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第27話 最後の勇者、最後の願い
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世界の再鼓動――それから半年。
大地の心臓は静かに淡光を放ちながら、地熱を安定させ、星そのものを支えていた。
人も魔族も、かつての恐怖を忘れたかのように、互いに助け合いながら暮らしている。
けれど、平穏の裏では一つの影が再び揺れていた。
王都に届いた報告。
「“勇者”を名乗る集団が現れた」
その報せが入った瞬間、ベリスの顔が固まった。
「また勇者……? そんなはずはない。アルトも、彼の血統も――」
「生きてはいない。だが、理念は残った。勇者とは象徴だからな。」
俺は風の声のように、彼女の耳へ語りかけた。
今や肉体を持たない俺は、大地の意識の一端としてどこでも意思を伝えられた。
ルミナスが投影した映像では、北方の荒野に人々が集まり、一人の青年を中心に祈りを捧げている。
それはまるで宗教の復興のようでもあり、ある種の“再演”のようでもあった。
『信号分析完了しました。青年の名前はレオン・アルトネス。勇者アルトの遠い末裔です。』
「アルト……まさか血が残っていたのか。」
『はい。かつての勇者連合の臣下が、密かに彼を避難させていたようです。現在彼は“救済を再起動させる”と宣言しています。』
「救済、ね。」
ベリスが低く唸る。
「皮肉です。勇者の理想が、この平和を壊そうとしているなんて。」
「理想はいつだって狂気と隣り合わせだ。……レオンは、おそらく世界の不完全さを感じ取っている。」
「不完全さ?」
「人が生きる限り、不安は消えない。戦争を終えても、飢えや病が残る。勇者の血を継ぐなら、世界を“完全にする”という衝動に駆られてもおかしくない。」
ルミナスが震える声で告げる。
『彼、言いました。“魔王がいない平和は偽りだ。ならば自分が魔王を倒して永遠の秩序を作る”って。』
「……結局、また同じ道をたどるのか。」
ベリスが顔を上げる。
「リアム様、止められますか?」
「止めるさ。ただし、剣ではなく、言葉で。」
◇
荒野の中央に立つレオンは、若き日のアルトを思わせる容姿をしていた。
白銀の髪、真っ直ぐな瞳、そして“誰かのために祈る姿勢”。
しかしその祈りは、どこか歪んでいた。
空に巨大な円環が浮かび、その中心から光の剣が降り続けている。
人々が歓声を上げる。
「勇者様が新たな秩序を作られる!」
「これで神が戻る!」
レオンは振り向き、声を張り上げた。
「この世界は過ちの連続だ! 人は堕落し、魔は傲慢になり、精霊は沈黙した!
だから私は、そのすべてをリセットし、真の平和を作り直す!」
俺はその叫びを聞きながら、静かに姿を具現化した。
淡い青の風が形を持ち、半透明の姿になる。
彼の前に降り立つ俺を、人々は息を呑んで見上げた。
「リセット、か……お前はまだその夢を見ているのか、アルトの子よ。」
レオンは剣を構えた。
「誰だ!? 人の姿を借りた魔の気配……まさか、伝承にある“配信の魔王”!?」
「そう呼ばれるのも久しぶりだな。」
彼の瞳が揺れる。だが、恐怖ではなく、怒り。
「なぜお前がここにいる!? この世界を壊した者が! 千年の罪はまだ終わっていない!」
「罪? そうかもしれないな。でも……お前が言う“完全な世界”は、本当に生かすためのものか?」
レオンは叫ぶ。
「不完全なままの世界に何の価値がある!? 飢えも争いもない理想郷を望んで何が悪い!」
「理想は誰が望む? すべてを決める“お前”ひとりか?」
「違う! 俺は人の代表だ!」
「ならまず、自分を救え。お前が信じているのは世界じゃない。アルトという英雄の影だ。」
その言葉に、レオンの顔が歪んだ。
「黙れ……! お前に何が分かる!」
剣が閃く。
だが、刃は俺の胸を通り抜け、空気を裂くだけだった。
肉体を持たない俺に、物理の暴力は届かない。
「怯えているな、レオン。世界を失うことを。」
「俺は……!」
「だが、恐怖は消せない。誰にも。だからこそ、お前は人のままでいろ。」
彼の足元から、光が地を伝い、空へ登る。
ルミナスの声が届いた。
『危険です、ご主人さま! 彼の剣に埋め込まれた“神核の欠片”が反応しています!』
「やはり、イアナの残りか……。」
神の力を直接運用しようとすれば、世界の均衡が崩壊する。
俺は風の粒となり、彼の背後へ回る。
