落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!

たまごころ

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第6話 敗者ギルドの少女と契約

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朝霧がまだ王都を包んでいる時間。  
創星の炉の前には、見慣れぬ少女が立っていた。薄汚れたマントに小さなリュック。金髪を三つ編みにしているが、手入れは行き届いていない。  
彼女は恐る恐る扉の取っ手に手をかけたが、なかなか開けられないでいた。  

「……ここでいいって言われたけど、本当に……?」  
ぼそりと呟いたその声に、背後から声が返った。  

「そこの子、どうした?」  
出てきたのはガルド老人だった。炉の修復を終えて外の空気を吸いに出てきたところだった。  

「えっ……あ、あの、鍛冶を学びたいんです。ここに職人募集の張り紙が……」  
「おお、求人を見つけて来たか。珍しいのう!」ガルドは満面の笑みで頷く。  
「ここは普通の職人組合とは違うが、やる気があるなら誰でも歓迎じゃ。入れ入れ」  

慌てて扉を開けた少女の目に映ったのは、活気ある工房の光景だった。  
炉の火が赤々と燃え、鉄の打音が響き、香ばしいスープの匂いが漂っている。  
それまでの暗い表情が、わずかに明るくなった。

「おじさん、このお店……なんか、暖かい匂いがします」  
「飯の匂いだ。ここの女の子が料理の腕もいいからな。ほら、レオン。新人さんじゃぞ」  

作業台の向こうで槌を振っていたレオンが顔を上げる。  
汗で黒髪が額に張りつき、鋭い眼差しで少女を見た。  
「見習い希望か?」  
「は、はいっ。ティナ・クレイルといいます! 前は“銀毛の標”ギルドで補助をしてましたけど……解散して……」  

レオンの眉がわずかに動いた。  
名前を聞いて、思い出す。王都の下位ギルドの一つ。  
数週間前、連続依頼の失敗で正式に解散処分になった場所だった。  
噂では、経験の浅い少年少女ばかりで、上からの圧力もあり潰れたという。

「なるほどな。敗者ギルドの生き残りってわけか」  
レオンの言葉は冷静だったが、その奥にはかすかな共感が滲んでいた。  

「ですが、鍛冶や魔具の扱いは、ほんの少しだけ知識があります。私、やり直したいんです。もう誰にも見下されたくないから……!」  

ティナの拳が震えていた。それが恐怖ではなく、決意の震えであることをレオンはすぐに見抜いた。  
彼自身が、かつて同じように“追放”の痛みを知っている。  

「……やる気があるなら、見せてみろ」  
「え?」  
「炉の世話だ。火を絶やすな。温度計の針がここまで落ちたらコークスを足せ。炭を入れすぎるな。火が荒れる」  

ティナは一瞬、目を瞬かせ、その後すぐに頷いた。  
「やります!」  
「グラン、監督頼む」  
「おうよ。坊主、任せとけ。さて、新人、挨拶がわりにその煤掃除のブラシを持て」  

鉄塊の声にティナは驚きつつも、ブラシを取り、素直に指示に従った。  
床の煤を払い、炉の隙間に溜まった灰を掻き出す。  
最初は手が震えていたが、やがて動きは真剣で無駄がなくなっていった。  

エルナがその姿を見つめて呟いた。  
「頑張り屋さんだね……あたしが来たときより集中してるかも」  
「よし、じゃあ今日から見習いってことでいいか」とガルド。  
「いいだろう」とレオンが短く答える。  

ティナは顔を上げた。頬は煤で汚れていたが、瞳は光っていた。  
「ありがとうございます……! 絶対、期待を裏切りません!」  



昼を過ぎるころ、工房には依頼の客が現れた。  
冒険者の装備修理で、長槍の補強が必要とのことだった。  
ちょうど見習いとしての初実践にはうってつけだ。  

「ティナ、試しにこいつの傷を見ろ。どんな修理が必要だと思う?」  
レオンが手渡した槍を受け取ると、ティナは慎重に観察を始めた。  
目を細め、指でなぞる。  
「柄の継ぎ目が弱ってます。魔力の通り道が歪んでる……」  

「理由は?」  
「多分、鍛造の時に魔石を強引に埋め込んだから。魔力の流路がずれて、外力を受けた時に歪みが出やすい構造になってます」  

瞬間、ガルドが「ほう!」と声を上げた。  
「よく見抜いたのう! こいつは筋がいいぞ!」  
レオンは小さく笑ってうなずいた。  
「言うじゃないか。なら、お前の言う通りの補強をやってみろ」  

