落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!

たまごころ

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第5話 料理スキルがチートすぎた件

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王都の南区。  
新しく掲げられた「創星の炉」の看板は、朝の日差しを受けて輝いていた。  
工房の前では、エルナが炭を焚き、煙突から白い湯気を上げている。  
傍らには大きな鍋と香辛料の瓶、そして山のような野菜と肉。  
どう見ても鍛冶屋の朝ではない。

「なあエルナ、なんで鍛冶場の真ん中に鍋があるんだ?」  
レオンは額の汗をぬぐいながら眉をひそめる。  
炉の火がいい感じに安定してきたというのに、工房中がなぜかスープの香りで満ちていた。  

「だって、朝ごはん作らなきゃ元気出ないじゃん!」  
「いや、それはそうだけど……匂いがすごすぎるぞ。鉄より食欲が勝つ」  
「いいこと聞いた! じゃ、少し味見してよ!」  

エルナは鍋の中をかき混ぜ、木の杓文字で一すくいして差し出した。  
黄金色の液体が湯気を上げ、香ばしい肉とハーブの香りが鼻をくすぐる。  
仕方なく口に含むと、舌に広がるのは驚くほど深い旨味だった。  
わずかに甘く、焦がしバターと野菜から溶け出した自然な甘みが絡み合う。  

「……うまい」  
「やった!」  
「ていうか、なんだこれ……ギルド宿の料理より格が違うぞ」  
「ちょっとスキル使っただけだよ!」  

「スキル?」  
「うん。私、《食精創香》ってスキル持ってるの。素材から“最もおいしくなる調合”を感じ取れるんだ」  

レオンは思わず苦笑した。  
「そんなスキル……完全にチートじゃないか」  
「えへへ、便利でしょ? でもね、これ戦闘スキルの扱いじゃないから、ギルドではずっと半人前扱いされてたの」  

エルナは少しだけ寂しそうに笑った。  
旅の中で何度も不当な評価を受けてきたのだろう。  
だが、彼女の料理の香りはまるでこの場所に“家”の匂いを与えているようだった。  

「……いいスキルじゃないか。うちは鍛冶と錬金だけじゃなく、素材処理もやる。むしろ最強の補助だ」  
「そ、そう思う?」  
「ああ。食がうまいギルドは強い。それが俺の持論だ」  
「もう、なんか理屈っぽいけど、嬉しい!」  

そんな二人の掛け合いを、炉の奥でグランが聞いていた。  
「おい、飯の話ばかりしてると炉がすねるぞ。あとでそのスープ少し分けろ」  
「喋る鉄塊が食うのか?」  
「味は分からんが、匂いを記憶するんだよ。いい香りは金属を柔らかくする」  
「適当なこと言うなよ」  
「本当だとも!」  

そのやりとりに、工房中が笑いに包まれた。  
どこか賑やかで、温かい雰囲気。  
“創星の炉”は、ただの職人工房ではなくなりつつあった。



数日後。  

王都の西区の冒険者支部では、今ひとつの騒動が起こっていた。  
紅錆の炉の職人が修理した武具が、数件にわたって「使用中に破損」する事故を起こしていたのだ。  
その報告書を読んで、ギルド職員が顔をしかめる。  

「同じ構造欠陥が複数件……だが、どの依頼もあのレオン・ハースの旧設計を転用してる。偶然か?」  
「偶然じゃねえな」と低い声が応じた。  
扉のすぐ外に立っていたのはガルド老人だった。  
彼は煙管をくゆらせながら、正面の職員に目を細める。  

「紅錆の炉は腕自慢の集まりでな。だが若造レオンが抜けてから、妙に味のない剣を作るようになってた。魂が抜けた鉄ってやつじゃ」  
「なるほど。つまり……彼の腕が本物だった、と」  
「ほっほ、今さら気づいたか。ま、その若造が今は“創星の炉”で暴れとる。面白いもんが見られるぜ」 



