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第12話 噂が広がる「無名工房」
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創星の炉が王都の正式ギルドとして登録された日の翌朝、王都中の酒場が同じ話題で持ちきりだった。
「おい、聞いたか? 無名工房が正式登録されたらしいぞ」
「創星の炉ってとこだろ? 落ちこぼれ鍛冶師が立ち上げたって噂の」
「王城の魔具を修理したって本当か? それも、暴走したやつをだ!」
「まさかそんな……だが、王都職人名簿の上位に載ってるって話だぜ」
そんな声が通りに溢れていく。まだ朝の鐘すら鳴り終わらないというのに、創星の炉の扉の前にはすでに依頼希望者が列を作っていた。
エルナが窓から覗き、目を丸くする。
「すっごい! 見て、あの行列!」
ティナも驚いて慌てて外に出る。
「昨日まではこんなに静かだったのに……!」
レオンは煤のついた前掛けを直し、淡々と答えた。
「王都の噂なんて風の流れだ。早いが消えるのも早い。問題は、噂の内容が本当かどうかだ」
「つまり、今日からが本番ってことだね!」エルナが笑い、厨房に飛び込む。「じゃ、まかない作っとくー!」
ガルドが無骨な指で顎を撫でた。
「どいつもこいつも単純じゃのう。昨日登録されたばかりの工房に、朝っぱらから押しかけるとは」
「話題性には勝てませんね」ティナが答えた。
「だけど、これで王都に“創星の炉は本物だ”と広まれば、次の依頼の質も上がります」
レオンは頷き、立てかけた槌を取った。
「一件一件、真っ当にこなす。それだけだ」
◇
最初の客は、薄汚れたローブの青年だった。
「す、すみません! 錬金装置が壊れちゃって……修理お願いできませんか?」
持ち込まれたのは手のひら大の金属円盤。内部の魔法陣が焼け焦げ、たしかに精密な構造をしている。
「自動調合器か。ここまで複雑なやつは珍しいな」
レオンが指先でなぞると、焦げた魔力線が光る。
「完全に融合層が剥がれてる。修復には再構築術式を使うしかない」
「そんな……いくらかかりますか?」
「金はあとでいい。まずは形を整える」
炉が唸りを上げ、創精鍛造の光が走る。
青い火が内部を照らし、破損部が少しずつ再構成される。
ガルドが慎重に補助をし、ティナが細工用の工具を渡す。
「創精鍛造・展開位相一──精流再走査」
“時間の巻き戻し”にも似た術式が発動し、黒い焦げ跡が淡く消える。
青年は口を開けて見守っていたが、やがて歓声を漏らした。
「す、すごい! 新品みたいだ!」
「試してみろ」
青年が魔力を流すと、円盤が滑らかに光を回し、薬液が自動で混ざっていく。
エルナが顔を出して拍手した。
「おめでとうございます! これでまた研究続けられますね!」
青年は頭を下げ、涙ぐみながら工房を後にした。
ティナが呟く。
「王都の若い職人たちにとって、こういう場所が必要なんですね」
「そうだな」レオンは淡く笑った。
「夢を形にできる炉——そう名乗るなら、その夢を受け止める鍛冶師でいないとな」
◇
昼になっても客足は途切れなかった。
剣の修理、鎧の改造、魔鉱石の分析。
どれも一筋縄ではいかない案件ばかりだが、レオンと仲間たちは手際よくこなしていく。
「エルナ、温度が上がりすぎる!」
「了解、火力下げるよ!」
「ティナ、強化薬の比率を二対一に変更!」
「はい!」
「よっしゃ、これでよし!」ガルドが鉄床を叩くと、火花が弾けた。
昼下がり、工房前に香ばしい匂いが漂い始めた。
休憩を兼ねてエルナが昼食を用意していたのだ。
行列待ちの冒険者たちも、匂いにつられてざわつく。
「うちの飯はサービスです♪」
エルナの笑顔に、客が笑いながら列を崩し、庭で食事を始める。
それを見てレオンが苦笑した。
「鍛冶場が飯屋に見えるな」
「いいじゃない。腹が満ちれば心も緩む。お客さん、また来てくれるよ!」
その言葉通り、午後には笑いと音楽が工房に満ちていた。
まるで大きな家族のように、誰もが気軽に出入りしている。
