追放された万能聖魔導師、辺境で無自覚に神を超える ~俺を無能と言った奴ら、まだ息してる?~

たまごころ

文字の大きさ
25 / 54

第25話 神殿からの影

しおりを挟む
 夜明け前、村の上空に一筋の青白い光が走った。  
 それはあまりに静かに、あまりに鋭く空気を裂いて落ちていったため、誰もすぐにはそれに気づかなかった。  
 風を運ぶ音もなく、ただ世界の一部分だけが切り取られる――そんな異様な現象。  
 その中心にいたのは、ルーデン村の外れで目を閉じるアレンだった。  

 危険な気配は感じていた。昨夜から地脈が細く震えているのを知っていたから。  
 この感覚は、王都神殿が魔力送信儀式――“監視の矢”を放つ際に生じるものだ。  
 神の視線を借り、指定座標の“存在”を観測する高位魔法。  
 彼らはすでに村の位置を完全に把握している。  

「……やはり動きましたね、ハイゼル。」  
 空を見上げながら、アレンは薄く笑った。  
 追われるのは慣れている。けれど今回は、ただの査問ではない。“観察と処断”の儀式の始まりだ。  

 その背後で、足音がした。  
「アレンさん?」  
 まだ夜も明けない時分に、リィナが小走りで近づいてきた。外套のフードを深くかぶってはいるが、眠気よりも不安が色濃い。  
 「どうして外に……寒いですよ」  
 「少し、空を見ていたくて。」  
 「変な光、見えました。あれは……」  
 「あれは目ですね。神殿が僕たちを見るための。」  
 リィナは息を呑んだ。  
 「見張られてる、ってことですか?」  
 「ええ。これで本格的に“客人”が来るでしょう。」  

 その言葉どおり、朝日が昇る頃には、村の南端に奇妙な隊列が現れた。  
 十人ほどの隊商、白銀の装甲を纏った者たちが馬を引いて並んでいる。  
 空には転移陣の痕跡が漂い、地面にはまだ生々しい魔力の残滓。  
 教会直属の執行隊――“神殿からの影”。  

 村人たちはざわつき、子どもたちは母親の影に隠れた。  
 アレンは落ち着いた足取りで前に出る。  
 腰の杖を軽く支えながら、その先頭にいる男を見た。  

 金髪を後ろで束ね、銀色の仮面を付けた騎士。  
 声をかけずともわかる。  
 「――ハイゼル。」  
 仮面の下で、男は静かに笑った。  

「予想以上に静かだな、アレン。抵抗でもするかと思っていた。」  
 「抵抗?いえ、出迎えくらいはきちんとしますよ。昔の師ですから。」  
 「皮肉を言う余裕があるなら話が早い。君には正式な聖庁の召喚命令が届いているはずだ。」  
 「ええ、届いています。ですが、村を離れるつもりはありません。」  
 その言葉に、背後の兵たちがざわめいた。  

 「拒否、か。」ハイゼルの声が冷たく落ちた。  
 「君が再構築者としてどこまで踏み込んだか。我々はもう一度確かめたい。」  
 「“確かめる”とは、つまり、力を奪うということですか?」  
 「力は本来、神のものだ。人間の手にそれを宿す資格などない。君が使うのは“借物”だ。」  
 アレンは短く息を吐いた。  
 「十年前と同じ言葉ですね。あの時もそう言って、何人も焼いた。」  
 「彼らは己の罪を望んだ。君とは違う。」  
 「違いませんよ。僕も彼らと同じ、“生きたい”と願っただけの人間だ。」  

 張り詰めた空気が、風に散った砂を止める。  
 ハイゼルが一歩踏み出すと、護衛たちは同時に武具を構えた。だがアレンは動かない。微笑みだけを残した。  

「ここで誰かが血を流せば、それこそ神の怒りを買うでしょう。村に生きる人々は、何も悪くありません。」  
 ハイゼルは無言のまま視線を上げ、周囲を見渡す。  
 神殿兵の一人が短く報告を口にした。  
 「閣下、地脈の反応は安定しています。神核波形も消失しました。」  
 「ふむ……つまり、“制御下”にあるということか。」  
 その視線が再びアレンに戻る。  
 「なるほど。君がこの村を疑似神域に作り変えた、という報告は正しかったようだ。」  
 「違います。村が僕を変えたんです。」  
 「詩人め。」ハイゼルが低く笑う。  
 「だが、あの“選ばれし者”がいる限り、この均衡は崩れる。――彼女を引き渡せ。」  

 背後のリィナが息を呑む音が聞こえた。  
 アレンの声は静かだが、底に鋭い響きを宿していた。  
 「拒否します。」  
 「その選択が、君の終わりを意味してもか?」  
 「あなたが決めることではない。」  

