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第七章 公家の政
第百六十九話 街に出回るありえない噂
しおりを挟む弾正のふざけた手紙を受け取ってから暫くの時間が経った。
確かあの時には遅咲きの桜が満開だったのを覚えているが、今ではやたらじめじめとしている。
そろそろ梅雨に入ろうかと言う時期に来ている。
曇りや雨の日が多くなってきたので、少々鬱陶しい。
あの時から本格的に整備していた屋敷もかなり変わってきた。
まずは、周囲を囲う塀の修繕が済んだので、鷹司別邸の名称を変更した。
いつまでも鷹司別邸ではおかしいとの声にこたえたものだ。
そこで、色々と候補は上がっていたのだが、一番無難な『伊勢守上京屋敷』と命名しておいた。
太閤殿下からはすぐに役職も変わるのだから云々とか言ってきたのだが、変わったらその時にでも考えればいい。
それよりも、何より変わったというか治安部隊が稼働したことに伴うことで一番必要となる留置所も先ごろ完成したのだ。
完成する前から、小悪党を多数捕まえており、処理に少々困っていたが、留置所が完成したことで、この扱いがかなり楽になる。
しかし、付近のごくごく小さいエリアの巡回だけでもかなりの悪党を捕まえている。
どんだけ治安が悪かったんだよと言いたい。
捕まえた悪党は、ほとんどが盗みや恐喝などの犯罪者なので、公衆の面前で尻バットならぬ角材で数発尻打ちした後、ここで働かせている。
河川港の船溜まりを作るための河原の改修工事に貴重な人足として働いて貰っている。
船溜まりの完成を見て釈放を考えているが、少なくともこの上京からは追放だろう。
しかし、彼らの存在は本当にありがたかった。
最近ではさすがに川の水も多少は冷たさを感じなくなってきたが、作業を始めた当初は、川の中は非常に冷たかった。
今まで協力してもらっている子供たちに川の中に入っての作業を頼むには忍びなかったので、この人足は本当に助かった。
まだ船溜まりの完成とはいかないが、かなりのところまで出来ている。
そうそう、まだ港が完成はしていなかったのだが、先日堺から船が荷をここまで運んできた。
堺からの船は、正直今回は2度目なのだが、最初は空荷で、ここまで来てもらった。
賢島の豊田さんに頼んで、船頭をこちらに回してもらい、堺で人足を雇い実験をして貰ったら、十分に実用に耐えるとの結論を頂き、準備してきた。
幸い、賢島にはあまり使っていなかった小早船が多数残っていたので、それを島の船大工に改良してもらい、荷を運ぶ船に変えて貰った。
色々と工夫を凝らしてもらっている。
なにせ、ここのある小早船は全て戦船を鹵獲したものだ。
人を多く乗せることを目的とした比較的何も波のない静かな内海を航行する為の船だ。
それを川船に改良してもらい、また、中央に帆を張るためのマストも付けて貰った。
川下に進むには流れに沿って進めばいいが、実際にここでの利用は川上に荷を積んで運ぶことを目的としている。
幸いなことに、大きな川には毎日決まった時間に川下から川上に向かって風が吹く。
その風を利用するための帆を張るための改良だ。
当然、帆走だけでは着実に行き来できないだろうが、それでも竿だけで川上のここまで運ぶよりは効率的だ。
その船での初荷が先日ここに届いた。
流石に、港が準備できていないので荷下ろしには苦労したが、港作りの作業を中断させれば人足は充分いるので、人海戦術で荷を下ろした。
まだ、ここには蔵が無いので、とりあえず屋敷に運んでもらったが、そろそろそれも限界に来ている。
留置所が完成したこともあるので、船溜まりの傍に蔵を作って貰おう。
最初の荷を運んできた船には能登屋の番頭さんも乗っていた。
実験の成功の話を聞いた能登屋さんは、かなり前からこの輸送計画に興味を持っていたようで、便乗してきたそうだ。
兵糧の手配を能登屋さんに頼んでいたのだから便乗でもないか。
しかし、ここで俺を見るや否やかなり興奮した口調で『これは良い、これは良い、ぜひ私たちにも。』と連呼していた。
結局、この港に能登屋さんの蔵も一緒に作ることになった。
なにせ最近、この辺りを巡回するようになって、少なくともこの辺りの治安だけは格段に良くなってきた。
しかも、俺らが付近の人たちにやたらに仕事を回すので、銭を持った住人も増えている。
それに伴い、商いも徐々にではあるが盛んになりつつある。