名を知らぬ者同士が炉を囲み、食べ、語り、時に手を借りて修理を進める。
創星の炉――それはただのギルドではなく、職人と旅人を繋ぐ“広場”に変わりつつあった。
◇
夕方。
空が朱に染まりはじめた頃、ひとりの客が現れた。
深紅の外套を纏い、腰に見慣れた紋章。紅錆の炉のギルド印章だった。
「……客か。用件を言え」
レオンの声が低く響く。
「今日は争うつもりはありません」その男――カルドが答えた。
「ただし、忠告をしに来ただけです」
彼の口元には皮肉な笑みが浮かぶ。
「“創星の炉”が評判になるのは結構。だが、人気が上がるということは、王城の商会や貴族たちの思惑を呼ぶ。お前のやり方は、あいつらの利害に触れるぞ」
レオンは黙ってカルドを見据えた。
「つまり俺に引き下がれと?」
「忠告だ。今のうちならまだ、潰されずに済む」
ティナが机の陰で唇を噛む。
エルナが怒りを抑えるように皿を置いた。
レオンだけが、静かに微笑んだ。
「心配には及ばない。俺はもう炎の中にいる。止められるものなら、試してみるがいい」
カルドが目を細める。
「……ふん。昔のお前とは違うな。だが、その目――やはりまだあの頃のままだ」
「お前も変わってない。影に隠れて牙を磨くだけだ」
短い沈黙のあと、カルドは踵を返した。
「次に会う時は、敵としてだな。せいぜいもがけ、レオン・ハース」
外套が翻り、夜風とともに姿が消えた。
残された空気は重く、炉の火だけが静かな言葉を吐いた。
「戦の風が戻ってきたな」グランの声が響く。
レオンは頷いた。
「上等だ。鍛冶師たるもの、叩かれてこそ強くなる。俺たちは折れない」
◇
その夜。
噂はさらに広がった。
「創星の炉は魔具を直すだけじゃない、魂を癒やすんだってさ」
「食事もうまいし、行くだけで幸せになるって!」
言葉は翼を得て、翌日には朽ちたギルドの隅々にまで届く。
職人たちは再び槌を取り、失われた炎が少しずつ灯り始めていた。
だがその裏で、紅錆の炉が密かに仕掛けを動かしていることを、まだ誰も知らない。
“評判”という光が、次の影を呼び寄せる。
それが戦乱の幕開けだと気づくのは、もう少し先のことだった。
(第12話 完)
「おい、聞いたか? 無名工房が正式登録されたらしいぞ」
「創星の炉ってとこだろ? 落ちこぼれ鍛冶師が立ち上げたって噂の」
「王城の魔具を修理したって本当か? それも、暴走したやつをだ!」
「まさかそんな……だが、王都職人名簿の上位に載ってるって話だぜ」
そんな声が通りに溢れていく。まだ朝の鐘すら鳴り終わらないというのに、創星の炉の扉の前にはすでに依頼希望者が列を作っていた。
エルナが窓から覗き、目を丸くする。
「すっごい! 見て、あの行列!」
ティナも驚いて慌てて外に出る。
「昨日まではこんなに静かだったのに……!」
レオンは煤のついた前掛けを直し、淡々と答えた。
「王都の噂なんて風の流れだ。早いが消えるのも早い。問題は、噂の内容が本当かどうかだ」
「つまり、今日からが本番ってことだね!」エルナが笑い、厨房に飛び込む。「じゃ、まかない作っとくー!」
ガルドが無骨な指で顎を撫でた。
「どいつもこいつも単純じゃのう。昨日登録されたばかりの工房に、朝っぱらから押しかけるとは」
「話題性には勝てませんね」ティナが答えた。
「だけど、これで王都に“創星の炉は本物だ”と広まれば、次の依頼の質も上がります」
レオンは頷き、立てかけた槌を取った。
「一件一件、真っ当にこなす。それだけだ」
◇
最初の客は、薄汚れたローブの青年だった。
「す、すみません! 錬金装置が壊れちゃって……修理お願いできませんか?」
持ち込まれたのは手のひら大の金属円盤。内部の魔法陣が焼け焦げ、たしかに精密な構造をしている。
「自動調合器か。ここまで複雑なやつは珍しいな」
レオンが指先でなぞると、焦げた魔力線が光る。
「完全に融合層が剥がれてる。修復には再構築術式を使うしかない」
「そんな……いくらかかりますか?」
「金はあとでいい。まずは形を整える」
炉が唸りを上げ、創精鍛造の光が走る。
