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第七章 公家の政
第百九十四話 張さんとの結婚
しおりを挟む単なる口約束だが、信長さんとの協調関係の約束を取り付けて、俺は長島を去った。
まだ心の中のしこりは取れないが、やる事は見えた。
俺の中で、只々流されてきていたのだが、これからはこの激流の中を泳ぎ切る覚悟はできたのだ。
まず、三蔵寺に戻ってから上人様に先の戦いの中で落命した若い僧のご遺体を渡して弔ってもらう。
それが済むと、そのまま船で堺に戻り、その足で石山本願寺に向かった。
顕如様に会う必要はないが、今回の一揆鎮圧への協力……たいした協力があった訳では無いが、僧を派遣して一揆を収めようとしてくれたのは事実だ。
しかも、その僧が犠牲となればこちらとしても仁義だけは切っておく。
俺は対応に出てくれた偉そうな僧に今回の僧の派遣のお礼を述べ、長島の一揆の鎮圧の済んだことの報告を入れた。
その後に、派遣された若い僧の犠牲を伝えて、近くの一向宗の寺にて弔ってもらったことを伝え、その僧の身内の方への弔いとしていくばくかの銭を渡しておいた。
とりあえずこちらで出来ることは出し切ったと思われる。
向こう側の気持ちとしてはなんだかものすごく微妙なようだ。
朝敵にすらなっていた長島の一揆勢を庇うことはできないが、それでも自分たちの有力な勢力が完全に潰えたのだ。
気持ちの上では俺らに対して良くは思っていないだろう。
しかし、本山から派遣した僧までも殺したのでは、こちらに対してどうこうといえる筋合いではない。
あちらとしては長島の権利回復だけはしておきたかったのだろうが、そこは俺の方が許さない。
完全に焼き、更地にして、誰一人として住んでいないので、疫病対策などの適当な理由を付けて、当分の間、あの地への立ち入りを禁止したことも伝えた。
時期を見計らって長島の地を完全にこちら側に取りこむつもりだ。
領地や荘園などの横領などこの時代では当たり前のように行われている。
現地に誰も居なければそれこそ誰でもすることだ。
当然一向宗側としては付近の末寺にでも指示を出して防ごうとするだろうが、その末寺は既に俺らの側に調略が済んでいるので、全く問題ない。
でも、正面切って争うきっかけを与える訳にはいかないので、当面の間あそこへの立ち入りを禁止しておいたことを伝えたのだ。
それでも石山本願寺側は何か言いたそうにしていたが、それは適当にはぐらかす。
当たり前だ。
お前ら三河に続き伊勢でも庶民の生活を壊しているのだ。
本来ならばその責任を問いたいが、流石に侮れない勢力であるので、折り合いの付く理由を与えて当面の衝突を避けているのだ。
当然、俺らの意図など向こうも知った上でのやり取りだ。
まあ、派遣した僧を長島の願証寺が殺した段階で、本願寺側には発言力が無くなったのは、本山としては計算外だったのだろう。
一揆が未遂で終われば、派遣した僧の説得が成功していたのなら、俺らは苦境に立たされただろうが、そういう意味ではあの僧の死は俺らにとっては福音になった。
だってそうだろう、未遂で、元のように寺が機能しようものなら、俺らはあの付近には手出しできない。
不介入特権のようなものがあるのだ。
しかもだ、願証寺が大人しくなればまだいいが、そんなことはありえない。
願証寺の高僧である上人様の再三の説得にも関わらず態度を変えてこなかった連中が長島を取り仕切るのだ。
いつ何時暴発するか分からない爆弾を抱えているようなものだ。
こんなのをあの辺りにいつまでも抱えていられない。
長島に対して常に臨戦態勢をとっていたら、ただでさえ人的資源の乏しい俺らなんか簡単につぶれる。
経済的な負担も相当になるのは自明の理だ。
そういう意味では、今回の結果は最上の部類に入るだろう。
寺で死んでいった狂信者の数があれよりも格段に少なく、数百人程度だったならば、そこまで寺を壊すことは許されなかっただろうし、何より、そんなレベルならば本山の説得を受け入れただろう。
あれ以上多かったら、今度はこちら側にも被害は出ただろうから、今回は相当に運が良かったと言える。
俺は俺自身に是が非でもそう言い聞かせている。
理屈上はそうなのだ。
それは間違えてはいない。
しかし、千人を超える人の死が必要だったと俺は、俺の気持ちは納得ができていない。
これは、俺の生きた令和での価値観の影響がある。
少なくともあの時代では、俺の周りではそんな死の予感など全くなかった。
自然災害、地震や台風、豪雨などで、それこそ連日のようにニュースは流していた。
世界に目を向ければウイグル人問題や香港でのデモ、中東の紛争や、アフリカでの飢饉や疫病などで多くの死を伝えてはいたが、全てはニュースなどを通しての話で、俺にとってはリアルではない世界の話だった。
