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第四章 蛟竜雲雨
十一
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「殿、背後より軍勢がッ。緒川城は水野の手勢に間違いありません」
「伯父上、ようやくだな。反転し石カ瀬川に布陣しよう」
昨年(弘治四年)に初陣の勝利を収めた松平元康は、すでに今川麾下における三河制圧の主力だった。
義元は、知多半島に寄る水野信元・信近の兄弟に兼ねてから対今川の方針に関する軋轢があると知っていた。村木砦築城の際には刈谷城の信近に人を遣わせ、これを暗黙させた。そして、いよいよ兄弟は織田方と今川方に分かたれる。信近は、岡崎から大高へと再三の兵糧入れに向かう元康の軍勢を素通りさせ、もはやそれ隠そうともしない。
信元は実弟の裏切りに業を煮やしながらも、すぐさま自ら迎撃した。領内を流れる石加瀬川を挟んで小競り合いを繰り返したが一向に勝敗は決しなかった。優勢なのは元康である。ところが、信元の軍勢は、これがやる気があるのか無いのか、のらりくらりとしているだけで、大勝負に出て来ない。
「ただ悪戯に時間をかけて兵を減らしているようにしか見えぬな。我が伯父ながら、だらしない用兵だ」
元康は唇を噛み、敵の歯切れの悪さにすこし苛立っていた。
「殿を慮っておられるのではないですかな。我らは身内ですからな。向こうは、思うように力が出せずにいるのでは」
「そうだろうか」
家臣の言い分もまったくあり得ないことではないが元康は納得しなかった。
――私は伯父上と直に会ったことはない。けれども、信長と共にあの村木砦を襲ったひとだろう。私が実の甥だからと、それだけで怯むような玉には思えぬ――
「けれど、もし、伯父上がお前の言うように加減をしてくれているのだとしたら儲けものだよ。こちらは加減などする気はないのだから、此度の渡河で一気に敵を切り崩してくれる」
この若い当主は、その口調や外見の穏やかさとは裏腹に豪胆である。戦略は緻密だが、一度戦場へ出たならまるで命を捨てたような戦い方を死ぬまで続ける。家臣でさえ底冷えのするような独特の諦観を、十六にして既に備えていた。
覚悟を決めた松平勢は一挙に信元を打ち破る。緒川城へと退却していく敵を尚も追撃したが、しかし、思ったほどの戦火は上げられなかった。信元の軍勢の逃げ足が恐ろしく速かったからだ。
「逃げ腰の兵ばかりだ。こんな体たらくじゃ、このまま緒川城を包囲し攻め落としてしまうぞ、伯父上。いつ信長が現れぬとも限らない。その前に決着を、――」
その時、元康は自ら号令をかけながら、その言い分が妙であることにふと気がついた。
――いつ信長が現れぬとも? ――
石カ瀬川を挟んだ衝突は、すでに野営を二日している。長期戦だった。この場所で戦端が開かれたことは清洲の信長に伝わっているはずである。「その前に」ではない。真に元康が考えなければならなかったのは、「信長が現れない理由」の方だったのである。
――
同時刻、三河北部の要・寺部城を囲む支城はすでに火の海と化していた。
京から清洲へ帰城したおよそ二か月後の四月初旬、信長は三河北部の梅ケ坪城を強襲した。
「狭間を狙い撃てッ。敵に顔を出させるなァ」
鉄砲隊を率いるは滝川一益。見事に統率された撃ち手が横隊に並んで間断ない射撃を浴びせ敵を城へ押し込むと、その隙を突いて、森可成率いる歩兵部隊が城門に突っかけこれを打ち破る。かつて信長が村木砦で用いた攻城戦術は、すでに体系化されつつあった。
三河から尾張へと侵攻しようとするとき、敵が通り得る道は、実は、二通りがあった。
一つは言うまでもなく鎌倉街道(現在の東海道)。海岸沿いに鳴海を抜け、北上し熱田に至る道だ。弾正忠家が信長へ代替わりするよりも前から、織田と今川はこの線上で長く競り合ってきた歴史がある。今は亡き山口父子が鳴海城・大高城を義元に献じたのは、それが尾張侵攻の橋頭保となることを知悉していたからに他ならない。
ところが、尾張へ攻め入ることのできる道は、もう一つあるのだ。三河北部、元康が初陣にて陥落せしめたかの寺部城から山間部を北西に進み、尾張東部の岩崎へと至る道である。かつて岩崎・藤島の丹羽一族が起こした内紛に信長が介入したのも、この地が義元の息がかかった者の手に落ちることを強く懸念したためである。
信長はそのもう一つの経路を今こそ封殺しておくべきだと考えた。
「これだけの弾薬があれば丸三日は好きに戦えるな」
梅坪城に大打撃を与えた信長は、次いで加治屋の村を、また、翌日には退却しながら伊保城に攻めかけ、さらに北方にある八草城にまで突っかけた。いずれの城も即刻の落城だけは免れたが、高橋郡と呼ばれる近辺の一帯は、もはや自力で復興できるような風体ではなくなってしまった。堺で手に入れた豊富な種子島と弾薬が、この電光石火の攻城を可能にしたのである。
「梅ケ坪は、今に落とせたのではないですか。せっかく水野さまに松平の小僧を惹き付けて置いていただきましたのに」
一益は上機嫌。城攻めの功労者はこの男である。
「これだけ焼いてしまったら、どうせろくに治められんからな。今はいいよ。奴らを通れなくしておくだけで十分だ」
