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第五章 群雄
第百三十二話 信長との会談
しおりを挟む葵たちが部屋から出ると、途端に部屋の雰囲気が変わった。
先程までにこやかに葵たちを送り出した丹羽の顔に緊張が走る。
滝川も同様に緊張している様子だ。
流石に信長だけは顔色ひとつ変えないが、なんだろうオーラとでも言えばいいのか、それが変わったのが分かる。
ほぼ同時に横に居る藤林も顔色は変えてないが信長同様に警戒感を強めている。
俺か、俺は完全にビビっているぞ。
大体小学生くらいの子供が居ていい場所じゃないだろう。
そんな会合の場に出されていれば緊張もすれば顔色も変わる。
泣き出さなかっただけ褒めて欲しいものだな。
ここに残っている人は、全員が織田と九鬼の関係が次のステップに入ったことを理解した。
無関心な隣人から何者になるかという最大の関心事の確認だ。
「長門守、その方と三蔵の衆との関係を訪ねてもいいか。
いや、その方を含め、九鬼家と三蔵の衆との関係だな。
それを聞かせて欲しい」
信長が徐(おもむ)ろに始めた。
信長の問いに対して、無言で答える藤林。
完全には我々の独特な関係を掴んでいないようだ。
我々が伊勢を領してからの観察では掴みきれていないようだ。
ただ、おかしな関係であるということだけは掴んでいる。
まさか小学生に率いられる大大名など誰も想像はできない。
早くから我々について関心のあった松永くらいしか我々の関係を正確につかんではいなかった。
信長にとって、それどころじゃないことに忙殺されていれば、いくら戦国チートでも納得だ。
しかし、戦国チートは伊達じゃない。
観察を続ければ正確な関係を掴むことなど容易たやすかろう。
ここで隠し事をしても先々知れることなので、印象を悪くするよりも正直に話して心象を良くしておいたほうが得だ。
藤林が黙っているので、俺が答え始めた。
俺と藤林との出会いから九鬼家との協調やその後について空から簡単に話しておいた。
大体のところは滝川から信長に伝わっているようで、説明はすごく簡単に済ませることができた。
「では、聞こう。
空よ、お前らは何を望む。
何がしたいのだ」
「ですから、我々は戦のない所での生活がしたいだけです。
三蔵の衆はその成り立ちが皆戦災孤児たちや戦によって焼け出された者が集まってできたものです。
そのため皆が強く思うに、とにかく戦のない所で生きていきたいのです」
「それが、なぜ九鬼と一緒になって伊勢を攻略したのだ」
「伊勢の攻略は全くの偶然です。
北畠をはじめ伊勢の為政者が皆統治能力を欠いていただけで、我々は自衛のために伊勢に入っただけです。
そのあたりの経緯は既にご存じのハズでは」
「我々に何を望む。
なぜ貸しを作ったのだ」
「一つには商いの拡大ですが、真の目的はあなた方とは戦をしたくない。
そのための譲歩を引き出すためです。
それと、敢えて言うには長島の件も頼みたかったこともありますが、こちらについてはまだどうなるか不明なことあるので、とりあえず保留といったところですかね」
「長島の件だと、三蔵の衆は信徒だったのでは」
「いいえ、我々は一向宗の信徒ではありません。
私を助けてくださったのが、たまたま願証寺の僧堂長の霊仙上人様とそのお弟子様である玄奘様であったご縁でお付き合いをさせて頂いておりますが、私は信徒ではありません。
また、上人様からのご依頼で寺に逃げ込んでくる戦災孤児などの面倒を見たことから三蔵の衆が始まりました。
今でも上人様や玄奘様とそのお仲間の方たちとは仲良くさせて頂いておりますし、三蔵の衆の中には仏様を信じている人も多くいますが、だからといって一向宗徒とは言えません。
助けて頂いた人が願証寺の上人様だと言うだけです。
ですので、上人様達には恩も感じておりますし、これからは我々が上人様たちをお助けしていきたいとも考えていますが、寺からの指示で動くことはありません」
「では、長島の件とは何を言っているのだ」
「上総之介(信長)様は既にご存知のことかと思いますが、長島でも三河のように寺が暴発しそうなのです。
現在は、かろうじて上人様が抑えているようですが、いつまでもつかはわかりません」
信長との会話はずっと緊張が続く。
正直、俺はかなり疲れてきているのだが、終わりそうにない。
しかし、途中でやめることのできるような代物じゃないことは初めから分かっていた。
「その長島でその暴発を止めろというのか。
それは出来ない相談だぞ」
「いえ、そこまで望んではおりません。
遅かれ早かれ彼らは弾けます。