俺はそういう意味では本当に素晴らしい時代、世界、国に住んでいたのだ。
しかし、ここではすべてが俺にとってリアルに迫る。
なにせ、俺がここに流れ着いた時から俺自身の死が直ぐ傍にあった。
しかも、餓死などの俺にとって最も残酷な死の予感が常に傍にあった。
事故などで一思いに死ねればまだここまでリアルさを感じなかっただろうが、ここではあらゆることが死につながるように思われる。
俺は玄奘様に救われ、張さんと珊さんに助けられて今日まで生きてこられた。
あ、そうだ。
一区切りがついたから、京に戻ったら張さんとの祝言を挙げよう。
既に約束していた側室にする件だ。
葵は……うん、まだ待ってもらおう。
流石に幸は若すぎる。
いくら幸くらいでの嫁入りが普通でもある時代だと言っても、俺には無理だ。
俺はロリコンじゃない。
幸も十分すぎるくらいの美少女ではあるが、後一年は待ってもらうしかない。
となると、葵をここで娶ると幸はすねるのは決まり事だ。
張さんは令和では全然問題はないが、この時代では既に行き遅れに差し掛かる年齢だ。
流石に本人を前には絶対に言えないセリフだが、そんなことは葵も幸も理解しているだろう。
なので、張さんを先に娶ってから、落ち着いたら葵と幸も一緒に娶ることにする。
前に側室の約束をした時には三人一緒とも考えていたが、こちらの方が現実的なのだろう。
少なくとも俺が幸の側室が無理な現状ではやむを得まい。
そうと決まれば、堺に戻って船で京に帰ろう。
結さんとの子作りもあるしな……ムフフ。
ハーレムコースに突入だ。
やっと気持ちも晴れてきたので、気持ちよく帰れる。
俺はその日のうちに川船で京に帰り、すぐさま御所に参内した。
帝に勅命の報告だ。
帝へ報告を終え、その足で、太閤屋敷に向かった。
義父に帰京の報告だ。
その時に、側室についても話しておく。
この側室の件は、太閤殿下は既に弾正辺りから聞いていたのだろう。
さして驚くことも無く、簡単に了承してくれた。
そればかりか、さらなる側室を娶らないかとの打診まであったが、流石にそれはお断りしておいた。
そこまで、一応の仁義を切って置いてから、屋敷に戻り、張さんを呼んで、祝言について話した。
「空さん……
本当によろしいので……」
俺の話を聞いた張さんはその場で泣き崩れた。
オロオロ………
誰か助けて。
俺は心の中で叫んでいた。
大概このような場合にはいつも張さんに助けてもらい、張さんがらみの場合などでは葵や幸に助けてもらっていたが、流石に今回の場合は無理だ。
いくら朴念仁の俺でもそれくらいの配慮はできるが、どうしよう。
暫く泣いた後に、どうにか張さんは自身で落ち着いてくれた。
「ヒック……、ありがとうございます。
でも私で良いんですか」
「ああ、俺が結さんと結婚の話を持ってきたときの約束だし、何より、俺は張さんが好きだ。
今まで俺が生きてこれたのも張さんや珊さんのおかげでもある」
「ありがとうございます。
では葵ちゃんと幸さんも……」
「そのことなんだが、今回は張さん一人だけとしたいんだが、どうだろうか」
「それはどうしてなのでしょうか」
「これは俺自身の信念と云ったこともあるが、何より、今の幸には子供を作りたくない。
まだ、女性として体ができていない。
少なくとも後一年は成長させないと、今のまま子供ができれば、最悪死に至る」
「元来、出産とはそういうものでは」
「確かに、今の時代……あ、今の話は忘れてね。
俺の知っている話だけれども、確かに女性の出産とは命がけだと思う。
それでも、幼いうちの出産よりも、きちんと成長した後の方がその危険性が格段に下がるという話だ。
結や葵くらいならばどうにかという感じなのだが、幸では若すぎる。
しかし、だからと言って幸だけ結婚しないとなると幸がすねそうだし、ならば同じように若い葵と一緒にもう少し待って貰っても良いかなと」
「若いというのは正直羨ましいと思っていましたが、こうなるとそればかりではありませんね。
どれくらい待たせるおつもりで」
「最低でも一年は待たせたいかな。
そのころには結も張さんにも子供ができているといいなとも思うし、俺の方でも余裕ができればな」
「一年ですか。
その話はあの二人には」
「いや、まだだ。
まずは張さんからの返事を聞いてからと思っていたんだ」
「返事って」
「俺の嫁さんになってくれるかな」
「………
………はい!」
初めは俺が何を言ったのか理解できなかったようだが、理解したとたんにものすごい良い顔で明るく返事をしてくれた。
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