夕方、工房の前には数人の冒険者が集まっていた。  
一人は先日エルナが助けた槍使いで、もう二人は彼女の紹介で来たらしい。  

「ここが例の工房か。噂通り匂いがすげぇな」  
「鍛冶場のはずが飯屋の匂いしかしねえぞ」  
「逆に興味湧くな!」  

わいわいと笑う冒険者たちに、エルナが笑顔で応じる。  
「今ちょうど修理の受付してます! それと、ついでに晩ごはんも出すよ!」  
「おい、一週間ぶりにまともな飯食えるぞ!」  

レオンは呆れながらも黙って作業を続けた。  
だが、自分の作った剣が光を帯びて冒険者の手に渡る瞬間――  
心の奥に、確かな実感が生まれた。  

鍛冶だけでなく、日常そのものを“創る”喜び。  
武器も食事も、全てが人を生かすための“作品”。  
それが創精鍛造というスキルの本質なのではないかと、ふと考えた。  

グランが炉の奥から声をかける。  
「職人ってのは、心に余裕があるほどいいもんを生む。飯も笑いも、打撃より強ぇんだ」  
「珍しく哲学的だな」  
「お前らがうるさすぎて火加減が丁度いいだけさ」  

そんな軽口を交わしているうちに、外が夜色に変わった。  
炉の火とランプが灯る工房は、まるで小さな酒場のように明るい。  

「はい、できたよー! 本日のまかない“創星シチュー”!」  
エルナが鍋を抱え、テーブルいっぱいに皿を並べる。  
冒険者たちが湯気に包まれ、「うおっうまそう!」と歓声を上げた。  

レオンは小さく息を吐いて椅子に腰を下ろす。  
長い旅と孤独を越えて、ようやく落ち着いた火の音が聞こえる。  

「なあエルナ、このレシピ、どっかに書き残してるか?」  
「えっ、書いてないよ? 味は素材が決めるから、毎回変わっちゃうし」  
「ハハ……鍛冶も料理も似たもんだな。素材を見極めて火を入れて、形にする」  
「そうだね。でも、レオンさんの鉄は食べられないけど」  
「誰が食うか」

場が笑いに包まれた。  
工房の中の温度が、いつもの炎よりやけに心地よい。  

ふと外を見れば、通りの向こうから誰かが歩いてくる。  
黒いコートの影。懐からは封書が覗く。  
その背を見て、レオンは嫌な予感を覚えた。  

「来たな……紅錆の炉の使いか」  
「また絡んできたの?」  
「ああ、あいつらは俺を完全に潰すまで気が済まないだろう」  

扉が開いた。  
現れたのは、紅錆の炉の副頭領カルド。  
以前、レオンを追放した際に最も声高に非難した張本人だ。  

「随分と楽しそうじゃねえか、レオン。飯屋でも始めたのか?」  
「客がいる前で挑発か。相変わらず礼儀を知らねえな」  
「お前が勝手に逃げ出した炉を、俺たちは今でも立て直そうとしてんだ。だが――」

カルドは机の上の鍛造品を掴み、自分の短剣で軽く叩いた。  
カン、と澄んだ音が鳴り響く。  
「……なるほど。悪くねえ腕だ。“落ちこぼれ職人”にしてはな」  
その言い捨てを残し、男は去っていった。

重くなった空気の中で、エルナがそっと言った。  
「気にしないで。誰がなんと言おうと、ここが私の“ギルド”だもん」  
レオンはしばし黙って火を見つめ、ゆっくり頷いた。  
「……ああ。だったら、俺も負けられないな」  

彼の掌の紋章が、ぼうっと光を放つ。  
創精鍛造の印が再び反応している。  
まるで彼の決意に呼応するように。  

「見てろよ。俺はこの手で、食える剣も、歌う鎧も、笑える街も作る。全部“創る”」  
「うん。……絶対できるよ、レオンさん」  

夜風が炉の煙を撫で、香ばしい匂いを街に運んだ。  
鍛冶と料理、二つの火が混ざり合い、創星の炉に新しい鼓動を与えていた。  

(第5話 完)
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