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第七章 公家の政
第二百四十話 妙案
しおりを挟む「まずは、朝倉への監視を強化はしております。
朝倉にしろ、上杉にしろ、京に攻め込むのなら越前を通りますからね」
「越後の龍か。
だが、越後からだと越中や加賀辺りの一向宗をどうにかしないと、さすがの龍でも動けないだろう」
「そこなんですよ。
上杉と一向宗とでは不俱戴天の仇ですが、今回ばかりはそこに関白が加わりましたから、状況がどう動くか分かったものではないと思います」
「近衛関白か。
確かに関白なら本願寺との伝がある。
それもかなり強力なものが。
だが、それでも上杉が動くとは限らないだろう」
「ですがまあ、そこに足利が加わりますと、どうなりますかね。
長尾が上杉の養子となり関東管領になれた背景に幕府の権威がありますから。
というより、関東管領という役職が幕府のものですから、その幕府の長から命があれば関東管領である上杉も動かざる得ないのでは」
「そうなるか。
今更幕府なんかとは思うが、そこに朝廷も加わる訳だしな」
「そうなんですよ。
その朝廷ですが、主上がこちら側ですし、やりようがあるのでは」
「やりようとは?」
「関白の罷免は出来ませんかね。
罷免するだけの理由なら、それこそ探さなくともたくさん見つかっておりますしね」
「罷免か、考えると確かにその手はありかもしれない。
できるかは俺にはわからないが、伏見で掛け合ってみよう。
幸いあそこには太閤殿下も山科卿もおるし、何かしらの考えを出してくれるだろう。
よし、わかった、これから行くぞ」
「行くぞって、どこに」
「だから伏見だよ。
すぐに船くらいは出せるだろう。
今から向かっても日のあるうちに着けるから問題ない」
問題ないって、問題しかないだろう。
それになんでも急すぎる。
確かにぐずぐずは出来ないが、それでも急すぎやしませんか。
俺は引きずられるように、船に乗せられ、伏見に向かった。
今度の訪問では、朝廷問題が話し合われることから、義父であり、朝廷問題の顧問のような役割を担っている五宮にも同行してもらった。
弾正の云う通り、昼過ぎといってもいいくらいの時間には伏見に着いた。
尤もこれは、俺たちがちょっとイライラしていたように見てとれたらしく、船頭さんが必要以上に頑張ったおかげでもある。
伏見の弾正別邸に着いた時には船頭さんたちは倒れこむようにその場にかがみこんだ。
ちょうどマラソン選手のゴールシーンを見ているようだった。
何せ、倒れこんだ船頭さんたちの顔にはやり切った感が半端なかった。
何もそこまで頑張れとは言っていない。
正直この時間に着いたことには感謝しかないが、そこまで俺のところはブラックでは無い筈だ。
どうでもいいが、俺たちは弾正別邸の桟橋から屋敷に入る。
すぐに屋敷の者がお隣にある伏見仮御所(仮称)に太閤殿下と山科卿を呼びに行った。
俺はとりあえず屋敷の中で茶を一杯ふるまわれたので、それを飲んで落ち着く。
別に俺たちが船をこいだわけでもないのだが、何故か異様に疲れていた。
精神的に来ているのかもしれない。
そもそも、なんで俺がこんなややこしい目に遭わなければならないんだ。
俺はただの庶民だぞ。
社会経験のない大学生の俺が、なんでこんな魑魅魍魎が跋扈する政治の場面で頑張る羽目になるのかわからない。
そんな愚痴ともつかない思いが俺の脳裏を駆け巡る。
そんな時、廊下の方から大きな足音が聞こえてきた。
向かってくる人もお怒りのご様子なのは、その足音だけでもわかる。
こんな表現って物語の中だけだと思ったけど、本当に人が怒っている時は足音だけでもわかるものだと、俺は冷静に分析している。
あ、何故か俺の怒りも少し収まったのか、冷静になれたようだ。
でも、ちょっと怖い。
俺怒られるようなことはしていない……筈だ。
「婿殿。
聞いたぞ」
開口一番に太閤殿下の大きな声だ。
「中将殿。
先ほど京に向かわしていた使者から報告を聞きました。
