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私が死んだ、それから
しおりを挟むその瞬間を、なぜかよく覚えている。
誰かに押されて、誰? と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。いつもよく見る表情で。
彼女たちは私をこういう顔でいじめていた。
他者を貶し、嘲り、見下して、さも自分が偉いと言わんばかりの醜い表情。
私が見た、それが最後の記憶。
それを見たとほぼ同時に、圧倒的な物理の力に吹き飛ばされた。と、思う。
快速電車が通過しますって、アナウンスがあったから、たぶん私は電車に撥ねられたのだろう。身体の片側全部に凄まじい圧を感じた瞬間までしか覚えていないから。
痛かった……と思う。
そこから後は……今いる、この暗闇の中。
ここはどこだろう。
何もない。何も見えない。伸ばしているはずの自分の手も見えない。
音もしない。無音。車の走るエンジン音とか、家電の待機音とか、時計の針が進む音とか、鳥の鳴き声、虫の声、風の音、今まで見て聞いて知っていたはずのもの、せんぶが……無い。
暗闇だけ。
なんにもない。これが死後の世界なのかな。
三途の川を渡ったりしないのかな。
不思議と怖いとは思わなかった。
何も無いならそれはそれでいいや。寝よう。疲れちゃったし。
私は横になった。いつもの癖で丸くなって、自分で自分を抱え込む。ここにお気に入りの枕と布団があれば最高なのにな。静かだし、暑くも寒くもないし。
そんなことを思いながら、寝た。
◇
次に目が覚めた時、状況は変わっていなかった。
相変わらず真っ暗闇の中にいた。
自分の手で自分の顔に触る。頭を触って両耳を抑える。
自分の血流の音が聞こえた。
あぁ、音があるじゃん。なんだか嬉しくなった。自分の鼓動の音。
ん? 変ね。私、死んだんじゃなかった?
死んだくせに鼓動の音がするの? こんな死後、あり?
『ありかもね?』
急に声が聞こえてビックリした。誰?
『んー、もうちょっとだけ強く、ボクを視ようと思ってくれないとピントが合わないかなぁ』
誰でもいいけど、私に構わないで! もう誰も私を見ないで! 私をほっといてちょうだい!!
声は聞こえなくなった。
◇
自分以外触れるものがないこの場所は不思議だ。横になって寝ている感覚でいるけど、本当に物理的な意味で『横になっている』のかどうかもあやふやだ。
暗闇の中でできることなんてない。
考えることだけはできた。
私は私の最後の瞬間をよく思い出している。
私を死に追い込んだクラスメイトは、いわゆるクラスカーストの上位にいる女生徒で、『イケてる』部類だったと思う。何がおもしろかったのか、私をいじめていた。たいした理由はなかったと思う。
私が何も言い返さないから。反撃してこないから。ただの憂さ晴らし。
そんなとろだと思う。
可愛い顔していて、やることはエゲツなかった。
何もない暗闇の中にいる今、冷静になって考えてみれば、あれは『いじめ』なんて可愛い表現はおかしいと思う。
はっきり言ってあれは犯罪。
だって最後には殺されたし。
『そうだね、あいつらは殺人犯だ!』
また、あの声! 少年のような少女のような声。私の思考に割り込んでくる声!
『あいつらのその後、どうなったか教えようか?』
え。わかるの?
『っていうか、君が飛び込んだのって、朝の通勤電車じゃん? 君の利用していた駅って、なんだっけ、飛び込み防止の柵が付けられていなかったから、あのあと急遽取り付けられたよ! 笑えるよね、もっと早く付けとけってーの!』
あー、うん。そうだね。
『んで、君を押した奴らなんだけどね、監視カメラにばっちり映っててね、それがSNS? に流されて、大問題になったよ!
個人を特定されて、なんだっけ? 大炎上? 電車を止められた損害賠償は君の遺族じゃなくて奴らに払わせるべきだ! とか論争になってて凄いのなんのって!』
へー。
『少年院送りになったよ。学校は退学ね。テレビや新聞では加害少女AとBって報道されたけど、ネットでは本名と顔写真と現住所が晒されてお祭り騒ぎだ。
そうなると学校内で君がイジメを受けていた事実も明るみになってね、イジメがあったのに見過ごしていたのか! って学校の教師や教育委員会も吊るしあげられててね、君のお母さんも弁護士と乗り出してきてね、被害者遺族として訴訟を起こしたよ』
お母さんが? 私のために? 嘘!
『嘘じゃないよ』
あの人が私のために、なんかする訳ないじゃない!
『うん。お金目当てだったみたいだよ』
お金、目当て……。
うん、それならあの人らしいや。
『その後すぐに君のお母さんの彼氏ってのが、君が虐待されていたって発言したから、まぁ、祭りが続く続く!』
え?
『被害者を救う会? みたいなので商売になるんだって。訴訟に勝てば賠償金貰えるし。お母さんはそれに乗っかったみたいだね。
被害者遺族だったお母さんは一転、加害者になってこっちも吊し上げだ。
んで、君は学校でイジメを受けてぇ、家でも親から虐待されていたって事実が公表された。死者の尊厳ってなに? って話だよね』
えーーー? なによそれーー?! 人がいないところで勝手なことしてんじゃないわよっ!
『まったくだ! 怒れ怒れ! 君は随分な人生を背負わされた! 理不尽だと思わないか?』
思うわ。思うけど、まずは、あんた誰。ちゃんと顔を見せなさいよ。
そう思った途端、少年の姿が見えた。
幼稚園児が着るスモックみたいな形をした白い服、白い髪、白い顔、白い手足。全体的に白。……淡く光ってる? イメージは天使だけど、羽も輪っかもない。小学校低学年くらいのキレイな少年。
『へへ。はじめまして♪』
そういって笑った顔は、そのへんのいたずら小僧みたいだった。
『君とずっと話したかったんだ。
君、ずいぶん不条理な目にあってきたよね?
それをね、僕に話してくれないかな。それだけでいいんだけど』
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