「レオン、お前が望む楽園は、誰かの自由を奪う場所になる。」
「黙れ! 俺は、全ての人を守りたいだけだ!」
その瞬間、剣が青白く光り、爆発的な風が荒野を覆った。
世界樹の枝のような光の波が空を裂き、天地が反転する。
「リアム様!」ベリスの声が聞こえる。
「まだ早い! 今、彼の願いを――!」
光の中で、俺はレオンの腕を掴んだ。
触れた瞬間、彼の記憶が流れ込む。
幼い頃、戦争で家族を失い、崩れた神殿で“勇者の碑”を見上げた少年の姿。
「この世界を終わらせたい」と呟く声。
「レオン……。」
「俺は……あんな空を、もう見たくなかったんだ。」
涙が剣の刃に落ちた。
俺は腕に力を込める。
「それなら、お前の誓いは間違っていない。だけど、方法が違う。神の力じゃなく、人の手で築け。」
「だが僕には……何もない。」
「あるさ。お前のその願いこそ、人の力だ。」
剣が砕け、光が散った。
辺りを覆っていた暴風が止み、人々が口々に叫ぶ。
「勇者様が……!」
「世界が、救われた……!」
レオンは膝をつき、俯いた。
「俺は……敗れたのか。」
「違う。戦わずして終わらせた。それは勇気の証だ。」
そして、静かに俺の姿も薄れていく。
「どこへ行く?」と彼が問う。
「この世界の奥へ。まだ命の鼓動が不安定だ。少しだけ手を貸さなきゃな。」
レオンが微かに笑った。
「もしまた会えるなら、話を聞かせてほしい。……あなたの見た空を。」
「その時は配信してやるよ。誰もが見たくなるような空をな。」
声が風に溶ける。
荒野に新しい朝が訪れる。
雲の切れ間から、金色の光が差し込む。
その光の中心で、ルミナスが囁いた。
『配信記録、保存完了。タイトルは、“最後の勇者、最後の願い”ですね。』
「それでいい。……あいつの願いはきっと、未来を照らす。」
ベリスが空へ手を伸ばし、小さく息を吐いた。
平和は遠い幻に見えるかもしれない。
けれど、確かにそれは存在していた。
新しい勇者は、もう戦わない。
彼は“守る”のではなく、“歩む”ための英雄となった。
そうして世界は、また静かに一歩を踏み出したのだった。
大地の心臓は静かに淡光を放ちながら、地熱を安定させ、星そのものを支えていた。
人も魔族も、かつての恐怖を忘れたかのように、互いに助け合いながら暮らしている。
けれど、平穏の裏では一つの影が再び揺れていた。
王都に届いた報告。
「“勇者”を名乗る集団が現れた」
その報せが入った瞬間、ベリスの顔が固まった。
「また勇者……? そんなはずはない。アルトも、彼の血統も――」
「生きてはいない。だが、理念は残った。勇者とは象徴だからな。」
俺は風の声のように、彼女の耳へ語りかけた。
今や肉体を持たない俺は、大地の意識の一端としてどこでも意思を伝えられた。
ルミナスが投影した映像では、北方の荒野に人々が集まり、一人の青年を中心に祈りを捧げている。
それはまるで宗教の復興のようでもあり、ある種の“再演”のようでもあった。
『信号分析完了しました。青年の名前はレオン・アルトネス。勇者アルトの遠い末裔です。』
「アルト……まさか血が残っていたのか。」
『はい。かつての勇者連合の臣下が、密かに彼を避難させていたようです。現在彼は“救済を再起動させる”と宣言しています。』
「救済、ね。」
ベリスが低く唸る。
「皮肉です。勇者の理想が、この平和を壊そうとしているなんて。」
「理想はいつだって狂気と隣り合わせだ。……レオンは、おそらく世界の不完全さを感じ取っている。」
「不完全さ?」
「人が生きる限り、不安は消えない。戦争を終えても、飢えや病が残る。勇者の血を継ぐなら、世界を“完全にする”という衝動に駆られてもおかしくない。」
ルミナスが震える声で告げる。
『彼、言いました。“魔王がいない平和は偽りだ。ならば自分が魔王を倒して永遠の秩序を作る”って。』
「……結局、また同じ道をたどるのか。」
ベリスが顔を上げる。
「リアム様、止められますか?」
「止めるさ。ただし、剣ではなく、言葉で。」
◇
荒野の中央に立つレオンは、若き日のアルトを思わせる容姿をしていた。
白銀の髪、真っ直ぐな瞳、そして“誰かのために祈る姿勢”。
しかしその祈りは、どこか歪んでいた。
空に巨大な円環が浮かび、その中心から光の剣が降り続けている。
人々が歓声を上げる。
「勇者様が新たな秩序を作られる!」
「これで神が戻る!」
レオンは振り向き、声を張り上げた。
「この世界は過ちの連続だ! 人は堕落し、魔は傲慢になり、精霊は沈黙した!
