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第1話 無実の令息、追放の宣告を受ける
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王国歴九百三十二年、十二の鐘が鳴り終えた昼下がり。
王城の謁見の間は、春の日差しが差し込んでいるというのに、どこか冷たかった。
俺――アレン・リーデン・グランディア公爵家の次男は、その場で「追放」の宣告を受けていた。
理由は、第一王女への謀反の企て。
もちろん、そんな事実は一切ない。
だが、真実など関係ない。
この国の貴族社会は、理ではなく、力と体面で回っている。
誰かが失脚すれば、誰かが昇る。
たまたま俺が、その標的になっただけの話だった。
「アレン・リーデン・グランディア。貴公は第一王女殿下を毒殺しようとした疑いにより、公爵家の籍を除かれ、王国辺境ハルゼン領への追放を命ずる。」
無表情の老宰相が読み上げる声が、やけに乾いた響きを持つ。
玉座に座る国王は何も言わず、まるで全てを見透かしているかのように目を伏せた。
俺は、深く頭を下げた。
どう足掻いたところで、この茶番劇に抗う術はない。
ここで言葉を荒げても、「逆上して暴れた」などと加えられるだけだ。
俺が望むのは、時間と、自由――それさえあれば、十分だ。
「謹んで、陛下の御沙汰を拝命いたします。」
場が凍りついた。
反論も嘆願もしない俺の態度に、王侯貴族たちは一斉にざわめいた。
悔しそうな目をしているのは、兄のレオナルド。
彼もまた、俺がこの場で身を滅ぼすことを恐れていたのだろう。
「……アレン、おまえという男は、最後まで何を考えているのかわからん。」
王の低い声が響く。
俺はゆったりと顔を上げ、微笑んだ。
「ただ、真実を見届けたいと思っております。いつの日か、陛下にも。」
その一言に、周囲の貴族たちは顔色を変えた。
が、俺はもう何も言わない。
静かに頭を下げ、謁見の間から歩き出した。
――その瞬間、背後から、誰かの小さな笑い声が聞こえた。
「ふふ、身の程を知るのも貴族の嗜みですわね、アレン様。」
第一王女セレスティア。
この騒動の中心人物にして、俺の元婚約者だった女。
つややかな金髪を揺らし、勝者の笑みを浮かべるその姿に、怒りよりも呆れが勝った。
「……そうだな。身の程、か。」
短くつぶやき、俺は王城を後にした。
***
王都を離れる馬車の中で、俺は窓の外をぼんやりと見つめていた。
街並みは整い、人々は笑っている。
だが、その笑いの下には常に誰かの犠牲がある。
俺は子供のころから、それを嫌というほど見てきた。
公爵家の次男として育ちながらも、領地経営に興味を持ち、農地の再建や魔導水路の改修に手を出した。
結果、それが目立ちすぎたのだ。
「王都の権力構造の外で人を動かす」ことは、彼らにとって反逆と同じだった。
「辺境ハルゼン領……地図の端っこの、ほとんど廃村の地か。」
書状に記された地名を見ながら、ふと苦笑が漏れる。
食料難、魔獣被害、病。
まともに戻れる土地ではない。
つまり――“二度と戻ってくるな”という意思表示だ。
「皮肉なものだな。捨てられた地ほど、自由に動けそうだ。」
馬車が揺れるたびに、尻のあたりが痛む。
俺は小さくため息をついてから、懐から銀時計を取り出した。
裏蓋には、亡き母が刻んだ言葉。
『自由を恐れるな、アレン。真の貴族とは、誰よりも自由に生きる者。』
懐かしい声が蘇る。
母がこの時計をくれた日、庭園の藤の花は満開だった。
あの時から、俺の道はとっくに決まっていたのかもしれない。
「さて――追放された公爵令息様の、余生の始まりだ。」
軽口を叩きながら、馬車の外に目をやる。
遠く、濃緑の森が見えてきた。
王都を囲む穏やかな丘陵地帯では見たこともない、深い緑。
まるで大地そのものが息づいているような気配を放っている。
御者の男が声をかけてきた。
「旦那様、そろそろハルゼン領に入りますぜ。ここから先は道もねぇ。馬車は無理でさ。」
「わかった。ここで下ろしてくれ。」