 ハイゼルの眉が一瞬だけ動いた。  
 「昔の君なら、もう少し従順だった。」  
 「昔のあなたなら、もう少し優しかったはずですよ。」  

 二人の間に沈黙が流れ、次の瞬間、周囲の空気が凍り付いた。  
 ハイゼルが右手を掲げる。  
 空間に浮かび上がったのは、金色の多層陣。  
 その中心には“封印球”――魔力を吸収し、相殺する神具が展開されている。  

 「アレン。君の力がどれほどのものか、我々に示してもらおう。」  
 「言われなくても構いませんが。」  
 アレンはゆっくりと杖を持ち上げた。  
 地面に描かれる光の軌跡が王都式の逆行配列とは違う形を描く。  
 それは竜の夢で見た、古き呼吸を模した円環。  

 瞬間、轟音が鳴り響いた。  
 地が裂け、風が渦巻き、村の空気が震える。  
 見えない壁が二人の間に立ちはだかり、金と青の光がぶつかり合った。  

 兵士たちが後退し、村人たちは息を潜める。  
 ハイゼルが歯を食いしばりながら呟く。  
 「……まさか、“竜の理”まで再現しているとはな。」  
 アレンは杖を地に突き、光を押し返した。  
 「見てきたものを模倣して何が悪いです。神々が最初にしたことも、“模すこと”だったでしょう。」  
 「傲慢だ!」  
 「それを教えたのは、あなたです。」  

 空に光が走り、衝撃波が夜明けの空を貫いた。  
 そして、一瞬後――両者の魔法が弾け、風だけを残して消えた。  

 沈黙の中、ハイゼルはゆっくりと手を下ろす。  
 仮面の奥で表情は見えないが、声はわずかに震えていた。  
 「君は、やはり人をやめている。」  
 アレンは苦笑した。  
 「逆です。僕は今、ようやく“人”に戻った。」  

 ハイゼルは背を向け、兵に命じた。  
 「本日中は撤収する。再調査を待つ。」  
 そして歩きだし際に、低く囁いた。  
 「だが、次は君の“証人”を連れてくる。君が最も信じた者を。」  

 アレンの目が細く光った。  
 彼にはその言葉の意味が痛いほど理解できた。  
 ――王都に残したかつての仲間たちを、駒として使うつもりだ。  

         ◇  

 その日の夕刻、村は再び静けさを取り戻していた。  
 だがアレンの心は静まらなかった。  
 リィナとミーナが焚き火を囲み、お茶を淹れている横で、彼は一人、丘の上に立っていた。  

 赤く沈む太陽の光が、辺境の地を金色に染める。  
 風の匂いが変わり、遠くの地脈が淡く輝く。  

 「……戦いは避けられませんね。」  

 アレンは小さく呟き、眼を閉じた。  
 その掌の中で、竜の印が青く脈うつ。  
 静寂の中、彼の耳に微かな声が響く。  

 (アレン……まだ終わりじゃないよ。)  
 リュシアの声だった。  
 この世界の奥で、何かが目を覚まそうとしている。  

 アレンはゆっくりと目を開け、夜明けと逆方向――沈みゆく太陽へと視線を向けた。  
 神殿が迫り、世界が動き、そして人が試される。  

 「選ばれた者が光なら、僕はその影でいい。」  

 風が彼の衣を撫で、最後の陽光が彼の背を照らした。  
 夜が再び訪れる。  
 しかしその夜は、もう穏やかなものではない――世界が次の扉を開こうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!

水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。 ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。 しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。 ★ファンタジー小説大賞エントリー中です。 ※完結しました!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。 その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。 理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。 ……笑えない。 人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。 だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!? 気づけば―― 記憶喪失の魔王の娘 迫害された獣人一家 古代魔法を使うエルフの美少女 天然ドジな女神 理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕! ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに…… 魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。 「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」 これは、追放された“地味なおっさん”が、 異種族たちとスローライフしながら、 世界を救ってしまう(予定)のお話である。

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!

たまごころ
ファンタジー
ギルド最弱の鍛冶師レオンは、仲間に「役立たず」と笑われて追放された。 途方に暮れる彼の前に現れたのは、伝説の鍛冶書と、しゃべる鉄塊(?)。 鍛冶・錬金・料理・魔道具――あらゆるクラフトスキルを吸収する《創精鍛造》を極め、万能職人へと覚醒! 素材採取から戦闘まで、すべて自作で挑む“ものづくり異世界成り上がり譚”が今、始まる。 裏切った元仲間? 今さら後悔しても遅いぞ!

処理中です...