我々はその時に犠牲になる人をできる限り救いたいのです。
上総之介様には、その時に長島から不届き者を出さないように閉じ込めて欲しいと思っております。
こちら側の伊勢では、九鬼様にお願いしてこちらも閉じ込めるようにするつもりです。
長島の中でいくらはじけていようとも外に出さなければ被害は関係ない人には及びません。
私が望んでいるのはその一点だけです」
「兵を出して囲めというのだな。
随分高い借りになりそうだな。
まあ、先のことはわからんので約束はしないが、九鬼との件はできるだけ早くに形を作っていきたい。
よし、こちらから約定の為の使者を出そう。
それで良いかな、長門守殿」
「そうして頂ければ、こちらとしては何も言うことはありません。
出来るだけ良い関係を続けていきたいものですな」
どうにか話し合いは山場を越えたようだ。
とにかくこれからは大人同士での決め事だ。
ここまできてやっと部屋の雰囲気が少しだけ緩んだ。
「ところで空よ。
いったい其方(そち)は何者だ。
いくつかの報告でも聞いていたが、本当に九鬼家を支配しているのか」
「し、支配だなんてとんでもない。
だ、第一俺、いや私は見ての通り子供ですよ。
そ、そんなことできるわけないでしょ」
「いい加減諦めて、本当のところを聞かせてくれんか」
「九鬼様の旗揚げには、確かに率先して協力しました。
それは我々の生活する場所の安定を望んだからです。
無能な為政者の収める地では戦はなくなりません。
九鬼様に我々の本拠を置いている伊勢を完全に支配下に収めてもらいましたので、我々の野望は達成されたと思っております。
無能な北畠や神戸などに支配された場所では、おちおち商売もできません。
そういう意味では熱田の商人は羨ましかったですね。
我々もやっと安心して商売ができるようになったと思っております」
「なにげに世辞を入れて誤魔化すか。
流石にあの張というものを配下に置いているだけはあるな。
わかった、もう何も言うまい。
まだワシはやることが多くてお前らにだけ関わってもいられん。
何かあれば遠慮なくそこの五郎左(丹羽長秀)や一益(滝川)に申し出るが良い。
まだまだお前らには多くの借りを作ろう。
かなり高くつきそうだがな。
五郎左、あとは任す」
信長のこの言葉でこの会合は終わった。
本当に疲れた。
藤林さんは丹羽様と、不戦の約定についての予備会談の件で話し合っていた。
今度は九鬼側から人を小牧山に出して話し合うことで話がまとまり、本当にこの集まりは役目を終えた。
ちょうどその頃に葵たちも戻ってきていることから、かなりできる人が葵たちの周りにいたのだろう。
本当に人材の豊富な織田勢だ。
羨ましい。
何人か引き抜いたろかとも思ったが、多分できないだろうな。
空は葵たちを連れて頂いた屋敷に戻っていった。
丹羽様は信長様と一緒に小牧山に帰ったようだが、滝川様は一緒に屋敷まで付いてきた。
「空様。
ここでも商売はできるのでしょうか」
屋敷に戻ると幸代さんが聞いてきた。
「門前で扱っていたものなら大丈夫のようですよ。
帰り間際に丹羽様にも勧められましたから。
準備が出来次第ここでも商いはやっていきましょう。
船が準備できたら、ここから人を出して門前での商いも続けていきますよ。
尤もそっちは子供たちの訓練の場としてなので、儲けの方は期待はしていませんが、その子供たちの面倒も一緒にお願いしますね。
まだこの時間なら帰れるな。
葵、帰るぞ」
「はい、わかりました。
準備は出来ていますので、いつでもいいですよ」
「滝川様。
今回は本当に驚きましたよ。
上総之介様がいらっしゃるのなら前もって教えてください。
身が縮む思いでしたよ。
次にこのようなことがあるのなら絶対に教えてくださいね」
「何を子供みたいな事を言っているのだ。
畿内の梟雄と恐れられる弾正ともさしで何度も会っておろうに。
うちの殿位でビビるものか」
流石に知っているよこの人は。
本当にこの時代の諜報能力は侮れない。
そう考えると、北畠や伊勢の人たちは一体何だったのだろう。
俺らは本当に運が良かった。
そんな下らない事を考えていると、外の方から声がかかった。
船の準備が出来たらしい。
「それでは我々は村に帰ります。
今日は本当にありがとうございました、滝川様」
「お前は本当に不思議なやつだな。
また今度会うまで達者でな。
次はわしが村にお邪魔することになるかと思うがそのときはよろしくな」
俺と葵は藤林と共に船に乗り込み幸代さん夫婦に見送られながら村に戻っていった。
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