荷を背に、地面に足をつけた瞬間、風が頬を撫でた。
湿った土と草の香り。
静けさと不気味さ、それを包み込む大自然の気配。
普通の貴族なら、一歩も足を踏み入れるのをためらうだろう。
けれど――
「この匂い、悪くない。」
俺は呟き、森の奥へと歩き出した。
道などない。だが、進めばいい。
空気の澄み具合が、まるで“生き物”のようで、肌がぞくりとした。
何かが近くにいる。
視線を感じる――獣ではない。もっと、強く、古い力。
そして、森の奥から低い声が響いた。
『……人の子よ。なぜ我が眠りの地を踏み荒らす。』
全身に戦慄が走る。
眼前の洞窟の奥、闇の中に、二つの紅い光が浮かび上がっていた。
それは炎のようでもあり、宝石のようでもある。
「……俺の運が悪かっただけだとしたら、許してくれるか?」
『戯け。我が声に怯まず答えるか。』
足元の土が揺れる。
風が唸り、木々がたわむ。
だが、不思議と恐怖はなかった。
むしろ、胸の奥で、懐かしいものが目を覚まし始めていた。
「おまえ……もしかして、神竜か。」
『久しく誰もその名を呼ばなんだな。』
闇が揺れ、巨大な影が現れた。
漆黒の鱗に金の紋。翼を一振りすれば、この森どころか山ひとつ吹き飛ぶだろう。
伝承でしか聞いたことがない、神話の存在。
だが俺は、思わず笑っていた。
「追放された先で神竜と出会うか。……これは、運が良いのか悪いのか。」
『ふむ。面白いやつだ。よかろう、問おう。何を望む?』
「望むものか。……そうだな。」
少し考えたあと、俺は肩の荷を下ろし、目を細めた。
かつての地位も、名誉も、もうどうでもいい。
いま、この静かな大地を見て、心のどこかで決めていた。
「平穏だ。誰に命令されるでもない、穏やかな日々を。」
一瞬の静寂。
次の瞬間、天地を貫くほどの光が洞窟を満たした。
『良かろう。契約を結ぼう、人の子よ。おまえの望みを我が守護とする。』
身体の奥に、熱いものが流れ込んでいく。
眩い閃光のなか、俺は目を閉じた。
ああ、これは――自由の感覚だ。
こうして、追放された公爵令息アレンは神竜アルディネアと契約し、
世界の最果てで、誰にも縛られない新しい人生を歩み始めた。
それが、やがて王国を揺るがす「辺境の奇跡」の第一章となることを、
このときの俺はまだ知らなかった。
王城の謁見の間は、春の日差しが差し込んでいるというのに、どこか冷たかった。
俺――アレン・リーデン・グランディア公爵家の次男は、その場で「追放」の宣告を受けていた。
理由は、第一王女への謀反の企て。
もちろん、そんな事実は一切ない。
だが、真実など関係ない。
この国の貴族社会は、理ではなく、力と体面で回っている。
誰かが失脚すれば、誰かが昇る。
たまたま俺が、その標的になっただけの話だった。
「アレン・リーデン・グランディア。貴公は第一王女殿下を毒殺しようとした疑いにより、公爵家の籍を除かれ、王国辺境ハルゼン領への追放を命ずる。」
無表情の老宰相が読み上げる声が、やけに乾いた響きを持つ。
玉座に座る国王は何も言わず、まるで全てを見透かしているかのように目を伏せた。
俺は、深く頭を下げた。
どう足掻いたところで、この茶番劇に抗う術はない。
ここで言葉を荒げても、「逆上して暴れた」などと加えられるだけだ。
俺が望むのは、時間と、自由――それさえあれば、十分だ。
「謹んで、陛下の御沙汰を拝命いたします。」
場が凍りついた。
反論も嘆願もしない俺の態度に、王侯貴族たちは一斉にざわめいた。
悔しそうな目をしているのは、兄のレオナルド。
彼もまた、俺がこの場で身を滅ぼすことを恐れていたのだろう。
「……アレン、おまえという男は、最後まで何を考えているのかわからん。」
王の低い声が響く。
俺はゆったりと顔を上げ、微笑んだ。
「ただ、真実を見届けたいと思っております。いつの日か、陛下にも。」
その一言に、周囲の貴族たちは顔色を変えた。
が、俺はもう何も言わない。
静かに頭を下げ、謁見の間から歩き出した。
――その瞬間、背後から、誰かの小さな笑い声が聞こえた。
「ふふ、身の程を知るのも貴族の嗜みですわね、アレン様。」
第一王女セレスティア。
