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第26話 眠りの契約
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夕陽が完全に沈んだとき、ルーデン村の西の空が異様な光を放った。
雲の裏側で淡く光の線が走り、夜空にひとつの円が描かれていく。
アレンはその光景を丘の上から見つめ、静かに呟いた。
「……王都が“門”を開く気か。」
村で起きた一連の現象――神核の再構築、森の選定、そして神殿の影の襲来。
その全てを追っていたハイゼルが、この地を“中心”と定めたのだ。
光は次第に強まり、空に半透明の陣を描き始める。
地平線から風が吹いた。
ただの風ではない。魔力の濃縮した風。
それは大地の理を強制的に変化させ、眠る者を“揺り起こす”この世ならぬ力を帯びていた。
「アレンさん!」
リィナが丘を駆け上がってきた。肩で息をし、息苦しさに顔をゆがめる。
「また王都ですか!?」
「ええ。“神門の召喚”……。あれを辺境で使うとは、随分本気のようですね。」
「じゃあ、また戦いになるんですか?」
「戦いでは計れません。彼らの目的は“確保”でも“破壊”でもない。封印された理の書き換えだ。」
「理の……?」
「要するに、世界の枠組みを紙のように折り直す。それが“神門”です。」
アレンが杖の先を地面に突くと、周囲の地脈がリズムを刻むように振動を始める。
大地そのものが痛みに震えている。
「ハイゼルがこれを開けば、辺境に封じられた力――“眠り”が呼び覚まされる。そうなればまた誰かが犠牲になる。」
「じゃあ、止めないと!」
「ええ。そのために、あなたの力が必要です。リィナ。」
リィナは驚きに目を見開いた。
アレンが人に助けを求めるなんて、滅多にない。
それほどの危険。いや、覚悟の現れだと理解した。
「……どうすればいいんですか?」
「君の中にある“選定の力”を使います。森が君に託した意思。あれを僕の術式に組み込む。」
「そんなこと、できるんですか?」
「できなければ、この村が消えるだけです。」
その一言にリィナは息を吸い込み、そして頷いた。
「はい。絶対にやります。」
◇
二人は村の中央――かつて井戸があった場所に向かった。
そこは地下水脈へと繋がり、村の命と魔力の流れを支える一点だった。
すでに村人たちが集まりざわついている。突然の地鳴りの中で、不安は伝染していた。
「アレン殿!」村長が駆け寄ってきた。
「さっきから地の底が唸っておる!何か始まるのか?」
「ええ、目覚めです。ですが少し待ってください。封をするための準備を。」
アレンは井戸の縁に立ち、杖の先で円を描く。
青い紋章が広がり、光が脈打つ。
リィナがその後ろで目を閉じると、風が一気に止まった。
静寂の中、彼女の金の髪がゆっくりと立ち上がり、体から淡い光を放ちはじめる。
「……この感覚、森と繋がってます。」
「そのまま保ってください。あなたの中の声に呼びかけるんです。」
「声?」
「森だけじゃない。地、水、風――この地を支える眠れる力の声です。それに“選ばれし者”として名を与える。」
「名……?」
「はい。名前を授ければ、それはあなたを覚える。そして従う。“祈り”とは、名を呼ぶことなんです。」
リィナは静かに頷き、目を閉じる。
彼女の唇が小さく動く。
言葉というよりも、誰にも聞こえない歌。
途端に、井戸の奥から光が昇りはじめた。
青、緑、白――無数の光の粒が空へ舞い上がる。
その光がリィナを包み、アレンの杖と繋がった。二つの力が共鳴し、眩しい輪が村全体を覆う。
その瞬間、地の底で何かが応えた。
太古の鼓動。大気が震え、大地が軋む。
それは恐怖を煽るほどの力強さだったが、同時に祝福のようでもあった。
リィナが声を張る。
「アレンさん……何かが、目を覚まそうとしてます!」
「わかっています。でも恐れる必要はない。眠る者に“夢の続きを見せる”だけです。」
アレンは呪文を唱え、杖を井戸の中心に突き立てた。
地面に亀裂が走り、その奥から黒い光が漏れ出す。
まるで夜そのものが溢れ出るような光景。
リィナは必死に光を強め、闇を押さえ込む。
「アレンさん、力が……!」
「気を抜かないで!」
アレンの血が杖を伝って滴る。
封印式は本来二人では到底維持できるものではない。それでも彼は止めなかった。
「僕たちは“森と人”の契約を結ぶんです。……眠りの契約を!」
