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『食女鬼・後編』
其の五 ★
しおりを挟むさて、ついに迎えた運命の七夕。
文月の初更。
菊花殿詰め奥医師の治療と、神祇府鬼道術師の検分で、障りなしと診断された菊花大夫は、居室で一人、臥せっていた。自身の強い希望で、傍仕えの侍女はすべて退室させた。
仄かに薫る沈水香、夜風になびく珠簾。玲瓏な音色に加え、キリキリと軋る怨嗟の皓歯。
胸に晒しを巻いた菊花大夫は、凄まじい怨念を瞳にたたえ、寝台の掛布を引き裂いた。
白い羽毛が部屋中に散り、菊花大夫は爪を噛んだ。
赤く塗られた爪は、異様なほど長く鋭利だ。
「楓も、胡蝶も、樺月も、鶫も、雪菜も、萌雛も……皆、あの胡乱な道士連の加持祈祷で、緩解に向かっておる! 妾が、念入りに計画した【孕女鬼胎】の呪法が、すべて水泡に帰してしまった! おのれぇ……役立たずの朱牙天狗め! 一体、どこへ雲隠れしたものやら! どいつもこいつも、要らざる真似ばかり……邪魔者どもめがぁ!」
ブツブツと独語する菊花大夫の美貌は、激しい怒気にゆがみきり、般若の面さながらだ。
「とにかく、彼奴ら神祇府道士がここへ留まる以上、この空蝉で動き回るのはまずい。すでに大夫の〝四十九日忌〟も近づいておる。早々に、次なる生贄を見つくろっておかねば」
菊花大夫の声音は、段々と低くなっていく。
さて、そんな折も折。
「失礼致します。中臈『若桜』でございます。菊花大夫さまに、薬湯をお持ち致しました」と、大夫直属の配下『若桜姐々』が、静々と居室へ入って来たのだ。
【聖真如族】の血を引く美姫は、抜けるような白肌と、小さな朱唇が愛らしい童顔で、高家出身女御衆が一人だった。菊花大夫の目が、妖しい光をおびた。
「若桜か、ご苦労……入りなさい」
若桜は、美姫ぞろいの菊花殿でも、群を抜いて麗しい姿形を持ちながら、病弱が災いして、まだ帝が手をつけぬ、純真可憐な娘であった。
菊花大夫は、寝台脇まで歩み寄る美少女へ、悪辣な魔手を伸ばした。
不意に腕をつかまれて、盆を落とした若桜は、慌てて薬湯を拾う。
「申しわけありません! 大夫さま!」と、己の袖で、菊花大夫の濡れた白衣を懸命にぬぐい、思わず泪ぐむ健気さだ。菊花大夫は北叟笑んだ。
〈この娘じゃ。これがよい。同じ聖真如族出身の娘なら、道士の炯眼もあざむき徹せる〉
叱責を恐れてかしこまる美少女へ、菊花大夫は大輪の花の如く、艶やかに笑みこぼした。
酷く、毒々しい花ではあるが。
それでも、大夫に憧憬をいだく若桜にとっては、まぶしい陽光であった。
「若桜、そう怖がることはない……ここへ座って、楽になさい。少し、お前と話がしたいのです。一人でいると、やはり気が滅入る」
菊花大夫の申し出は、若桜にとって願ってもない幸運だった。
喜び勇んで、しかし遠慮がちに、若桜は大夫の寝台へ、浅く腰かけた。
「もっと、近う……若桜」
菊花大夫は大胆にも、若桜の裙子をたくし上げ、内股へと手を這わせた。若桜は羞恥に頬を染めたが、逃げる気配はなく、むしろ菊花大夫の愛撫を、積極的に受け入れる姿勢だ。
「あぁ……うれしい、大夫さまに、可愛がって頂けるなんて……はぁ、若桜は、幸せぇ……」
若桜は自ら腰帯を解き、寝台へ向け大きく肢を開いた。これなら篭絡するのはたやすい。
〈空けになるほど精気を吸い尽くし、この女体へもぐりこむ。鬼毒で中てて気死させ、胎内を占拠するのじゃ。次なる棲み処としてな!〉