今川勢がこの山間の狭路から尾張に迫る芽を完全に潰すこと。信長の狙いは端から一つだった。
清洲の民衆は歓呼の声で信長の凱旋を迎えた。尾三国境での紛争は織田に優位に進んでいる。国内は富んでいた。ところが、馬上から民草に笑いかける信長の上下の歯は小刻みに震えカチカチと小さな音を立てていた。馬のせいではない。知っていたのだ。此度の自分の攻勢が、
――尾三国境地帯の紛争は、いよいよ元康一人の手に終える代物ではないな――
と、義元に知らしめるであろうことを。
「伯父上、ようやくだな。反転し石カ瀬川に布陣しよう」
昨年(弘治四年)に初陣の勝利を収めた松平元康は、すでに今川麾下における三河制圧の主力だった。
義元は、知多半島に寄る水野信元・信近の兄弟に兼ねてから対今川の方針に関する軋轢があると知っていた。村木砦築城の際には刈谷城の信近に人を遣わせ、これを暗黙させた。そして、いよいよ兄弟は織田方と今川方に分かたれる。信近は、岡崎から大高へと再三の兵糧入れに向かう元康の軍勢を素通りさせ、もはやそれ隠そうともしない。
信元は実弟の裏切りに業を煮やしながらも、すぐさま自ら迎撃した。領内を流れる石加瀬川を挟んで小競り合いを繰り返したが一向に勝敗は決しなかった。優勢なのは元康である。ところが、信元の軍勢は、これがやる気があるのか無いのか、のらりくらりとしているだけで、大勝負に出て来ない。
「ただ悪戯に時間をかけて兵を減らしているようにしか見えぬな。我が伯父ながら、だらしない用兵だ」
元康は唇を噛み、敵の歯切れの悪さにすこし苛立っていた。
「殿を慮っておられるのではないですかな。我らは身内ですからな。向こうは、思うように力が出せずにいるのでは」
「そうだろうか」
家臣の言い分もまったくあり得ないことではないが元康は納得しなかった。
――私は伯父上と直に会ったことはない。けれども、信長と共にあの村木砦を襲ったひとだろう。私が実の甥だからと、それだけで怯むような玉には思えぬ――
「けれど、もし、伯父上がお前の言うように加減をしてくれているのだとしたら儲けものだよ。こちらは加減などする気はないのだから、此度の渡河で一気に敵を切り崩してくれる」
この若い当主は、その口調や外見の穏やかさとは裏腹に豪胆である。戦略は緻密だが、一度戦場へ出たならまるで命を捨てたような戦い方を死ぬまで続ける。家臣でさえ底冷えのするような独特の諦観を、十六にして既に備えていた。
覚悟を決めた松平勢は一挙に信元を打ち破る。緒川城へと退却していく敵を尚も追撃したが、しかし、思ったほどの戦火は上げられなかった。信元の軍勢の逃げ足が恐ろしく速かったからだ。
「逃げ腰の兵ばかりだ。こんな体たらくじゃ、このまま緒川城を包囲し攻め落としてしまうぞ、伯父上。いつ信長が現れぬとも限らない。その前に決着を、――」
その時、元康は自ら号令をかけながら、その言い分が妙であることにふと気がついた。
――いつ信長が現れぬとも? ――
石カ瀬川を挟んだ衝突は、すでに野営を二日している。長期戦だった。この場所で戦端が開かれたことは清洲の信長に伝わっているはずである。「その前に」ではない。真に元康が考えなければならなかったのは、「信長が現れない理由」の方だったのである。
――
同時刻、三河北部の要・寺部城を囲む支城はすでに火の海と化していた。
京から清洲へ帰城したおよそ二か月後の四月初旬、信長は三河北部の梅ケ坪城を強襲した。
「狭間を狙い撃てッ。敵に顔を出させるなァ」
鉄砲隊を率いるは滝川一益。見事に統率された撃ち手が横隊に並んで間断ない射撃を浴びせ敵を城へ押し込むと、その隙を突いて、森可成率いる歩兵部隊が城門に突っかけこれを打ち破る。かつて信長が村木砦で用いた攻城戦術は、すでに体系化されつつあった。
三河から尾張へと侵攻しようとするとき、敵が通り得る道は、実は、二通りがあった。
一つは言うまでもなく鎌倉街道(現在の東海道)。海岸沿いに鳴海を抜け、北上し熱田に至る道だ。弾正忠家が信長へ代替わりするよりも前から、織田と今川はこの線上で長く競り合ってきた歴史がある。今は亡き山口父子が鳴海城・大高城を義元に献じたのは、それが尾張侵攻の橋頭保となることを知悉していたからに他ならない。
ところが、尾張へ攻め入ることのできる道は、もう一つあるのだ。三河北部、元康が初陣にて陥落せしめたかの寺部城から山間部を北西に進み、尾張東部の岩崎へと至る道である。かつて岩崎・藤島の丹羽一族が起こした内紛に信長が介入したのも、この地が義元の息がかかった者の手に落ちることを強く懸念したためである。
信長はそのもう一つの経路を今こそ封殺しておくべきだと考えた。
「これだけの弾薬があれば丸三日は好きに戦えるな」
梅坪城に大打撃を与えた信長は、次いで加治屋の村を、また、翌日には退却しながら伊保城に攻めかけ、さらに北方にある八草城にまで突っかけた。いずれの城も即刻の落城だけは免れたが、高橋郡と呼ばれる近辺の一帯は、もはや自力で復興できるような風体ではなくなってしまった。堺で手に入れた豊富な種子島と弾薬が、この電光石火の攻城を可能にしたのである。
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