異世界配信始めました~無自覚最強の村人、バズって勇者にされる~

たまごころ

文字の大きさ
27 / 30

第27話 最後の勇者、最後の願い

しおりを挟む
世界の再鼓動――それから半年。  
大地の心臓は静かに淡光を放ちながら、地熱を安定させ、星そのものを支えていた。  
人も魔族も、かつての恐怖を忘れたかのように、互いに助け合いながら暮らしている。  
けれど、平穏の裏では一つの影が再び揺れていた。  

王都に届いた報告。  
「“勇者”を名乗る集団が現れた」  
その報せが入った瞬間、ベリスの顔が固まった。  

「また勇者……? そんなはずはない。アルトも、彼の血統も――」  
「生きてはいない。だが、理念は残った。勇者とは象徴だからな。」  

俺は風の声のように、彼女の耳へ語りかけた。  
今や肉体を持たない俺は、大地の意識の一端としてどこでも意思を伝えられた。  
ルミナスが投影した映像では、北方の荒野に人々が集まり、一人の青年を中心に祈りを捧げている。  
それはまるで宗教の復興のようでもあり、ある種の“再演”のようでもあった。  

『信号分析完了しました。青年の名前はレオン・アルトネス。勇者アルトの遠い末裔です。』  
「アルト……まさか血が残っていたのか。」  
『はい。かつての勇者連合の臣下が、密かに彼を避難させていたようです。現在彼は“救済を再起動させる”と宣言しています。』  

「救済、ね。」  
ベリスが低く唸る。  
「皮肉です。勇者の理想が、この平和を壊そうとしているなんて。」  
「理想はいつだって狂気と隣り合わせだ。……レオンは、おそらく世界の不完全さを感じ取っている。」  
「不完全さ?」  
「人が生きる限り、不安は消えない。戦争を終えても、飢えや病が残る。勇者の血を継ぐなら、世界を“完全にする”という衝動に駆られてもおかしくない。」  

ルミナスが震える声で告げる。  
『彼、言いました。“魔王がいない平和は偽りだ。ならば自分が魔王を倒して永遠の秩序を作る”って。』  
「……結局、また同じ道をたどるのか。」  

ベリスが顔を上げる。  
「リアム様、止められますか?」  
「止めるさ。ただし、剣ではなく、言葉で。」  

◇  

荒野の中央に立つレオンは、若き日のアルトを思わせる容姿をしていた。  
白銀の髪、真っ直ぐな瞳、そして“誰かのために祈る姿勢”。  
しかしその祈りは、どこか歪んでいた。  

空に巨大な円環が浮かび、その中心から光の剣が降り続けている。  
人々が歓声を上げる。  
「勇者様が新たな秩序を作られる!」  
「これで神が戻る!」  

レオンは振り向き、声を張り上げた。  
「この世界は過ちの連続だ! 人は堕落し、魔は傲慢になり、精霊は沈黙した!  
 だから私は、そのすべてをリセットし、真の平和を作り直す!」  

俺はその叫びを聞きながら、静かに姿を具現化した。  
淡い青の風が形を持ち、半透明の姿になる。  
彼の前に降り立つ俺を、人々は息を呑んで見上げた。  

「リセット、か……お前はまだその夢を見ているのか、アルトの子よ。」  

レオンは剣を構えた。  
「誰だ!? 人の姿を借りた魔の気配……まさか、伝承にある“配信の魔王”!?」  
「そう呼ばれるのも久しぶりだな。」  

彼の瞳が揺れる。だが、恐怖ではなく、怒り。  
「なぜお前がここにいる!? この世界を壊した者が! 千年の罪はまだ終わっていない!」  
「罪? そうかもしれないな。でも……お前が言う“完全な世界”は、本当に生かすためのものか?」  

レオンは叫ぶ。  
「不完全なままの世界に何の価値がある!? 飢えも争いもない理想郷を望んで何が悪い!」  
「理想は誰が望む? すべてを決める“お前”ひとりか?」  
「違う! 俺は人の代表だ!」  
「ならまず、自分を救え。お前が信じているのは世界じゃない。アルトという英雄の影だ。」  

その言葉に、レオンの顔が歪んだ。  
「黙れ……! お前に何が分かる!」  

剣が閃く。  
だが、刃は俺の胸を通り抜け、空気を裂くだけだった。  
肉体を持たない俺に、物理の暴力は届かない。  

「怯えているな、レオン。世界を失うことを。」  
「俺は……!」  
「だが、恐怖は消せない。誰にも。だからこそ、お前は人のままでいろ。」  

彼の足元から、光が地を伝い、空へ登る。  
ルミナスの声が届いた。  
『危険です、ご主人さま! 彼の剣に埋め込まれた“神核の欠片”が反応しています!』  
「やはり、イアナの残りか……。」  

神の力を直接運用しようとすれば、世界の均衡が崩壊する。  
俺は風の粒となり、彼の背後へ回る。  
「レオン、お前が望む楽園は、誰かの自由を奪う場所になる。」  
「黙れ! 俺は、全ての人を守りたいだけだ!」  

その瞬間、剣が青白く光り、爆発的な風が荒野を覆った。  
世界樹の枝のような光の波が空を裂き、天地が反転する。  
「リアム様!」ベリスの声が聞こえる。  
「まだ早い! 今、彼の願いを――!」  

光の中で、俺はレオンの腕を掴んだ。  
触れた瞬間、彼の記憶が流れ込む。  
幼い頃、戦争で家族を失い、崩れた神殿で“勇者の碑”を見上げた少年の姿。  
「この世界を終わらせたい」と呟く声。  

「レオン……。」  
「俺は……あんな空を、もう見たくなかったんだ。」  
涙が剣の刃に落ちた。  

俺は腕に力を込める。  
「それなら、お前の誓いは間違っていない。だけど、方法が違う。神の力じゃなく、人の手で築け。」  
「だが僕には……何もない。」  
「あるさ。お前のその願いこそ、人の力だ。」  

剣が砕け、光が散った。  
辺りを覆っていた暴風が止み、人々が口々に叫ぶ。  
「勇者様が……!」  
「世界が、救われた……!」  

レオンは膝をつき、俯いた。  
「俺は……敗れたのか。」  
「違う。戦わずして終わらせた。それは勇気の証だ。」  

そして、静かに俺の姿も薄れていく。  
「どこへ行く?」と彼が問う。  
「この世界の奥へ。まだ命の鼓動が不安定だ。少しだけ手を貸さなきゃな。」  

レオンが微かに笑った。  
「もしまた会えるなら、話を聞かせてほしい。……あなたの見た空を。」  
「その時は配信してやるよ。誰もが見たくなるような空をな。」  

声が風に溶ける。  
荒野に新しい朝が訪れる。  
雲の切れ間から、金色の光が差し込む。  
その光の中心で、ルミナスが囁いた。  
『配信記録、保存完了。タイトルは、“最後の勇者、最後の願い”ですね。』  
「それでいい。……あいつの願いはきっと、未来を照らす。」  

ベリスが空へ手を伸ばし、小さく息を吐いた。  
平和は遠い幻に見えるかもしれない。  
けれど、確かにそれは存在していた。  

新しい勇者は、もう戦わない。  
彼は“守る”のではなく、“歩む”ための英雄となった。  
そうして世界は、また静かに一歩を踏み出したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...