2 / 8
2.
しおりを挟む
それからあっという間に時間が経って、私は学園入学のため、王都のタウンハウスに移り住んだ。そして、ついに良い案が思い浮かばないまま、ガーデンパーティーまで残り一週間になった。
王都のタウンハウスは自領の屋敷より手狭だが、かわいらしい赤レンガ造りの建物で庭には薔薇も咲いている。今日も一人考え事しながら、中庭でお茶をしていた。そんな時、父の怒鳴り声が家中に響いた。
「もう君の家には十分支援してやっているだろう。さらにたかるつもりか!!」
父の書斎の方を見ると、窓越しにはとこのバルドが父に頭を下げているのが分かった。彼は二つ年上で、既に学園で勉強している。そういえば、王立医学校に進学したいから、お金を援助してほしいって何度もうちに尋ねに来ていたっけ。
バルドの実家、ロマーノ辺境伯家は土地柄治めるのが難しい土地だ。何度も飢饉や災害に見舞われ、その度うちが支援してきたと聞く。その上さらにとなれば、私以上に短気な父が怒るのも分からなくもない。
ただ家を継ぐことができない三男の彼が、実家に頼らず堅実に生きていくために、資格を取るのは正しい選択だ。実家に頼れないから、親族の中でも事業が上手くいっているうちを頼ってきているんだろう。
その時だった。私はひらめいてしまった。これしかない。小走りで、父の書斎に向かった。
「父さま!!」
「なんだ、ルチア。客人の前だぞ。お前も学園に入るのだから、もう少し淑女らしくできないのか。」
「申し訳ありません、お父さま。ですがお願いがありますの。」
父は、短気で時に頑固だが、娘には基本甘い。あきれたように言う。
「それで、願いとはなんだ?」
「バルド様を私の家庭教師にしてくださいませ、私の学園卒業まで。」
ちょうど両親は、王都で私の家庭教師を探していると聞いていた。
「家庭教師だと?」
「ええ。お父さまが、見返りなくバルドにお金を渡すことを渋られるのであれば、私に勉強を教えていただけばよいのです。バルド様は優秀で、学園の成績がとてもいいと聞いています。そんな彼に勉強を教えていただければ、私も心強いです。専属家庭教師のお給金であれば、それなりの額になります。もちろん医学校の学費はそれだけで賄えないでしょうが、バルド様ならなんらかの奨学金も得られるのではないでしょうか?」
「……うむ。家庭教師にはサンチェス子爵夫人を考えていたが。」
え、彼女は礼儀作法にうるさいと聞いたことがある。親としては、学園の勉強よりも淑女教育に力を入れたいということか。
「これからの学園生活で一番大切なことは、人生の基盤になる教養を学ぶことです。学園の勉強までサンチェス子爵夫人がみられるのですか?」
「むむ、しかし……。」
「礼儀作法は伯爵令嬢として恥ずかしくないよう、十分教えられてきました。ご心配なさらずとも、お茶会では楽しくやっておりますわ。それより学園の勉強の方が心配です。ですから、バルド様が必要なのですわ。お父さま。」
「お前がそこまで言うなら、バルド君、君をルチアの家庭教師に任命する。その給金を医学校の学費に使いたまえ。」
「ご配慮いただき、ありがとうございます。ダミアーニ伯爵、ダミアーニ伯爵令嬢。」
バルドは真摯な眼差しで、深々頭を下げた。私と同じ黒髪に菫色の瞳だが、瞳の色は私より少しだけ濃い。背が高いせいか、不思議と華やかさがある。
「では、バルド様こちらに。自室に案内いたしますわ。今後の学習計画についてお話ししたいです。」
父の部屋から、自室までバルドを案内する。部屋に入るとバルドは訝し気にこちらを見た。
「――で、君は一体何を企んでいるんだ?急にあんなことを言い出して。」
ファウストほどではないが、親族同士の付き合いでバルドとも小さい頃からよく会っていた。私が勉強を教えて欲しいと言い出したことがよほど意外だったのだろう。
「家庭教師の件は本心ですわ。学園の入学前に勉強の心配をするのは普通のことでしょ。」
「本当にそれだけか?」
さらに、眉間にしわを寄せ、怪しむ表情をこちらに向ける。
「さすが勘がよろしいですね。――実はあなたを私の"婚約者"としてレンタルしたいの。」
「レンタル?!」
そこから私とファウストの間にあったことを話した。
「――それは君が素直に謝ればいいのでは?」
「素直ってなんですの?素直になるなら、こんな婚約、一刻も早く破棄したいです。」
「そ、そうか。分かった。つまりその"レンタル"というのは、婚約者の同伴が求められる場面で君をエスコートするって意味でいいかな?」
「ええ、そうですわ。バルド様と私は、はとこ同士です。婚約者がいない子女が親族にエスコートを頼むことは自然な流れです。それに、非嫡子であるバルド様との関係を、バルド様が医療師の資格を取られるまでは公にしたくないといえば、アンナマリア様も納得して黙っていて下さるはずです。」
「それはそうだが、かなり強引では?そもそも、いつからファウストと仲たがいしたんだ?昔は仲が良かったじゃないか?」
「昔って子どもの頃の話でしょう。ここ何年も、会ったら喧嘩しかしてないの。この前もドレスのこと馬鹿にされたわ。」