青い火が内部を照らし、破損部が少しずつ再構成される。
ガルドが慎重に補助をし、ティナが細工用の工具を渡す。
「創精鍛造・展開位相一──精流再走査」
“時間の巻き戻し”にも似た術式が発動し、黒い焦げ跡が淡く消える。
青年は口を開けて見守っていたが、やがて歓声を漏らした。
「す、すごい! 新品みたいだ!」
「試してみろ」
青年が魔力を流すと、円盤が滑らかに光を回し、薬液が自動で混ざっていく。
エルナが顔を出して拍手した。
「おめでとうございます! これでまた研究続けられますね!」
青年は頭を下げ、涙ぐみながら工房を後にした。
ティナが呟く。
「王都の若い職人たちにとって、こういう場所が必要なんですね」
「そうだな」レオンは淡く笑った。
「夢を形にできる炉——そう名乗るなら、その夢を受け止める鍛冶師でいないとな」
◇
昼になっても客足は途切れなかった。
剣の修理、鎧の改造、魔鉱石の分析。
どれも一筋縄ではいかない案件ばかりだが、レオンと仲間たちは手際よくこなしていく。
「エルナ、温度が上がりすぎる!」
「了解、火力下げるよ!」
「ティナ、強化薬の比率を二対一に変更!」
「はい!」
「よっしゃ、これでよし!」ガルドが鉄床を叩くと、火花が弾けた。
昼下がり、工房前に香ばしい匂いが漂い始めた。
休憩を兼ねてエルナが昼食を用意していたのだ。
行列待ちの冒険者たちも、匂いにつられてざわつく。
「うちの飯はサービスです♪」
エルナの笑顔に、客が笑いながら列を崩し、庭で食事を始める。
それを見てレオンが苦笑した。
「鍛冶場が飯屋に見えるな」
「いいじゃない。腹が満ちれば心も緩む。お客さん、また来てくれるよ!」
その言葉通り、午後には笑いと音楽が工房に満ちていた。
まるで大きな家族のように、誰もが気軽に出入りしている。
名を知らぬ者同士が炉を囲み、食べ、語り、時に手を借りて修理を進める。
創星の炉――それはただのギルドではなく、職人と旅人を繋ぐ“広場”に変わりつつあった。
◇
夕方。
空が朱に染まりはじめた頃、ひとりの客が現れた。
深紅の外套を纏い、腰に見慣れた紋章。紅錆の炉のギルド印章だった。
「……客か。用件を言え」
レオンの声が低く響く。
「今日は争うつもりはありません」その男――カルドが答えた。
「ただし、忠告をしに来ただけです」
彼の口元には皮肉な笑みが浮かぶ。
「“創星の炉”が評判になるのは結構。だが、人気が上がるということは、王城の商会や貴族たちの思惑を呼ぶ。お前のやり方は、あいつらの利害に触れるぞ」
レオンは黙ってカルドを見据えた。
「つまり俺に引き下がれと?」
「忠告だ。今のうちならまだ、潰されずに済む」
ティナが机の陰で唇を噛む。
エルナが怒りを抑えるように皿を置いた。
レオンだけが、静かに微笑んだ。
「心配には及ばない。俺はもう炎の中にいる。止められるものなら、試してみるがいい」
カルドが目を細める。
「……ふん。昔のお前とは違うな。だが、その目――やはりまだあの頃のままだ」
「お前も変わってない。影に隠れて牙を磨くだけだ」
短い沈黙のあと、カルドは踵を返した。
「次に会う時は、敵としてだな。せいぜいもがけ、レオン・ハース」
外套が翻り、夜風とともに姿が消えた。
残された空気は重く、炉の火だけが静かな言葉を吐いた。
「戦の風が戻ってきたな」グランの声が響く。
レオンは頷いた。
「上等だ。鍛冶師たるもの、叩かれてこそ強くなる。俺たちは折れない」
◇
その夜。
噂はさらに広がった。
「創星の炉は魔具を直すだけじゃない、魂を癒やすんだってさ」
「食事もうまいし、行くだけで幸せになるって!」
言葉は翼を得て、翌日には朽ちたギルドの隅々にまで届く。
職人たちは再び槌を取り、失われた炎が少しずつ灯り始めていた。
だがその裏で、紅錆の炉が密かに仕掛けを動かしていることを、まだ誰も知らない。
“評判”という光が、次の影を呼び寄せる。
それが戦乱の幕開けだと気づくのは、もう少し先のことだった。
(第12話 完)
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