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第13話 ギルド設立「創星の炉」
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夜の鐘が鳴る頃、王都の通りは人のざわめきと灯火で満ちていた。
だが南区の片隅、創星の炉の前だけは、ひときわ静かだった。
朝から続いた依頼処理を終え、レオンたちは工房の奥に集まっていた。
炉の火が穏やかに燃えている。
蒸気と鉄の香りの中、エルナがパンとスープを配り、ティナが緊張した面持ちで椅子に座る。
ガルドは腕を組み、レオンの隣で煙管をくゆらせていた。
「さて――話を始めようか」
レオンが静かに切り出すと、皆の視線が集まる。
「創星の炉は王都職人ギルドの正式登録が済んだ。これまで工房だった俺たちが、今日から“ギルド”として動くことになる」
エルナが嬉しそうに手を叩いた。
「やっとギルドかあ! ねぇねぇ、ギルドカードってもらえるの?」
「もらえるぞ。……が、書類も山のように来る」
「うぇえ……現実的~」
ガルドが豪快に笑い、ティナが小さく笑った。
「でも、すごいことですよね。工房からギルドに昇格するなんて、普通じゃ何年もかかるのに」
「この半年で成し遂げたのは奇跡じゃな」
「奇跡じゃない。積み重ねだ」レオンが答える。
「紅錆の炉に追われ、取れなかった依頼を拾い、修理をして、時には飯まで出した結果だ」
「そういえばね」エルナがスープをすする。「ギルド登録の知らせ、もう冒険者協会にも回ってるって。午前中には“協力依頼”の候補に“創星の炉”を入れるって!」
「ほう、早いのう」
ティナの頬が緩む。
「私……この炉に拾われて、本当によかった」
その言葉に、レオンは微笑んだ。
「あの日の俺も同じことを思ったよ。追われて、拾われて、また火を絶やさずにいられる。それがどれだけ尊いか、身に染みた」
一同の間に、静かな余韻が広がった。
火の音だけが聞こえる。
◇
翌日。
ギルド登録の承認式が王都中心区のギルド塔で執り行われた。
白い大理石の建物の前に、行列をなして各地の工房代表が集まっている。
創星の炉の面々はその中でも新顔として注目を集めていた。
「ありゃ、無名工房の連中じゃないか?」
「今や王城と契約したって話だ。落ちこぼれが随分と出世したもんだな」
そんな囁きを横目に、レオンはまっすぐ前を見ていた。
壇上にはギルド理事の老紳士が立っている。
「新たに登録を受けたギルド“創星の炉”。代表、レオン・ハース」
レオンが前に出ると、場の空気が少し引き締まった。
理事が証書と銀の印章を差し出す。
「ここに正式登録を許可する。これより、王都において公的活動と契約を行う権限を与える」
レオンは深く頭を下げ、印章を受け取った。
創星の炉の紋章――三つの星と一つの火輪が刻まれた意匠が、青く光を放つ。
それを見届けた瞬間、客席の一角で誰かが静かに口笛を鳴らした。
「随分と人気者じゃねえか、落ちこぼれ鍛冶師」
レオンの視線が音の方へ向く。
紅錆の炉のカルドが、皮肉な笑みで椅子にもたれていた。
「見届けに来たのか?」
「祝福に来たのさ。……すぐ蹴飛ばすためにな」
互いの視線が交錯する。
炎が目に宿ったように、二人の周囲だけ空気が震える。
しかしレオンは何も言わず壇を降りた。
「言葉にするより、結果で示す。それが職人だ」
◇
王都へ帰る道中、ティナがギルド印章を抱えてはしゃいでいた。
「見てください! 金属がまるで生命持ってますよ! 冷たいのに温かい!」
「それは創精鍛造刻が埋め込まれてるからだ。持ち主に魔力が反応して脈動する」
「ギルドの心臓みたいですね」
エルナが笑いながら歩く。
「これで正式に“創星ギルド”か。……なんか信じられなくて、ちょっと泣けてくる」
ガルドが頭を掻いた。
「泣くんはまだ早いぞ。これから書類地獄が待っとる」
「えぇっ!?」
工房に戻ると、早速ギルド局からの届け物が山積みになっていた。
登録証・印章登録用記録石・協力者契約申請書。
