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第七章 公家の政
第百九十二話 永禄十年 願証寺の爆発
しおりを挟む俺は、とりあえず先手が取れたので、この後のことを色々と思案を巡らせていたら、丹波少年が飛び込んできた。
「主殿。
伊勢からの便りが届きました。
始まったようです」
その後半日遅れて、信長さんからの使いや、本多様まで川船を使ってやってきた。
俺の整備した水運業がその威力を発揮したのだ。
急ぎなら、尾張から一日でここまで来られるようになっていた。
「空よ。
お前の云う通り、始まったようだな」
「ハイ、先ほど九鬼の殿様や信長さんからも知らせを頂きました。
今急ぎ、願証寺を囲んでいるようです」
恐れていたことがとうとう始まった。
俺の新婚生活には安寧の時間は無いのか。
それこそ御仏に文句の一つも言いたい。
だいたい、あの辺りで食えなくなった人は少ない筈だ。
もし食えなくなっても桑名辺りまで来れば俺らが救済しているのだ。
あの一揆は食えなくなってやむを得ずのものじゃない。
もうこうなると俺が帝に頼んでもらったあの文書が役に立つ。
勅命で、事態に対処せよとの内容だ。
「して、どうするね?」
「まずは、現状の把握と、政治ですかね」
「政治?」
「ハイ、先に帝よりお言葉を頂いておりますが、それを最大限に使いたいと思っております」
「具体的には?」
「もう一度石山本願寺に出向いて、願証寺にいる僧侶の本山への帰投を命じてもらいます。
それでも従わない輩を成敗する方向で考えております」
「偉い面倒をするんだな」
「今まで上人様のおかげで、願証寺に続く末寺は無いと聞いております。
元々うつけの起こした一揆です。
うつけではない僧侶などは既に願証寺から逃げ出しているかと。
ここで、周りにいる民達にしっかりとあ奴らの不当を訴えておきます。
後々の禍根を残さない為です」
「我らに何か協力できることは?」
「今のところないかと。
本多様はそのまま淀の方をよろしくお願いします。
われらを快く思っていない連中が淀で騒がないとも言えませんから」
「確かにそうだな」
本多様との短い会談の後に、本多様と一緒に船に乗って俺は堺まで出向いた。
石山本願寺では、つい最近も同じようなやり取りをしたばかりであったので、本当に簡単に済んだ。
今回は、流石に顕如は出てこなかったが、目的のお言葉を書かれた書状を貰った。
石山本願寺からは、俺と一緒に本願寺の若い僧が本山からの使者として同行してきた。
俺とその若い僧は堺で、一泊した後に我らの船で桑名まで直行した。
桑名では藤林さんが出迎えてくれ、状況の説明をしてもらった。
翌日九鬼勢が囲んでいるところまで来た。
「我らからは、帝のお言葉をお伝えください」
「分かりました」
「我らは、これより三日は待ちます。
もし三日以上かかるのならば一度寺から出て直接相談ください。
何もなければ、非常に残念ですが勅命により総攻撃を掛けざるを得ません」
「承知した。
しかし、もはや朝敵にすら成り果てたようだな」
「ハイ、以前に顕如様とのお話で食えずに止むを得ずに一揆に走るのならばまだ同情の余地もあろうし、寺も見捨てたりはしないが、己の欲望だけの狼藉には断固とした態度で臨むとおっしゃっていただきました。
彼らは決して食えなかったわけではありません。
これは、私が保証します。
一揆直前まで上人様が説得してくださっております。
ですので、これが最後だとお思いください」
俺の話を聞いたその若い僧は渋い顔をしながら願証寺に入っていった。
「戻ってきますでしょうかね」
「分からない。
あ奴らは既にまともな思考を持っていないだろう。
正直あの僧が殺されないことだけを祈るだけだ」
その後俺は保護された上人様を訪ねに行った。
「非常に残念で仕方がありません」
「ああ、あれだけ帥(そち)に頼まれておったのにな。
わしの力不足を詫びよう」
「いえ、上人様。
上人様だけでも無事に寺から出られたのを喜んでおります。
それに、上人様はできる限りの無関係な民もお救いになりました。
これはもうそういう運命なのでしょうか」