能登屋さんでも、ここ上京の店を再開させるとの話だ。
その積み荷の運搬を船でと言う事で話がついている。
運送業は我々三蔵の衆の重要な産業だ。
この河川交通も新たな産業にしていくべく、豊田さんから借りている船頭さんに任せることとした。
ここの港が整備されたら、少なくとも熱田からここ上京までは船で繋がる。
できれば観音寺の伊勢屋とも船便を繋げたいが、これは後の宿題だ。
しかし、あのふざけた手紙を貰った時には、この辺りにも戦雲が漂っていたのに、あれからは戦に関してはさっぱり聞こえてこない。
俺の方でも積極的に情報を集めている訳じゃないが、九鬼さんからも弾正さんからも参戦の要請が無い。
要請が無い以上、俺の方では準備をしていないが、あの時半兵衛さんが言うには九鬼さんがかなり張り切って戦準備をしていると言っていた。
どうなったのやら……
確かに、昨日まではそう思っていたのだが、今朝になって丹波少年が手紙を持ってきた。
藤林さんからの書簡だ。
それによると、先日堺沖での海戦で、見事お味方勝利の報が入ったとある。
その書簡に寄れば三好軍は讃岐沖に集めた船に便乗して堺周辺の上陸を狙っていたとか。
流石は堺の商人のネットワークだ。
三好の連中が、出航するよりも事前に情報を掴んでいた堺の商人を経由して、正確な情報を掴んでいた我々は、事前に雑賀埼に準備していた船を使って大阪湾内で見事に敵を補足して、それを殲滅したとある。
安宅舟1艘と関船5艘を沈め、関船2艘を拿捕した段階で三好勢は遁走した。
当然、小早船は多数沈めただろうが、いちいち数えていなかったとか。
たとえ数えていても、俺にまで報告するようなものじゃないので、ここに記していないのだろう。
鹵獲した船には多数の三好の武将が乗り込んでおり、彼らは弾正の人質になったとまである。
これで、当分四国からの三好の攻勢はない。
少なくとも年内はできないだろうと教えてくれる。
この知らせには驚いた。
何も聞こえてこなかったので、戦は回避できたものとばかりに思っていたが、俺の知らないところでしっかり戦果を挙げている。
まあ、政全般を預けているのだから、こういうのは正直助かる。
俺が、この知らせにお祝いを添えて返書を認めようかとしていたら、丹波少年は俺を制止して『いらない』と言ってきた。
なぜ?
と思った俺に、丹波少年は続けて、『すぐにでも、ご本人が報告に来るので、返書は要らない』と託を受けているというのだ。
本人が報告に来る?
どこに?
ここまでくるというのか。
ていうか、本人って誰だよ。
まさか九鬼さんが来るわけじゃないよな。
軍勢なしにお忍びって、俺が言うのもなんだが、ありえないだろう。
あの人日本有数の大大名だよ。
そんな人が京に入ったら、それこそ大騒ぎだ。
俺はその報告を受けた時には、本当に九鬼さんが来るのかと心配にはなったのだが、俺にどうすることもできないし、何より、俺は忙しい。
すぐにこの話は、俺の頭から抜けて行った。
昼過ぎになって、今度は巡回をしていた与六さんから町の噂話を聞かされた。
「空殿。
今町で、弾正殿の上洛の話で騒がしくなってきております」
「え?
弾正さんが来るの。
お忍びってことは無いよね。
町に噂が出回るってことは、弾正さんが流したんだよね」
「多分そうかと。
それよりも、この話には続きがありまして」
「続き?」
「はい、先の海戦で都を脅かす不埒者を見事に成敗したことを、協力して一緒に戦った伊勢の大名で志摩守でもある九鬼殿を伴って幕府に報告に来るそうです」
「やっぱり九鬼さんが来るんだ。
え?
九鬼さんが戦勝報告に来るって、当然軍勢はまだ解いていないよね。
軍勢と一緒に来るのか」
「はい、そのように噂されております。
大和の弾正殿の軍勢と一緒に雑賀埼から直接向かわれたと」
「ちょっと待ってよ。
何で軍の行動がそこまで詳しく町に伝わるの。
おかしいでしょ」
「ですから、弾正殿の策略かと」
ですよね~。
となると、幕府に対しての嫌がらせか。
ここで揉めなければいいけど。
と、俺が心配していれば、今度は珍しく騒がしく伝八さんが飛び込んできた。
「空殿。
大変です」
「今度は何?」
「幕府が、将軍様が逃げ出しました」
え?
将軍が逃げ出した。
あのおやじは、これを狙っていたのか~。
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