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第七章 公家の政
第二百三十八話 撃退……その後の夜逃げ?
しおりを挟む関白一派全員が手紙を読み終わる前に、関白は席を立って帰っていった。
それに続いて全員がぞろぞろと部屋から去っていく。
それも、見事に何も言わずにだ。
あいつら大人としての礼儀が無いのか。
それとも御公家さんという人種の作法なのか。
正直庶民出の俺としては少々不愉快になる行為だが、その原因を作った者の一人としては『ざま~』って気持ちで、まあ許してやるか。
全員が部屋から出ると、俺は弾正に感謝を述べた。
「弾正殿。
ちょうど良い時に手紙の話をして頂けました。
もうあれ以上ないタイミングじゃ無くて、時期に手紙を渡せました。
これで弾正殿が預かった案件はありませんよね」
「ああ。
だが、なんだそのタイ何とかって?
まあ良いか。
それより、わしも正直あれほどうまく手紙を処理できたのには驚いた。
しかし、空よ。
少々煽あおりすぎでは無かったか」
「あれくらいで済んだのだから、いいんです。
本当に、御所修繕費を献上したのに、外壁どころか何もしていなかったと分かった時にはどうしようかと思いましたよ。
俺は、あいつらの贅沢のために仲間が稼いだ銭を捨てたのかって、腹が立ちましたから」
「それで、これからあれをするのか」
「ええ、流言のことですよね。
既に、動いていることでしょう」
俺はそう言うと隠れて警護してくれている忍びの一人に声を掛けた。
すると、すぐにどこからともなく一人の男が現れた。
『ドロン』って音は聞こえなかったけど、本当に急に出て来るな。
「お呼びですか」
「ああ、さっきの件だけど」
「流言のことですね。
うちのを直ぐに走らせましたが」
「う~~ん。
うちだけか……
せっかく京の民までもが知る主上の行幸だし、もっと派手にやろうか」
「派手にと申しますと……」
「銭は出す。
伊賀にでも仕事を依頼してくれないか。
望月さんを通せば問題ないかと思うけど」
「そうですね。
それは問題ありません。
で、派手にと申しますとどれくらいをお考えで」
「堺や近江、それと伊勢かな。
三蔵の衆が商売している地域に流言を広げてくれ。
そうだな、情報元は三蔵の衆の愚痴と云った感じで」
「空よ、ずいぶんと大事おおごとにするけど、何か理由でもあるのか」
「ええ、本当に愚痴りたいくらいですからね。
全部横領するなんて許せませんし、何より、情報元をはっきりさせた方がより信憑性が増すでしょう」
「それもそうだが、本当に容赦ないな」
仲間の忍び達は、本当に優秀だ。
昼過ぎには上京の民たちの間で、うわさ話が聞こえるほどだ。
明日には下京あたりまでも同様なことになるだろう。
そうなると、直ぐにでも関白たちはいたたまれなくなりそうだ。
果たして相手はどのような対応を見せてくれるのか、正直楽しみになって来た。
あれから10日と掛からずに一人の忍びが情報を持ってきた。
「今よろしいでしょうか」
「ああ、報告か」
「はい、昨日関白たちの一部が京を離れました」
「どこに向かったかは」
「流石に、行き先までは分かりませんでしたが、叡山を抜け北に向かったようです」
「北か。
そうなると行き先は越前あたりかな。
朝倉を頼るか、もしくはもう少し足を延ばして越後の龍でも頼るか」
「越後の龍……上杉ですか」
「ああ、多分上杉あたりだと思うが……」
「そうですね。
ですが、我らでは上杉の動向はなかなか掴めませんから、いかがしましょう」
「飛び加藤か」
「は?」
「いや、忘れてくれ。
それよりも上杉領は忍びは入れないか」
「入れないことはないでしょうが、その……」
「ああ、無理することはない。
あそこは、軒ざると言ったか。
優秀なのだろう」
「流石です。
そのように聞いております。
上からも、あそこには手を出すなと相当前から言われております」
「ああ、それでいい。
今、無理まですることはない。
