売れない薬はただのゴミ ~伯爵令嬢がつぶれかけのお店を再生します~

薄味メロン

文字の大きさ
8 / 19
おしごと

第8話 重要な仕事

しおりを挟む
「みんな、ジュースは飲めた?」

「「「うん!」」」


「おいしかったひとー!」

「「「はーい!!」」」


 空になったコップを握り、子供たちが笑ってくれる。

 男の子が4人、女の子が6人。
 子供たち全員が、甘い誘惑に釣られてくれた。

 ここまでは私の作戦通り。

 ほっと胸をなで下ろしながら、私は子供たちを見渡した。

「みんなの中に、責任者とかリーダーっている?」

 今後の作戦をスムーズに進めるために、聞いておいた方がいい。
 そんな思いを込めた言葉に、子供たちが目を伏せる。

 怒られると思ったのか、みんなの顔から笑みが消えた。

「えっと。それじゃあ、年齢が一番高い子は? 」

 慌てて優しい声を出して、微笑みかける。

 最初にジュースを飲んだ2人に、みんなの目が向いた。

「……わたしたちです」

「そうなんだ。何歳?」

「えっと、えっと、10歳……?」

 コテリと首を傾げているけど、小学校の4年生くらいかな。

 下は6歳で、上は10歳。
 栄養不足による成長の違いを抜きに考えても、やっはり幼く見える。

「足し算と引き算は? 出来る?」

「販売員さんのお手伝いくらいなら……」

「へぇー! すごいね!」

 素直に驚いた。

「それじゃあ、質問するね? 銅銭どうせん2枚の薬を2つ。銅銭8枚の薬を3つ。いくらでしょう?」

「銅銭30枚なので、中銅貨2枚と銅銭6枚です」

「うん。正解!」

 他の子にも聞いたけど、足し算はほとんどの子が正解。

 と言うか、お金の計算に関しては、私より早い。

「銀貨1枚を銅貨に両替してください。何枚になりますか?」

「大銅貨12枚です」

「うん。ばっちりだね!」

 この世界は、12進法。
 10進法が染み着いてる私より、子供たちの方が優秀だ。

「お金を大きい方から順番に言える?」

「はい! 金貨、銀貨、大銅貨、中銅貨、銅銭です!」

「うん! みんなを販売員に認定します!」
 
 ティリスに教えてもらう予定だったけど、嬉しい誤算だった。

 薬屋の店員に教えて貰ったのか、見て覚えたのかはわからないけど、感謝だね。

 ちなみに、金貨1枚が120万円くらい。

 金貨200枚の返済がノルマだから、私は2億4000万円を稼がないといけない。

 途方もない数字に見えるけど、勝機はある。

「みんなで稼いで、幸せになろうね!」

 婚約破棄する前に、安定した基盤を手に入れる!

 幸せなスローライフ小説もいいよね!

