1 / 8
1.
しおりを挟む
私、ルチアはダミアーニ伯爵家の長女として生まれた。隣領のヴェントーラ侯爵家は親同士がとても仲が良い。でも息子のファウストは最悪だ。会う度に私の容姿を「地味だ」と揶揄ってくる。
確かに、私のゆるく波打つ黒髪と菫色の瞳は、ファウストの金髪碧眼に比べれば控えめだ。でも自分としては気に入っている。小さいときのファウストは天使のようにかわいらしく、私とも仲良くしていたのに、背が伸びて貴公子然とした今は、どういうわけか私にだけ当たりがきつい。――いつも些細なことで喧嘩になってしまう。
15歳になると、この国の貴族の子弟たちは皆、王都にある王立学園に入学して、教養と交流を深める。初めて住む王都、新しい友だち――私は学園生活をとても楽しみにしていた。そんなある日だった、虫唾が走るような知らせを耳にしたのは。
「私とファウストが結婚?!」
親は新たに領境で見つかった鉄鉱山の開発のため、ヴェントーラ侯爵家と共同事業が必要である、政略結婚と思って嫁ぎなさいという。いくら抗議をしても、侯爵家からの申し出だから、と言って聞き入れてもらえなかった。
気が向かないまま、顔合わせに向かう。だけど――最初は少しは婚約者らしい雰囲気になるかとちょっとだけ期待した。
「ごきげんよう。婚約者様。」
完璧なカーテシーで挨拶したはずだった。ほんの一瞬、彼が私を見つめ、顔を赤らめたように見えた。でもこちらをまっすぐと見つめた双眸に、すぐに影が差した。
「ルチア、仮にも婚約者として会う初めてのお茶会なのだから、もう少しその……うれしそうにできないのか?」
残念そうに彼が言う。どういう意味だろう?内心ざわついたが、貴族らしくアルカイックスマイルを浮かべて答えた。
「突然のお話でしたから、私、心の整理がついていませんの。」
「ドレスも……この前うちに着てきたドレスと同じじゃないか?こういう時、女性は張り切って身なりを整え、殿方に会いにいくと聞くぞ。」
「あら、よく他人が着ていたドレスなんて覚えていますね。」
髪の毛はいつもより時間をかけて、専属侍女のジーナがセットしてくれた。まさか前回着ていたドレスを覚えているとは。ファウストの記憶力の良さと目ざとさに思わず目を剥いた。婚約者として仲良くできると期待した自分がやはり馬鹿だった。これでは、まるで世間で噂に聞く『姑』のようだ。
「うぐっ。君のお小遣いが足りていないというわけではないだろう。俺に会うのに派手にしろというわけではないが、ただもう少し着飾るという意欲はないのか。」
「そうですね。ありませんね。」
実のところ、私の服の趣味は壊滅的に悪い。これは侍女たち全員が口を揃えて言うから間違いない。だから母が買ってくれたドレスだけを着ている。もう数年、自分からねだることもしないから、数少ないドレスからやりくりしている。侍女たちが気を使って、コーディネートを頑張ってくれるが、ドレスがかぶってしまうのは仕方のないことだった。
「――それはつまり俺のことをなんとも思っていないということか?」
「そうは言っていないです。」
「じゃあどうして、うれしそうにしないんだ?」
「そう言われましても、ここ最近あなたとは喧嘩しかしてませんし。」
「ああ、もううんざりだ。お前といるとどうしていつもこうなってしまうんだ。」
ファウストが唇を噛みしめた。
「それは、あなたが初めに喧嘩を売るからでしょう?」
「ああそうか。お前の考えはよく分かった。そもそも俺は学園でかわいい令嬢を見つけて、仲良くしようと思っていたんだ。なんでお前と婚約なんてしなきゃいけないんだ。」
おお、ついに本音が出たか。
「それは、こちらのセリフですわね。」
売り言葉に買い言葉でつい口走る。
「親の意向だから結婚はする。だが婚約者だということは学園を卒業するまでは、絶対誰にも言うなよ。俺は学園でつかの間のモラトリアムを堪能させてもらう。いいか。学園で会っても話しかけて来るなよ。」
「ええ、ありがとうございます。では私も学園生活を満喫させて頂きますわ。」
手に持った扇子をテーブルに叩きつけて、立ち上がる。ああ、やってしまった。私にだって婚約者になったからには、昔のように仲良くしたいという気持ちはあったのに。
きっとお茶会での出来事を両親に話しても怒られるのは私だ。だから帰るまでにスッキリさせないと。帰りの馬車で侍女のジーナに愚痴を聞いてもらう。ジーナはくるくるとした茶色の巻き毛に茶色い瞳、そばかす交じりの頬が愛らしい。まるで小動物のようだ。少しおっちょこちょいだが、いつも一生懸命で私は好きだ。
「すみません。お嬢様。まさか同じドレスだったとは。専属侍女としてあるまじき大失態です。」
「いいのよ。悪いのはアイツだから。」
「このジーナ、今度のアンナマリア様のガーデンパーティーではお嬢様を必ずや令嬢一の美少女に仕上げて見せます。」
そこまで言われて、私はやっととんでもない『約束』をファウストとしてしまったことに気づいた。
「どうしよう、ジーナ。アンナマリア様に今度のガーデンパーティーで婚約者を紹介するって言っちゃったのよ~。」
