名もなき民の戦国時代

のらしろ

文字の大きさ
238 / 319
第七章 公家の政

第二百七話 お市さんとの婚儀 そして

しおりを挟む


 夕方に、殿下の屋敷が落ち着いたのか本多さんの方から俺の屋敷を訪ねて来た。

「今回は本多さんの機転により救われました。
 本当に感謝します」

「ああ。しかし前から聞いてはいたが、あれでは丹羽殿も大変だろうな。
 まるでこちらの常識が通じないとは」

「いや、常識が通じないのではなく敢えて無視しているのでしょうね。
 不合理なことは絶対にやりたくないといった感じで」

「不合理?」

「ええ、前に聞いたことがあります。
 理屈に合わない仕来りなんか邪魔だとか言って」

「そう言う御仁か……」

「丹羽様とは」

「ああ、じっくりと苦労談を聞いたよ」

 そこから酒を本多様に振舞いながら今回の件のお礼を兼ねた宴を開いた。
 内輪だけではあるが俺の婚儀のために集まった九鬼さんやその配下の武将達とささやかながらの宴会となった。
 俺は既に成人として扱われてはいるが、その見た目と云うかまだ子供で居たいという俺の願望もあり、酒は飲んでいない。

 しかし、俺がお詫びと感謝の念を込めた宴会なので、本多さんの傍で食事をしながら色々と話をしている。
 本多さんの話は最初信長さんの行動についての驚きから始まったが、酒が回ると仕事の愚痴も混ざるようになってきた。

 大和の弾正さんの話に及ぶと、信長さんといいとこ勝負のような無茶振りなども聞かされた。
 何だ、戦国チート武将の配下はどこも同じだなと俺は感じたが、ここでは何も言わなかった。

 酔っ払いに、きわどい話題なぞ振って絡まれても面白くない。
 本多さんにはその日は泊まってもらい遅くまで酒をたしなんでもらった。
 翌日、昨夜の結果である二日酔いを頂き本多さんは太閤屋敷に戻っていった。

 警護のお役目中なのだ。
 その後婚儀までは会うことも無くあっという間に八日は過ぎ、本日夕刻に婚儀が執り行われる。
 昼過ぎに太閤屋敷からお市さんを乗せた輿が列をなして俺の屋敷までくることになっている。

 俺の屋敷と太閤殿下のお屋敷とはほとんど目と鼻の先の距離にある。
 なにせ、俺らの事務所を置いているところからは見える距離だ。
 しかし、お市さんの行列は少しばかり遠回りをして俺の屋敷に来ることになっているのだ。

 洛中の市民へのお披露目と言った感じだ。
 しかし、輿に乗ったお市さんは列の外からは誰も直接見ることはできない。
 こんなんでどこがお披露目かと俺は云いたかったが、この時代の仕来りと諦めてもいる。

 とにかく太閤ゆかりの人の婚儀が俺との間で執り行われることはこの行列で誰でもわかるようになっているそうだ。
 それだけで十分に政治的な目的が果たせるというから、どうしたものか。
 本当にここ京都はめんどくさい。

 京だけでなく、この時代のVIPなら当たり前と後日弾正から聞かされたので、まだまだ俺の常識はこの時代とはかけ離れていると痛感した次第だった。
 行列はまず太閤屋敷を出ると大通りを南に下がり、洛中の中心となる辺りを通ってから俺の屋敷に向かってくる。

 その行列を信長さんがご自身で母衣衆を従えてやって来ると聞いた時には俺の屋敷中諦めの空気が流れた。
 太閤殿下はお市さんを送り出した後に牛車で俺の屋敷に向かうことになっている。
 しかし、屋敷に到着するのは太閤殿下の方が格段に速くつくことになる。

 なにせ歩いてもそれほど時間がかかる距離で無いのを直接来るのと、回り道をしてくるのとの違いだ。
 殿下が屋敷正面玄関に着いたので、俺は殿下を御連れして今日の会場となる大広間に案内しておいた。

 殿下の声の掛かった公家衆も殿下よりも前に集まっているので、婚儀までの間少しばかりの酒などを出して歓迎している。
 しかし、今回の結婚式は正室である結さんを迎えた時よりもより大掛かりになっている。

