落ちこぼれ職人、万能スキルでギルド最強になります!

たまごころ

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第11話 最初の依頼:暴走魔具の修理

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王都の朝は、いつも騒がしい。鍛冶師の槌音、商人の声、冒険者の靴音。  
そんな喧噪の中でも、創星の炉はひときわ目立っていた。煙突から上がる青い煙と、甘く香ばしいスープの匂い。知らぬ者は飯屋と見間違えるが、王都でも有数の工房に成り上がりつつあることを、もう多くが知っている。  

その日の朝、レオンは溜息をつきながら注文帳を閉じた。  
「今日の納期、三件。うち二件は修理。ギルド経由の依頼が一件……妙に面倒そうだな」  

ガルドが顔を上げる。  
「“暴走魔具の修理”だろう? 受ける気か?」  
「ああ。仕事を断っちゃ信用がつかないしな」  
「だが噂の依頼だ。王都でも手を出して壊した職人が三人いる」  
「それでうちに回ってきたんだろ。挑戦だ」  

軽口を叩きながらも、レオンの眼は真剣だ。  
依頼内容にはこう記されていた。  
──王城研究局保管の魔道具“彼方ノ眼”が暴走。修復も解析も不能。創星の炉の“創精鍛造”技術により安定化を試みること。  

「王城の直依頼なんて初めてだよ!」とエルナが目を輝かせる。  
「報酬は高そうだね!」  
「高いものには裏がある」レオンは苦笑した。  
「だが、逃げたらここまでの評判が無駄になる。行くぞ」  

◇  

依頼の現場は王城地下の魔導保管庫だった。  
広い石造りの部屋には魔具が壁一面に並び、不気味な唸り声のような振動が響いている。  
中央の台座に安置されたのが、この騒動の元凶だった。  

「これが“彼方ノ眼”……」ティナが息を飲む。  
直径二十センチほどの球体。宝石のように輝くが、その内部は黒い霧が渦巻いている。  
時折、光が奔り、周囲の魔力を吸い上げては爆ぜていた。  

研究員風の男が近づいてきた。  
「あなたが創星の炉の……レオン・ハース氏、ですね?」  
「はい。状態を詳しく」  
「本来は天候観測用の遠視魔具でした。しかし、数日前から魔力を自己循環させ始め、暴走を繰り返している。封印も効かず、もう崩壊寸前です」  
「原因は?」  
「解析不能。恐らく、過去の大戦期に使われた構造が複雑すぎて……」  

レオンは台座に近づき、掌をかざした。  
熱と圧力、そして冷たい悪意のようなものが手の中に伝わる。  
「……これは、“魂片”を使った魔具だな」  
「魂片……!? まさか、意思を持つ魔具なのか?」  
「今は眠ってるが、起動すれば確実に反応する。無理に触れると……」  

ゴウッと空気が震えた。  
黒い霧が急に暴れ、落雷のような閃光が走る。  
「下がれ!」レオンの声と同時に、爆風が吹き抜けた。  

「防御結界っ!」ティナが咄嗟に結界札を投げる。  
だが霧がそれを貫き、部屋の壁がひび割れた。  
研究員たちは悲鳴を上げて逃げ出す。  

エルナが叫んだ。  
「レオンさん、あれ完全に暴走状態だよ!」  
「わかってる!」  

レオンは炉の光を手に集める。  
「創精鍛造・拘束陣展開!」  
掌から放たれた光が床に刻印を描き、魔具を包み込む。  
轟音が止み、部屋が一瞬静まり返った。  

「……どうにか、封じたな」  
「すごい! 本当に止まった!」  

だが、レオンの顔はまだ険しい。  
「一時的に抑えてるだけだ。中の魂が完全に眠るとは限らない」  

◇  

数時間後。  
創星の炉に“彼方ノ眼”が運び込まれた。  
封印陣を再構築し、内部構造を解析する。  
ガルドは炉の調整を続け、エルナは安定薬を煮込み、ティナは小さな部品を磨いていた。  

「中心核が黒く焼け焦げてる。魔力が暴走した痕だ」  
「再融合、できる?」  
「やってみる」  

レオンは炉の前に立つ。  
「創精鍛造・再霊結合!」  
光が走った。炉の炎が青く変わり、球体の内部を照らす。  
すると、霧の中から淡い光が形を取り始めた。  
それは、右眼のない人影。まるで意識があるような揺らめきだった。  

『……ここは……』  
ティナが悲鳴をあげる。  
「しゃ、喋った!?」  
「落ち着け。排除意思はない。自己確認中だ」  

レオンは低く言葉を続けた。  
「お前は“彼方ノ眼”か?」  
『その名は……遥か昔、呼ばれた気がする……我は天を視るための瞳……人の夢の欠片……』  
「なぜ暴走した?」  
『我を管理していたものらが……争いを始めた。命じられるまま観測し、計算し、見続けた……だが、終わらなかった。見たくなかったものまで見えた……悲しかった……』  

その声には、わずかに痛みがにじんでいた。  
レオンの胸が熱くなる。  
「……お前は間違ってない。だが、迷った瞳は輝きを濁らせる。今度は休め。人の夢を焼かぬように」  
『休む……ことを、許されるのか……』  
「許す。創星炉が、お前の新しい居場所だ」  

一瞬、静寂。  
次の瞬間、霧が柔らかく光に変わった。  
黒の殻を破り、透明な水晶が現れる。  
『……ありがとう、創造の主……』  

やがてその声は炉の中に溶けた。  
部屋にはただ、穏やかな光と金属の温もりが残るだけだった。  

「……眠らせたんだね」エルナが呟く。  
「“修理”というより、救済だな」ガルドが腕を組む。  
レオンは静かに頷いた。  
「これが創精鍛造の本質だ。命を壊すんじゃなく、再び“創る”ことだ」  

ティナが嬉しそうに笑った。  
「きっと喜んでますよ、“彼方ノ眼”」  
「そうだな。……これで王城の連中に文句は言わせないだろう」  

◇  

翌日。  
王城からの使いが再び現れた。  
若い文官が書状を差し出す。  
「陛下の命により、“創星の炉”は王都職人ギルドの正式上位登録とする。功績に対し、褒賞金および研究区画の一部使用許可が下されます」  

エルナが目を丸くした。  
「ほんと!? 正式ギルド…!?」  
ガルドがひげを揺らして笑う。  
「はっは、ついに“無名工房”卒業か!」  

だが、レオンは少しだけ口を引き結んだ。  
「名が上がれば、敵も増える。紅錆の炉も黙ってはいない」  
「けど、逃げないでしょ?」とエルナが笑う。  
「もちろんだ。炉が燃える限り、俺も燃える」  

ルシェの剣が壁に掛けられたまま、青く光った。  
その輝きはまるで、新しく得た“名前”を祝福するようだった。  

こうして――  
創星の炉は、王都に正式登録された新ギルドとして歩み始めた。  
だが、紅錆の影が静かにその名を見下ろしていることを、まだ誰も知らなかった。  

(第11話 完)
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