アンナマリア様は公爵家の令嬢。そして令嬢たちを牛耳る偉大な存在だ。そんな彼女に婚約者と早速仲たがいしましたと馬鹿正直に言ったら、なんと噂されるか分からない。令嬢たちは時に辛辣で残酷だ。『婚約者に愛されぬ令嬢』『女として魅力のない地味令嬢』――耳にしたくない悪名が次々と思い浮かぶ。
「困ったわ。実に困ったわ。」
馬車を降りた後も頭の中はぐるぐるしていて、気づけば自室に籠っていた。結局いくら考えても、いい考えは思い浮かばなかった。
「ルチア、ファウスト様とのお茶会はどうだった?昔みたいに仲良くできた?」
夕食の席で母がにこにこしながら、聞いてくる。まさか早速喧嘩をしたとも言えず、黙りこくる。
「今は上手くいかなくても、そのうちお互い素直になれるわよ。」
母は私の沈黙に何かを察したようだが、お角違いである。仮に素直になるなら、私も彼もさっさとこの婚約を破棄したいのだから。
確かに、私のゆるく波打つ黒髪と菫色の瞳は、ファウストの金髪碧眼に比べれば控えめだ。でも自分としては気に入っている。小さいときのファウストは天使のようにかわいらしく、私とも仲良くしていたのに、背が伸びて貴公子然とした今は、どういうわけか私にだけ当たりがきつい。――いつも些細なことで喧嘩になってしまう。
15歳になると、この国の貴族の子弟たちは皆、王都にある王立学園に入学して、教養と交流を深める。初めて住む王都、新しい友だち――私は学園生活をとても楽しみにしていた。そんなある日だった、虫唾が走るような知らせを耳にしたのは。
「私とファウストが結婚?!」
親は新たに領境で見つかった鉄鉱山の開発のため、ヴェントーラ侯爵家と共同事業が必要である、政略結婚と思って嫁ぎなさいという。いくら抗議をしても、侯爵家からの申し出だから、と言って聞き入れてもらえなかった。
気が向かないまま、顔合わせに向かう。だけど――最初は少しは婚約者らしい雰囲気になるかとちょっとだけ期待した。
「ごきげんよう。婚約者様。」
完璧なカーテシーで挨拶したはずだった。ほんの一瞬、彼が私を見つめ、顔を赤らめたように見えた。でもこちらをまっすぐと見つめた双眸に、すぐに影が差した。
「ルチア、仮にも婚約者として会う初めてのお茶会なのだから、もう少しその……うれしそうにできないのか?」
残念そうに彼が言う。どういう意味だろう?内心ざわついたが、貴族らしくアルカイックスマイルを浮かべて答えた。
「突然のお話でしたから、私、心の整理がついていませんの。」
「ドレスも……この前うちに着てきたドレスと同じじゃないか?こういう時、女性は張り切って身なりを整え、殿方に会いにいくと聞くぞ。」
「あら、よく他人が着ていたドレスなんて覚えていますね。」
髪の毛はいつもより時間をかけて、専属侍女のジーナがセットしてくれた。まさか前回着ていたドレスを覚えているとは。ファウストの記憶力の良さと目ざとさに思わず目を剥いた。婚約者として仲良くできると期待した自分がやはり馬鹿だった。これでは、まるで世間で噂に聞く『姑』のようだ。
「うぐっ。君のお小遣いが足りていないというわけではないだろう。俺に会うのに派手にしろというわけではないが、ただもう少し着飾るという意欲はないのか。」
「そうですね。ありませんね。」
実のところ、私の服の趣味は壊滅的に悪い。これは侍女たち全員が口を揃えて言うから間違いない。だから母が買ってくれたドレスだけを着ている。もう数年、自分からねだることもしないから、数少ないドレスからやりくりしている。侍女たちが気を使って、コーディネートを頑張ってくれるが、ドレスがかぶってしまうのは仕方のないことだった。
「――それはつまり俺のことをなんとも思っていないということか?」
「そうは言っていないです。」
「じゃあどうして、うれしそうにしないんだ?」
「そう言われましても、ここ最近あなたとは喧嘩しかしてませんし。」
「ああ、もううんざりだ。お前といるとどうしていつもこうなってしまうんだ。」
ファウストが唇を噛みしめた。
「それは、あなたが初めに喧嘩を売るからでしょう?」
「ああそうか。お前の考えはよく分かった。そもそも俺は学園でかわいい令嬢を見つけて、仲良くしようと思っていたんだ。なんでお前と婚約なんてしなきゃいけないんだ。」
おお、ついに本音が出たか。
「それは、こちらのセリフですわね。」
売り言葉に買い言葉でつい口走る。
「親の意向だから結婚はする。だが婚約者だということは学園を卒業するまでは、絶対誰にも言うなよ。俺は学園でつかの間のモラトリアムを堪能させてもらう。いいか。学園で会っても話しかけて来るなよ。」
「ええ、ありがとうございます。では私も学園生活を満喫させて頂きますわ。」
手に持った扇子をテーブルに叩きつけて、立ち上がる。ああ、やってしまった。私にだって婚約者になったからには、昔のように仲良くしたいという気持ちはあったのに。
きっとお茶会での出来事を両親に話しても怒られるのは私だ。だから帰るまでにスッキリさせないと。帰りの馬車で侍女のジーナに愚痴を聞いてもらう。ジーナはくるくるとした茶色の巻き毛に茶色い瞳、そばかす交じりの頬が愛らしい。まるで小動物のようだ。少しおっちょこちょいだが、いつも一生懸命で私は好きだ。
「すみません。お嬢様。まさか同じドレスだったとは。専属侍女としてあるまじき大失態です。」