 京の治安や殿下のお仲間の公家衆の懐具合の変化や、俺自身の置かれた状況の変化がその原因だとか。
 弾正に言わせれば天下人の婚儀だ。
 これでも質素だと言っていた。

 誰が天下人だ。
 俺は京の治安を守る一部署の長でしかない。
 しかし、弾正だけでなくここに集った人たちの共通の認識になってきていそうで俺は怖い。

 話を婚儀に戻し、今日の婚儀は俺の側室の婚儀なので、言うならば内輪の私的なものだ。
 なので、近衛関白の息の掛かった公家衆は近衛関白殿下を含め誰も呼んでいないが、信長さんの行列もあることで、なんだか関白のメンツをつぶした格好になってしまった。

 後で面倒にならなければいいが、それに俺が今日招待しても、呼ばれたお公家さんはお祝いなどの負担で迷惑をかけてしまうし、そもそもその日の暮らしに困っている公家などは来れなかっただろう。

 今回俺の方で招待した公家さんには太閤殿下を通して十分な援助をしており、お祝いの品にも困らないように手段を講じている。
 一例を挙げるなら、金銭の援助はもちろんだが、俺に対するお祝いの品にも殿下を通して注文を出していた。

 家宝にあるお宝で売りに出しても良いものを持ってきてほしいと。
 特に美術品や書物なら大歓迎と言ってある。

 それらを受け取ったら、前々から準備している孫文庫にお祝いに寄こした公家の名前で寄付したことにして、後世に残るような保存活動にも参加してもらうことになっている。
 当然、その家宝に見合うだけの金銭は太閤殿下から渡されることになっているので、その公家にすれば、後世のために文化財を寄付したこととして名が残るようになっているのだ。

 頂いたお祝いは公家の家宝では無くなるが、保存などの手間がなくなり元の持ち主である公家の名が残る。
 しかも、文化財保存活動に参加資格も得られるといった経済的なメリットもあるので、これにはかなり喜んでいたと俺は聞いた。

 俺も結婚式に嫌々ながら来られるくらいなら、皆に喜んで祝われた方が良いに決まっている。
 色々と五宮にアイデアを出してもらい彼にはかなり苦労を掛けたがこのカラクリは俺も気に入っている。

 俺の作る文化財保護の財団のような組織『孫文庫』はあくまで俺個人のものだから。関白から横槍も入れさせない。
 それでも色々と言ってくるが、それを全部無視している。

 今では六角を落としたことで京周辺での戦の脅威は無くなってきたが、そろそろ近衛関白との一戦があるのかもしれない。
 今回の俺の婚儀で完全に関白のメンツを潰してしまったようなものだから。
 彼も黙ってはいないだろう。

 いや、俺の知らないところで始まっているのかもしれない。
 公家の戦いはどうしても政治抗争になる。
 まあ、その抗争の主役が太閤殿下と関白殿下なので、俺は殿下の指示に従うだけというスタンスで臨んでいる。

 とにかく今は難しいことを考えずに婚儀に臨んだ。
 婚儀は二日にわたる宴会で終わる。
 ふんだんに集まった連中に飲み食いさせて終わり。

 無事に婚儀を終えて、晴れてお市さんを側室に向かえ、初めて二人で面会した。
 確かに歴史に残る美人とは彼女のことだ。
 信長さんもかなりのイケメンなので、期待はしていたが良い方で裏切られたような気がする。

 二人とも十分な年齢だったので、仕来りに従いその夜は二人で過ごした。
 平安の世なれば、いや公家ならば今でも翌朝に歌を詠まねばならないのだろうが、あいにく俺もお市さんも京の人から見たら田舎者で、そう言うのは要らないらしい。

 ほしいと言われても困るが。

 その後は嫁たち全員と朝食をとり、そのまま全員で広間で家臣たちとの面会になった。
 家臣では無い本多さんや丹羽様もこの席に居たのには驚いた。
 信長さんもちゃっかりこの部屋にはいたが、家臣の列には並ばずにいた。
 いうならご親戚の席といった感じだ。