その叫びと同時に、光と闇がぶつかり合い、轟音が響いた。
村の全てが、世界の一部であることを思い出すほどの衝撃。
地面が上下に揺れ、人々は膝をついた。
その中で、リィナの声が響く。
「……名前を、授けます。」
彼女の瞳が金に輝き、唇から祈りの響きが溢れる。
「この地に眠りし理よ、“リアナ”の名において、再び夢を見よ。」
その瞬間、井戸から立ち上がった光が一本の柱となり、夜空へ伸びた。
雲を突き破り、神門の光さえ覆い隠すほどの輝き。
世界が一瞬だけ、息を止めたように静かになる。
そして――風が吹いた。
優しく、心地よい風。
黒い光は消え、井戸は穏やかな水の流れを取り戻していた。
リィナがゆっくりと崩れ落ちる。
アレンは抱きとめ、かすかに笑った。
「成功です。あなたの名が、この地に刻まれた。」
「わたしの、名前……?」
「ええ、森があなたを正式に“主”として認めました。これで、王都の干渉はしばらく届かない。」
リィナはぼんやりと空を見上げ、微笑んだ。
「よかった……みんな、守れたんですね。」
「おかげで何とか。」
アレンは彼女の頭を撫でる。指先に感じる温もりと、奇妙な不安の余韻。
◇
夜が再び訪れ、村は沈黙に包まれた。
しかしアレンだけは眠らなかった。
丘の上から空を見上げ、王都の方向にわずかに赤い残光が見える。
封じたはずの神門が、別の形で再び脈動を始めていた。
「……結局、どちらの“眠り”が正しかったのか。」
自嘲のように笑い、彼は額に手を当てた。
そのとき、背後で声がした。
「休んでください。あなたも、少しは人でしょ。」
リィナだった。
白い衣に包まれた彼女の姿は、どこか以前より大人びて見える。
「眠れません。」
「そういう時は、祈ればいいんです。森に、風に、……わたしにでも。」
「それは“契約の主”の言葉ですか?」
「それとも、“友達”の言葉。どちらでも、嬉しい方で。」
アレンは微笑んだ。
「では、祈りましょう。明日も、この小さな平穏が続くように。」
「ええ。……続きますよ。だってもう、夢を見てるんですから。」
リィナの声が静かに風に溶ける。
その瞬間、遠い王都の神殿では、ハイゼルが青い炎の前に膝をついていた。
彼の口元に、微かな驚きが浮かぶ。
「……まさか、本当に“契約”を。」
炎に映る二つの光――青と金。
それはまるで、互いに交わりながら世界を塗り替える二つの運命の色だった。
そして、物語は新たな夜へと進んでいく。眠りの契約の裏で、もう一つの“覚醒”が静かに息を潜めていた。
雲の裏側で淡く光の線が走り、夜空にひとつの円が描かれていく。
アレンはその光景を丘の上から見つめ、静かに呟いた。
「……王都が“門”を開く気か。」
村で起きた一連の現象――神核の再構築、森の選定、そして神殿の影の襲来。
その全てを追っていたハイゼルが、この地を“中心”と定めたのだ。
光は次第に強まり、空に半透明の陣を描き始める。
地平線から風が吹いた。
ただの風ではない。魔力の濃縮した風。
それは大地の理を強制的に変化させ、眠る者を“揺り起こす”この世ならぬ力を帯びていた。
「アレンさん!」
リィナが丘を駆け上がってきた。肩で息をし、息苦しさに顔をゆがめる。
「また王都ですか!?」
「ええ。“神門の召喚”……。あれを辺境で使うとは、随分本気のようですね。」
「じゃあ、また戦いになるんですか?」
「戦いでは計れません。彼らの目的は“確保”でも“破壊”でもない。封印された理の書き換えだ。」
「理の……?」
「要するに、世界の枠組みを紙のように折り直す。それが“神門”です。」
アレンが杖の先を地面に突くと、周囲の地脈がリズムを刻むように振動を始める。
大地そのものが痛みに震えている。
「ハイゼルがこれを開けば、辺境に封じられた力――“眠り”が呼び覚まされる。そうなればまた誰かが犠牲になる。」
「じゃあ、止めないと!」
「ええ。そのために、あなたの力が必要です。リィナ。」
リィナは驚きに目を見開いた。
アレンが人に助けを求めるなんて、滅多にない。
それほどの危険。いや、覚悟の現れだと理解した。
「……どうすればいいんですか?」
「君の中にある“選定の力”を使います。森が君に託した意思。あれを僕の術式に組み込む。」
「そんなこと、できるんですか?」
「できなければ、この村が消えるだけです。」
その一言にリィナは息を吸い込み、そして頷いた。
「はい。絶対にやります。」
◇
二人は村の中央――かつて井戸があった場所に向かった。