「――ドレスと言えば、ガーデンパーティーにはどんな服を着ていくんだ。」
ガーデンパーティーの服か。いつも侍女任せで、自分で決めていない。侍女のジーナが、バルドにクローゼットを見せる。
「君はこれしかドレスを持っていないのか?姉さんはもう結婚して家を出ているけど、この10倍はドレスを持っているぞ。」
バルドは少し驚いた様子だ。私は、どうやら一般的な貴族令嬢というものが、よく分かっていなかったようだ。
「君のそういうところ全く変わっていないな。ふふ。まあ私は嫌いじゃないが。まず初めの授業は、ドレスだ。今から、ドレスを買いに行くぞ。」
王都のタウンハウスは自領の屋敷より手狭だが、かわいらしい赤レンガ造りの建物で庭には薔薇も咲いている。今日も一人考え事しながら、中庭でお茶をしていた。そんな時、父の怒鳴り声が家中に響いた。
「もう君の家には十分支援してやっているだろう。さらにたかるつもりか!!」
父の書斎の方を見ると、窓越しにはとこのバルドが父に頭を下げているのが分かった。彼は二つ年上で、既に学園で勉強している。そういえば、王立医学校に進学したいから、お金を援助してほしいって何度もうちに尋ねに来ていたっけ。
バルドの実家、ロマーノ辺境伯家は土地柄治めるのが難しい土地だ。何度も飢饉や災害に見舞われ、その度うちが支援してきたと聞く。その上さらにとなれば、私以上に短気な父が怒るのも分からなくもない。
ただ家を継ぐことができない三男の彼が、実家に頼らず堅実に生きていくために、資格を取るのは正しい選択だ。実家に頼れないから、親族の中でも事業が上手くいっているうちを頼ってきているんだろう。
その時だった。私はひらめいてしまった。これしかない。小走りで、父の書斎に向かった。
「父さま!!」
「なんだ、ルチア。客人の前だぞ。お前も学園に入るのだから、もう少し淑女らしくできないのか。」
「申し訳ありません、お父さま。ですがお願いがありますの。」
父は、短気で時に頑固だが、娘には基本甘い。あきれたように言う。
「それで、願いとはなんだ?」
「バルド様を私の家庭教師にしてくださいませ、私の学園卒業まで。」
ちょうど両親は、王都で私の家庭教師を探していると聞いていた。
「家庭教師だと?」
「ええ。お父さまが、見返りなくバルドにお金を渡すことを渋られるのであれば、私に勉強を教えていただけばよいのです。バルド様は優秀で、学園の成績がとてもいいと聞いています。そんな彼に勉強を教えていただければ、私も心強いです。専属家庭教師のお給金であれば、それなりの額になります。もちろん医学校の学費はそれだけで賄えないでしょうが、バルド様ならなんらかの奨学金も得られるのではないでしょうか?」
「……うむ。家庭教師にはサンチェス子爵夫人を考えていたが。」
え、彼女は礼儀作法にうるさいと聞いたことがある。親としては、学園の勉強よりも淑女教育に力を入れたいということか。
「これからの学園生活で一番大切なことは、人生の基盤になる教養を学ぶことです。学園の勉強までサンチェス子爵夫人がみられるのですか?」
「むむ、しかし……。」
「礼儀作法は伯爵令嬢として恥ずかしくないよう、十分教えられてきました。ご心配なさらずとも、お茶会では楽しくやっておりますわ。それより学園の勉強の方が心配です。ですから、バルド様が必要なのですわ。お父さま。」
「お前がそこまで言うなら、バルド君、君をルチアの家庭教師に任命する。その給金を医学校の学費に使いたまえ。」
「ご配慮いただき、ありがとうございます。ダミアーニ伯爵、ダミアーニ伯爵令嬢。」
バルドは真摯な眼差しで、深々頭を下げた。私と同じ黒髪に菫色の瞳だが、瞳の色は私より少しだけ濃い。背が高いせいか、不思議と華やかさがある。
「では、バルド様こちらに。自室に案内いたしますわ。今後の学習計画についてお話ししたいです。」
父の部屋から、自室までバルドを案内する。部屋に入るとバルドは訝し気にこちらを見た。
「――で、君は一体何を企んでいるんだ?急にあんなことを言い出して。」
ファウストほどではないが、親族同士の付き合いでバルドとも小さい頃からよく会っていた。私が勉強を教えて欲しいと言い出したことがよほど意外だったのだろう。
「家庭教師の件は本心ですわ。学園の入学前に勉強の心配をするのは普通のことでしょ。」
「本当にそれだけか?」
さらに、眉間にしわを寄せ、怪しむ表情をこちらに向ける。
「さすが勘がよろしいですね。――実はあなたを私の"婚約者"としてレンタルしたいの。」
「レンタル?!」
そこから私とファウストの間にあったことを話した。
「――それは君が素直に謝ればいいのでは?」
「素直ってなんですの?素直になるなら、こんな婚約、一刻も早く破棄したいです。」
「そ、そうか。分かった。つまりその"レンタル"というのは、婚約者の同伴が求められる場面で君をエスコートするって意味でいいかな?」