ルシェ(剣)の精霊が机の上で光りながらぼそりと呟く。
『創星の炉、書類戦。敵は山のようだな』
「黙って鍛冶槌でも磨いてろ」レオンがため息をつく。その光景に皆が笑った。
◇
夜。
書類整理がひと段落するころ、ティナが持ってきたランプの光が揺れる。
「レオンさん、外に誰かいます」
玄関を開けると、そこには見知らぬ少女が立っていた。年の頃はエルナより少し若く、背中には奇妙な箱を背負っている。
「はじめまして。旅の魔道具師、リリアです。ここに“師匠候補”がいると聞きまして」
「師匠候補?」
少女は箱を下ろすと、ふたを開けた。そこには小型の魔導具――だが、破損したコアがむき出しのままだ。
「どの国を回っても直せませんでした。最後に残ったのはここだけ。“創星の炉”なら――と」
レオンは箱の中を覗き込み、目を細める。
「……見覚えがある構造だ。戦時中の古い魔導機構か」
「たぶん、私の父が遺したものです。どうしても直したいんです」
ティナが声を潜めて言った。
「レオンさん、どうします?」
「決まってる。引き受ける」
「いいの? 正体もわからない魔具ですよ」
「それでもだ。困ってる者を放っておく理由がない。俺たちは職人の炉だ」
リリアが涙ぐんで頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
◇
その夜遅く。
炉の火が赤から白へと揺れる中、レオンはリリアの魔導具を分解していた。
内部に刻まれた紋様は見たことのないものだったが、どこか懐かしい線を描いている。
「……やはりそうか」
「どうしたの?」エルナが覗き込む。
「この魔導線、紅錆の炉の古い設計に似てる。つまり、あいつらが“過去の遺産”を改造して使ってる可能性がある」
「じゃあ紅錆とリリアちゃんの家族が……」
「繋がってるかもしれない」
レオンは溶接面を下ろし、炉に鋼をくべた。
「どんな過去があろうと、今この手で正しい形に打ち直す。それが俺の役目だ」
火花が赤白く舞い上がり、夜空に散った。
外では冬の気配が漂い始め、月が工房の屋根を照らす。
新しい仲間、リリア。
そして始まった、創星ギルドの第一歩。
それは、炎のような物語の第二章の始まりだった。
(第13話 完)
だが南区の片隅、創星の炉の前だけは、ひときわ静かだった。
朝から続いた依頼処理を終え、レオンたちは工房の奥に集まっていた。
炉の火が穏やかに燃えている。
蒸気と鉄の香りの中、エルナがパンとスープを配り、ティナが緊張した面持ちで椅子に座る。
ガルドは腕を組み、レオンの隣で煙管をくゆらせていた。
「さて――話を始めようか」
レオンが静かに切り出すと、皆の視線が集まる。
「創星の炉は王都職人ギルドの正式登録が済んだ。これまで工房だった俺たちが、今日から“ギルド”として動くことになる」
エルナが嬉しそうに手を叩いた。
「やっとギルドかあ! ねぇねぇ、ギルドカードってもらえるの?」
「もらえるぞ。……が、書類も山のように来る」
「うぇえ……現実的~」
ガルドが豪快に笑い、ティナが小さく笑った。
「でも、すごいことですよね。工房からギルドに昇格するなんて、普通じゃ何年もかかるのに」
「この半年で成し遂げたのは奇跡じゃな」
「奇跡じゃない。積み重ねだ」レオンが答える。
「紅錆の炉に追われ、取れなかった依頼を拾い、修理をして、時には飯まで出した結果だ」
「そういえばね」エルナがスープをすする。「ギルド登録の知らせ、もう冒険者協会にも回ってるって。午前中には“協力依頼”の候補に“創星の炉”を入れるって!」
「ほう、早いのう」
ティナの頬が緩む。
「私……この炉に拾われて、本当によかった」
その言葉に、レオンは微笑んだ。
「あの日の俺も同じことを思ったよ。追われて、拾われて、また火を絶やさずにいられる。それがどれだけ尊いか、身に染みた」
一同の間に、静かな余韻が広がった。
火の音だけが聞こえる。
◇
翌日。
ギルド登録の承認式が王都中心区のギルド塔で執り行われた。
白い大理石の建物の前に、行列をなして各地の工房代表が集まっている。
