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第七章 公家の政
第二百七話 お市さんとの婚儀 そして
しおりを挟む夕方に、殿下の屋敷が落ち着いたのか本多さんの方から俺の屋敷を訪ねて来た。
「今回は本多さんの機転により救われました。
本当に感謝します」
「ああ。しかし前から聞いてはいたが、あれでは丹羽殿も大変だろうな。
まるでこちらの常識が通じないとは」
「いや、常識が通じないのではなく敢えて無視しているのでしょうね。
不合理なことは絶対にやりたくないといった感じで」
「不合理?」
「ええ、前に聞いたことがあります。
理屈に合わない仕来りなんか邪魔だとか言って」
「そう言う御仁か……」
「丹羽様とは」
「ああ、じっくりと苦労談を聞いたよ」
そこから酒を本多様に振舞いながら今回の件のお礼を兼ねた宴を開いた。
内輪だけではあるが俺の婚儀のために集まった九鬼さんやその配下の武将達とささやかながらの宴会となった。
俺は既に成人として扱われてはいるが、その見た目と云うかまだ子供で居たいという俺の願望もあり、酒は飲んでいない。
しかし、俺がお詫びと感謝の念を込めた宴会なので、本多さんの傍で食事をしながら色々と話をしている。
本多さんの話は最初信長さんの行動についての驚きから始まったが、酒が回ると仕事の愚痴も混ざるようになってきた。
大和の弾正さんの話に及ぶと、信長さんといいとこ勝負のような無茶振りなども聞かされた。
何だ、戦国チート武将の配下はどこも同じだなと俺は感じたが、ここでは何も言わなかった。
酔っ払いに、きわどい話題なぞ振って絡まれても面白くない。
本多さんにはその日は泊まってもらい遅くまで酒をたしなんでもらった。
翌日、昨夜の結果である二日酔いを頂き本多さんは太閤屋敷に戻っていった。
警護のお役目中なのだ。
その後婚儀までは会うことも無くあっという間に八日は過ぎ、本日夕刻に婚儀が執り行われる。
昼過ぎに太閤屋敷からお市さんを乗せた輿が列をなして俺の屋敷までくることになっている。
俺の屋敷と太閤殿下のお屋敷とはほとんど目と鼻の先の距離にある。
なにせ、俺らの事務所を置いているところからは見える距離だ。
しかし、お市さんの行列は少しばかり遠回りをして俺の屋敷に来ることになっているのだ。
洛中の市民へのお披露目と言った感じだ。
しかし、輿に乗ったお市さんは列の外からは誰も直接見ることはできない。
こんなんでどこがお披露目かと俺は云いたかったが、この時代の仕来りと諦めてもいる。
とにかく太閤ゆかりの人の婚儀が俺との間で執り行われることはこの行列で誰でもわかるようになっているそうだ。
それだけで十分に政治的な目的が果たせるというから、どうしたものか。
本当にここ京都はめんどくさい。
京だけでなく、この時代のVIPなら当たり前と後日弾正から聞かされたので、まだまだ俺の常識はこの時代とはかけ離れていると痛感した次第だった。
行列はまず太閤屋敷を出ると大通りを南に下がり、洛中の中心となる辺りを通ってから俺の屋敷に向かってくる。
その行列を信長さんがご自身で母衣衆を従えてやって来ると聞いた時には俺の屋敷中諦めの空気が流れた。
太閤殿下はお市さんを送り出した後に牛車で俺の屋敷に向かうことになっている。
しかし、屋敷に到着するのは太閤殿下の方が格段に速くつくことになる。
なにせ歩いてもそれほど時間がかかる距離で無いのを直接来るのと、回り道をしてくるのとの違いだ。
殿下が屋敷正面玄関に着いたので、俺は殿下を御連れして今日の会場となる大広間に案内しておいた。
殿下の声の掛かった公家衆も殿下よりも前に集まっているので、婚儀までの間少しばかりの酒などを出して歓迎している。
しかし、今回の結婚式は正室である結さんを迎えた時よりもより大掛かりになっている。
京の治安や殿下のお仲間の公家衆の懐具合の変化や、俺自身の置かれた状況の変化がその原因だとか。
弾正に言わせれば天下人の婚儀だ。
これでも質素だと言っていた。
誰が天下人だ。
俺は京の治安を守る一部署の長でしかない。
しかし、弾正だけでなくここに集った人たちの共通の認識になってきていそうで俺は怖い。
話を婚儀に戻し、今日の婚儀は俺の側室の婚儀なので、言うならば内輪の私的なものだ。
なので、近衛関白の息の掛かった公家衆は近衛関白殿下を含め誰も呼んでいないが、信長さんの行列もあることで、なんだか関白のメンツをつぶした格好になってしまった。
後で面倒にならなければいいが、それに俺が今日招待しても、呼ばれたお公家さんはお祝いなどの負担で迷惑をかけてしまうし、そもそもその日の暮らしに困っている公家などは来れなかっただろう。
今回俺の方で招待した公家さんには太閤殿下を通して十分な援助をしており、お祝いの品にも困らないように手段を講じている。
一例を挙げるなら、金銭の援助はもちろんだが、俺に対するお祝いの品にも殿下を通して注文を出していた。
家宝にあるお宝で売りに出しても良いものを持ってきてほしいと。
特に美術品や書物なら大歓迎と言ってある。
それらを受け取ったら、前々から準備している孫文庫にお祝いに寄こした公家の名前で寄付したことにして、後世に残るような保存活動にも参加してもらうことになっている。
当然、その家宝に見合うだけの金銭は太閤殿下から渡されることになっているので、その公家にすれば、後世のために文化財を寄付したこととして名が残るようになっているのだ。