「ええ、そうですわ。バルド様と私は、はとこ同士です。婚約者がいない子女が親族にエスコートを頼むことは自然な流れです。それに、非嫡子であるバルド様との関係を、バルド様が医療師の資格を取られるまでは公にしたくないといえば、アンナマリア様も納得して黙っていて下さるはずです。」
「それはそうだが、かなり強引では?そもそも、いつからファウストと仲たがいしたんだ?昔は仲が良かったじゃないか?」
「昔って子どもの頃の話でしょう。ここ何年も、会ったら喧嘩しかしてないの。この前もドレスのこと馬鹿にされたわ。」
「――ドレスと言えば、ガーデンパーティーにはどんな服を着ていくんだ。」
ガーデンパーティーの服か。いつも侍女任せで、自分で決めていない。侍女のジーナが、バルドにクローゼットを見せる。
「君はこれしかドレスを持っていないのか?姉さんはもう結婚して家を出ているけど、この10倍はドレスを持っているぞ。」
バルドは少し驚いた様子だ。私は、どうやら一般的な貴族令嬢というものが、よく分かっていなかったようだ。
「君のそういうところ全く変わっていないな。ふふ。まあ私は嫌いじゃないが。まず初めの授業は、ドレスだ。今から、ドレスを買いに行くぞ。」
89
あなたにおすすめの小説
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
伯爵令嬢の婚約解消理由
七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。
婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。
そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。
しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。
一体何があったのかというと、それは……
これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。
*本編は8話+番外編を載せる予定です。
*小説家になろうに同時掲載しております。
*なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない
エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい
最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。
でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。
【完結】没交渉の婚約者より、図書館で会った人の方が素敵でした
ぽぽよ
恋愛
レイチェルには、十年間一度も会ったことのない婚約者がいた。
名前しか知らない、奇妙な婚約。
ある日、図書館で出会った男性に、レイチェルは心を奪われる。
穏やかで優しい彼に惹かれていくが、レイチェルには婚約者がいた――
見た目だけでは分からない、本当に大切なものとは?
すれ違いを描く、短編ラブストーリー。
ショートショート全5話。
【完結】私が重すぎ?軽い方だと思いますが、そう仰るなら婚約破棄を受け入れます。 それなのに、あなたはなぜ私に付きまとうのですか?
西東友一
恋愛
「お前、重すぎんだよ」
婚約したら将来の話をするのは当然だと思っていたジャンヌは、婚約者のジェダインに婚約破棄を言い渡されてしまう。しかし、しばらくしてジェダインが寄りを戻そうと行ってきて―――
※※
元サヤが嫌いな方、女主人公がハーレムっぽくなるのが嫌いな方、恋愛は王道以外は認めない方はご遠慮ください。
最後のオチに「えーーっ」となるかもしれませんし、「ふっ」となるかもしれません。
気楽にお読みください。
この作品に関して率直な感想を言いたくなったら、否定的な意見でも気軽に感想を書いてください。
感想に関して返信すると、気を遣って自由に言いたいことを言えなくなるかもしれないので、この作品の感想の返信は一律でしませんので、ご容赦ください。
【短編】誰も幸せになんかなれない~悪役令嬢の終末~
真辺わ人
恋愛
私は前世の記憶を持つ悪役令嬢。
自分が愛する人に裏切られて殺される未来を知っている。
回避したいけれど回避できなかったらどうしたらいいの?
*後編投稿済み。これにて完結です。
*ハピエンではないので注意。
運命の人は貴方ではなかった
富士山のぼり
恋愛
「パウラ・ ヴィンケル……君との婚約は破棄させてもらう。」
「フレド、何で……。」
「わざわざ聞くのか? もう分かっているだろう、君も。」
「……ご実家にはお話を通されたの?」
「ああ。両親とも納得していなかったが最後は認めてくれた。」
「……。」
「私には好きな女性が居るんだ。本気で愛している運命の人がな。
その人の為なら何でも出来る。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる