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第二章 台風の目
三
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信盛はなるべく事実だけを話したが、その最中も、どこか腹の据わりが悪いように感じていた。自覚はなかったが、自分が信長に対峙したときの言い様のない感情が、言葉の端々に現れていやしないかと神経を使っていたからだった。
「いかがするのがよろしいでしょうか」
訊ねると、信勝よりも勝家が先に反応を示した。
「小うるさい理屈を並べ立てたものだ。結局、信長が言っているのは、教房殿を鼻から敵と決めつけ、見殺しにするというだけのことではないか」
『確かに信長の計略の根拠とする山口教房の二心に、確たる証拠はない。だから、もし、教房が誠の忠義の士であれば、その時は「自分のために死んでくれ」と信長は考えているのだろう』と、信盛は心中で勝家に反駁した。
「ハハハ」
すると不意に、信勝の乾いた笑い声。
「教房の老いぼれ一人がどうなろうと大した話ではないが、私や勝家を通さずお前にだけ知らせてきたというのはどういうことかな」
「おそらく、信長さまは、お二方に頼んでも無駄だとお考えになったのではないかと」
「裏を返せば、お前ら佐久間一族に限っては「自分に味方してくれるかもしれない」と、そう、兄上に思われているということだな」
「あるいは、そうかもしれません」
「ハッハッハ。いいだろう、兄上に協力してやれ。しばらくは殿様を楽しんでいただくというのも、一興じゃないか。それに、いま桜中村城が味方だったとしても、あの小城は、遅かれ早かれ落ちてしまうだろう。そうなれば山崎が危うい。勝家にも言ったが、わたしはお前たちを失うわけにはいかないのだ」
笑ってはいるが、先ほどとは打って変わり、信勝はまったく表情をなくしていた。
織田信勝という男をよく知らない者がこれ見たなら、その言葉、表情の通りに受け取るだろうが、信盛や勝家にしてみればそう呑気に構えられるものではなかった。平時から芝居が板についているこの男にあたっては、表情がないということ自体が一つの表情に他ならないからである。
「だが、此度のことで佐久間信盛の協力を得られたとなれば、兄上は、また、何度でもお前の元へ来るだろう。だから信盛、その時は、今日のようにすべてを私たちに話すのだよ。そして、兄上の内情を探ってこい。なに、重臣を一人働きに行かせてやるというのだから、こちらもそのぐらいの見返りはもらわなければね」
数年一人の人間を見ていると、その人間がどういったときにどういう振舞いをするのか、というのが、大概分かるようになってくるものだ。それが奉るべき主君ともなれば尚更のこと。普段は、実兄を指して「うつけ」と粗雑に呼んでいる信勝があえて「兄上」と言うときは、たいてい、織田信長という男に苛立っており、だからこそ、逆に余裕を取り繕おうしているときなのである。
「それにしても、よりにもよって兄上の小姓にそのようなキレ者がいるというのは初耳だな」
話をすこし横道に逸らすような言い方も、同じことだ。
「その者は何と言ったかな?」
「丹羽の長秀と名乗っておりました」
「こちらへ引き抜けないか、信盛」
信盛は、返答にすこし困った。自分が信長を挑発した時、もっとも苛立ちを表出させたのが長秀だと知っていたから。
「難しいかと、」
「なるほど、兄上とその小姓は男色の仲か」
「そこまでは存じませぬが……、」
「イヤ、兄上はあれでいて、喋らねば精悍な顔立ちをしているのだぞ。「若き頃の信秀さまに似ている」と前に平手が言っていたよ」
「ハア」
「それにしても、もしこれで、兄上に裏を読まれるようなことがあれば、山口教継も大した器量ではなかったということになる。生前、父上は教継をずいぶん買っていたようだが、その見立ては誤っていたようだよ、勝家」
信盛の反応がどうにも鈍いので、勝家に話を振った。
「謀反人の器量などたかが知れとります」
勝家はぶっきらぼうにそれだけ言った。
「ああ、済まないな、信盛。お前には兄上から預かった大事な仕事があるのだった。行きなさい。気が進まなくとも、露骨に手を抜くような仕事はしてはいけないぞ」