そこは地下水脈へと繋がり、村の命と魔力の流れを支える一点だった。
すでに村人たちが集まりざわついている。突然の地鳴りの中で、不安は伝染していた。
「アレン殿!」村長が駆け寄ってきた。
「さっきから地の底が唸っておる!何か始まるのか?」
「ええ、目覚めです。ですが少し待ってください。封をするための準備を。」
アレンは井戸の縁に立ち、杖の先で円を描く。
青い紋章が広がり、光が脈打つ。
リィナがその後ろで目を閉じると、風が一気に止まった。
静寂の中、彼女の金の髪がゆっくりと立ち上がり、体から淡い光を放ちはじめる。
「……この感覚、森と繋がってます。」
「そのまま保ってください。あなたの中の声に呼びかけるんです。」
「声?」
「森だけじゃない。地、水、風――この地を支える眠れる力の声です。それに“選ばれし者”として名を与える。」
「名……?」
「はい。名前を授ければ、それはあなたを覚える。そして従う。“祈り”とは、名を呼ぶことなんです。」
リィナは静かに頷き、目を閉じる。
彼女の唇が小さく動く。
言葉というよりも、誰にも聞こえない歌。
途端に、井戸の奥から光が昇りはじめた。
青、緑、白――無数の光の粒が空へ舞い上がる。
その光がリィナを包み、アレンの杖と繋がった。二つの力が共鳴し、眩しい輪が村全体を覆う。
その瞬間、地の底で何かが応えた。
太古の鼓動。大気が震え、大地が軋む。
それは恐怖を煽るほどの力強さだったが、同時に祝福のようでもあった。
リィナが声を張る。
「アレンさん……何かが、目を覚まそうとしてます!」
「わかっています。でも恐れる必要はない。眠る者に“夢の続きを見せる”だけです。」
アレンは呪文を唱え、杖を井戸の中心に突き立てた。
地面に亀裂が走り、その奥から黒い光が漏れ出す。
まるで夜そのものが溢れ出るような光景。
リィナは必死に光を強め、闇を押さえ込む。
「アレンさん、力が……!」
「気を抜かないで!」
アレンの血が杖を伝って滴る。
封印式は本来二人では到底維持できるものではない。それでも彼は止めなかった。
「僕たちは“森と人”の契約を結ぶんです。……眠りの契約を!」
その叫びと同時に、光と闇がぶつかり合い、轟音が響いた。
村の全てが、世界の一部であることを思い出すほどの衝撃。
地面が上下に揺れ、人々は膝をついた。
その中で、リィナの声が響く。
「……名前を、授けます。」
彼女の瞳が金に輝き、唇から祈りの響きが溢れる。
「この地に眠りし理よ、“リアナ”の名において、再び夢を見よ。」
その瞬間、井戸から立ち上がった光が一本の柱となり、夜空へ伸びた。
雲を突き破り、神門の光さえ覆い隠すほどの輝き。
世界が一瞬だけ、息を止めたように静かになる。
そして――風が吹いた。
優しく、心地よい風。
黒い光は消え、井戸は穏やかな水の流れを取り戻していた。
リィナがゆっくりと崩れ落ちる。
アレンは抱きとめ、かすかに笑った。
「成功です。あなたの名が、この地に刻まれた。」
「わたしの、名前……?」
「ええ、森があなたを正式に“主”として認めました。これで、王都の干渉はしばらく届かない。」
リィナはぼんやりと空を見上げ、微笑んだ。
「よかった……みんな、守れたんですね。」
「おかげで何とか。」
アレンは彼女の頭を撫でる。指先に感じる温もりと、奇妙な不安の余韻。
◇
夜が再び訪れ、村は沈黙に包まれた。
しかしアレンだけは眠らなかった。
丘の上から空を見上げ、王都の方向にわずかに赤い残光が見える。
封じたはずの神門が、別の形で再び脈動を始めていた。
「……結局、どちらの“眠り”が正しかったのか。」
自嘲のように笑い、彼は額に手を当てた。
そのとき、背後で声がした。
「休んでください。あなたも、少しは人でしょ。」
リィナだった。
白い衣に包まれた彼女の姿は、どこか以前より大人びて見える。
「眠れません。」
「そういう時は、祈ればいいんです。森に、風に、……わたしにでも。」
「それは“契約の主”の言葉ですか?」
「それとも、“友達”の言葉。どちらでも、嬉しい方で。」
アレンは微笑んだ。
「では、祈りましょう。明日も、この小さな平穏が続くように。」
「ええ。……続きますよ。だってもう、夢を見てるんですから。」
リィナの声が静かに風に溶ける。
その瞬間、遠い王都の神殿では、ハイゼルが青い炎の前に膝をついていた。
彼の口元に、微かな驚きが浮かぶ。
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