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第七章 公家の政
第二百六話 お市さんの上洛
しおりを挟む懸案だった六角の後始末も大和に引き取ると弾正さんが早々に連れて行ってくれたので、今までの一連の騒動も完全に決着を見せた。
そうなると次のイベントに興味が移るのは人間の性だ。
しかし、そのイベントが俺の犠牲の元に行われるとあっては手放しでは喜べない。
現代までその美貌を謳われたお市さんとの結婚だとしても、まだ俺はそのお市さんを見たことすらない。
そのお市さんも、信長さんがシスコンの気があるのではないかと疑われかねないくらいに大事にしていたようで、信長さんのところのご家来衆でも早々見られるものじゃないらしい。
そんな大事な妹を俺に嫁がせるのは、一も二も無く政略だ。
この時代では、さして珍しくなくと云うよりも当たり前な話ではあるが、今や完全に京に拠点を置いた俺に対しての絆を深める以外にその理由は無さそうだ。
尤も、俺のことを信長さんが気に入っているということもあるが、最大の理由は簡単に俺のところと行き来ができるというのがあるだろうと俺は睨んでいる。
なにせ何かあるたびにひょいっと本人がここまで来るのだから、信長さん本人がお市さんに会いたくなると今以上にここまでやって来ることは自明の理だろう。
そんな大事な妹の上洛に何故何も気を使わなかったのか甚だ疑問はあるが、本多さんの超ファインプレーにより、事なきを得たのだ。
今日には行列を従えて上洛して太閤殿下のお屋敷に入ることになっている。
そして、殿下のお屋敷で婚儀の準備を整え、八日後に結婚式となった。
八日もあればここは余裕かと思っていたが、先日からここも戦場の様に忙しい。
新たな嫁を迎えるために、その屋敷を準備したり婚儀のための宴会の準備など、本当に慌ただしくなっている。
尤も、その差配の全てを張さんが仕切り現場をしっかりとまとめてくれているので、今のところ問題なく準備は進んでいるという。
そう、今の俺は日常の仕事以外にやる事が無い。
ここまで暇だと、正直言って居心地が悪い。
本当に俺以外は皆忙しくしているのだ。
そうなると、ここから離れて淀の視察にでも出かけたくなるが、今日にはお市さんの行列が上洛して来るとあってはその治安を守る俺がここ京を離れる訳にはいかない。
かといって特別やる事は無いのも事実だが。
お市さんの行列は信長さんの母衣衆がしっかりと守っているし、そのほかに弾正様のご家来衆を本多さんが指揮しているから、はっきり言って俺には何もできない。
先日までなら俺もどこかにでも出かけられたが、お市さんの上洛が今日であってはそうもいかず、俺は街中を警備している検非違使の連中とその上洛の行列を見学に町の境まで出かけた。
俺が現場に着いた時には、どこから聞きつけたのか町の連中も集まって行列を眺めに来ており、ちょっとした混乱が起きかけていた。
それを、先に到着していた検非違使たちが整理をしている。
「ご苦労様」
俺は町人を整理していた検非違使の班長さんに声を掛けた。
「あ、少将殿」
街中では一応役職で呼ばせている。
役所内では名前で呼ばせていたのだが、最近は役所内でも役職で呼ばれることが増えた。
前に連れて来た連中に加えて、京の街中からも人を雇い始めており、彼らの手前役職で呼ぶようになったとか。
俺としては別に良い事なのだが、これも治安に繋がるのならと諦めてもいる。
そうこうしていると目的の行列の先頭が見えて来た。
騎馬武者を先頭にちょっとした大名行列だ。
尤も俺は大名行列をお祭りの奴も含め見たことが無いのだが、流石に整然と列をなした行列は見ごたえもある。
今回の上洛の行列は娯楽に飢えたこの時代の人にとって格好の娯楽ともいえるようで、町はさっきよりもいっそう賑わいを見せていた。
そろそろ先頭の騎馬武者の顔が分かるくらいにまで近づいてきた。
それを見た俺は驚いた。
信長さん本人が先頭になって行列を従えているのだ。
あの人も暇になったのか、やる事が無いと碌なことをしない。
信長さんがご自身の母衣衆を従え、その後ろに輿を引き連れている。