ティナは緊張しながらも作業台に立つ。  
指示を出しながら、魔石の角度を整え、強度補助の薬液を塗布。  
レオンが横で火加減を調整する。  
二人の呼吸が少しずつ揃い始めた。  

「創精鍛造、流動固定」  
レオンの右手が光り、真紅の槌が現れた。  
ティナが驚きの声を上げるのを横目に、彼は鍛打を始める。  
カン――カン――。重く、だが確かな音。  
熱と魔力が槍の内部を走り、まるで生き返るように金属が輝き出す。  

「すごい……」ティナが息を呑む。  
「これが創星の炉の技術だ。お前もいずれ、この火を扱えるようになれ」  

最後の一打が響き、槍の表面に淡い刻印が浮かんだ。  
創精鍛造の印。  
そこから穏やかな青光が揺れる。  

「これで完成だ。持ち主に渡せ」  
ティナは両手で慎重に槍を差し出した。  
冒険者の男が受け取って軽く構えた瞬間、表情が変わる。  

「……軽い。しかも、流れが滑らかだ。前より魔力が通しやすい!」  
「保証つきの補修だ。また壊れたら持ってこい」  
「助かる! お前ら、これで飲みに行こうぜ!」  

男が笑いながら出ていくと、ティナは胸の前で手を握りしめた。  
「すごい……自分が関わって直した武器を、使う人が笑ってる……!」  

レオンは槌を置き、彼女に言った。  
「それが職人の仕事だ。戦う奴が笑って帰ってくる――そのために俺たちは打つ。それを忘れるな」  

ティナは力強く頷いた。  
「はい!」  



夜。  
工房の火が静まり、外は蝉の鳴き声に包まれていた。  
レオンが片付けをしていると、エルナがコップを手に話しかけてきた。  

「ねえ、ティナちゃん、いい子だね」  
「ああ。目がいい。火を恐れない。ああいう子は伸びる」  
「……見てたよ。レオンさん、最初にあの子を見たとき、ちょっと自分を重ねてたでしょ?」  

レオンは黙って笑った。  
「どうだかな。俺ほど面倒な奴じゃない」  
「でも、たぶんあの子にとって、レオンさんは“初めて認めてくれた人”になると思うよ」  

その言葉に、ふと胸の奥が温かくなる。  
追放され、誰にも認められなかった日々が遠い昔のようだった。  
今は、誰かの夢を鍛える側にいる――そう思うだけで、疲れた手がまた動き出す。  

「さて、明日は炉の魔流管を増設する。ティナには実地勉強をさせよう」  
「わかった! 私も手伝うから!」  

その時、外の通りから足音が近づく。  
重いブーツの音。扉が開いた。  
立っていたのは、冒険者風の男たち三人。うち一人は紅錆の炉の紋章を肩に刻んでいる。  

「おやおや、噂の“創星の炉”はここかい?」  
「……また来たか」

レオンは冷たく言い放ち、槌を手に取った。  
火の中の光が、静かに赤を増していく。  

「お前らに頼まれる仕事はないぞ」  
「そう言うな。こっちはただの仕事の話さ。ちょっとした材料が欲しくてな――“星鉄”とか言ったか?」  

グランが低く唸る。  
「嫌な客だ。匂いが腐ってやがる」  

ティナが背後に小さく隠れる。レオンは彼女を庇うように一歩出た。  

「星鉄はどこの依頼にも出さない。帰れ」  
「へえ、強気だな。だがその素材、どこで手に入れた? まさか王都の管理区域の鉱山じゃねえだろうな?」  

レオンの瞳が鋭く光る。  
男たちはにやにやと笑い、封書を投げた。  
「形式上の“確認書”だ。王都の管理局も気にしてるらしいぜ。まあ、上に告げ口されたくなきゃ協力してくれや」  

火花が一瞬、大きく散った。  
工房の空気が一変する。  

「……出ていけ。二度とこの炉の敷居を跨ぐな」  
「へっ、そう言うと思った。まあいい、すぐに後悔するさ。紅錆の炉に逆らうとどうなるか、教えてやる」  

男たちは笑いながら去って行った。  
残されたのは、剣より熱い静寂。  

エルナが小さく呟く。  
「また、狙われたね……」  
「ああ。だが――今度は負けない」  

レオンの目は赤く燃えていた。  
そしてその背後で、ティナが拳を握りしめる。  
彼女の中にもまた、同じ炎が灯っていた。

(第6話 完)
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