「それでは、最初のお仕事を発表します」

 胸を張りながら微笑んだ後で、チラリと背後を見る。

 ジェフが運転する牛車が、私たちの側に停車した。

「ここに、みんなのお風呂を作ります!」

 子供たちはみんな、キョトンとした顔をしている。

 私は微笑みながら、牛車の荷台に目を向けた。

 薬屋から奪い取った金貨200枚分の美容品が、大量の木箱に入っている。

「ジェフ。みんなにスコップと手袋を」
「うっす!」

 散乱しているゴミを積み上げて、目隠しのための壁を作る。
 ゴミ捨て場の端を薬屋から見えないように隠して、私たちの本拠地にした。

「ジェフ。薬屋の庭から見えないか確認して貰えるかしら?」
「うっす!」

 足早に駆けていったジェフが、庭先や搬入路をぐるりと回る。
 荷台から木箱をおろす子供たちを横目に、ジェフが両手で大きな丸を作ってくれた。

「どこからどう見ても、ただのゴミ山っすね!」
「そう。ありがとう」

 これで、なにをしてもバレない秘密の場所が出来た。
 下準備はバッチリ。

「湯船を2つ頼むわね」
「うっす!」

 トンカチや釘を取り出すジェフを横目に見ながら、子供達にも指示を出す。

 空き地の四隅と、その中間地点。
 合計6カ所に木箱を積み重ねて貰って、簡易の柱を作って貰う。

 そこに目隠し用の布を張って、右側を女湯、左側を男湯にした。

 それぞれに鎮座する湯船は、木箱をつなぎ合わせたジェフの手作り。

「ティリス。お湯をお願い」
「かしこまりました」

 ティリスが湯船に手をかざして、お湯を出してくれる。
 半信半疑で手伝ってくれていた子供達が、ティリスの魔法に目を輝かせた。

「お姉さんすごい!」
「お金持ちさんだ!」

 コップ1杯分の魔法が使える人間が、100人に1人。
 浴槽にお湯をためれる人材であれば、好待遇のスカウトが山のように来る。

 拾って貰った恩があるからと側にいてくれるティリスには、本当に感謝してもしきれない。
 そんな思いを胸に、私は美容液の蓋をあけた。

 お肌を綺麗にするための薬で、切り傷程度なら一瞬で治る。
 深い傷跡も、時間をかければ消えてくれるはず。

 そう願いながら、私は自分の手にかけるように、美容液を湯船に注いだ。

「あら? わたくしが使う予定だった物を落としてしまいましたわ」

 演技が下手すぎて笑いそうになるけど、これも必要な手順だから仕方がない。

 高貴な成分を含む美容品は貴族しか使えないなんて、本当にバカなルールだと思う。

「後のことは、ジェフとティリスに任せますわ。みなさんをきれいにしてください」
「うっす!」「承知いたしました」

 男はこっち、女はそっちだ!
 そう叫ぶジェフの声を聞きながら、荷台に残る木箱に目を向ける。

「私は、ごはんの準備かな」

 はじめての湯船に戸惑う子供たちの声を遠くに聞きながら、木箱をテーブルにして、パンを並べる。
 ティリスが作ってくれたジュースも一緒に並べて、足元も綺麗に整えた。

 そうしてぼんやり待っていると、ティリスがお風呂から出て来てくれる。

「お待たせいたしました。ご確認いただけますか?」

 優雅に微笑むティリスの背後には、見違えるほどきれいになった子供たちがいた。

 靴下から上着まで、衣服はすべて新品で、髪もティリスが整えてくれた。
 男の子も、女の子も、みんな可愛い。

「最高の仕上がりですわ」

 清潔感があって、仕事が出来そうで、幸せそうに見える。
 なにより、普通の奴隷に見えないのがいい。

「わたくしの注文通りですわ」

 これまでは序章に過ぎず、ここからが立て直しの本番。
 私は気合いを入れ直して、子供たちを見渡した。

「まずは、全員でご飯を食べますわ」

 これは、慈悲や施しなんかじゃない。
 薬屋再生の肝になる、一番重要な仕事だ。

「みなさま全員が幸せな気持ちになってから、お散歩を致しましょう」

 戸惑う子供たちを見ながら、私は優雅に微笑んだ。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ

柚木 潤
ファンタジー
 薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。  そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。  舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。  舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。  以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・ 「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。  主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。  前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。  また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。  以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。  

銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。 左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。 この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。 しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。 彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。 その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。 遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。 様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

聖女追放ラノベの馬鹿王子に転生しましたが…あれ、問題ないんじゃね?

越路遼介
ファンタジー
産婦人科医、後藤茂一(54)は“気功”を生来備えていた。その気功を活用し、彼は苦痛を少なくして出産を成功させる稀代の名医であったが心不全で死去、生まれ変わってみれば、そこは前世で読んだ『聖女追放』のラノベの世界!しかも、よりによって聖女にざまぁされる馬鹿王子に!せめて聖女断罪の前に転生しろよ!と叫びたい馬鹿王子レンドル。もう聖女を追放したあとの詰んだ状態からのスタートだった。 ・全8話で無事に完結しました!『小説家になろう』にも掲載しています。

【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした

きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。 全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。 その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。 失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

もしかして私ってヒロイン?ざまぁなんてごめんです

もきち
ファンタジー
私は男に肩を抱かれ、真横で婚約破棄を言い渡す瞬間に立ち会っている。 この位置って…もしかして私ってヒロインの位置じゃない?え、やだやだ。だってこの場合のヒロインって最終的にはざまぁされるんでしょうぉぉぉぉぉ 知らない間にヒロインになっていたアリアナ・カビラ しがない男爵の末娘だったアリアナがなぜ?

処理中です...