ところが、若桜に導かれた菊花大夫の手は、不可解な突起物に触れ、驚愕した。
固く屹立したそれは、まがうかたき男性の物。しかもよく見れば、若桜の白肌には、いつの間にか禍々しい経文字が無数、朱色に浮き出ていたのだ。
「そなたは……啊っ!?」
「本当にうれしいぜ、菊花大夫! あんたの方から、お誘い頂けるなんてなぁ! 哈哈哈!」
美貌の白面は醜貌の天狗面へ、清しい女声は荒々しい男声へ、あえかな肢体は精悍な鉄鋼の体へ、神業の如き早変わりを魅せた。
まるで悪夢だ。
嘘のようだ。
めまいがする。
「先刻の続きをしようぜ!」
天狗面の【穢忌族】は、菊花大夫の細腰をかかえ、女陰に猛々しい欲望を突きこんだ。
「やめてぇぇえっ……ひぃいっ!」
菊花大夫は悶絶した。咽が詰まって声も出ない。焼けるような両掌で尻をつかまれ、またがされた胡坐の上。男に激しく揺さぶられ、菊花大夫は酸欠状態の魚が如く、パクパクと口を開いている。手足は突っ張り、全身は痙攣し、菊花大夫は息も絶え絶えだ。
髪を振り乱し、男の背筋をかきむしる。逃れようと懸命である。
無茶苦茶に暴れ、菊花大夫は男の顔を殴打した。ボトリと、天狗面がはがれ落ちる。
「あぁっ……お前は、何者じゃあっ!?」
現れたのは、白面美貌の喝食髪青年。
醜貌の修験者《朱牙天狗》とは、似ても似つかぬ美男であった。
但し、男の端整な顔立ちには、下卑た獣欲や暴虐性がみなぎっていた。
「放せぇ! 嫌じゃあっ、放せぇぇえっ!」
「放すのは、てめぇが先だぜ! 食女鬼!」
怒り狂った男の体は、それ自体が一本の火柱だった。熱傷にあえぐ菊花大夫は、燃えさかる火柱へ緊縛された、憐れな人身御供である。波打つ敷布の上へ、投影された男女の姿は、朱色の鬼業に染まり、からみ合い、もつれ合う。
鬼女の朱影をねじ伏せ、凌駕し、己の影へと取り込む巨影……目を疑うような光景だ。
その上、男が腰を使うたび、菊花大夫の白い腹部は見る見るふくれ、あっと云う間に臨月間近い産婦の如き体へと、変貌してしまった。
「あぁあっ……ヤヤ子が、死ぬるぅぅう!」
「そうだっ……さっさと、出て失せろぉ!」
男の吐精と、菊花大夫の断末魔の悲鳴が、かさなった。
菊花大夫は……男が体を放すと同時、女陰から大量の精血をほとばしらせた。
それは流産でも、破水でもなく、おびただしい数の【鬼蛭】だった。凄まじい勢いで噴出する、赤い蛭子数千匹は、寝台からこぼれ落ち、素早く巨大な一塊へ凝固する。
【穢忌族】の美男色悪《夜戯れの那咤霧》とて、さすがに腰が引ける異常事態だ。
しかも、彼の腕にいだかれたまま、菊花大夫は絶命していた。
いや、元の屍骸に戻ったのだ。鬼業が抜けた影も、現世が写す黒影へ。
美男喝食行者は黙祷、触覚術【狂れ刑部】の魔手で、菊花大夫の胸をさする。
そうして、痛ましい熱傷痕を消してから、屍骸を放した。
途端に憐れな女の空蝉はくずおれ、己の黒い遺影へと、ゆっくりかぶさった。
もう二度と、彼女が美しい碧瑠璃の双眸を、開くことはない。
三十余年の、儚くも薄幸な生涯を歩んだ菊花大夫こと《氷薙》――四十九日もの間、鬼業にさいなまれた彼女が、ようやく迎えられた最期である。
「あんたは……最高の女だったぜ、氷薙」
那咤霧は、彼女の骸に霞帔をかけ、つぶやいた。
だが、すぐに凶眼を見開き、急成長する邪悪な鬼畜の巨体へ、凄絶な殺意を向けた。
経帷子に袖を通し、再び真っ赤な天狗面で、素顔をおおう。
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