「そうやもしれぬな。
三河の本證寺の時にも感じたが、純粋に仏門だけを考えて居れば決して起きぬものを。
僧侶が率先して煩悩に走るからな。
此度も、そのような気があるで、本山からの説得も無意味だろう」
その後、上人様から上人様が寺を出る直前の寺の中の様子を覗った。
恐れていたより民の数は思いのほか少なかったようだが、それでも強硬派の僧侶などを含めると1000人は超えた数が寺に籠っている。
最初は彼らの指示に従わない末寺を討つために打って出て来たのだが、素早く展開した藤林様の軍勢に敗れて、今では寺に籠城している。
このまま囲ってもいずれは兵糧も尽きるので、勝ちを得ることは容易いが、それだと時間がかかりそうだ。
籠った連中の数が思いのほか少ないことが籠城には功を奏しているのだ。
俺は、僧侶と約束した三日間を使って賢島から大砲を取り寄せた。
なんだか久しぶりに見る大砲だ。
そういえば最後に戦で使ったのは、大和への応援でこれも寺を攻撃した時だった。
なんだか、俺の業を感じるようでいて、ちょっと悲しくなる。
10門ばかりを用意できたので、寺の前に並べていつでも攻撃できる体制は整った。
約束の三日は過ぎた。
一応、声のでかいものに、寺に向け勧告を出し、かつ、矢文を寺に放り込んだ。
それを二日にわたっていったら、寺からあの僧侶の躯むくろが放り出された。
やはり殺されたか。
もはや仏に使える者じゃない。悪鬼の使いたちだな。
そんな俺らの陣に丹羽様がやってきた。
「久しぶりです、孫殿」
「お久しぶりです、丹羽様」
……
挨拶を交わしてから軍議に入る。
「して、どのようにするおつもりか」
「総攻撃を掛けます。
ここから寺に向かって大砲をできるだけ打ち込みます。
その後、火矢を討ちかけ寺を焼くしかないかと思っております」
「やはりですか、うちの殿と同じお考えで。
では我らも大砲の音を合図に火矢と鉄砲を撃ちかけてあ奴らを根絶やしにしましょう。
既にわが殿はそのおつもりでしたしね」
「それでしたら、攻撃の前に全軍に触れを出してください。
内容は、あ奴らには御仏の加護などなく、既に悪鬼に身をやつしたと。
これは本山である石山本願寺も認めており、本願寺からの使者を無残にも殺して捨てた、人の皮を被った鬼だと。
帝はそんな鬼の征伐に対して近衛少将に勅命を出されております。
我らはその、近衛少将の依頼により、願証寺を落とすということを」
「そこまで、事前に準備されておりましたか。
それなら寺を攻撃することに躊躇する連中もでませんでしょう」
「はい、また付近に住んでいる熱心な宗徒にも悪感情を持たれませんから、後々の政にも影響が少ないかと思います」
「それは助かります。
して攻撃はいつから」
「明日大砲を討ちかけます。
まずは大砲で二日ほど攻撃した後に、あ奴らが降参してくれれば良いのですが、そうでなければ根絶やしをお願いします」
俺もずいぶん残酷になったものだ。
この世界に来るまでは根絶やしなんか考えなかっただろうし、つい最近までそういった残酷なことにならないように頑張ってきたのに、俺の指示で多くの人が殺される。
政略結婚とはいえ、まだ新婚なのに、俺の神経が保てばいいな。
先の悪鬼の触れについては、民を先導するんじゃなくて、本当は俺自身を納得させるものなのかもしれないな。
いずれにしてもサイは投げられたのだ。
だから俺は為政者にはなりたくは無かった。
これが片付いたら絶対に俺は政には近づかないぞ。
まあ、俺がこの世界に来てからの目標だった願証寺の惨劇の阻止は俺の手で収めないといけないな。
まあ、俺の知る歴史よりはましということで納得……できるかな。
翌日から俺の依頼を受けた格好で、九鬼さんが盛んに大砲を撃ち込んでいる。
的が大きいのだ。
全弾命中は無くとも全弾が外れることは無い。
二日間の攻撃でかなり寺の様子も違ってきた。
威容を誇っていた本堂もすっかり形を変えた。
それでも中の連中は降参しない。
俺は信長さんにも使いを出して、いよいよ根絶やしが始まった。
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