名もなき民の戦国時代

のらしろ

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第七章 公家の政

第二百五話 信長さんの一言から始まる騒動

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 この時代において、特に戦場では音の影響は大きい。
 音と言ってもせせらぎのような心地よいものでは無く、轟音と言い換えてもいいだろう。
 鉄砲を初めて聞いた馬が暴れるなんて事は、既に鉄砲を使ったことのある大名家では有名な話になっているが、それでも音が戦況を変えてしまうことがある。

 信長さん達との話し合いで、峠に待機させていた大砲を観音寺城攻めに使うことにして、大砲を信長さんのところまで運ばせた。
 鉄砲もそうだが、大砲の戦略は何と言ってもその射程を生かしたアウトレンジ戦略に尽きるだろう。

 大砲は鉄砲以上の射程があるので、アウトレンジ向きだともいえるが、実際にはそれほど優れたものでは無かった。
 それでも過去に俺らは弾正の依頼で大砲で砦攻めに使って大きな成果を出したことがあった。
 この時には目標である砦を見下ろせる場所に陣を構えることができたので、さほど苦労をせずに大砲で戦果を挙げられた。
 しかし、これは条件がそろったからできたことで、今回のように山城を攻める場合には正直微妙だった。

 射撃目標が見上げる形になったことで、当然射程距離が短くなる。
 そうなるとどうしても城に近づかなければならなくなるが、これが問題となる。
 ただでさえ移動に問題を抱えている大砲が敵の傍に陣取るということは、いつ何時敵から襲撃されるか分からないリスクを抱えてしまう。
 急襲されれば、大砲は何の役にも立たないうえに逃げるには不向きになる。
 置いて逃げれば、それが逆に自分らに向かわないとは言えないから、早々おいて逃げる訳にもいかない。
 そのために、襲撃をその場で押し返せるくらいの護衛が無ければできない戦術だ。

 幸いなことに今回は信長さん達の主力が控えていたことで、十分に準備ができたので、大砲を使って城攻めが行えた。
 事前に、馬防柵まで準備してもらい、柴田勝家率いる部隊に護衛されての大砲の移動だった。
 今回ばかりは前回同様に条件がそろったことで十分に大砲の威力を敵に見舞わせることができた。

 半兵衛さんの指揮の下、数発の攻撃で大手門の破壊に成功した後、後は適当に城に向かって大砲を打ち込んでいたら、敵の方から勝手に降参してきた。
 正式な開城では無く、城兵が勝手に逃げだしていき、気が付いた時にはほとんど無人となっていたという話だった。

 城門の破壊では確かに威力を発揮した大砲だったが、それ以外では成果と言えるものが無かった筈だが、先に述べたように大砲の発する轟音が城兵の心を見事に打ち砕いたとのことだった。
 そこに城門の破壊の連絡を受けたら我先にと城兵が逃げ出していったと藤林さんからの報告ではあった。

 まあ、ただでさえ城主が我先にと逃げ出しており、また、この城ではこういったケースが初めてでないことから城兵の士気は最低だったこともあるが、今まで聞いたことも無い轟音を何度も聞かされた城兵は生きた心地はしなかったであろう。
 結局、観音寺城の攻撃は、大砲設置の準備に多くの時間をかけたが、その後はほとんど何もしないで開城することに成功した。

 俺が京で信長さんと別れてから十日もしないで、信長さんはこちら側に寝返った蒲生さんを引き連れて京に凱旋してきた。
 信長さんの凱旋で、今回の騒動は決着を見た。
 近衛関白の横槍も、あまりに早い決着を見たことから大したことも無かった。
 六角義賢の助命くらいしかできなかったが、元々信長さんからも直ぐの処刑は止められていたこともあり、実質何もできていない。

 それだけにこの後色々と突っかかってきそうで少々気が重たいが、俺は当初の計画通り信長さんを伴って、太閤殿下を筆頭に弾正たち主だった大名たちと参内して、帝に報告を行った。
 当然、関白も出席はしており、俺のことをにらみつけてはいたが、帝から異例ではあるが直接ねぎらわれたこともあり、その後は何もしてこなかった。

 今までだとこの後ねちねちと皮肉の攻撃があるのだが、それすらできなかったようだ。
 太閤殿下の根回しもあって、六角の支配地は信長さんが引き継ぐことを正式に朝廷が認めた。
 その後、俺らは一度太閤屋敷まで下がり、この後についての打ち合わせと内々の戦勝祝いを行った。