情報が欲しければ、堂々と相手の懐に入れば良いだけだ。
朝廷から勅使でも出してもらうか、もしくは仲間内の大名家から使者でも出せば済む話だろうしな」
「関白の情報はそんなんで入手できますか」
「ああ、関白自身としても、隠されると影響力を発揮できないし、こちらから黙っていても、向こうから何らかのことを言ってくるはずだ。
大方、偽の綸旨でも出して、俺達を責めてくるかもしれないな」
「大丈夫なのでしょうか。
今ならまだ追いつけます。
朝倉領辺りで亡き者にでも出来ますが」
「大丈夫だと思うよ。
どうせ、関白たちが京から逃げ出せばすぐにでも弾正あたりが動くはずだから。
弾正の動きを待ってからにしよう」
案の定、関白たちが京から逃げ出したという情報はすぐに主上まで伝わった。
俺から報告していないのだが、弾正あたりが知らせたものとばかり思っていたら、弾正からそれは違うと、教えてもらった。
あの寺を通じた高速伝達網で伝わったとのことだ。
関白たちだけでなく、そこそこの位を持つ旧家なら使えるとの話だ。
ということで、関白が逃げ出したという情報はすぐにでも山科卿は掴んでいたらしい。
そこからは、あのお公家文化非効率では信じられないくらいに事態がどんどん進んでいく。
まず、伏見より主上の代理として山科卿からのお使いが俺の元まで来て、関白屋敷に向いたいのだとか。
何でも、主上が留守する都を勝手に離れるとはどういう了見だとか、詰問に向かうらしい。
この使者では、多分、分かっていないだろうが、彼らを送って来た山科卿には見えている筈なのだが、どうせ屋敷に向かったところで大した者たちは残っていまい。
まあ、それでもお勤めということで、俺も同行することにして関白屋敷を訪ねた。
予想通り、屋敷には人気を感じない。
そう、誰も居なかった。
流石にこれには俺も驚いた。
屋敷を管理する下男くらいはいるだろうと思っていたのだが、誰も居ない。
もぬけの殻という奴だ。
だが、少し考えればこれもおかしな話だ。
流石に越前にしろ、それより遠方の越後に行くにしろ、下男全員を連れて行くはずはない。
足手まといになるし、何より旅費がバカにならない。
この時代の移動は、本当に大変だ。
街道はあるにはあるが、街道筋にホテルなどある筈もない。
旅人は、村々に寄っては、いくばくかのものを渡して宿を頼むか、寺を借りるなどしかないが、それでも寺はまだ多少は余裕があるだろうが、村々では自分たちが生きていく事さえやっとの状態がデフォルトだ。
喩え金銀を貰ってもはいそうですかと飯まで出すはずもない。
元々食料が乏しいので出せないのだ。
だからこういう場合、自分らの食い扶持とお礼用に兵糧を携えての移動になるが、軍の移動でも兵糧運びが大変なのに、只の移動だけでは持てる量に限りがある。
そのために移動で同行できる人数が制限されるのだ。
今回の移動に際してあまり役立つとは思えない屋敷管理の下男までも連れて行くとはどうしても思えない。
誰も居ない関白屋敷を目の前にして、山科卿からの使者は呆然としていた。
俺は、とりあえず使者の方に声を掛けた。
「誰もいないのでは詰問もできませんね」
ご使者は、俺の問いにただ一言声を出すのが精いっぱいだ。
「ああ……」
「一応、関白屋敷については、うちの者が家宅捜査をしますがいかがしますか」
この時代、裁判所なども無いので、俺が正義と自称するだけで家宅捜査なんかいくらでもできる。
ほとんど夜盗と変わらないと思うのだが、それでも俺たちは今まで京の治安を守ってきたものだから、その権利もあるだろう。
なにより、面倒な捜査令状を貰う手間がかからないのがありがたい。
早速忍び達が屋敷の中に入っていく。
「中将殿」
「はい、何でしょうか」
「私も一応中を確認したいのだが」
「安全も確認できたようですし、私もご一緒しましょう」
幾人か残った護衛を連れて俺たちも屋敷の中に入っていった。
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