嘘告されたので、理想の恋人を演じてみました

志熊みゅう

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 私たちの仮初の関係は、時にアルセーヌの友達であるブリュノやカミーユから揶揄われた。

「どうだった?観劇は。姉さんが特別に融通してもらった席だから、さぞ良かっただろう?」
(まさか本当にバケモノ女とあの劇を観に行くとはな。)

「ああ、今度はもっと楽しい劇を観に行こうと思ったよ。俺はブリジットの笑顔が見たいからね。」

「そ、そうか。――それはそうとお前、大丈夫か?恋は盲目というからな。」 
(だいたい罰ゲームの嘘告だろ。なのに一緒にご飯を食べたり、デートをしたり、アルセーヌの奴、何のつもりだ。もしかしてこれが魔眼の力なのか?恐ろしい。)

「カミーユ、心配しなくても、ブリジット嬢のおかげで成績も上がったし、騎士の稽古にも集中できている。いいことづくめだよ。ねえ、ブリジット。」
(これ以上、ブリジットを害するようなことを言わないで、さっさと失せろ。)

「そう言ってもらってうれしいわ、アルセーヌ様。」

 付き合ってみて分かったことがある。アルセーヌは素直な男だ。私が善意を向ければ、こうして善意を返してくれる。きっと優しい両親、親切な友達の中で、何も疑うことなく、愛されて育ったのだろう。幼いころから他人の悪意に触れてきた私からすると、この世にここまで純粋な人間がいるということが、まさに青天の霹靂だった。

 その一方、急に成績や剣技が伸びたアルセーヌを疎ましく思う生徒は多かった。だから私は自分の力を使って、悪意を向ける者たちから、彼をひそかに守った。今まで、自分に悪意を向ける人間は気にしたことなかったのに、自分でも不思議だった。

 私たちは、あの観劇のあともデートを重ねた。約束通り、喜劇も観に行った。後ろの方の席だったけれど、すごく面白かったし、たくさん笑った。遠乗りも馬で連れて行ってくれた。底抜けに明るい彼と過ごす時間はとても楽しかった。「好きだ」「かわいい」「愛している」と心から私のことを思ってくれるのも心地よかった。

「ブリジットは卒業後どうするの?」 

「私は騎士団参謀本部第二部隊に就職予定よ。」

 ――騎士団参謀本部第二部隊。別名を"月の使徒"。ソレイユ国の諜報機関だ。

「例え、守秘義務のある第二部隊であっても、同じ騎士団員なら結婚を許されているだろう?」

「ええ。そうね。」

「侯爵令嬢の君と伯爵家次男の俺では釣り合っていないのはよく分かっている。でも必ず武功をあげて、騎士伯をとる。だから、その、だから――俺と結婚して欲しい。」

 ――心の声と言葉が一致している。つまりこれは嘘ではない。彼の心からの言葉。

 だけど、私は素直に喜べなかった。だって今まで彼に見せてきた私は、心を覗いて、彼の理想に近づけた私の姿。本当の"私"をみて、彼がどう思うかなんて分からない。それに、ジャカール侯爵令嬢であり、月の使徒として国に服する運命にある自分に結婚を相手を自由に決める権利なんて、おそらくない。

「返事はすぐに求めない。だけど、俺は君を愛している。どんな君であっても。だから真剣に考えて欲しい。」

 この仮初の関係は、学校を卒業したら終わりだと思っていた。でも今、嘘偽りのない言葉を聞いて、手放したくない、彼の隣にいたい。そう願ってしまった。
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