頂いたお祝いは公家の家宝では無くなるが、保存などの手間がなくなり元の持ち主である公家の名が残る。
しかも、文化財保存活動に参加資格も得られるといった経済的なメリットもあるので、これにはかなり喜んでいたと俺は聞いた。
俺も結婚式に嫌々ながら来られるくらいなら、皆に喜んで祝われた方が良いに決まっている。
色々と五宮にアイデアを出してもらい彼にはかなり苦労を掛けたがこのカラクリは俺も気に入っている。
俺の作る文化財保護の財団のような組織『孫文庫』はあくまで俺個人のものだから。関白から横槍も入れさせない。
それでも色々と言ってくるが、それを全部無視している。
今では六角を落としたことで京周辺での戦の脅威は無くなってきたが、そろそろ近衛関白との一戦があるのかもしれない。
今回の俺の婚儀で完全に関白のメンツを潰してしまったようなものだから。
彼も黙ってはいないだろう。
いや、俺の知らないところで始まっているのかもしれない。
公家の戦いはどうしても政治抗争になる。
まあ、その抗争の主役が太閤殿下と関白殿下なので、俺は殿下の指示に従うだけというスタンスで臨んでいる。
とにかく今は難しいことを考えずに婚儀に臨んだ。
婚儀は二日にわたる宴会で終わる。
ふんだんに集まった連中に飲み食いさせて終わり。
無事に婚儀を終えて、晴れてお市さんを側室に向かえ、初めて二人で面会した。
確かに歴史に残る美人とは彼女のことだ。
信長さんもかなりのイケメンなので、期待はしていたが良い方で裏切られたような気がする。
二人とも十分な年齢だったので、仕来りに従いその夜は二人で過ごした。
平安の世なれば、いや公家ならば今でも翌朝に歌を詠まねばならないのだろうが、あいにく俺もお市さんも京の人から見たら田舎者で、そう言うのは要らないらしい。
ほしいと言われても困るが。
その後は嫁たち全員と朝食をとり、そのまま全員で広間で家臣たちとの面会になった。
家臣では無い本多さんや丹羽様もこの席に居たのには驚いた。
信長さんもちゃっかりこの部屋にはいたが、家臣の列には並ばずにいた。
いうならご親戚の席といった感じだ。
皆に挨拶をした後解散となり、一連の婚儀は終わったといえる。
ここからはお市さんは結さんや張さんに従ってここでの生活を覚えて行く。
普通の武家とは全く違う生活になるが、お市さんの方でもその覚悟はあるようだ。
で、俺はというとここからが大変になる。
今京には弾正松永久秀や信長さん、九鬼さん、それにそれぞれの重臣が集まっているのだ。
当然今後についての政治向きな話し合いがもたれる。
その政治の話に義父である太閤殿下も参加されるので、どうしてもこの国の未来への話になっていく。
まだ正式には征夷大将軍が廃止されていないので足利幕府は続いていることになっているが、ここに集まった人の誰一人としてそんなことは思っても居ない。
となると次の天下人は誰かという話になる。
弾正や信長さんは俺が成れば喜んで協力すると言ってくるし、九鬼さんを始めその配下の武将も誰一人それを疑っていない。
なればと俺が進んでそれを引き受けるような者じゃないこともここに居る人はそれを理解しているから、妙案が出ずに困っているのだ。
「とりあえず、戦だけは無くしていきたいですね」
「それは同感だ」
「幸い六角を落としたことでこの辺りには西を除くとその心配は今のところないな」
「弾正忠織田殿には多方面に敵を抱えているが、何かあれば援軍を出す」
「かたじけない、弾正松永殿」
信長さんと大和の弾正さんとはそんな物騒な話をしている。
「我らは良いが、他の地の戦をどうやって収めるかだな」
半兵衛さんが真理をついてくるが、応急的には俺に考えがある。
「帝に詔(みことのり)を出してもらう。
それを受け、我らがそれに協力していくのではいかがだろうか」
「建武の新政をまたやらかすのか」
「いや、あれでは誰もついてこないでしょう。
別の仕組みが要りますが、それは周りを治めながらみんなで考えてまいりましょう。
今は、一刻も早くこの国をまとめて、外から来る連中からこの国を守ることが先決です。
南蛮は決して親切心からこちらに来ている訳ではありませんよ。
南にある国は、既に南蛮に落とされておりますからね」
既に、この時代はこの辺りまでヨーロッパの植民地政策の魔の手が迫ってきている。
いつまでも国を割って争ってよい状況ではない。
この国を一つにまとめ、ヨーロッパに対抗していかなければならないが、そのまとめ方が問題だ。
新たな幕府を作ることも考えられる。
現に俺の知っている歴史では、江戸幕府がその役割を果たしてきたが、あいにくその中心となる人が居ない。
信長さんは能力的には問題ないが、今までの経緯からそれをここの集まった人たちは納得してくれない。
かといって俺がそれをするわけにもいかない。
能力以前に俺の気持ちの問題だ。
やはり、この国のことは、この国のこの時代の人たちに決めてもらうのが一番だ。
後にしこりの残らないように、俺ができるのはそのアドバイスをするくらいだろう。
今色々と考えはあるが、とりあえず今のまとまりのままこの国をまとめて行こう。
幸い我らの旗頭として、天皇陛下が使える状況にはある。
その後については、成るようになるしかないだろう。
しかし、どうなっていくのだろうか。
俺の平安も含めて……
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