名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第七章 公家の政

第百九十三話 新境地

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 非常にあっけなかった。
 俺が総攻撃を決めてからが、これほどあっけないものかと思っている。
 俺がこの世界に流れ着いて、玄奘様に助けられてから、それこそ一番恐れ、かつ、その不幸だけはこの世界で是が非でも防ぎたいと、あがいてきた3年間の決着がこの瞬間についた。
 それも非常にあっけなくだが、しかし俺の心は晴れない。

 俺の目の前には、この戦国の世では当たり前の風景なのだろうが、焼け落ちた伽藍がある。
 辺りには非常に嫌な臭いが立ち込めている。
 あの人が焼けた臭いだ。
 しかもその数が千人を超えればその臭いたるやいか程のものか。

 俺はいつもの護衛を連れてだが、願証寺の焼け落ちた後を見て回っている。
 なにも俺自身が一々見て回る必要があるのかと、丹波少年に言われたのだが、これは俺に課せられた罰のようなものだ。

 とにかく、燃え広がった伽藍は1日もあれば完全に焼け落ちて、まだ、燻っているところはあるが、鎮火したようなものだった。
 しかしその焼け跡は酷い有様で、そこら中に焼死体が転がっている。
 そこから発する臭いがとにかくキツイ。

 しかしその悪臭も直に俺の方が麻痺するのだろう。
 俺は広かった願証寺の境内の有った場所を順番に見て回る。
 途中で、酷いやけどを負っても生きている人もいるにはいたが、そんな人が発見されるや否や、兵士が来て止めを刺していく。
 まさに根切だ。
 この戦国の世ではさして珍しいものじゃないだろう。
 直接見たのは初めてだが、正直気持ちの良いものじゃない。
 いや、そんな生易しいものじゃ無かった。

 しかし、助けたいという感情は不思議なくらいおきなかった。
 彼らとて、ここで助けられても待つのは死だけなのだ。
 彼らが今までしてきたことの責任は取らなければならない。
 彼らだって、一揆が始まるとすぐに周りの村々や願証寺の末寺などを襲って略奪や襲撃をしてきたのだ。
 それも、ただ、彼らが自分たちに従って一揆に加わらなかったという理不尽極まり無い理由だけでだ。

 そんな無法者を許す為政者などいない。
 為政者とはそういうものなのだ。
 つくづく為政者何て罪深いものだと思うが、そんな為政者になぜか俺はなっているようだ。
 選んでそうなったわけじゃないが、なってしまった以上逃げる訳にはいかない。
 望んでなったわけじゃないが、その立場にある以上逃げる訳にはいかない。
 今目の前に広がる地獄絵図の世界も、俺が選んだ結果だ、この結果はすべて俺が命じたものだ。
 俺がこの世界に来てから色々としてきたことの結果だ。

 見て回るうちになぜか俺は泣いていたようだ。
 目から涙が止まらない。
 焼け死んだ人たちの中には女子供も多かったと聞いている。
 何でそんな子供たちが、あれほどここから逃げろと上人様が説いていたのにも関わらず残って一揆に加わったのか。

 それもこれも、煩悩にまみれた糞坊主どもに騙されたのだろう。
 その糞坊主たちも全員がこの寺とともに亡くなったのは幸いだ。
 その数約半数と聞いている。
 坊主と僧兵が半数もいたと、逆に言うと残り半数の庶民はこの糞坊主どもに騙されての地獄行だ。

 玄奘様や上人様のように身寄りもない俺なんかのような者達をお救いしてくれる人もいるというのに、庶民を巻き込んで地獄に連れて行く連中もいるという事実が俺をいらだたせる。
 泣きながら周りを歩き回っていると、いつのまにか俺の横に信長さんが来ていた。

「空よ。
 悲しいか?」

「いえ、悔しいのです。
 こうなるとかなり前から分かっていたのにも関わらず防げなかった自分の無力さが、悔しくて仕様がありません」

「空、お前は何様だ。
 人の心まで支配できるとでも思っていたのか」

「あ……」

「わが方に被害は無かったと聞いている。
 戦ではありえないことだ。
 怪我したうつけもいたようだが、それとて、自身の不注意だと聞いている。
 あの糞坊主どもに後れを取ったものは一人もいなかったんだと。
 それは、お前のおかげではないかな」