これは……」
山科卿もまずいことになりそうだと不安げなご様子で俺に声をかけてきた。
いきなり本題に入ってきているが、この場で座っているのは俺と弾正だけだ。
さすがに高位者を立たせたままでは落ち着かない…というよりまずいだろう。
こういうときには亀の甲より年の功という訳で、年長者の弾正が声をかける。
「太閤殿下に大納言殿。
とりあえず座りませんか」
と言いながら上座をあける。
その様子を見て、俺もまずいと慌てて下座に移動した。
俺達の動作まで伴えば、さすがにお怒りのご様子だった二人も少しは落ち着いて、空けた上座に座った。
「関白は京から逃げだしたようだな」
「はい、関白屋敷はもぬけの殻でした。
使用人まで逃がす徹底ぶりからしますと、京での活動を辞め、他の地からの活動に切り替えたようです。
逃げ出した方向が北に向かったことからしますと、越前あたりまでは向かうものと思われます」
「越前か……」
「中将殿。
お武家さんが関白のお味方になるとお考えで」
「ええ、関白殿下には武力がありませんから、武力を持つ武家を頼ったものと考えております」
「若狭の武田とかですか」
「確かに北にあって京に一番近いのは若狭の武田氏でしょうが、若狭の武田氏では彼らの持つ武力は不足しております。
今の武田氏ならば、私の持つ検非違使の武力でも、場所を選べば十分に対応できますし、そんなことくらいは関白殿下もお考えでしょう」
俺に続いて弾正からも説明があった。
「越前には朝倉がいますし、その奥、越後に関東管領の上杉もおります。
両者はかなりの武力を持ちます。
ですが、今の京における武力と云うものは、私の大和に尾張の織田、それに中将殿の伊勢の兵力もありますことから、たぶん単独での攻撃は無いでしょう」
「弾正殿。
そういいますと、どういうことに」
「はい、大納言殿。
これはあくまで私の予測ですが、関白殿下は綸旨などで、我らに不満を持つ大名たちに対して連合を組ませようかとお考えでは。
確かに、朝倉も上杉も強力な力を持ちますが、それでも我ら三か国の前では力不足です。
朝倉と上杉が連合を組めばもしかしたらということもあるでしょうが、そうなりますと戦場は京になるかと。
それこそ応仁の乱の再現でしかありません。
しかも、上杉の前には一向宗が跋扈する加賀があります。
その上杉を京に上らせるには一向宗とも手を組まないとできない話ですが、今の近衛関白ならできるやもしれません」
「朝倉に上杉が北から、それに西の本願寺から一向宗がと考えますと、それは恐ろしいことに……」
「誠か。
確かに、それは十分に考えられるな」
「今更、応仁の乱の悪夢の再現など、考えるだけでもおぞましい」
「一つ提案があります」
「提案だと、どういうことかな婿殿」
「はい、敵が勢力をまとめるのにも大義が必要かと思います。
特に上杉などは大義無きことには賛同はしないでしょう」
「大儀だと。
今の関白に大義などあるものか」
「それでも、関白は朝廷の最高位でもあります」
「確かに、それはそうだが……今更、力なき朝廷に何ができるものか」
「確かに、今時京童でも朝廷に敬意を感じるものは少ないでしょう。
それは、今まで、特に応仁の乱以降、自分たちの生活に対して守ってくれなかったという思いの表れかと。
しかし、一旦京を離れますと、いまだに朝廷の持つ権威は侮れません。
幕府すら、いまだに権威を持つくらいですから、朝廷から綸旨でも出された日には十分に脅威となります。
偽綸旨など、それこそ南北に朝廷がわかれていた時分から散々出されたものと聞いておりますし、何より、上意や綸旨で私ははめられそうになりましたから、その脅威はよく身に染みております」
「ああ、伊勢での出来事だったか。
よく覚えている。
よくよく酷い話だったな」
「ええ、ですからその危険を避ける意味でも、近衛関白を罷免できないでしょうか」
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