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第4話 伝説級のウサギを普通に捕獲
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朝、まだ陽が地平線から顔を出したばかりのころ。
ルミナスがいつものように俺の寝床の上で光を点滅させていた。
『ご主人さま! 朝です! 本日は視聴者リクエスト上位企画“魔峰ウサギ追跡ライブ”の日です!』
「……は? ウサギ? なにそれ」
寝ぼけ眼でカメラの精霊を睨むと、ルミナスは楽しげに回転しながら説明を始めた。
『昨日のコメント欄でアンケートをとったのです! “リアムに捕まえてほしい魔物”第一位、魔峰ウサギ! 視聴者の八割が期待しています!』
「そんな人気投票した覚えないんだが……」
『ご主人さまの代わりに管理しています! ちなみに第2位は“空飛ぶイノシシ”でした!』
朝から元気すぎる。
ルミナスにとってはこの異世界が完全に撮影スタジオらしい。
とはいえ、魔峰ウサギという名前には聞き覚えがあった。村の老人が「光の速さで動く幻の魔物」と言っていたやつだ。普通の人間では目で追うこともできず、見た者はほとんどいないらしい。
そんなの、どう考えても捕まえられるわけがない。
「おいルミナス、やめとけ。俺はただの──」
『村人です、わかっています! だからこそ、村人が伝説を超えたらバズります!』
……バズを目的にするな。
結局、押しきられる形で村の北の森に向かうことになった。
森の手前には、昨日の魔獣襲撃で少し壊れた柵が直されている。村の子どもたちが俺に手を振ってくれた。
「リアム兄ちゃん、がんばってね!」
「魔峰ウサギってほんとにいるの?」
「捕まえたら配信で見せて!」
頼むから現実的な期待をしないでくれ、と心で念じつつ、森に足を踏み入れた。
ルミナスが淡い光を放ち、周囲の木々をスキャンするように飛び回る。
『雰囲気最高! BGMモード、森林アレンジに切り替えます!』
と、どこからかやたら壮大な音楽が流れ始めた。
「お前それどこから流してるんだよ……」
『内部音源です! 配信者の雰囲気づくりは大切です!』
まったく、どこの世界でも映え命なんだな。
森の奥へ入ると、淡い緑の光が枝葉の隙間から差し込み、鳥のさえずりが響いていた。
だがその静けさの中で、ふと足元の草むらがわずかに震えた。
『動体反応検知。目標、南南西二十メートル先。小型体温反応あり。魔力波、高密度! おそらく魔峰ウサギです!』
思ったよりあっさり見つけたな。
ルミナスのレンズがズームし、映像がウィンドウに拡大表示された。そこには、小さな白い影が映っている。
体長はせいぜい猫ほどで、毛並みは輝くように白い。それなのに、次の瞬間、姿がかき消えた。
「今、消え──」
バサッ。まるで瞬間移動のように別の場所に現れ、また消える。
『平均移動速度、毎秒六十メートル! 目視できるのはご主人さまくらいです!』
そんなバカな、と思いながらも自然と目がウサギの軌道を追っていた。確かに速い。だが、不規則な動きの中に、一瞬だけ力が抜けるタイミングがある。
――今だ。
反射的に手を伸ばし、腰の袋からひもを取り出して投げた。
「っと!」
ひもが空を切り、わずかに光をまとってウサギの足首に絡みつく。次の瞬間、光の残像が消えた。草むらの中から「ピィ」と小さな悲鳴。
その場にいたルミナスが甲高い電子音を鳴らした。
『捕獲確認! 成功! す、凄すぎますご主人さま!!』
俺の手の中には、ふわふわした小動物が震えながら収まっていた。金色の瞳、柔らかい毛。確かに可愛い……が、信じられない。
「ウソだろ……ほんとに捕まえちゃったのか?」
【はやすぎて見えなかった!】
【スロー再生はよ】
【素手でいけるの!?】
【村人の領域超えてる】
【ルミナスちゃん、リプレイ頼む】
ルミナスが素早くモーション解析を表示し、映像をスローで流し始める。
確かに、俺の動きが一瞬光をまとって見える。
まるで潜在的な魔力が勝手に身体能力を引き上げていたようだった。
『ご主人さま、またマナ暴走反応です。出力量、一時的に人間限界値の五百倍!』
「またか……なんでこうなるんだ」
『無自覚最強タグ、確定ですね!』
「タグじゃなくて原因を分析しろよ!」
森の奥から何かが軋む音がした。捕まえたウサギが俺の手の中でもがき、突然光を放った。
「うわっ!」
光が消えると、そこにいたのはウサギではなく、小さな人の姿だった。
七、八歳くらいの少女。髪は雪のように白く、目は琥珀色に輝いている。
「……痛いの」
「しゃ、喋った!?」
ルミナスのレンズがぐるぐる回転していた。
『まさかのモンスター精霊化!? ご主人さま、超希少種です!』