「………」

「相手方が千余人だけだったとはいえ、十分な成果ではないか。
 これで、ここでは二度と一揆など起こらんだろう」

 今回の一揆騒動での被害は我々の側では死者数が0だったそうだ。
 それもそうだ。
 まともに戦っていなかったのだから。
 大砲を打ち込んで、火矢で寺に火をかけただけの戦いだったのだから。
 実質、石山本願寺から来た僧侶の一人を除くと、誰も死んでいない。
 しかも一揆側に回って死んだ人も俺の知っている歴史上での話からは大幅に少なく僅か千余人だと。

 僅かだと、千人が僅かなはずあるか。
 確かに半数の僧侶や僧兵は自身の撒いた種なのだから死んでも当たり前だが、子供は違うだろう。
 彼らは知らなかっただけだ。
 大人たちに言われるがままに参加して死んでいっただけなのだ。

 だから、もし生きていたら助けられるかというと、一揆が始まった段階で、そもそも無理だ。
 子供だとしても、無辜(むこ)の民に対して罪を犯してしまっているのだから。
 俺は、ここに流れ着いてから、とにかく長島の一向一揆で虐殺されたと言われる二万とも三万ともいわれる数の人の不幸だけは防ぎたかったのだ。

 結果から言えば大成功と云えるのだろう。
 とにかく積極的に一揆に加わる意思の無かった人たちだけは救えたのだから。
 しかも、被害を千余名にまで抑えることに成功したと言える。

 しかし、そのうちの半数近くいた子供たちは救えなかった。
 救えたはずだった子供たちの命が救えなかったのだ。
 彼らが大人たちに騙されなければ、寺から自主的に出てこれたはずなのだ。

 俺は今まで、いくつかの戦にも参加しており、俺の命令でかなりの人も殺めたと言えるだろう。
 しかし、今回の少なくとも数百人いた子供たちへの攻撃には考えるものがあった。

 信長さんに慰められたことで、徐々に落ち着いてきて、次に俺のやる事が見えて来た。
 あの、欲まみれの糞坊主や僧兵ならあの末路も当たり前だと簡単に受け入れられるが、本当に知らなかっただけだという理由で、残忍なことを行い、無残にも殺されていった子供たちは違うのだ。

 そんな子供たちを二度と出さないためには何をするべきか。
 俺は好むと好まざるとに関わらず、為政者の仲間入りをしている。
 なら、その責任を全うしなければならないだろう。

 今日のこの時までは、できればすべてを置いて逃げ出してしまいたかったと何度も思ったのだが、既に俺の手は汚れている。
 もう逃げる資格を失くしたのだ。
 なら、始めるしかないだろう。

「信長さん。
 これからも私に協力してくれますか」

「お、どうした、空よ。
 なんだか顔が変わったな。
 男になった顔をしているぞ」

「はい、決めました。
 たった今決めました。
 少なくともこの辺りからこのような残酷な戦を終わらせます。
 そのためには是非にでも信長さんの協力が必要なのです。
 私に力を貸してくださりますか」

「ああ、俺にできることならな。
 しかし、俺はまだそんなに力を持ったわけじゃないぞ。
 俺にもまだまだ敵は多い。
 東の武田や北の朝倉、それに西の浅井や六角なども不気味な存在だ。
 俺の方が空の力を借りたいくらいだ」

「私は京を押さえます。
 幸い、帝は私に対して協力的ですので、私が都を押さえます。
 その上で、付近から戦を失くします。
 あの糞坊主のようなことを言う連中には私も鬼になる覚悟はできました。
 信長さんが協力してくれるのならいくらでも私は力を貸し出します」

「しかし、空よ。
 人の欲には限りが無いと聞くぞ。
 われら武士はどうしても土地にこだわりがある。
 少しでも貧しければ豊かな土地を欲して戦が無くならない。
 そこの所は理解しているのか」

「土地を持ったからと言って豊かになる訳じゃないことは信長さんも知っている筈では。
 いくらでも今ある土地で豊かにしていける方法があります。
 既に信長さんは治めている地でそれをしているのでは。
 我らはそれを広げて行けば良いだけです。
 そんな我らを襲うような連中には容赦はしませんよ。
 先に上げた諸勢力に対しても私にできることならなんでも協力します」

「そこまで言われれば、俺には異存はないぞ。
 戦が無くなるのなら、俺は喜んで空に協力をしよう」

「ありがとうございます」

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