それに織田家だけだが、堺の他の商家と尾張各地の商人からの要望が出ている。
 決して安い運賃というわけじゃないのだが、何より堺との直接取引と熱田までとは言え途中にある関所がないのがものすごく魅力的に見えるのだそうだ。

 最近ではことあるたびに織田家の丹羽様からもう少し他へ融通ができないかとの問い合わせが何度も来ている。 
 こちらからの回答はいつも同じ。
 キャパが足りない、人がいない。
 の2点だけだ。

 尤もこんな言いようで答えているわけじゃなく、きちんとした文章を寺の僧侶たちの助けを受けて葵たちが作ってくれる。
 俺はそれを確認してサインを入れるだけだ。

 しかし、何度もくる要望の手紙だが、前にあった滝川様はあまり気にするなとも言ってくれる。
 これは丹羽様でも困っていることだが、こちらの様子は十分に理解しているそうだ。
 あくまで要望の手紙は尾張各地の商人からの突き上げをかわすための言い訳でしかないと教えてくれた。

 こちらが搬送能力を増大する分には大歓迎だが、これまでの運用ができなくなる方が問題は大きいので無理までは望まないと、非公式に伝えてきたようなものだ。
 しかし、これは尾張側の言い分。
 堺はそうではない。
 会合衆になっている紀伊乃屋さんと能登屋さんは、最近ほとほと困っているようで、俺に会うたびにどうにかして欲しいと泣きついてくる。

 なんでも会合の度に自分らだけ儲けを独占するのはいかがなものかと嫌味を言われるそうだ。
 本来堺の商人たちは助け合いなどの精神はない。
 堺の自治を守るには協力を惜しまないが、これは自分らの権益を守るのは一番合理的だからという理由だけで、基本儲けは独占してなんぼの連中だ。

 先の紅屋の件でもあるようにこの堺の豪商たちは基本的に政商と言われる部類に入る。
 どこかしらの大名家をお得意さんとして一緒に美味い汁を吸う仲にある。
 そういう関係であるから徒党を組むことはあるが、それもあくまで自分の権益を守るためで、助け合いの精神からじゃない。

 しかし、商人たちは刀を振り回して自分の意見を通すわけじゃなく、こう言った会合の席を利用していかに自分の権益上げるかに必死だ。
 表面的にはきれいごとしか言わないのも真意を悟られなくするためというより、周りに対して聞こえがいいからというだけだ。

 なので、急に力をつけてきた能登屋さんと紀伊乃屋さんに対する嫉妬もものすごく、力のある大店連中は少し脅して権益の一部でも取れればいいという気持ちで会合の席で攻撃を仕掛けてくると言っていた。

 俺としては全く排除している感覚はなく、清須屋さんが堺で商品を仕入れているのだから、清須屋さんを通して荷は運ばれているようなものだと思っているのだ。
 しかし、堺の他の大店の考えは、そんな間接的じゃなく直接商売がしたいので、とにかく船を解放しろの一点張りだ。

 別に俺らからすれば帰りの便で清須屋さんや能登屋さんか紀伊乃屋さんの荷が少ない時には載せてもいいのだが、あまりに横柄な連中なので、今までは拒否していたのだ。
 最近は一部出禁の店を除き能登屋さんたちと取り交わしている料金の倍の料金を吹っかけて荷の受け入れを始めた。
 でないとすぐにパンクするのが確実だからだ。

 しかし、最近は清須屋さんだけでなく能登屋さんや紀伊乃屋さんの扱う荷の量が極端に増えてきており、他から荷を受け入れる余裕が無くなってきている。
 それがかえって堺の不満を増してしまった原因のようだ。

 昨年から交渉を続けていた熊野水軍との話し合いが先月やっと折り合いが付き、ついこの間から、熊野水軍を三蔵の衆の水運の下請けに使い始めている。
 料金設定は全く変えていないが、運べる量や運送に関わる時間は圧倒的に熊野水軍の方が分が悪い。
 それでいて、さらに荷を失う確率が高い。

 なにせ、彼らの使う船は安宅船でちょこまかと各地を寄港しながら運ぶか、関船でゆっくりと運んでいくので、ちょっとした天候の悪化でもすぐに荷を海に投げいれる。
 でないと水夫の安全が確保できないからこの時代ではやむをえない措置ではある。