少女はぼんやりと俺を見つめ、か細い声で言った。
「あなた、わたしを捕まえられるなんて……ただの人じゃないのね」
「い、いや俺は村人で……配信中で……」
画面のコメント欄が一気に盛り上がった。
【新ヒロインきた!】
【かわいい】
【リアム、またフラグ立てた】
【異世界ウサ耳精霊とか最高か】
【配信神回確定】
少女はルミナスの光を見上げて、優しく微笑んだ。
「それ……懐かしい……。昔、空の神殿で見た記録精霊と同じ光……」
『えっ!? それって、ルミナスシリーズの原型のことですか!?』
「たぶん、そう。あなた、人のふりをしてるけど、違う存在の記録を宿してるわ」
ルミナスの光が一瞬だけ弱まった。まるで当たってはならない部分を突かれたかのように。
「ルミナス?」
『……大丈夫です。問題ありません。とにかく、この少女を保護して帰りましょう!』
珍しく歯切れの悪い返事だったが、俺はとにかく少女──いや、魔峰ウサギの精霊を抱えて村へ戻ることにした。
帰り道、彼女がぽつりと言った。
「わたしはミリア。千年以上前、この森を護っていた精霊。あなたの力から、懐かしい匂いがするわ」
「懐かしい……?」
「この世界を作った神の力の……欠片。あなた、どこから来たの?」
答えられなかった。
それどころか、心臓の奥が妙に熱くなった。何かが呼び覚まされるような感覚。
村に戻るころには、すでに配信の視聴者数は十万人を超えていた。ルミナスが誇らしげに報告する。
『本日、チャンネル登録者数十万突破です! おめでとうございます、ご主人さま!』
「喜んでいいのか分からんけどな……」
今日一日で捕まえただけの一匹のウサギが、俺の運命を大きく変えた気がした。
ミリアは俺の袖を引き、優しく囁いた。
「ねぇリアム。あなた、まだ本当の“自分の力”に気づいていないでしょ。きっとすぐに知ることになるわ」
その言葉を最後に、彼女は光の粒子に変わって眠りについた。
ルミナスのレンズが静かに点滅する。
『ご主人さま、これで……平均視聴維持率九十二パーセントです! 神回でしたね!』
「お前、ほんと空気読めよ……」
だがその夜。
村の外れの古い魔導通信塔で、見知らぬ人物たちがざわついていた。
「リアム……という男、あれほどの力を隠していたとは」
「精霊ルミナスとの共振、まさか再現されるとはね」
「これはもはや、“千年前の再来”だ」
暗闇に、無数の魔術回路が浮かび上がった。
その中心に映し出されたのは、俺が笑顔でウサギを抱く映像だった。
誰も知らぬうちに、俺の配信はすでに世界を動かし始めていた。
ルミナスがいつものように俺の寝床の上で光を点滅させていた。
『ご主人さま! 朝です! 本日は視聴者リクエスト上位企画“魔峰ウサギ追跡ライブ”の日です!』
「……は? ウサギ? なにそれ」
寝ぼけ眼でカメラの精霊を睨むと、ルミナスは楽しげに回転しながら説明を始めた。
『昨日のコメント欄でアンケートをとったのです! “リアムに捕まえてほしい魔物”第一位、魔峰ウサギ! 視聴者の八割が期待しています!』
「そんな人気投票した覚えないんだが……」
『ご主人さまの代わりに管理しています! ちなみに第2位は“空飛ぶイノシシ”でした!』
朝から元気すぎる。
ルミナスにとってはこの異世界が完全に撮影スタジオらしい。
とはいえ、魔峰ウサギという名前には聞き覚えがあった。村の老人が「光の速さで動く幻の魔物」と言っていたやつだ。普通の人間では目で追うこともできず、見た者はほとんどいないらしい。
そんなの、どう考えても捕まえられるわけがない。
「おいルミナス、やめとけ。俺はただの──」
『村人です、わかっています! だからこそ、村人が伝説を超えたらバズります!』
……バズを目的にするな。
結局、押しきられる形で村の北の森に向かうことになった。
森の手前には、昨日の魔獣襲撃で少し壊れた柵が直されている。村の子どもたちが俺に手を振ってくれた。
「リアム兄ちゃん、がんばってね!」
「魔峰ウサギってほんとにいるの?」
「捕まえたら配信で見せて!」
頼むから現実的な期待をしないでくれ、と心で念じつつ、森に足を踏み入れた。
ルミナスが淡い光を放ち、周囲の木々をスキャンするように飛び回る。
『雰囲気最高! BGMモード、森林アレンジに切り替えます!』
と、どこからかやたら壮大な音楽が流れ始めた。
「お前それどこから流してるんだよ……」
『内部音源です! 配信者の雰囲気づくりは大切です!』
まったく、どこの世界でも映え命なんだな。
森の奥へ入ると、淡い緑の光が枝葉の隙間から差し込み、鳥のさえずりが響いていた。
だがその静けさの中で、ふと足元の草むらがわずかに震えた。
『動体反応検知。目標、南南西二十メートル先。小型体温反応あり。魔力波、高密度! おそらく魔峰ウサギです!』
