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第29話 失敗と再生、仲間の絆
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青い雨が過ぎ去り、創星の炉は再び静まり返っていた。
世界を裂いて新たな道を作り出したのは確かに偉業だった。
だが、その代償として、レオンの体には深い疲労が刻まれていた。
指先は焦げ付き、掌には裂けた傷跡が残る。
それでも彼が槌を離そうとはしなかった。
「マスター……」
アストリアがそっと声をかける。
すでに人の形へ戻った彼女の瞳の奥に、淡い光が揺れる。
「いつまで働くつもりですか? この三日、一睡もしていません。」
「落ち着かないんだ。鍛造の音が途絶えると、心臓が止まりそうでな。」
苦笑まじりの言葉だったが、その瞳は焦燥に満ちていた。
ティナが炉の火を調整し、肩越しに言う。
「マスター、これ以上やったら指が溶けちゃいますよ。」
「筋肉も、人の限界も超えてる。」エルナが腕を組む。
「それでも休まないあたり、もはや人間やめてるでしょ。」
ガルドが太い腕を組み直し、煙管を咥えた。
「まあ、あれほどの作業をやった後じゃ魂も摩耗しとる。心を打ち直す時間が要るんじゃ。」
「……心を打ち直す?」ティナが聞き返す。
「鍛冶師はな、鉄を打つたびに己の形が歪む。焦げすぎた心は、一度焼き直さにゃ戻らん。」
エルナは小さく息を吐き、決意を宿した顔で立ち上がった。
「よし、だったら今日は強制休業! 工房、閉めます!」
「おい、勝手に決めるな。」
「だって、誰かが止めなきゃマスターが壊れちゃう!」
ティナが頷き、ガルドも渋い表情で笑った。
「餌で釣ればええ。今夜はわしの奮発した肉だ。」
「焼き星鉄入り、特製鍋ですね?」ティナが目を輝かせる。
「違う、それ消化できねぇ!」エルナが突っ込み、アストリアまで笑った。
少しの笑い声が、工房を包んだ。
レオンもようやく手を止め、ため息をついた。
「まったく、お前らには敵わないな。」
◇
その夜、久しぶりの団らんが工房を満たした。
ガルドが作った肉鍋の匂いが部屋に溶け、ティナは香草パンを焼き上げる。
エルナはアストリアと肩を並べて、新しいランプの調整をしていた。
「あの青い火、忘れられない。でも……もう少し暖かい色でもいいかも。」
エルナがぽつりと呟く。
アストリアはにこりと笑った。
「青い火は心の色。けれど、体が求めるのは橙なんですね。温度の違い、優しさの違い。」
「うん。マスターの火はいつもまっすぐで眩しいから、見てると焦げちゃう。」
少し離れたところで、レオンが酒を一口。
「聞こえてるぞ。」
「わざと聞こえるように言いました!」エルナが振り返ると、全員の笑いが重なった。
だが、その後しばらく会話が途切れた。
みんなが、それぞれに火の明かりに見入っていたのだ。
やがて、レオンが呟いた。
「……俺は星を斬った。だけど、それで何を得たんだろうな。」
アストリアが静かに答える。
「マスターが斬ったのは“世界の痛み”でした。
見えない亀裂を繕って、命の循環を取り戻した。
それがあの青い道――星の航路です。」
「そう言われても実感がない。あの時の俺は……ただ、火に突き動かされてただけだ。」
「そこがマスターらしいです。」アストリアが微笑んだ。
「あなたは考えるより先に、世界を打つ人ですから。」
「それは褒め言葉か?」
「もちろんです。」
ガルドが低い声で話す。
「星の剣はお前個人のものじゃない。これからの数百年、火を扱う職人が皆その名を呼ぶ。誰かがまた挑むための道になる。」
ティナが湯気の立つ鍋をかき混ぜながら言った。
「……その道がまた壊れても、修理できるようにしたいですね。」
「そうだな。」レオンが笑う。
「修理の方法まで刻んでおく。それが俺たちの仕事だ。」
◇
外では、春を告げる風が吹き、王都に新しい鐘の音が鳴り響いていた。
だがその夜、街を覆う薄雲の向こうで異変が起こる。
星々の一つが明滅を繰り返し、空の裂け目から白い光が滲み出していた。
アストリアが異変を感じて顔を上げた。
『マスター……星の道が、震えています。』
仲間たちが静まり返る。
「また何かが来るのか?」
『不明。でも……見覚えのある波形です。これは、神鍛冶エルヴァンの“炉印”……。』
レオンの眉が動いた。
「まさか、あの老人が?」
『違います。これは、もっと強い。――天の鍛治そのものが目覚めようとしています!』
ティナとエルナが顔を見合わせる。
「天の鍛治? じゃあ、星の上の存在……?」
アストリアの声が震えた。
『星々を最初に打った存在――“星祖炉《ステラ・オリジン》”です。世界を創った炎。』
レオンは拳を握りしめ、決意を固めた。
「つまり、火の始まりが俺たちを試すってことか。望む所だ。」
彼は立ち上がり、再び炉の前に立った。
その背を見つめながら、エルナがぽつりと呟く。
「ほんとにこの人、休む気ないんだから。」
ティナは苦笑し、ガルドも呆れた顔で肩をすくめた。
「だが、これが“創星の男”じゃ。火が消えるまで打ち続ける。」
アストリアは微笑みながらも、その胸の奥に不安を抱えていた。
――マスターがこのまま進めば、きっと“空の火”に呑まれてしまう。
それでも止められない。
なぜなら、レオンの炎は人の希望そのものだから。
青い炎がまた灯る。
再び始まる戦いの予感を孕みながら、創星の炉は新しい音を打ち鳴らした。