 堺の商人だってそれを承知しているはずなのだが、俺らがチートすぎるのでどうしても我慢ができなくなる。
 なので、堺ではどうしても不人気であるが背に腹は変えられない商人たちが我慢して使っているようだ。

 そんな状況に最近は各地から集まるクレームとも要望とも取れる処理にかなりの時間が取られるようになってきた。
 なんか俺の生活って、こんなのばかりだなとふとしたきっかけで振り返ってしまった。

 最初は生きるのに精一杯で、とにかく商売を始めるために炭や塩を作って生活を安定させようとしていたら葵たちをはじめいろいろな人の面倒を上人様から仰せつかった。
 人が増えれば食い扶持も増える。
 彼らを満足させるために商いの規模も商品ラインナップも増やすのに必死になると今度は干物というヒット商品が生まれた。

 ヒット商品は我らの金の卵だから非常にありがたかったのだが、昭和の時代のドラ●エじゃあるまいし、今度は売れすぎて問題化するとは思わなかった。

 それだけじゃない。
 商売だけやっていれば安泰のような甘い時代じゃない。
 身の危険は自分たち自身で守らなければならない時代なのだ。
 油断なんかできない。
 油断せずとも力が不足するだけで、あっという間にこの世とおさらばなんて当たり前の世界だ。
 かろうじて生き残れても奴隷として海外に売り飛ばされるのもそこかしこで見られる。

 俺らは、とにかく生き残りたい。
 安寧に暮らしたいの一心で、縁のあった九鬼様を助けたら、今度は政治の世界に放り込まれ、とにかく必死にあがいている。
 今の状況は変わらない。

 しかし、最近になってやっと、付近の治安だけは向上してきた。
 これも九鬼様が信じられないことに日の本有数の大大名となって善政を敷いているからにほかならない。

 これで俺らも一息いれて、商売に励めると思っていたら、今のような有様だ。
 なぜこんなにも煽られながら足掻かないと生きられないか、あまりにも理不尽を感じる。
 本当に、最近では知らない商人から『月夜の晩だけじゃないぞ。』なんて脅される始末だ。
 何も俺だけが富を独占しているわけじゃないのに、悪徳業者の様に儲けているように見えるらしい。

 それもこれもここ最近の伊勢の国の発展が目覚しいのがその理由だと玄奘様に教えられた。
 あちこちで戦乱の相次ぐこの時代にあって、伊勢の国は九鬼様が完全に抑えるのに成功したために治安が向上している。

 それに俺らが始めた水運は事業化する前から堺と船で直結している。
 また、伊勢は地理的には尾張に接し、とにかくこの時代では有数の豊かさを誇った堺と尾張、それに何より、平安の時代から商いの盛んだった安濃津や伊勢神宮の門前街など人も物も盛んに動く要素が溢れた地域なのだ。

 これだけ条件が整えば格段に豊かになってくる。
 そうなると当然商いも盛んになり、それこそ各地から産物も集まってくる。
 まさに好循環だと言いたいが、俺に言わせれば悪循環になっている。

 商いが盛んで人は集まるが、俺らはその対応に人手が取られる。 
 また、豊かさの遠因となっている堺との直結だが、これは俺らの水運だけが頼りだ。
 当然、規模の拡大が求められるが、人がいない。

 元々、俺らにとっての不治の病で人手不足をさらに悪化させてしまったようなものだ。
 最近では大好きな研究もなかなか時間が取れないという不満が溜まってきている。
 そんな俺に対して、昨日一つの朗報が入ってきた。

 かねてから開発中の2本マストの船の建造に目処が立ったというのだ。
 この2本マストの船は今の主力艦に比べると積載量が2.5倍まで上がるが、操船に必要とされる人員は1.5倍以下でしかないという。
 さらに改造を加えれば積載量の増加も望めそうだというのだ。

 俺は喜んで浜に駆け出して、船大工たちと前祝いをしながら説明を聞いていた。
 もしかしたら、もしかしたら、今の苦境から救出してくれる救世主となるかもしれないと。

 「空さん、熱田の屋敷の用意ができたと丹羽様から連絡を頂きました。
 いつ熱田に向かわれますか。」

 『え!』

 どこに消えた……俺の救世主は。

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