落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!

たまごころ

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第7話 無名工房、はじまりの一日

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夜明け前の王都はまだ眠っている。  
市場の通りには人影もなく、遠くからパン屋の薪を割る音だけが聞こえていた。  
創星の炉では、すでに灯が入っていた。赤い光が窓から漏れ、わずかに煙が昇っている。  
レオンは火床の前に立ち、溶けた鉄の色を見つめていた。

「……温度、よし。魔流、安定。創星炉の試運転は成功だな」

「ふぁ……朝から仕事だなんて元気だねぇ」

エルナがあくび混じりに鍋を抱えて出てきた。髪がはね、まだ寝ぼけ眼のまま火のそばに立つ。  
「おはよう。朝ごはん、できてる?」  
「できてるよ。昨日のスープにちょっと香草足しただけだけど」  
「助かる。腹の空いた鍛冶師は役に立たんからな」  

二人の会話を聞きながら、ティナが水桶を持って走ってくる。  
「お、おはようございます! 今日から店舗業務開始なんですよね!」  
「緊張してるな。まあ、最初の客が来るまでに慣れろ」

工房の外には、昨日エルナが描いた新しい看板が立っていた。  
『創星の炉 修理・鍛造・魔具調整・食事提供(!?) 職人見習い募集中』  
その最後の一文にガルドが盛大に吹き出した。

「飯屋でもねーのになんで食事提供を前面に出しとるんじゃ!」  
「だって、評判いいよ? 昨日のまかないを食べた冒険者が、もう匂いでここ覚えてたもん」  
「ほう、飯の匂いで客を釣る鍛冶屋か。悪くねぇ」  
グランが炉の奥からくぐもった笑い声を上げた。

レオンは肩をすくめながら、棚の整理を始める。  
槌、鋸、刻印具、魔石炉心、錬金釜に料理鍋。どれも煤けていたが、職人の手に渡るのを待っているようだった。  

「さて……今日から本格的に動く。だが、警戒もしておけ」  
「昨日の紅錆の炉の奴ら?」  
「ああ。どうせ今日か明日には、何かしら次の手が来る」  
レオンの声は静かだが、炎のように熱を帯びていた。  



午前。  

最初に訪れた客は、一見頼りなさげな少年だった。  
「す、すみません……剣を直してほしくて……!」  
抱えていた剣はひどく歪み、刃先は欠けていた。護符の亀裂から淡く魔力が漏れている。  

「どこでこうなった?」  
「魔獣討伐です。ギルドの下級依頼で……仲間に合わせたら、一本で三体も叩いちゃって」  
「一本で三体……使い方は雑だが、若いな」  
レオンが目で状態を追う。その視線には研ぎ澄まされた職人の集中が宿る。  

「エルナ、魔力中和液を。ティナ、柄の締め直しを手伝え」  
「了解っ!」  
「はい!」  

三人が息を合わせて動く。  
火花が散り、炉の音が響く。鉄が柔らかくなり、レオンが軽く槌を振り下ろすたび、金属が歌うような音を立てた。  
ティナはその手元をじっと見つめ、息を合わせて補強のリベットを打つ。  
エルナが中和液を塗り、魔力の流れを整える。青い光が刃を包んだ。  

「創精鍛造・再結合」  

レオンが小さく呟く。右手の紋章が微かに光り、鉄の鼓動がひとつに重なる。  
金属の裂け目が音もなく閉じ、滑らかな輝きを取り戻していく。  

「よし、これでいい。今度は無理に叩くな。剣も生き物だ」  
「ありがとうございます……! 本当に、すごい……」  

少年の瞳がきらめく。彼は深く頭を下げると、そのまま駆けだしていった。  
ティナはその背中を見て小さく微笑んだ。  
「こういう瞬間、好きです」  
「だろう?」レオンがうなずく。  
「物は使う奴の笑顔で完成する。それが創星炉の理念だ」  



昼。  

工房の前には人の列ができはじめていた。  
修理や調整の依頼の他に、「噂のシチュー目当て」という者も多かった。  
鍛冶屋の鍋を囲んで冒険者たちが騒ぎ、ガルドが店番代わりに応対に立つ。  

「こ、こんなに来ると思わなかったね……!」エルナが忙しそうに走り回る。  
「おでん屋みてぇだな!」とグランが笑う。  

だがその賑わいの中、レオンは気を抜かずにいた。  
昼下がり。列の最後尾に、見慣れた紋章を見たからだ。  
紅錆の炉――昨日、挑発に来たギルドの印。  
その合間を縫うように、黒衣の男が一人。周囲を観察する動きが露骨すぎた。  

「ティナ、エルナ。奥の資材庫に星鉄の結晶を移しておけ」  
「どうしたの?」  
「面倒なのが来た。警戒を怠るな」  

そう言ってレオンは外へ出る。  
黒衣の男は口の端を吊り上げ、懐から何かを取り出した。  

「穏やかにいきましょう、レオン・ハース。俺たちも揉める気はない。ただ、少し見せてほしいだけですよ」  
「何を?」  
「その異常な鍛冶スキルを、です」  

男が指を鳴らす。背後の路地から、紅錆の炉の職人三人が現れた。全員が武装し、片手に魔具槌を構えている。  
「ギルド間の試合通告だ。こちらは正式書面を提出済み。“鍛造試験”として工房対抗だ。断る権利はない」  

その言葉に、周囲の客たちがざわめいた。  
鍛造試験――職人ギルド間で行われる技術決闘。勝敗によって信用度や仕事の権利が変わる。  
挑まれた側が逃げれば、事実上の敗北となり、評価が地に落ちる。  

「姑息な真似を……」  
「姑息? 公平ですよ」男はにやにやと笑う。  
「二時間後、南区の鍛冶連評議場にて。テーマは“飛竜の牙の刃物”だ。それをどう仕上げるか、腕前を見せてもらいましょう」  

そうして彼らは去っていった。  

レオンは手を握る。掌の紋章が熱を帯びていた。  
力の震えでも怒りでもない。  
炎を制御する鍛冶師の心が、静かに燃え上がっている証。  

「……面白い。受けて立つ」  
エルナが驚いた顔で彼を見る。  
「本気で? 罠かもしれないよ!」  
「罠だろうが関係ない。俺たちの名を広めるには、こういう場が一番早い」  
「でも……!」  
「心配するな。この炉を創ったのは誰だと思ってる」  

グランが笑いながら答えた。  
「オレ様だろ?」  
「いや、俺だ」  
「即答かよ!」  

エルナが思わず吹き出し、ティナも緊張していた顔を和らげた。  
その空気を確かめて、レオンは仲間たちに言う。  

「勝ちを狙う。紅錆に、創星の名を刻みつける。各自、準備に入れ。ティナは研磨素材の確認。エルナは冷却ポーションの調合。ガルドは道具の適正だ。三時間後に集合する」  
「了解!」  
「よっしゃ、面白くなってきた!」  

炎が高く上がった。  
その赤が、まだ名も無き工房だった“創星の炉”を照らす。  
今日が、真の意味での第一日目。  
職人が戦う戦場は、剣ではなく火の中にある。  

そして、王都南区――鍛造評議場。  
午後の日差しの中で、火花が散る音が待っていた。  

「創星の炉、挑戦受諾の刻印確認――試合開始!」

その号令と同時に、レオンの槌が火花を散らした。  

(第7話 完)
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