思ったよりあっさり見つけたな。
ルミナスのレンズがズームし、映像がウィンドウに拡大表示された。そこには、小さな白い影が映っている。
体長はせいぜい猫ほどで、毛並みは輝くように白い。それなのに、次の瞬間、姿がかき消えた。
「今、消え──」
バサッ。まるで瞬間移動のように別の場所に現れ、また消える。
『平均移動速度、毎秒六十メートル! 目視できるのはご主人さまくらいです!』
そんなバカな、と思いながらも自然と目がウサギの軌道を追っていた。確かに速い。だが、不規則な動きの中に、一瞬だけ力が抜けるタイミングがある。
――今だ。
反射的に手を伸ばし、腰の袋からひもを取り出して投げた。
「っと!」
ひもが空を切り、わずかに光をまとってウサギの足首に絡みつく。次の瞬間、光の残像が消えた。草むらの中から「ピィ」と小さな悲鳴。
その場にいたルミナスが甲高い電子音を鳴らした。
『捕獲確認! 成功! す、凄すぎますご主人さま!!』
俺の手の中には、ふわふわした小動物が震えながら収まっていた。金色の瞳、柔らかい毛。確かに可愛い……が、信じられない。
「ウソだろ……ほんとに捕まえちゃったのか?」
【はやすぎて見えなかった!】
【スロー再生はよ】
【素手でいけるの!?】
【村人の領域超えてる】
【ルミナスちゃん、リプレイ頼む】
ルミナスが素早くモーション解析を表示し、映像をスローで流し始める。
確かに、俺の動きが一瞬光をまとって見える。
まるで潜在的な魔力が勝手に身体能力を引き上げていたようだった。
『ご主人さま、またマナ暴走反応です。出力量、一時的に人間限界値の五百倍!』
「またか……なんでこうなるんだ」
『無自覚最強タグ、確定ですね!』
「タグじゃなくて原因を分析しろよ!」
森の奥から何かが軋む音がした。捕まえたウサギが俺の手の中でもがき、突然光を放った。
「うわっ!」
光が消えると、そこにいたのはウサギではなく、小さな人の姿だった。
七、八歳くらいの少女。髪は雪のように白く、目は琥珀色に輝いている。
「……痛いの」
「しゃ、喋った!?」
ルミナスのレンズがぐるぐる回転していた。
『まさかのモンスター精霊化!? ご主人さま、超希少種です!』
少女はぼんやりと俺を見つめ、か細い声で言った。
「あなた、わたしを捕まえられるなんて……ただの人じゃないのね」
「い、いや俺は村人で……配信中で……」
画面のコメント欄が一気に盛り上がった。
【新ヒロインきた!】
【かわいい】
【リアム、またフラグ立てた】
【異世界ウサ耳精霊とか最高か】
【配信神回確定】
少女はルミナスの光を見上げて、優しく微笑んだ。
「それ……懐かしい……。昔、空の神殿で見た記録精霊と同じ光……」
『えっ!? それって、ルミナスシリーズの原型のことですか!?』
「たぶん、そう。あなた、人のふりをしてるけど、違う存在の記録を宿してるわ」
ルミナスの光が一瞬だけ弱まった。まるで当たってはならない部分を突かれたかのように。
「ルミナス?」
『……大丈夫です。問題ありません。とにかく、この少女を保護して帰りましょう!』
珍しく歯切れの悪い返事だったが、俺はとにかく少女──いや、魔峰ウサギの精霊を抱えて村へ戻ることにした。
帰り道、彼女がぽつりと言った。
「わたしはミリア。千年以上前、この森を護っていた精霊。あなたの力から、懐かしい匂いがするわ」
「懐かしい……?」
「この世界を作った神の力の……欠片。あなた、どこから来たの?」
答えられなかった。
それどころか、心臓の奥が妙に熱くなった。何かが呼び覚まされるような感覚。
村に戻るころには、すでに配信の視聴者数は十万人を超えていた。ルミナスが誇らしげに報告する。
『本日、チャンネル登録者数十万突破です! おめでとうございます、ご主人さま!』
「喜んでいいのか分からんけどな……」
今日一日で捕まえただけの一匹のウサギが、俺の運命を大きく変えた気がした。
ミリアは俺の袖を引き、優しく囁いた。
「ねぇリアム。あなた、まだ本当の“自分の力”に気づいていないでしょ。きっとすぐに知ることになるわ」
その言葉を最後に、彼女は光の粒子に変わって眠りについた。
ルミナスのレンズが静かに点滅する。
『ご主人さま、これで……平均視聴維持率九十二パーセントです! 神回でしたね!』
「お前、ほんと空気読めよ……」
だがその夜。
村の外れの古い魔導通信塔で、見知らぬ人物たちがざわついていた。
「リアム……という男、あれほどの力を隠していたとは」
「精霊ルミナスとの共振、まさか再現されるとはね」
「これはもはや、“千年前の再来”だ」
暗闇に、無数の魔術回路が浮かび上がった。
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