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〈20〉幼なじみの王子さま 5
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「いやはや、お互い死なずに済みましたな」
「そうだね。青竜が美味だったなんて、初めて知ったよ」
「私もです」
くくく、と肩をすくめた男たちが、互いに視線を向けて笑い合う。
溢れる肉汁に、鼻を通り抜けていく香ばしい香り。
魔の森に作られた小屋に案内されたラテス王子は、メアリ嬢が振る舞ってくれた夕食を話題に、部下の男と肩を並べていた。
「タオルは持ち込まないのがマナーだと言っていたかな?」
そう呟いたラテス王子が、上着のひもを緩めていく。
腹筋をチラリと見せながら服を脱ぎ捨てて、置かれていたカゴに放り込んだ。
上半身を澄んだ空気にさらしながら、んーー、と大きく伸びをする。
「市民の公衆浴場から広まった文化ですので、殿下が知らないのも無理はないですな」
「なるほど、市民の文化か。さすがは博識なメアリ嬢だな」
「ええ、そのようです」
くくく、と笑いながら、部下の男も自身のベルトをゆるめていく。
そしてあらわになるのは、鍛え抜かれた筋肉たち。
ラテス殿下の視線が大胸筋を捉えて、自分のそれと見比べる。
「やはり、本職にはかなわないか」
「いえいえ、殿下の腹筋も中々の物ではないですか。老体ゆえに、維持するだけで精一杯の体ですよ」
「そうは言ってもな。この差は男として恥ずかしくなるぞ」
ラテス王子の腹筋も、程よく割れてはいるが、肩や胸の筋肉はふたまわりほど違って見える。
決してないわけではないが、いわゆる細マッチョの類を抜けきらない。
「今後に期待、そう言うことにしておくか」
「期待、ですか。そうですねぇ。殿下の筋肉が育つ頃には、私はその倍になっておりますな」
護衛ですゆえ、などと笑いながら、部下の男が全身に力を込める。
盛り上がった肩の筋肉を見せつけるかのように指先を伸ばして、湯気が漏れる出入り口に視線を向けた。
「本当に、私まで入ってもよろしいのですか?」
「あぁ、かまわないよ」
護衛だから、と言うのもあるが、魔の森まで来て、爵位に縛られるのもバカらしい。
裸の上にまとう権威はないし、政敵になるような者もいないのだから。
「先導いたします」
「ああ、よろしく頼む」
流れ込む湯煙を抜けて、2人が日の当たる場所へ。
見えてきた風景に、思わず息を飲んだ。
「これは、すごいですな」
「ああ、さすがはメアリ嬢だね。言葉にならないとは、このことだよ」
漂ってくるのは、硫黄の匂いと、甘い花の香り。
石が敷き詰められた空間には、お湯がなみなみと溜まっており、木の枠組みからは源泉がこんこんと流れ込んでいる。
目隠しの柵で覆われた男湯はまだまだ造りかけのようだが、一面に銀色の花が咲き誇っていた。
大きく息を吸い込んだ部下の男が、白髪混じりの髪をかきあげる。
「殿下。吟遊詩人が語り継ぐ、魔王討伐の一説。“泉のしらべ”を覚えておられますかな?」
「泉のしらべ……。たしか、“賢者の花”が咲き誇る泉で、勇者はその身を清める。たちどころに傷が癒え、幼き賢者が命をつないだ。だったか?」
「ええ、その通りです。良く覚えておられました」
その花こそが、賢者の花ですな。などと、男らしい笑みを浮かべて見せる。
「なんだと!?」
もしや、この泉は!
そんな思いが、ラテスの体をはやらせていた。
苦笑を浮かべる部下を後目に、ラテスが湯船の縁へと駆け寄っていく。
右手を気の枠組みについて、湯船を見下ろして、ゴクリと唾を飲み込んだ。
ゆっくりと伸ばした指先が暖かさに触れ、かすかな魔力が体内を流れていく。
「……なるほど。理由は、これか。セイバス、かけ湯を」
「かしこまりました」
置いてあった桶でお湯をかぶった後に、つま先から湯に入る。
太股、腰、わき腹、肩。
湯船にせり出した大きな岩に背中を預けたラテスが、夕暮れの空を見上げてホッと吐息を吹きかけた。
「なるほど。これは良いな」
ゆったりと流れる赤い雲に、聞こえてくる小鳥たちの声。
時折、キノコたちの鳴き声が聞こえるのも、なかなかに乙なものだろう。
そして何よりも、全身に巡りゆく魔力が心地良い。
「伝承の通り、か」
「いやはや、中々に面白いですな。お隣を失礼しますぞ、殿下」
ほぉ、これは、これは。
なんて言う、部下の鳴き声も聞こえてくる。
メアリ嬢に何気なく勧められた風呂だったが、予想を遥かに越える劇物だ。
「この湯が世に知られれば、戦争になるな」
「ええ、間違いないでしょう」
隣国はどこも魔力不足にあえいでいる。
教会の力が著しく強い我が国と、戦争中の二国。
その三国に跨がるこの地に魔力の供給源があると知れれば、すべての軍を動かしてでも取りに来るだろ。
「そういうことなのですね、メアリ嬢」
バカな兄の断罪に反撃しなかった理由は、これだと思う。
メアリ嬢は、戦争を止めるつもりだ。
誰にも頼らずに、たった1人で。
「明朝を待って、王都に戻る。体制を整えて、もう一度ここへ」
「かしこまりました」
ささやかな猫の手かも知れないが、出来るだけのことはしよう。
兄との婚約が決まった、何も出来なかったあの頃とは違う。