 皆に挨拶をした後解散となり、一連の婚儀は終わったといえる。
 ここからはお市さんは結さんや張さんに従ってここでの生活を覚えて行く。
 普通の武家とは全く違う生活になるが、お市さんの方でもその覚悟はあるようだ。

 で、俺はというとここからが大変になる。
 今京には弾正松永久秀や信長さん、九鬼さん、それにそれぞれの重臣が集まっているのだ。
 当然今後についての政治向きな話し合いがもたれる。
 その政治の話に義父である太閤殿下も参加されるので、どうしてもこの国の未来への話になっていく。

 まだ正式には征夷大将軍が廃止されていないので足利幕府は続いていることになっているが、ここに集まった人の誰一人としてそんなことは思っても居ない。
 となると次の天下人は誰かという話になる。
 弾正や信長さんは俺が成れば喜んで協力すると言ってくるし、九鬼さんを始めその配下の武将も誰一人それを疑っていない。

 なればと俺が進んでそれを引き受けるような者じゃないこともここに居る人はそれを理解しているから、妙案が出ずに困っているのだ。

「とりあえず、戦だけは無くしていきたいですね」

「それは同感だ」

「幸い六角を落としたことでこの辺りには西を除くとその心配は今のところないな」

「弾正忠織田殿には多方面に敵を抱えているが、何かあれば援軍を出す」

「かたじけない、弾正松永殿」

 信長さんと大和の弾正さんとはそんな物騒な話をしている。

「我らは良いが、他の地の戦をどうやって収めるかだな」

 半兵衛さんが真理をついてくるが、応急的には俺に考えがある。

「帝に詔(みことのり)を出してもらう。
 それを受け、我らがそれに協力していくのではいかがだろうか」

「建武の新政をまたやらかすのか」

「いや、あれでは誰もついてこないでしょう。
 別の仕組みが要りますが、それは周りを治めながらみんなで考えてまいりましょう。
 今は、一刻も早くこの国をまとめて、外から来る連中からこの国を守ることが先決です。
 南蛮は決して親切心からこちらに来ている訳ではありませんよ。
 南にある国は、既に南蛮に落とされておりますからね」

 既に、この時代はこの辺りまでヨーロッパの植民地政策の魔の手が迫ってきている。
 いつまでも国を割って争ってよい状況ではない。
 この国を一つにまとめ、ヨーロッパに対抗していかなければならないが、そのまとめ方が問題だ。
 新たな幕府を作ることも考えられる。
 現に俺の知っている歴史では、江戸幕府がその役割を果たしてきたが、あいにくその中心となる人が居ない。

 信長さんは能力的には問題ないが、今までの経緯からそれをここの集まった人たちは納得してくれない。
 かといって俺がそれをするわけにもいかない。
 能力以前に俺の気持ちの問題だ。

 やはり、この国のことは、この国のこの時代の人たちに決めてもらうのが一番だ。
 後にしこりの残らないように、俺ができるのはそのアドバイスをするくらいだろう。
 今色々と考えはあるが、とりあえず今のまとまりのままこの国をまとめて行こう。

 幸い我らの旗頭として、天皇陛下が使える状況にはある。
 その後については、成るようになるしかないだろう。
 しかし、どうなっていくのだろうか。
 俺の平安も含めて……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。

アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚… スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。 いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて… 気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。 愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。 生きていればいつかは幼馴染達とまた会える! 愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」 幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。 愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。 はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監
ファンタジー
 エルフ族の母と人族の父の第二子であるハーフとして生まれたマルコは、三歳の折に誘拐され、数奇な運命を辿りつつ遠く離れた異大陸にまで流れてきたが、6歳の折に自分が転生者であることと六つもの前世を思い出し、同時にその経験・知識・技量を全て引き継ぐことになる。  この物語は、故郷を遠く離れた主人公が故郷に帰還するために辿った道のりの冒険譚です。  概ね週一(木曜日22時予定)で投稿予定です。

仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか

サクラ近衛将監
ファンタジー
 レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。  昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。  記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。  二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。  男はその未来を変えるべく立ち上がる。  この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。  この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。    投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。

処理中です...