吐かれる言葉はとげとげしい。それは、正確には、信盛ではなく、信長に向けられているのだが、聞かされる方としてはあまり愉快ではない。随所に信盛を牽制するような針が仕込まれている。
『こういうことをいちいち言わなければ、下の者は誰もがあなたの思う通りに喜んで働くものだが、』
信盛はそこまで思って考えるのをやめた。そして、信長にしろ、信勝にしろ、先代の死によってにわかに担がれた若年の跡取りに過大な期待をするのは酷だ、という風に自分に言い聞かせた。
「いかがするのがよろしいでしょうか」
訊ねると、信勝よりも勝家が先に反応を示した。
「小うるさい理屈を並べ立てたものだ。結局、信長が言っているのは、教房殿を鼻から敵と決めつけ、見殺しにするというだけのことではないか」
『確かに信長の計略の根拠とする山口教房の二心に、確たる証拠はない。だから、もし、教房が誠の忠義の士であれば、その時は「自分のために死んでくれ」と信長は考えているのだろう』と、信盛は心中で勝家に反駁した。
「ハハハ」
すると不意に、信勝の乾いた笑い声。
「教房の老いぼれ一人がどうなろうと大した話ではないが、私や勝家を通さずお前にだけ知らせてきたというのはどういうことかな」
「おそらく、信長さまは、お二方に頼んでも無駄だとお考えになったのではないかと」
「裏を返せば、お前ら佐久間一族に限っては「自分に味方してくれるかもしれない」と、そう、兄上に思われているということだな」
「あるいは、そうかもしれません」
「ハッハッハ。いいだろう、兄上に協力してやれ。しばらくは殿様を楽しんでいただくというのも、一興じゃないか。それに、いま桜中村城が味方だったとしても、あの小城は、遅かれ早かれ落ちてしまうだろう。そうなれば山崎が危うい。勝家にも言ったが、わたしはお前たちを失うわけにはいかないのだ」
笑ってはいるが、先ほどとは打って変わり、信勝はまったく表情をなくしていた。
織田信勝という男をよく知らない者がこれ見たなら、その言葉、表情の通りに受け取るだろうが、信盛や勝家にしてみればそう呑気に構えられるものではなかった。平時から芝居が板についているこの男にあたっては、表情がないということ自体が一つの表情に他ならないからである。
「だが、此度のことで佐久間信盛の協力を得られたとなれば、兄上は、また、何度でもお前の元へ来るだろう。だから信盛、その時は、今日のようにすべてを私たちに話すのだよ。そして、兄上の内情を探ってこい。なに、重臣を一人働きに行かせてやるというのだから、こちらもそのぐらいの見返りはもらわなければね」
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「それにしても、よりにもよって兄上の小姓にそのようなキレ者がいるというのは初耳だな」
話をすこし横道に逸らすような言い方も、同じことだ。
「その者は何と言ったかな?」
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「こちらへ引き抜けないか、信盛」
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「難しいかと、」
「なるほど、兄上とその小姓は男色の仲か」
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「ハア」
「それにしても、もしこれで、兄上に裏を読まれるようなことがあれば、山口教継も大した器量ではなかったということになる。生前、父上は教継をずいぶん買っていたようだが、その見立ては誤っていたようだよ、勝家」
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「ああ、済まないな、信盛。お前には兄上から預かった大事な仕事があるのだった。行きなさい。気が進まなくとも、露骨に手を抜くような仕事はしてはいけないぞ」
吐かれる言葉はとげとげしい。それは、正確には、信盛ではなく、信長に向けられているのだが、聞かされる方としてはあまり愉快ではない。随所に信盛を牽制するような針が仕込まれている。
『こういうことをいちいち言わなければ、下の者は誰もがあなたの思う通りに喜んで働くものだが、』
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