「いいのよ。悪いのはアイツだから。」
「このジーナ、今度のアンナマリア様のガーデンパーティーではお嬢様を必ずや令嬢一の美少女に仕上げて見せます。」
そこまで言われて、私はやっととんでもない『約束』をファウストとしてしまったことに気づいた。
「どうしよう、ジーナ。アンナマリア様に今度のガーデンパーティーで婚約者を紹介するって言っちゃったのよ~。」
アンナマリア様は公爵家の令嬢。そして令嬢たちを牛耳る偉大な存在だ。そんな彼女に婚約者と早速仲たがいしましたと馬鹿正直に言ったら、なんと噂されるか分からない。令嬢たちは時に辛辣で残酷だ。『婚約者に愛されぬ令嬢』『女として魅力のない地味令嬢』――耳にしたくない悪名が次々と思い浮かぶ。
「困ったわ。実に困ったわ。」
馬車を降りた後も頭の中はぐるぐるしていて、気づけば自室に籠っていた。結局いくら考えても、いい考えは思い浮かばなかった。
「ルチア、ファウスト様とのお茶会はどうだった?昔みたいに仲良くできた?」
夕食の席で母がにこにこしながら、聞いてくる。まさか早速喧嘩をしたとも言えず、黙りこくる。
「今は上手くいかなくても、そのうちお互い素直になれるわよ。」
母は私の沈黙に何かを察したようだが、お角違いである。仮に素直になるなら、私も彼もさっさとこの婚約を破棄したいのだから。
106
あなたにおすすめの小説
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
伯爵令嬢の婚約解消理由
七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。
婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。
そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。
しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。
一体何があったのかというと、それは……
これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。
*本編は8話+番外編を載せる予定です。
*小説家になろうに同時掲載しております。
*なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない
エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい
最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。
でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。
運命の人は貴方ではなかった
富士山のぼり
恋愛
「パウラ・ ヴィンケル……君との婚約は破棄させてもらう。」
「フレド、何で……。」
「わざわざ聞くのか? もう分かっているだろう、君も。」
「……ご実家にはお話を通されたの?」
「ああ。両親とも納得していなかったが最後は認めてくれた。」
「……。」
「私には好きな女性が居るんだ。本気で愛している運命の人がな。
その人の為なら何でも出来る。」
【完結】没交渉の婚約者より、図書館で会った人の方が素敵でした
ぽぽよ
恋愛
レイチェルには、十年間一度も会ったことのない婚約者がいた。
名前しか知らない、奇妙な婚約。
ある日、図書館で出会った男性に、レイチェルは心を奪われる。
穏やかで優しい彼に惹かれていくが、レイチェルには婚約者がいた――
見た目だけでは分からない、本当に大切なものとは?
すれ違いを描く、短編ラブストーリー。
ショートショート全5話。
【完結】私が重すぎ?軽い方だと思いますが、そう仰るなら婚約破棄を受け入れます。 それなのに、あなたはなぜ私に付きまとうのですか?
西東友一
恋愛
「お前、重すぎんだよ」
婚約したら将来の話をするのは当然だと思っていたジャンヌは、婚約者のジェダインに婚約破棄を言い渡されてしまう。しかし、しばらくしてジェダインが寄りを戻そうと行ってきて―――
※※
元サヤが嫌いな方、女主人公がハーレムっぽくなるのが嫌いな方、恋愛は王道以外は認めない方はご遠慮ください。
最後のオチに「えーーっ」となるかもしれませんし、「ふっ」となるかもしれません。
気楽にお読みください。
この作品に関して率直な感想を言いたくなったら、否定的な意見でも気軽に感想を書いてください。
感想に関して返信すると、気を遣って自由に言いたいことを言えなくなるかもしれないので、この作品の感想の返信は一律でしませんので、ご容赦ください。
【短編】誰も幸せになんかなれない~悪役令嬢の終末~
真辺わ人
恋愛
私は前世の記憶を持つ悪役令嬢。
自分が愛する人に裏切られて殺される未来を知っている。
回避したいけれど回避できなかったらどうしたらいいの?
*後編投稿済み。これにて完結です。
*ハピエンではないので注意。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる