落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!

たまごころ

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第4話 最初の作品と、一人目の仲間

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王都クラウムに朝の鐘が響いた。  
工房の煙突から、白い煙がまっすぐに立ち上っていく。  
炉の前でレオンは槌を振るい続けていた。  
火花が飛び、赤く光る鋼が音を立てて息づいている。

「よし……温度、安定。魔力流動、問題なし」

創精鍛造――それは素材同士の魂を結ぶ技。  
昨日、ロフ鉱山から持ち帰った魔力鉱石を精製し、いよいよ新しい炉に組み込むための準備をしていた。  
工房の中にはエルナの姿もある。彼女は袖をまくり、鉄屑や炭を運んでいた。

「ねえレオンさん、この鉱石、別格だね。近づくだけで空気がピリッとする!」  
「本来は鍛冶炉なんかじゃ扱えない高出力素材だ。だけど、創星炉の核材にはこれ以上のものはない」  
「創星炉……名前、かっこいいね!」  
「気に入ったなら看板にも刻むか? “創星の炉”ってギルドにする」  
「うん! いい名前だと思う!」

エルナが笑いながら親指を立てた。その笑顔につられて、レオンもつい口元を緩める。  
かつて、仲間と笑い合いながら鍛冶に打ち込んでいた頃があった。  
それが崩れたあの日以来、こうして誰かと炉を囲むことはなかった。  
だが今、火の灯るここには確かな温度がある。

「……悪くない」

小さく呟き、レオンは再び鋼を炉に沈めた。  
金属が歌うように鳴る。  
その音に合わせて、彼の右手の紋章が淡く光った。

「創精鍛造・炉構結晶!」

声と同時に周囲の鉄部が共鳴を始める。  
鉄が溶け、形を整え、次第に黄金色の光を放ち始めた。  
それはまるで生命の誕生のようで、見ていたエルナがそっと息を呑む。

「……これが“創星炉”の心臓部、か」

「そうだ。これを中心に据えれば、炉自体が呼吸するようになる。熱の調整も自動化できる。つまり――」

「すごい! もう一人でも大工房みたいな仕事ができちゃうじゃん!」

そこへ、ガシャリと金属音が響いた。  
扉を開けて入ってきたのは、短い灰髪の老人だった。  
着古した作業着の袖から黒い油が滲み、片腕は義手のような金属でできている。

「ほう……懐かしい匂いだな。炉の息が生きておる」

「誰だ?」  
「失礼します、私、ドワーフの職人、ガルドと申します。ここの煙を見て、つい……鼻が勝手に動きましてな」

レオンは少し警戒したが、その男の眼には誇りと好奇心が宿っていた。  
長年の火を見る者の眼だ。

「ドワーフ、か……どうりでその腕の溶接が見事なわけだ。旅の途中か?」  
「いや、職を探してましてな。だが王都のギルドはどこも門前払い。“若いのが欲しい”とよ」  
老人は肩をすくめた。  
「ここは……独立工房、ですか?」

「無名工房だ。だが、これから“創星の炉”として立ち上げるつもりだ」

「“創星の炉”。ほう、いい名だ。……仕事を見せてもらっても?」

レオンは頷き、作業途中の鋼を取り上げた。  
炉の火にくべ、槌を握る。  
カン、カン、カン――。  
槌打ちは次第にリズムをもつ旋律に変わり、炎の揺らめきと共に広がる。  
光が爆ぜ、炉の奥に浮かぶ魔紋が明滅した。  
赤、橙、藍――そして静かに白が混ざる。

「これは……鉄と魔力を共鳴させておる!? そんなことができるのは……!」

「創精鍛造というスキルだ。素材の魂を結び合わせる」

ガルドは目を丸くし、一歩踏み込む。  
「見事じゃ! まるで鉄が歌っておるようだ……この感覚、百年ぶりに震えたわい!」

その様子を見たエルナが嬉しそうに笑う。  
「すごいでしょ? レオンさんの鍛冶は“生きてる”んだよ」  
「確かに……こんな若いやつがここまで打てるとは。よし、わしも弟子にさせてもらおう!」

「いや、立場逆じゃないか? あんたの方がベテランだろ」  
「細けぇことはええ。職人なんてのは情熱がすべてじゃ」

レオンも少しびっくりしたまま、炉の火を見つめた。  
自分の火が、誰かを引き寄せている――そんな実感が胸に広がる。



夕刻、炉の心臓部が完成した。  
金属の骨格に魔力線が刻まれ、淡い光が内部を巡る。  
それは静かな呼吸のように“ふう”と息を吐く。  
創星炉。生きた炉。

「見事な仕上がりじゃな、レオン。これなら神銀すら溶かせそうじゃ」  
「まだ設計図の半分も試してない。これからが本当の勝負だ」  
「いいのう、こういう顔を見るために職人やってる」

ガルドが豪快に笑い、ひょいとエルナの持ってきたパンを齧った。  
「エルナちゃん、ちょっと炭臭いが旨いパンだ!」  
「また適当なこと言ってー。ちゃんと焼いたんだから!」  
「いい組み合わせだな」とレオンが笑う。  
グランが炉の奥からぼそりと呟く。  
「うるせぇ工房ほど腕が上がるんだ。良い傾向だ」



その晩、三人はささやかな祝宴を開いた。  
新しい炉に灯を入れ、それぞれの酒とパンで乾杯する。  
炎が酔いを照らし、金属の壁に温かな色を映した。

「レオンよ、お前さんのこの“創星炉”、もし完成したらどうする?」  
「職人を集める。鍛冶も、錬金も、料理人も、魔道具師も。何でも作れるギルドを作るんだ」  
「なんでも、か?」  
「ああ。戦うだけの世界はもうごめんだ。作ることで人が笑える場所をここに作りたい」

炎の揺らめきの中、エルナがそっと笑った。  
「それ、いいね。あたしもその夢、手伝っていい?」  
「もちろんだ。お前はもう、この炉の一部だ」

その言葉にエルナの頬が赤く染まった。  
老職人ガルドが「まぶしいのう」と笑い、グランは「若いねぇ」とぼそぼそ言いながら火を吐き出す。



翌朝。  
王都の通りを一人の少女が駆けていた。  
配達屋のリリィ。噂好きで町中の情報を運ぶ娘だ。  
その手には新しい掲示板の写しがあった。

“王都南区にて、新工房〈創星の炉〉が開設。修理・鍛造・魔具調整受付中。代表:レオン・ハース”

彼女はその紙を手に、仲間たちに叫んだ。

「聞いた? 落ちこぼれ鍛冶師がギルド作ったって! しかもドワーフまで雇ったらしいよ!」

その噂は瞬く間に王都の職人街へ広がった。  
誰もが「まさかあいつが」と嘲笑し、ある者は「どんな技なんだ」と興味を示した。  
そしてその情報は、紅錆の炉の耳にも届くことになる。



「……創星の炉? あの落ちこぼれが?」  
ギルドマスター・バルドは椅子を軋ませ、苦笑した。  
机の上には、かつてレオンが書いた設計図の残りが置かれている。  
再利用できず捨てたものだ。

「ふん……面白い。なら試してみようじゃないか。天才の“残りカス”で、どれほどの剣が作れるか」

バルドの指が机を叩いた。  
その音がまるで、静かな宣戦布告の鐘のように響いた。



工房に戻ると、エルナが外の看板に白いチョークで文字を書いていた。  
「新しい一歩、だね」  
「そうだな」

レオンは空を見上げる。  
今日も空は青く、炎の煙が高く昇っていく。  
あの日、嘲笑とともに出た“追放”の言葉。  
だがいま、同じ手で火を起こし、仲間と笑っている。  

「行こう、エルナ。これが俺の“最初の作品”だ」  
「うん、“創星の炉”の最初の一日だね!」

彼らの笑い声が、鉄と火の音に混ざって王都の空へ昇っていった。

(第4話 完)
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