追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜

たまごころ

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第11話 魔導具工房、再生の始まり

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ベルナスの村が「アルディナ領」として商人ギルドに登録されてから数週間。  
人の出入りが増えたせいで、村の景色はさらに変わりつつあった。  
新築の家が立ち並び、広場では子供たちが笑いながら走り回っている。  
あの廃墟のような風景は、もう遠い過去のようだ。  

だが、俺の脳裏には一つの課題が浮かび続けていた。  
――「この地を、戦わずに守る術」。  

王都の動きはまだ静かだが、長くはもたない。  
竜の加護を得た領主の存在が公になれば、権力の連中が黙っていられるはずがない。  

だからこそ、力を頼るのではなく、仕組みで守る必要がある。  
俺は自分の屋敷(といってもかつての納屋を改築しただけだが)を出て、村の外れに向かった。  
そこには、石積みで出来た大きな建物――村人たちが「工房」と呼ぶ場所があった。

すでに朝から煙が上がっている。  
炉の中では赤い炎がうごめき、鉄の焼ける匂いが漂っていた。  
見慣れない工具の音も聞こえる。  

「おう、アレン様!」

声をかけてきたのは、筋骨隆々の男ヴァルド。  
以前は街の鍛冶屋として商人ギルドの下請けをしていたが、王都の理不尽に嫌気が差し、ここへ逃げてきた。  

「今日も働いてるな、ヴァルド。」

「ええ、燃料の魔石が手に入ったんでね。  
これで、あの“魔導織機”の調整ができると思います。」

「例の自動糸紡ぎ機か。やはり魔石じゃないと動かないか?」

「ああ。エネルギー効率が異常に高いんですよ。王都の工房では独占されてる類のもんだ。」

ヴァルドが額の汗を拭いながら、金属の枠を指差した。  
それは古代の技術を真似て再生した魔導機だった。  
手動の織機に魔力伝導装置を組み込み、自動で布を織り上げる仕組みだ。  

「こいつが安定すれば、素材を求めて商人が殺到する。  
王都じゃ貴族しか使えない高等技術を、田舎の村で作れるんだ。」

「ただ、魔力回路の制御が難しい。  
設定を間違えると、回転が暴走して糸を焼き切っちまう。」

「なるほど。」

俺は膝をつき、織機の心臓部に手をあてた。  
竜契の印が光る。  
そこに意識を集中させると、内部の魔力流の歪みがすぐに見えた。  

「このあたりの回路、わずかに魔力が偏ってる。  
バランスを取るために導線を二重にすれば安定する。ほら、ここだ。」

「……ちょ、ちょっと待ってくださいよ、アレン様。  
目で見ただけで分かるんですか!?」

「目じゃない。感じるんだ。竜の力は、命の流れそのものが見えるからな。」

「竜の加護ってやつは……やっぱり化けもんだ。」

俺は肩をすくめた。

「そんな大層なものじゃないさ。でもまあ、これで試してくれ。」

ヴァルドが配線を組み替え、改めてスイッチをひねる。  
次の瞬間、滑るような音とともに、糸が均一に回転していく。  
火花も暴走もなく、美しい布が織り出されていく。  

「うおおおおっ!? こりゃあ見事だ! 糸の撚りが均等どころか、まるで絹糸じゃねぇか!」

工房じゅうが歓声に包まれる。  
職人たちが拍手をして笑い合い、俺は一歩下がって空気を吸った。  
うまくいった。  
これでアルディナ領で、自給自足できる布地の生産が始まったというわけだ。  

「これなら衣料の貿易で王都にも対抗できるな。」

ヴァルドが笑う。  
「ええ。王都の貴族連中は、布や服飾にしか興味がない。  
奴らの“見栄”でこっちが潤うなら、それこそ笑いが止まらねぇ。」

俺はふっと笑い返した。  
「けどまあ、貴族が好きそうな装飾を入れるには、もう一工夫いるな。  
……魔力を織り込める糸があれば、光や防御の効果を持たせられる。」

「魔力繊維ですか。難しいですが、やりがいがあります!」

そのとき、工房の奥から少女の声が響いた。  

「アレン様! 見てください、この布!」

振り向くと、リーナが薄桃色の布を抱えて駆けてきた。  
まだ村の中では一番若い働き手だが、魔導具の扱いには天性の勘を持っている。  

「これは?」

「試しに、昨日拾った虹石の欠片を粉にして、織る前の糸に混ぜてみたんです。  
すると、光を反射してほら……!」

陽の光を受けた布が、虹色に輝いた。  
まるで竜鱗を織ったような美しさ。  
もちろん魔力の反射率も高い。  

「……リーナ、すごいな。これは実用化していい。商品名は――“竜光布”だ。」

「りゅ、竜光布……かっこいい!」

ヴァルドが頷く。  
「これを量産できれば、値がつかない代物ですよ。  
防御効果もあるうえに装飾品としても需要がある。……天才が二人もいる村とは。」

「いや、一人だよ。俺は少し助言しただけだ。」

そう言うとリーナは嬉しそうに顔を上げた。  
「でも、アレン様がいなかったら、こんな暮らし、誰もできてません。  
前は病で死ぬだけの村だったのに、今は毎日が楽しいんです。」

その言葉に胸の奥がほんのり熱くなる。  
俺は静かに微笑んだ。  

「なら、これからも守らなきゃな。お前たちの笑顔ごと。」

「はい!」

***

夕刻、工房を出ると風が清々しかった。  
森の奥では、アルディネアが静かに翼を休めている。  
頭の奥に、あの落ち着いた声が響く。  

『また人の子の手で新しい命が生まれたか。』

「ああ。布一枚だが、それでも希望の証だ。  
人は不思議な生き物だな。与えられた力だけでなく、作り出そうとする。」

『それが創造の本能だ。……この流れならば、次に生まれるのは“武”ではなく“技”となろう。』

「武器じゃなくて技か。面白いな。そういう発展なら歓迎だ。」

『ふ……。汝のような支配者が増えれば、この世界も変わるやも知れぬ。  
だが注意せよ。商人たちが集まれば、必ず陰の流れも生まれる。  
交易は富を呼ぶが、同時に貪欲の魔をも呼ぶ。』

「分かってる。けど俺は、その潮流ごと変えてみせるさ。」

風が木々を渡り、夜が訪れる。  
遠く、工房の明かりが小さな灯のように瞬いている。  
その光の中で、笑い声と金属の音が続いていた。  

ベルナス、いや――アルディナ領は、確かに歩みを進めている。  
金も力もないただの辺境が、知恵と信頼で繁栄を築こうとしているのだ。  

俺は夜空を仰ぎ、ひとりごちた。  

「誰も傷つかずに守れる道がある。  
それを証明してやるよ、王都の連中に。」

星が流れ、森を照らす。  
その光の下で、竜が静かに笑った。
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