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第七章 公家の政
第百七十一話 意外な客人
しおりを挟む俺たちが屋敷に入るとすぐに家宰の助清さんが俺のところにやって来た。
「今帰りました」
「ご主人様、お帰りなさいませ。
奥の部屋にご主人様のお客様をお通ししてあります。
張様がお相手をなさっておりますので、お願い致します」
「客?
いったい誰が」
「尾張の国熱田からのお客様だそうです」
俺は助清さんに、弾正と九鬼さんの相手を頼み部屋に向かった。
部屋の傍までくると、中から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
これは張さんと、いったい誰だ。
割と甲高い声のようだが、俺はその聞き覚えのある声の主を探るように部屋に入った。
「お待たせしました」 とふすまを開けて部屋に入ると、そこには信長さんが、それも本当に楽しそうに張さんと話している。
「ゲ……」
「おお、戻られたか、空よ。
しかし、なんという顔をしているのだ。
それではまるで、……まあいいか。
いや、失礼した。
孫伊勢守殿とお呼びしないといけないかな」
「勘弁してください、弾正忠殿」
「もお、いい加減その『弾正忠』と言うのをやめてくれないかな。
官位がすでに上の者から言われると、どうも座りが悪い。
空も、伊勢守と言われたくなければ、わしのことを信長と呼ぶが良い。
そうだ、今後はわしのことを信長と呼んでくれ」
「よろしいのでしょうか」
「よろしいも何も無いわ。
良いな」
「では、信長様と言うことで」
「まだまだ固いな。
まあ良いか」
「空さん、先ほど信長様より書状を預かっております」
「書状?」
「おお、そうだ。
賢島に寄った際に、伊勢屋の手代から書を預かったので、張殿に渡しておいた。
なんだか急いでおったようだぞ」
え~~~、信長さんにうちの手代がお使いを頼んだのか。
何をやっているんだよ。
俺が青くなっていると、面白そうに信長さんが笑っている。
張さんも笑っていたが、種明かしをしてくれた。
「先ほど、私も聞いて信長様にお詫びしておりましたのよ。
そうすると、信長様が言われるには、うちの手代は信長様を乗せた船頭に手紙を渡していたそうなのだけれど、船頭さんは堺までしか行かないでしょ。
そこから他の者に渡すようなら時間ばかりかかると、信長様が船頭からそのお手紙を預かったそうです」
「しかしね……」
「手代も船頭も責めるなよ。
わしが無理やり奪ったようなものだからな」
「それは本当にお手数をおかけしました」
「しかし、あの賢島は面白いな。
あんな小さな島なのに外からの船が寄ってくる。
船が寄れば富を落とす。
うまくしたものだな。
わしも真似てみたい」
「おほめのお言葉としてお受けします。
して、信長様の訪問の御用は何ですか」
「おおそうだな。
実は山科卿をお迎えに上がったのだ。
山科卿とは手紙のやり取りをしており、かねてから山科卿より尾張をもう一度訪問したいと聞いておったのだ。
親父殿の墓も参りたいとも言っており、できる限り早くに迎えに上がりたかったのだが、先日熱田で、空の処の幸代殿から、『熱田から京まで船で行けるようになりましたから、御用の際にはお申し付けください』とかなり自慢げに話されるものだから、『それではわしを運んでくれ』と言ってやり、無理やり連れてきてもらったわけだ」
は~~、幸代さんまでもが……え?
なんで幸代さんとの会話があるのだ???
「信長様。
こういっては何ですが、何故うちの幸代とお話を」
「なに、ここに来てやっと尾張も美濃も落ち着いてきてな、戦の心配も当分は無い」
「はあ?