だから私は、そのすべてをリセットし、真の平和を作り直す!」
俺はその叫びを聞きながら、静かに姿を具現化した。
淡い青の風が形を持ち、半透明の姿になる。
彼の前に降り立つ俺を、人々は息を呑んで見上げた。
「リセット、か……お前はまだその夢を見ているのか、アルトの子よ。」
レオンは剣を構えた。
「誰だ!? 人の姿を借りた魔の気配……まさか、伝承にある“配信の魔王”!?」
「そう呼ばれるのも久しぶりだな。」
彼の瞳が揺れる。だが、恐怖ではなく、怒り。
「なぜお前がここにいる!? この世界を壊した者が! 千年の罪はまだ終わっていない!」
「罪? そうかもしれないな。でも……お前が言う“完全な世界”は、本当に生かすためのものか?」
レオンは叫ぶ。
「不完全なままの世界に何の価値がある!? 飢えも争いもない理想郷を望んで何が悪い!」
「理想は誰が望む? すべてを決める“お前”ひとりか?」
「違う! 俺は人の代表だ!」
「ならまず、自分を救え。お前が信じているのは世界じゃない。アルトという英雄の影だ。」
その言葉に、レオンの顔が歪んだ。
「黙れ……! お前に何が分かる!」
剣が閃く。
だが、刃は俺の胸を通り抜け、空気を裂くだけだった。
肉体を持たない俺に、物理の暴力は届かない。
「怯えているな、レオン。世界を失うことを。」
「俺は……!」
「だが、恐怖は消せない。誰にも。だからこそ、お前は人のままでいろ。」
彼の足元から、光が地を伝い、空へ登る。
ルミナスの声が届いた。
『危険です、ご主人さま! 彼の剣に埋め込まれた“神核の欠片”が反応しています!』
「やはり、イアナの残りか……。」
神の力を直接運用しようとすれば、世界の均衡が崩壊する。
俺は風の粒となり、彼の背後へ回る。
「レオン、お前が望む楽園は、誰かの自由を奪う場所になる。」
「黙れ! 俺は、全ての人を守りたいだけだ!」
その瞬間、剣が青白く光り、爆発的な風が荒野を覆った。
世界樹の枝のような光の波が空を裂き、天地が反転する。
「リアム様!」ベリスの声が聞こえる。
「まだ早い! 今、彼の願いを――!」
光の中で、俺はレオンの腕を掴んだ。
触れた瞬間、彼の記憶が流れ込む。
幼い頃、戦争で家族を失い、崩れた神殿で“勇者の碑”を見上げた少年の姿。
「この世界を終わらせたい」と呟く声。
「レオン……。」
「俺は……あんな空を、もう見たくなかったんだ。」
涙が剣の刃に落ちた。
俺は腕に力を込める。
「それなら、お前の誓いは間違っていない。だけど、方法が違う。神の力じゃなく、人の手で築け。」
「だが僕には……何もない。」
「あるさ。お前のその願いこそ、人の力だ。」
剣が砕け、光が散った。
辺りを覆っていた暴風が止み、人々が口々に叫ぶ。
「勇者様が……!」
「世界が、救われた……!」
レオンは膝をつき、俯いた。
「俺は……敗れたのか。」
「違う。戦わずして終わらせた。それは勇気の証だ。」
そして、静かに俺の姿も薄れていく。
「どこへ行く?」と彼が問う。
「この世界の奥へ。まだ命の鼓動が不安定だ。少しだけ手を貸さなきゃな。」
レオンが微かに笑った。
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「その時は配信してやるよ。誰もが見たくなるような空をな。」
声が風に溶ける。
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雲の切れ間から、金色の光が差し込む。
その光の中心で、ルミナスが囁いた。
『配信記録、保存完了。タイトルは、“最後の勇者、最後の願い”ですね。』
「それでいい。……あいつの願いはきっと、未来を照らす。」
ベリスが空へ手を伸ばし、小さく息を吐いた。
平和は遠い幻に見えるかもしれない。
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※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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