この騒動の中心人物にして、俺の元婚約者だった女。
つややかな金髪を揺らし、勝者の笑みを浮かべるその姿に、怒りよりも呆れが勝った。
「……そうだな。身の程、か。」
短くつぶやき、俺は王城を後にした。
***
王都を離れる馬車の中で、俺は窓の外をぼんやりと見つめていた。
街並みは整い、人々は笑っている。
だが、その笑いの下には常に誰かの犠牲がある。
俺は子供のころから、それを嫌というほど見てきた。
公爵家の次男として育ちながらも、領地経営に興味を持ち、農地の再建や魔導水路の改修に手を出した。
結果、それが目立ちすぎたのだ。
「王都の権力構造の外で人を動かす」ことは、彼らにとって反逆と同じだった。
「辺境ハルゼン領……地図の端っこの、ほとんど廃村の地か。」
書状に記された地名を見ながら、ふと苦笑が漏れる。
食料難、魔獣被害、病。
まともに戻れる土地ではない。
つまり――“二度と戻ってくるな”という意思表示だ。
「皮肉なものだな。捨てられた地ほど、自由に動けそうだ。」
馬車が揺れるたびに、尻のあたりが痛む。
俺は小さくため息をついてから、懐から銀時計を取り出した。
裏蓋には、亡き母が刻んだ言葉。
『自由を恐れるな、アレン。真の貴族とは、誰よりも自由に生きる者。』
懐かしい声が蘇る。
母がこの時計をくれた日、庭園の藤の花は満開だった。
あの時から、俺の道はとっくに決まっていたのかもしれない。
「さて――追放された公爵令息様の、余生の始まりだ。」
軽口を叩きながら、馬車の外に目をやる。
遠く、濃緑の森が見えてきた。
王都を囲む穏やかな丘陵地帯では見たこともない、深い緑。
まるで大地そのものが息づいているような気配を放っている。
御者の男が声をかけてきた。
「旦那様、そろそろハルゼン領に入りますぜ。ここから先は道もねぇ。馬車は無理でさ。」
「わかった。ここで下ろしてくれ。」
荷を背に、地面に足をつけた瞬間、風が頬を撫でた。
湿った土と草の香り。
静けさと不気味さ、それを包み込む大自然の気配。
普通の貴族なら、一歩も足を踏み入れるのをためらうだろう。
けれど――
「この匂い、悪くない。」
俺は呟き、森の奥へと歩き出した。
道などない。だが、進めばいい。
空気の澄み具合が、まるで“生き物”のようで、肌がぞくりとした。
何かが近くにいる。
視線を感じる――獣ではない。もっと、強く、古い力。
そして、森の奥から低い声が響いた。
『……人の子よ。なぜ我が眠りの地を踏み荒らす。』
全身に戦慄が走る。
眼前の洞窟の奥、闇の中に、二つの紅い光が浮かび上がっていた。
それは炎のようでもあり、宝石のようでもある。
「……俺の運が悪かっただけだとしたら、許してくれるか?」
『戯け。我が声に怯まず答えるか。』
足元の土が揺れる。
風が唸り、木々がたわむ。
だが、不思議と恐怖はなかった。
むしろ、胸の奥で、懐かしいものが目を覚まし始めていた。
「おまえ……もしかして、神竜か。」
『久しく誰もその名を呼ばなんだな。』
闇が揺れ、巨大な影が現れた。
漆黒の鱗に金の紋。翼を一振りすれば、この森どころか山ひとつ吹き飛ぶだろう。
伝承でしか聞いたことがない、神話の存在。
だが俺は、思わず笑っていた。
「追放された先で神竜と出会うか。……これは、運が良いのか悪いのか。」
『ふむ。面白いやつだ。よかろう、問おう。何を望む?』
「望むものか。……そうだな。」
少し考えたあと、俺は肩の荷を下ろし、目を細めた。
かつての地位も、名誉も、もうどうでもいい。
いま、この静かな大地を見て、心のどこかで決めていた。
「平穏だ。誰に命令されるでもない、穏やかな日々を。」
一瞬の静寂。
次の瞬間、天地を貫くほどの光が洞窟を満たした。
『良かろう。契約を結ぼう、人の子よ。おまえの望みを我が守護とする。』
身体の奥に、熱いものが流れ込んでいく。
眩い閃光のなか、俺は目を閉じた。
ああ、これは――自由の感覚だ。
こうして、追放された公爵令息アレンは神竜アルディネアと契約し、
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