戦の心配が無いのは分かりますが」
「戦が無ければ暇になるだろう。
暇になれば馬の早駆けもしたくなろう。
わしは割と頻繁に熱田まで行くのだが、その折に伊勢屋で茶を馳走になっておる。
その際に聞いたのだ」
はあ、幸代さんも被害者だったわけね、これで納得ができた。
「そうそう、せっかく来たのだから空に弾正を紹介してもらえないか。
家臣のやり取りはしておるが、まだ直接会ったことが無いのでな。
いるのだろう、ここ京に」
「はい、今もこの屋敷に、うちの九鬼とおります」
「それは幸い、皆と会いたい」
「分かりました」
俺はそう返事をするしかなかった。
張さんは笑って会食の準備に奥にはいって行った。
俺は助清さんにお二人をここに呼んでもらった。
多分この部屋がこの屋敷では客人をもてなすのにふさわしい部屋なのだろうから。
その後は昼からだというのに酒まで出てきて大騒ぎになった。
信長さんはあまり酒をたしなむ方じゃ無いので、騒ぐのは信長さんが連れて来た配下と弾正たちだけだが、割と楽しい会にはなった。
遅れて丹羽様も山科卿への使いを終えて合流してきた。
「丹羽様もご一緒だったのですね」
「これは空殿、いや、伊勢守殿、お久しぶりです」
「丹羽様。
先ほど信長様にもお願いしておきましたが、公式の席でない限り、どうか昔のままでお願いできませんでしょうか」
「信長様?
ああ、お許しが出たのですね。
伊勢守様のお願いでしたら、わが殿と同様に以前のように振舞いましょう。
空殿でよいですか」
「ありがとうございます。
しかし、良かったのですか、織田の重鎮である丹羽様まで来られて。
しかもご家来衆はほとんど連れていないでしょうに」
「殿の護衛については、あきらめた部分もありますが、今回は船での移動ですので、人数を絞りました。
その代わり、うちではこれ以上ない武人を同行させております。
ご紹介しましょう。
森殿」
あちらで本多様と豪快に酒を飲んでいた森さんを丹羽さんが呼んでいた。
その声にこたえて森さんがこちらに来た。
一緒に本多さんも来たが、直ぐに森さんは俺に向かって名乗りを上げた。
「すみません。
森様、ありがとうございます。
しかし、森様も織田家の重鎮。
重鎮をこれほど連れてきて大丈夫ですか」
「何、問題無いよ。
あの船での移動は、本当に楽だな。
ここから二日もあれば熱田に戻れる。
何かあればすぐにでも帰れる。
それにしても、うちも弾正殿や九鬼殿と同盟関係になり、心強い。
少なくともこれだけで国元が安定する。
これも空殿のおかげかと。
私からもお礼を申し上げる」
森さんは初めて会ったけど実直な方だ。
信長さんが一番信頼を置いている武将だとも聞いている。
それにしても、図らずもうちと松永、それに織田の3勢力キーマンが集まったかのようだ。
この場は3勢力の親睦を図るにはもってこいの機会になった。
宴会は結局そのまま夜まで続き、俺はあちこちに挨拶して回った。
一通り挨拶をすますと、政治的にも俺がここにいる必要は無くなる。
なにせ形なりが子供だ。
酒が飲めないのに、いつまでも大人の付き合いの場にいる必要はない。
俺は信長さんや弾正さんに断ってから部屋を出た。
奥に戻り、預かった手紙を読んでみる。
信長さんが言うには急いでいたという話だ。
……
はあ~~。
あちこちにやりかけを残している俺のせいだと理解はしているが、放っておいた仕事は、厄介ごとと言う利息を付けて帰ってくる。
この手紙にも書かれていることだが、以前のポルトガル船長との取引について、船長が賢島にやって来たそうだ。
すぐに相手をしてほしいとある。
そう言えば、何かしていたような。
なんだったかな……じゃない、船の取引についてこちらから条件を出していたんだ。
船長が来ているのなら戻らないといけないな。
明日にでも動くか。
幸い、ここから堺経由では船だけで動けるようになった。
図らずも信長さんがそれを俺よりも早く証明していた。
信長さん達と明日賢島に帰ることにした。
通訳と言うより交渉事があるのだろうから張さんも連れて行く。
葵や幸は留守番を頼むが、後でぶ~たれてくることだろう。
信長さん達をはじめ、昨日の宴会メンバーはこの屋敷で一泊して、それぞれのところに戻っていった。
信長さんはここで山科卿を待ち、昼過ぎにここを発つつもりだ。
俺もそれに便乗して、戻ることにした。
案の定、葵たちには文句をしこたま言われたが、俺に付いて賢島に行く張さんに言い含められ事なきを得た。
今回ばかりは張さんに感謝だ。
しかし、交渉事が無ければ張さんにもお留守番を頼んでいただろうから、その場合どうなっていたかを想像したら、俺は青くなった。
彼女たちを抑える自信が俺にはない。
今後もこのようなケースはあるだろうから、何か手を考えないとまずいな。
俺は川を船で下りながら、そればかりを考えていた。
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