今度は必ず間に合わせる。
ハッキリと芽生えた決意を胸に、ラテスは淡く濁ったお湯をすくい上げた。
「そうだね。青竜が美味だったなんて、初めて知ったよ」
「私もです」
くくく、と肩をすくめた男たちが、互いに視線を向けて笑い合う。
溢れる肉汁に、鼻を通り抜けていく香ばしい香り。
魔の森に作られた小屋に案内されたラテス王子は、メアリ嬢が振る舞ってくれた夕食を話題に、部下の男と肩を並べていた。
「タオルは持ち込まないのがマナーだと言っていたかな?」
そう呟いたラテス王子が、上着のひもを緩めていく。
腹筋をチラリと見せながら服を脱ぎ捨てて、置かれていたカゴに放り込んだ。
上半身を澄んだ空気にさらしながら、んーー、と大きく伸びをする。
「市民の公衆浴場から広まった文化ですので、殿下が知らないのも無理はないですな」
「なるほど、市民の文化か。さすがは博識なメアリ嬢だな」
「ええ、そのようです」
くくく、と笑いながら、部下の男も自身のベルトをゆるめていく。
そしてあらわになるのは、鍛え抜かれた筋肉たち。
ラテス殿下の視線が大胸筋を捉えて、自分のそれと見比べる。
「やはり、本職にはかなわないか」
「いえいえ、殿下の腹筋も中々の物ではないですか。老体ゆえに、維持するだけで精一杯の体ですよ」
「そうは言ってもな。この差は男として恥ずかしくなるぞ」
ラテス王子の腹筋も、程よく割れてはいるが、肩や胸の筋肉はふたまわりほど違って見える。
決してないわけではないが、いわゆる細マッチョの類を抜けきらない。
「今後に期待、そう言うことにしておくか」
「期待、ですか。そうですねぇ。殿下の筋肉が育つ頃には、私はその倍になっておりますな」
護衛ですゆえ、などと笑いながら、部下の男が全身に力を込める。
盛り上がった肩の筋肉を見せつけるかのように指先を伸ばして、湯気が漏れる出入り口に視線を向けた。
「本当に、私まで入ってもよろしいのですか?」
「あぁ、かまわないよ」
護衛だから、と言うのもあるが、魔の森まで来て、爵位に縛られるのもバカらしい。
裸の上にまとう権威はないし、政敵になるような者もいないのだから。
「先導いたします」
「ああ、よろしく頼む」
流れ込む湯煙を抜けて、2人が日の当たる場所へ。
見えてきた風景に、思わず息を飲んだ。
「これは、すごいですな」
「ああ、さすがはメアリ嬢だね。言葉にならないとは、このことだよ」
漂ってくるのは、硫黄の匂いと、甘い花の香り。
石が敷き詰められた空間には、お湯がなみなみと溜まっており、木の枠組みからは源泉がこんこんと流れ込んでいる。
目隠しの柵で覆われた男湯はまだまだ造りかけのようだが、一面に銀色の花が咲き誇っていた。
大きく息を吸い込んだ部下の男が、白髪混じりの髪をかきあげる。
「殿下。吟遊詩人が語り継ぐ、魔王討伐の一説。“泉のしらべ”を覚えておられますかな?」
「泉のしらべ……。たしか、“賢者の花”が咲き誇る泉で、勇者はその身を清める。たちどころに傷が癒え、幼き賢者が命をつないだ。だったか?」
「ええ、その通りです。良く覚えておられました」
その花こそが、賢者の花ですな。などと、男らしい笑みを浮かべて見せる。
「なんだと!?」
もしや、この泉は!
そんな思いが、ラテスの体をはやらせていた。
苦笑を浮かべる部下を後目に、ラテスが湯船の縁へと駆け寄っていく。
右手を気の枠組みについて、湯船を見下ろして、ゴクリと唾を飲み込んだ。
ゆっくりと伸ばした指先が暖かさに触れ、かすかな魔力が体内を流れていく。
「……なるほど。理由は、これか。セイバス、かけ湯を」
「かしこまりました」
置いてあった桶でお湯をかぶった後に、つま先から湯に入る。
太股、腰、わき腹、肩。
湯船にせり出した大きな岩に背中を預けたラテスが、夕暮れの空を見上げてホッと吐息を吹きかけた。
「なるほど。これは良いな」
ゆったりと流れる赤い雲に、聞こえてくる小鳥たちの声。
時折、キノコたちの鳴き声が聞こえるのも、なかなかに乙なものだろう。
そして何よりも、全身に巡りゆく魔力が心地良い。
「伝承の通り、か」
「いやはや、中々に面白いですな。お隣を失礼しますぞ、殿下」
ほぉ、これは、これは。
なんて言う、部下の鳴き声も聞こえてくる。
メアリ嬢に何気なく勧められた風呂だったが、予想を遥かに越える劇物だ。
「この湯が世に知られれば、戦争になるな」
「ええ、間違いないでしょう」
隣国はどこも魔力不足にあえいでいる。
教会の力が著しく強い我が国と、戦争中の二国。
その三国に跨がるこの地に魔力の供給源があると知れれば、すべての軍を動かしてでも取りに来るだろ。
「そういうことなのですね、メアリ嬢」
バカな兄の断罪に反撃しなかった理由は、これだと思う。
メアリ嬢は、戦争を止めるつもりだ。
誰にも頼らずに、たった1人で。
「明朝を待って、王都に戻る。体制を整えて、もう一度ここへ」
「かしこまりました」
ささやかな猫の手かも知れないが、出来るだけのことはしよう。
兄との婚約が決まった、何も出来なかったあの頃とは違う。
今度は必ず間に合わせる。
ハッキリと芽生えた決意を胸に、ラテスは淡く濁ったお湯をすくい上げた。
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