この音がいつか、星の果てまで響くことを信じて――。
(第29話 完)
世界を裂いて新たな道を作り出したのは確かに偉業だった。
だが、その代償として、レオンの体には深い疲労が刻まれていた。
指先は焦げ付き、掌には裂けた傷跡が残る。
それでも彼が槌を離そうとはしなかった。
「マスター……」
アストリアがそっと声をかける。
すでに人の形へ戻った彼女の瞳の奥に、淡い光が揺れる。
「いつまで働くつもりですか? この三日、一睡もしていません。」
「落ち着かないんだ。鍛造の音が途絶えると、心臓が止まりそうでな。」
苦笑まじりの言葉だったが、その瞳は焦燥に満ちていた。
ティナが炉の火を調整し、肩越しに言う。
「マスター、これ以上やったら指が溶けちゃいますよ。」
「筋肉も、人の限界も超えてる。」エルナが腕を組む。
「それでも休まないあたり、もはや人間やめてるでしょ。」
ガルドが太い腕を組み直し、煙管を咥えた。
「まあ、あれほどの作業をやった後じゃ魂も摩耗しとる。心を打ち直す時間が要るんじゃ。」
「……心を打ち直す?」ティナが聞き返す。
「鍛冶師はな、鉄を打つたびに己の形が歪む。焦げすぎた心は、一度焼き直さにゃ戻らん。」
エルナは小さく息を吐き、決意を宿した顔で立ち上がった。
「よし、だったら今日は強制休業! 工房、閉めます!」
「おい、勝手に決めるな。」
「だって、誰かが止めなきゃマスターが壊れちゃう!」
ティナが頷き、ガルドも渋い表情で笑った。
「餌で釣ればええ。今夜はわしの奮発した肉だ。」
「焼き星鉄入り、特製鍋ですね?」ティナが目を輝かせる。
「違う、それ消化できねぇ!」エルナが突っ込み、アストリアまで笑った。
少しの笑い声が、工房を包んだ。
レオンもようやく手を止め、ため息をついた。
「まったく、お前らには敵わないな。」
◇
その夜、久しぶりの団らんが工房を満たした。
ガルドが作った肉鍋の匂いが部屋に溶け、ティナは香草パンを焼き上げる。
エルナはアストリアと肩を並べて、新しいランプの調整をしていた。
「あの青い火、忘れられない。でも……もう少し暖かい色でもいいかも。」
エルナがぽつりと呟く。
アストリアはにこりと笑った。
「青い火は心の色。けれど、体が求めるのは橙なんですね。温度の違い、優しさの違い。」
「うん。マスターの火はいつもまっすぐで眩しいから、見てると焦げちゃう。」
少し離れたところで、レオンが酒を一口。
「聞こえてるぞ。」
「わざと聞こえるように言いました!」エルナが振り返ると、全員の笑いが重なった。
だが、その後しばらく会話が途切れた。
みんなが、それぞれに火の明かりに見入っていたのだ。
やがて、レオンが呟いた。
「……俺は星を斬った。だけど、それで何を得たんだろうな。」
アストリアが静かに答える。
「マスターが斬ったのは“世界の痛み”でした。
見えない亀裂を繕って、命の循環を取り戻した。
それがあの青い道――星の航路です。」
「そう言われても実感がない。あの時の俺は……ただ、火に突き動かされてただけだ。」
「そこがマスターらしいです。」アストリアが微笑んだ。
「あなたは考えるより先に、世界を打つ人ですから。」
「それは褒め言葉か?」
「もちろんです。」
ガルドが低い声で話す。
「星の剣はお前個人のものじゃない。これからの数百年、火を扱う職人が皆その名を呼ぶ。誰かがまた挑むための道になる。」
ティナが湯気の立つ鍋をかき混ぜながら言った。
「……その道がまた壊れても、修理できるようにしたいですね。」
「そうだな。」レオンが笑う。
「修理の方法まで刻んでおく。それが俺たちの仕事だ。」
◇
外では、春を告げる風が吹き、王都に新しい鐘の音が鳴り響いていた。
だがその夜、街を覆う薄雲の向こうで異変が起こる。
星々の一つが明滅を繰り返し、空の裂け目から白い光が滲み出していた。
アストリアが異変を感じて顔を上げた。
『マスター……星の道が、震えています。』
仲間たちが静まり返る。
「また何かが来るのか?」
『不明。でも……見覚えのある波形です。これは、神鍛冶エルヴァンの“炉印”……。』
レオンの眉が動いた。
「まさか、あの老人が?」
『違います。これは、もっと強い。――天の鍛治そのものが目覚めようとしています!』
ティナとエルナが顔を見合わせる。
「天の鍛治? じゃあ、星の上の存在……?」
アストリアの声が震えた。
『星々を最初に打った存在――“星祖炉《ステラ・オリジン》”です。世界を創った炎。』
レオンは拳を握りしめ、決意を固めた。
「つまり、火の始まりが俺たちを試すってことか。望む所だ。」
彼は立ち上がり、再び炉の前に立った。
その背を見つめながら、エルナがぽつりと呟く。
「ほんとにこの人、休む気ないんだから。」
ティナは苦笑し、ガルドも呆れた顔で肩をすくめた。
「だが、これが“創星の男”じゃ。火が消えるまで打ち続ける。」
アストリアは微笑みながらも、その胸の奥に不安を抱えていた。
――マスターがこのまま進めば、きっと“空の火”に呑まれてしまう。
それでも止められない。
なぜなら、レオンの炎は人の希望そのものだから。
青い炎がまた灯る。
再び始まる戦いの予感を孕みながら、創星の炉は新しい音を打ち鳴らした。
この音がいつか、星の果てまで響くことを信じて――。
(第29話 完)
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