創星の炉の面々はその中でも新顔として注目を集めていた。
「ありゃ、無名工房の連中じゃないか?」
「今や王城と契約したって話だ。落ちこぼれが随分と出世したもんだな」
そんな囁きを横目に、レオンはまっすぐ前を見ていた。
壇上にはギルド理事の老紳士が立っている。
「新たに登録を受けたギルド“創星の炉”。代表、レオン・ハース」
レオンが前に出ると、場の空気が少し引き締まった。
理事が証書と銀の印章を差し出す。
「ここに正式登録を許可する。これより、王都において公的活動と契約を行う権限を与える」
レオンは深く頭を下げ、印章を受け取った。
創星の炉の紋章――三つの星と一つの火輪が刻まれた意匠が、青く光を放つ。
それを見届けた瞬間、客席の一角で誰かが静かに口笛を鳴らした。
「随分と人気者じゃねえか、落ちこぼれ鍛冶師」
レオンの視線が音の方へ向く。
紅錆の炉のカルドが、皮肉な笑みで椅子にもたれていた。
「見届けに来たのか?」
「祝福に来たのさ。……すぐ蹴飛ばすためにな」
互いの視線が交錯する。
炎が目に宿ったように、二人の周囲だけ空気が震える。
しかしレオンは何も言わず壇を降りた。
「言葉にするより、結果で示す。それが職人だ」
◇
王都へ帰る道中、ティナがギルド印章を抱えてはしゃいでいた。
「見てください! 金属がまるで生命持ってますよ! 冷たいのに温かい!」
「それは創精鍛造刻が埋め込まれてるからだ。持ち主に魔力が反応して脈動する」
「ギルドの心臓みたいですね」
エルナが笑いながら歩く。
「これで正式に“創星ギルド”か。……なんか信じられなくて、ちょっと泣けてくる」
ガルドが頭を掻いた。
「泣くんはまだ早いぞ。これから書類地獄が待っとる」
「えぇっ!?」
工房に戻ると、早速ギルド局からの届け物が山積みになっていた。
登録証・印章登録用記録石・協力者契約申請書。
ルシェ(剣)の精霊が机の上で光りながらぼそりと呟く。
『創星の炉、書類戦。敵は山のようだな』
「黙って鍛冶槌でも磨いてろ」レオンがため息をつく。その光景に皆が笑った。
◇
夜。
書類整理がひと段落するころ、ティナが持ってきたランプの光が揺れる。
「レオンさん、外に誰かいます」
玄関を開けると、そこには見知らぬ少女が立っていた。年の頃はエルナより少し若く、背中には奇妙な箱を背負っている。
「はじめまして。旅の魔道具師、リリアです。ここに“師匠候補”がいると聞きまして」
「師匠候補?」
少女は箱を下ろすと、ふたを開けた。そこには小型の魔導具――だが、破損したコアがむき出しのままだ。
「どの国を回っても直せませんでした。最後に残ったのはここだけ。“創星の炉”なら――と」
レオンは箱の中を覗き込み、目を細める。
「……見覚えがある構造だ。戦時中の古い魔導機構か」
「たぶん、私の父が遺したものです。どうしても直したいんです」
ティナが声を潜めて言った。
「レオンさん、どうします?」
「決まってる。引き受ける」
「いいの? 正体もわからない魔具ですよ」
「それでもだ。困ってる者を放っておく理由がない。俺たちは職人の炉だ」
リリアが涙ぐんで頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
◇
その夜遅く。
炉の火が赤から白へと揺れる中、レオンはリリアの魔導具を分解していた。
内部に刻まれた紋様は見たことのないものだったが、どこか懐かしい線を描いている。
「……やはりそうか」
「どうしたの?」エルナが覗き込む。
「この魔導線、紅錆の炉の古い設計に似てる。つまり、あいつらが“過去の遺産”を改造して使ってる可能性がある」
「じゃあ紅錆とリリアちゃんの家族が……」
「繋がってるかもしれない」
レオンは溶接面を下ろし、炉に鋼をくべた。
「どんな過去があろうと、今この手で正しい形に打ち直す。それが俺の役目だ」
火花が赤白く舞い上がり、夜空に散った。
外では冬の気配が漂い始め、月が工房の屋根を照らす。
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