 事前に連絡が入っていたのか太閤屋敷には張さんが差配して宴会の準備がされていた。
 俺らが太閤殿下のお屋敷をお借りしての打ち上げをする形になっているようだが、京の公家から見たら、太閤殿下のご意向に沿って集まった有力大名を殿下自らねぎらうように見せている。

 内々とはいえ、かなり大掛かりの宴になっており、殿下の近しい方たちまでお祝いに駆けつけて来たのだ。
 これも京に置ける政治の一つの形かもしれない。

 内々のねぎらいなら俺の屋敷の方が準備が楽だが、いくら俺の義父とはいえ殿下を呼びつけての宴会は憚られるというのだ。
 公的なお祝いは俺の結婚式と一緒に大々的に行うという話で、その話も今ここで俺は聞かされたのだ。

 いったい何時誰と誰が話し合ってそんな取り決めをしているのか正直不安になるが、五宮と張さん辺りが俺にとって最良となる選択をしていると思うしかない。
 内々の宴会も一次会はかなり公的なもので、俺の知らない方たちも多く参加していたが、二次会になると完全に内輪の宴会となった。

 その席で、信長さんは俺にあることを告げて来たのだ。

「あ、言い忘れたが、尾張から市を京に呼んだぞ。
 船で来るからそろそろつくころかもしれない」

「「「え!」」」

 流石にその場にいた全員が固まった。
 信長さんはいつもひょいっとうちに来るようにお市さんを堺から船でうちの裏の湊まで運んでもらうように尾張屋さんに手配したと言っている。

 いくらあんたがでたらめな行動をするからと言って、婚儀の為に来る女性を船で簡単につれてきてよい筈がなかった。
 俺は、直ぐに屋敷に来ていた五宮を呼んで太閤殿下を交えて話し合いを始めた。
 そんな席に丹波少年が淀からの知らせをもって飛び込んできた。

「空さん。
 大変です。
 淀から緊急の知らせが入りました」

「丹波、何があったの」

「ハイ、空さんのお嫁さんが急に淀に現れたそうで、本多様の計らいでその場で船を止め、行列の準備をしているそうです。
 現場では、あまりの急な話で一切の作業が止まっているとか」

「それは誠か」

 横で聞いていた半兵衛さんが丹波少年に問いただしているが、その場にいた全員は一斉に胸をなでおろした。

「とりあえず、無事に上洛できますね」

 五宮はほっとした表情で俺に言ってくる。
 横で聞いていた弾正は「でかした、正信」と声に出していたくらいだ。
 本多さんの正にファインプレイ。
 とにかく、大事にならずに俺の嫁となるお市さんは上洛できそうだ。

 しかし、そうなるとお市さんをどこに留め置くかという問題になる。
 信長さんは連れて来た兵とともに本能寺に泊まる手筈になっている。
 しかし、それはあくまで凱旋のためで、婚儀のためではない。

 元々が色々と政治向きな婚儀でもあったので、お市さんはここ太閤屋敷に婚儀まで預かることになり、迎えを出すことになった。
 皆で相談の上、信長さんから母衣衆を出してもらい、母衣衆に先導させる形で上洛させる運びになった。

 見栄えを整えるためにも弾正が淀に居る兵たちの内、見栄えのいいのを選んで一緒に来ることになった。
 結局、信長さんの一言から始まった大騒ぎは淀にいた本多さんのファインプレイでこちらは何もしないうちに決着を見た。

 二次会も大騒ぎをした成果、そのままお開きとなり、俺は皆と一緒に屋敷に戻った。
 後片付けは太閤側ですることになっていたようだ。
 俺は屋敷に戻り、張さんと今度は淀についての後始末にかかる。

 工事を止めてまでの迷惑をかけたという話だったので、今回のお祝いの御裾分けという形で酒を人足全員分、堺から取り寄せて送ることにして、張さんを派遣してその後の差配をお願いしておいた。
 張さんも、そろそろ淀の方を確認したいと快く引き受けてくれ、葵たちを連れて船で淀に向かった。

 残るのは婚儀についてだが、そちらは俺は完全に蚊帳の外に置かれ、勝手なことはできない。
 まあ、残件を残しての結婚もあれなので、今回の騒動の残りの案件でもある六角義賢の片を付ける。

 これも事前に五宮と相談はしていたが、どこかに流すか出家しかなさそうだということで、弾正に相談の上、彼に預けた。
 弾正は、自分の目の届く寺に出家させるつもりのようだ。
 出家は還俗して騒ぎを起こせなくもないが、その辺りについても考えがあるようだ。
 最悪……
 この時代では事故や病気で命を落とす人は大勢いるし……

 俺の精神の安寧のためにこれ以上は考えないようにしよう。

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