輿の周りには女官たちが集まっているから、あの輿にお市さんが乗っているのだろう。
流石にオープンカーでのパレードでないので、顔を見れないがそう言ったものだろうと俺は納得していた。
その輿の後から、少々疲れた顔をした本多さんが馬にまたがり弾正の配下を引き連れていた。
俺に気が付いた本多さんは、俺にかるく頭を下げ挨拶をしたらすぐにまっすぐ前を向いてしまった。
今回ばかりは本多さんに面倒を掛けてしまった。
尤も俺が悪い訳では無いが、それでも俺の嫁のことなので、後で酒でも差し入れに行こう。
あ、紹興酒のいいものが手に入ったと五宮が言っていたから、それをもって差し入れに行って、とりあえず今回の件を俺が代わりに謝っておこう。
絶対に信長さんは謝りになんか行かないだろうから、と云うよりも悪い事だという認識すら無さそうだった。
無事に目の前を行列が通り過ぎ、直に太閤屋敷に全てが入っていった。
俺は付近の喧騒が落ち着くまでこの場に留まり、警備にあたったが、これと言ってやることがあった訳では無い。
それでも町の喧騒はすぐに収まり、この辺りに日常が戻った。
俺はそれを確認して屋敷に戻った。
屋敷に入ると、俺に客が来ていると伝言を受けた。
何とまだ南近江に居る筈の丹羽様が俺のところに来ていたのだ。
久しぶりに丹羽様に遭った気がする。
丹羽様は、俺に会うと開口一番に詫びを入れて来た。
「空殿。
此度は殿がご面倒をおかけして申し訳ない」
うん、苦労人の丹羽さんは分かっていたようだ。
信長さんによってこの辺りがかなり混乱したことをどこで聞いたのか急ぎ観音寺から駆けつけて来た。
まだ南近江は占領したばかりで、丹羽様のような政に詳しい人たちにとっては一番忙しい時なはずだが、それでもそれを置いてきたのは、今回の件を彼なりに重く受け止めていたようだ。
もっとも、織田勢に新たに加わった蒲生一族の存在もあって抜け出すことができたようでもある。
今南近江の政は蒲生さん達が頑張っているらしい。
地理にも人脈的にも詳しい蒲生さんが中心になって、あの辺りを落ち着かせていると丹羽さんから聞いた。
まあ、織田勢にとって信長さんが大切にかわいがってきたお市さんの婚儀は一大事でもあるようだが、今回の件で信長さんの立場が悪くなることを恐れたようでもあった。
そんな苦労人の丹羽さんに対して俺が大丈夫だと説明したら、かなり落ち着いたようだ。
それでもしきりに詫びを入れてきて、尾張産の干物をかなりの量差し出してきた。
お詫びの品だという。
俺はそれを一旦受け取り、今回の件で一番に苦労をした本多さんのことを話してこれから差し入れにいくといったら一緒に来ることになった。
丹羽さんから頂いた干物もかなりの量を酒と一緒に持って太閤屋敷に向かった。
太閤屋敷には多くの弾正の配下の武将が忙しくしていた。
その中でひときわ忙しくしていたのが本多さんだ。
本多さんを捕まえて、事情を聴くと連れて来た武士たちを使って屋敷の警備に当たらせているので、その順番や配置などを決めているから慌ただしいだけで、直ぐに落ち着くというのだ。
俺は落ち着くまで信長さんを探したが、肝心の信長さんはお市さんを屋敷に連れて来たことに安心したのかさっさと自身の母衣衆を連れて信長さんが本陣を置いている本能寺に戻っていったと、入り口で警備していた武士が教えてくれた。
俺が呆れながら丹羽さんを連れて義父でもある太閤殿下に面会を求めた。
丹羽さんはかなり慌てていたが、信長さんも簡単に会いに来ているようで、太閤殿下の方はすぐにあってくれた。
俺から、丹羽さんを紹介して、今回の件で一緒に苦労した太閤殿下に持ってきた酒などを手渡して、本多さん達をねぎらってほしいとお願いして屋敷を去った。
結婚式まで俺はお市さんに直接会うのはあまり褒められたことではないらしい。
いつまでもお市さんの居る屋敷をうろうろしているのは敵対する公家たちからは格好の攻撃材料にも成り兼ねないと、殿下の家宰からも言われていたので、やる事だけ済ませてから、本多さんに挨拶もせずに屋敷を去った。
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