追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜

たまごころ

文字の大きさ
10 / 30

第10話 商人ギルドとの出会いと策謀

しおりを挟む
ベルナスの村が生まれ変わって一ヶ月が過ぎた。  
畑には若い苗が生い茂り、収穫を待つ人々の顔に笑みが絶えない。  
あの廃墟のようだった地が、いまや森の中の穏やかな集落へと変わったのだ。  

とはいえ、平穏の裏で俺の頭を悩ませる問題が一つあった。  
物資だ。  
服や道具、農具、それに保存食。  
村の自立を進めるためには、外の世界との交易を避けて通れない。  

幸い、最近になってここを訪れる旅人がぽつぽつ現れ始めた。  
竜の守護を受けた土地だと噂が広がり、冒険者や旅の商人の一部が興味を持ったらしい。  
問題は、そこに“金の匂い”を嗅ぎつけた輩も同じように集まることだ。  

この日も、朝の霧が晴れる前から一台の馬車が村の入り口に現れた。  
上質な毛皮のコートを着た男が、満面の笑みを浮かべて俺に歩み寄ってくる。  

「これはこれは、噂の“辺境の奇跡”を起こしたお方ですな! アレン様でいらっしゃるか!」

「……お前は?」

「私め、セイル・グランと申します。北方の商人ギルドの代表でございます。  
噂を聞きまして、すぐにご挨拶へ参りました。王都の商人どもが恐れて来ぬならば、我ら辺境の商人が先に動くべきだと!」

お世辞の花を散らしながらも、目の奥は警戒と欲に満ちている。  
典型的な取引屋の顔だ。  
だが、自分たちの手で動く分だけまだ信用できる。  

「で、用件は?」

「ずばり! 交易の提案ですな。  
この一月で土地が蘇り、作物が育ち、領民が増えた。  
となれば、衣服・塩・工具・麦粉などが必要でしょう。  
我らはそれを提供できる。代わりに、この土地の木材や薬草、竜の加護が宿る泉の水を――」

「なるほど、商魂たくましいな。だが、泉の水は売らない。」

「おや、強欲な竜の噂通りだ。」

「竜じゃない、俺だ。」

わざと軽く言ってやると、セイルは一瞬だけ眉を跳ね上げ、それから小さく笑った。  
少なくとも頭は回る男らしい。  

「ふむ、なるほど。貴方がこの地の本当の“頭脳”というわけですか。よろしい。  
ならば、物資の取引のみでどうでしょう。取引先は私が保証します。  
代わりに、ギルドとして正式に“アルディナ領”を辺境交易地として登録したい。」

「それが目的か。」

「それだけではございません。商人に必要なのは信用。  
奇跡の領主と取引していると知れれば、我らも安定するのです。」

この男、丁寧な言葉の裏で巧妙に利益を積み上げるタイプだ。  
だが、それを隠す気もなく堂々と口にできる胆力は嫌いじゃない。  

「よし、いいだろう。ただし条件がある。」  

「ほう、何なりと。」

「一、差別的な商売は禁止。村人に正当な対価を支払え。  
二、取引は公会堂前でのみ行うこと。裏取引は見つけたら追放だ。  
三、必要物資の納入については俺が定める。困るようなら別の土地へ行け。」

セイルは一瞬だけ目を細めたが、すぐに口元を引き上げた。  

「ふっ……おもしろい。強気な交渉、嫌いではありません。  
こう見えて私も、やりがいのある相手のほうが儲かる主義でしてね。」

「商人らしい答えだ。」

「では正式に契約を。ギルドの印章をこの地に残します。」

彼は懐から銀の紋章を取り出し、村の地図に押した。  
ギルドの取り決めでは、この印がある土地は“商業安定区域”として保護されるらしい。  
つまり、他の商人が強奪や詐欺を働けば、ギルド全体が報復する――商人の戦争を防ぐための制度だ。  

「取引成立ということでよろしいですな?」

「ああ。ただし、互いに嘘をつかない限り、な。」

「もちろん。私は嘘をつく時にしか笑いませんので。」

なるほど、今まさに笑っていないあたりが、この男の誠実さか。  

取引書に署名を終えた後、セイルは持参した箱を開けた。  
中には、見慣れない金属の道具や、王都では高値で取引される香辛料袋が並んでいた。  

「最初の献上品です。これも契約の証として受け取ってください。」

「ありがたく頂く。ただし次からは“代金”を渡す。」

「心得ました。……では、近いうちに再び使者を送ります。おそらく、上層の貴族どもも黙ってはおりますまい。」

「来るなら来いさ。この地は誰のものでもない。俺たちが作った“国”の始まりだ。」

セイルが一歩下がり、商人らしい優雅な礼をした後、馬車を動かした。  
去り際に俺へ残した一言だけが、妙に印象に残る。

「辺境の領主アレン様。あなたの名が、もう王都でささやかれています。  
“追放された公爵令息が竜と手を結び新たな国を興した”――とね。」

「噂ってのは、早いもんだな。」

「ええ。ですが、噂という種は時に国を興す肥料にもなる。……では。」

走り去る馬車の輪音を聞きながら、俺は静かに息を吐いた。  
アルディネアの声が森の上から降ってくる。  

『人の集う音が増えてきたな。交易は血脈と同じ。この地は生きている。』

「この流れをどう見る?」

『良い流れだ。だが、王都が動くのも時間の問題。  
権力は新しい芽を恐れる。いずれ制圧軍か使者が放たれよう。』

「だろうな。それでも構わない。  
俺たちはもう、逃げる側じゃない。迎え撃つ“守り手”だ。」

『……気をつけろ、人の子。戦とは剣だけのものではない。策もまた武器だ。』

「わかってるさ。俺も少しは学んでる。」

村を見下ろせば、穏やかな灯がいくつも並んでいる。  
笑い声、牛の鳴き声、風車の音。すべてが命の息吹きそのものだ。  
これを守るためなら、どんな策でも使う。  

アルディネアが小さく呟いた。  
『王都の貴族たちは気づいておらぬ。追放という処分で、最も危険な理想を野に放ったということに。』

「俺としては、勝手にそうなってくれて助かってるがな。」

竜と笑いながら空を仰ぐ。  
太陽が赤く傾き、光が森の端を金色に染めていく。  
まるで、この土地自体が「ここに国が生まれる」と祝福しているかのようだった。  

その日、新しい時代の予兆が、静かに辺境を包み込んでいた。  
王都の腐敗と欲望が再び牙をむくその前に、俺は次の手を打たなければならない。  
この地を護るために、そしてここで生きるすべての者の未来のために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ
ファンタジー
追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~ -第二部(11章~20章)追加しました- 【あらすじ】 「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」 王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。 彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。 追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった! 石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。 【主な登場人物】 ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。 ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。 アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。 リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。 ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。 【読みどころ】 「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さくら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

処理中です...