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因果は巡る、誰の上にも
◇
少年は自分を『星の管理者』だと言った。
私たちの感覚でいえば神様にあたるモノ、らしい。
これはつまり、私って異世界転生したとか? って訊いたらなんともあやふやな、気まずそうな顔をしたあと消えやがった。なんだ、あれ。
ラノベやアニメで見たから異世界転生って単語は知ってる。
でも私は私のままだから、転生なんてしてないよね。異世界転移の方が正しいのかな。
でもあれって勇者とか聖女を召喚したりするんじゃなかった? あれ? なんか変だよね。
そもそも私、死んでるんだしね。
私は勇者にも聖女にもなれない。
特別な何かを持っているわけじゃない。普通の、臆病な弱い人間だ。痛い思いをするのは嫌だし、誰かのために何かしたいなんて思わない。
世のため人のために何かをしようなんて、まっぴらごめんだ。
自分のことだけで手一杯でそんな余裕はない。
人のために何かをできるって、それはつまりその人に余裕があるからだ。
歴史を見れば分かることだ。
文化が華やかになるのは戦国の世が終わってから。生きることが第一目標の時に、呑気に絵を描いてる人なんていない。
人助けなんて『余裕』がある人がすればいい。
『べつに聖女になれとも勇者やってとも言ってないよ?』
そんな言葉と共に現れた少年は、可愛い顔で私を見る。
じゃあ、私はなぜここにいるのよ。死後の世界でしょ? 輪廻転生とかするんじゃないの?
『うん。まずその宗教観から捨てようか。君は君のまま、ここにいてくれればいいんだから』
私は私のまま?
『そう。前にも言ったでしょ? 君と話をしたかったって。不条理な目に合ってきたことを僕に話してって』
……神様なら、なんでも知ってんじゃないの? 私のことなんてすべてお見通しなんでしょ?
『君は、蟻の一個体が何を思い、どういう理念で行動しているのか、知ってる?
僕らからしたら、人の生態は“そういうこと”だよ。君が話してくれないと、君の心の内はわからないよ』
……蟻の生態……。
なるほど? なかなかショッキングだわ。
そう、蟻、なの……。
『えぇー? そこで落ち込まないでよ。ちゃんと話してってば~』
はぁ、そうね。
カミサマ相手に私の感覚なんてそんなものよね。
ん……話すって、何を話せばいいのか、わかんないわ。
『思いついたことから。悲しかったことでも、嬉しかったことでも。なんでもいいよ。君が思っていることを、聞きたいんだ』
◇
彼は(「彼」と表現するのも正しいのかしらね。わからないわ)変わったカミサマだと思う。
私が思うことが“話す”ことになるらしいから、実際に声を使って話している訳ではなくて楽だけど、その私の話を根気よく聞いてくれる。相槌も打ってくれるし、一緒に泣いてもくれる。一緒に怒ってくれる。
私はなかなか理不尽な目に合ってきた。
話せば話すほど、そうだと確信した。
父親はいない。母親はすぐ男を連れてきたから、たぶん、母親の浮気かなんかで離婚したんだと思う。
母親は生活のために夜の商売をしていた。
昼間声を出すと煩いと怒られた。よく殴られたし、ごはんを作って貰った記憶もない。
500円玉を握りしめてコンビニでおむすびを買った。
幼稚園とか保育園とかに行った記憶がない。
小学校に入学して給食の温かいご飯に泣いたことがある。
友だちはいなかった。
臭いから寄るなと言われた。
小学生の間はまだ良かった。無視されるくらいは平気だった。
中学校にあがってから、地獄だった。
暴力を振るう同級生がいた。不登校になった。そのときの母親の彼氏にレイプされた。
でもその彼氏の上司? 上役? とかいう人が私を保護してくれた。
温かい部屋とごはんを用意してくれた。
その人がお願いするからアダルトビデオに出た。お小遣いも貰えるようになった。その人が勧めてくれて、援助してくれたから高校に通うようになった。
その高校でいじめにあった。それで、今、何もないところにいて、カミサマと話をしている。
『大変な半生だったね』
そう、かもね。カミサマでもそう思うくらいには。
でもよくある話だとも思うのよね。
『そんな目に合わない人間もいるよ?
優しい両親に恵まれて、ちゃんと教育を受けて、学校生活を満喫して、好きな人に告白して……ってきゃっきゃふふふの生活。してみたかった?』
うーん。わからないわ。
そんな生活、想像できないもん。知らないから。でもそんな生活、疲れそうね。私をいじめてた子たちも、カースト上位に居た子よ? きゃっきゃうふふしてたはすなのに、いじめなんて陰湿なことしてたわ。それって不幸せだったからじゃないの?
『不幸せだと、他者をいじめるの?』
少なくとも、私はそう思うわ。現状の自分に不満があって、その憂さ晴らしじゃないの?
『君は、してなかったのに?』
え?
『君こそ、憂さ晴らしに誰かをいじめてもおかしくなかったと思うけどね』
あ、そうか。
……そうね。思いつかなかったわ……。
私も誰かをいじめればよかったのかな。
『君みたいな人間はしないと思うけどなぁ』
私みたいな人間?
『痛みを知っている人間。痛いことを知っている分、他者にそれを負わすのを嫌がる善良な人間』
私は善良なんかじゃないわよ。
『そうかなぁ』
そうよ。ただ臆病なだけ。
あぁそうだ、ノラネコに石を投げたことがあったわ。近寄るなって言って。酷い女よ、私は。
『石、投げたの? 当たった?』
当てる訳ないじゃない! 追い払うためだもん、痛い目みせたい訳じゃ、……ない、から……。
『ホラ。君は善良だ。ノラネコを傷付けてエクスタシーを覚える人間ではなかった』
そういう、趣味嗜好が無いだけよ。善良なんかじゃないわ。
そう言うと、カミサマがくすくすと笑う気配がする。
だって、仕方ないじゃない。
私なんかに懐いても飼ってあげられない。お金もない。ただ臆病なだけ。もっと他の優しい人の処へ行けば、あの仔だって幸せになれるかもしれないもん。
『……そんな優しい君に朗報だ。君を殺した加害少女AとBのその後の情報だよ。
ふたりとも、君の最後の死に顔が脳裏に焼き付いて離れないって、精神科にお世話になってた。
ま、仕方ないよね。通勤電車に撥ねられてミンチになった現場を目の当たりにしたんだから』
へー。
それを聞いても、私自身痛かった思い出がないからよくわからない。
『いい気味! って思う?』
まぁね。ちょっとは思い知れ! って私が思ってもバチは当たらないわよね。
『当てない、当てない』
あ、そうか。
バチって神罰だっけ? カミサマはあなただもんね。ははっあなたがそう言うなら、そうなのね。
『バチは仏罰だけど。まぁ、それはこの際、どっちでもいいか。
それでね、彼女らは一応、少年院は出所する。
一般人として開放される。
地元では顔が割れているから一家で引っ越した。
加害少女Aだった成人女性Aは家族と離れ一人暮らし。地方の零細企業で細々と事務職に就いた。同僚と結婚して、一見幸せそうだ。
でもね、彼女のこどもが、いじめにあってるんだ。それも陰湿な、ね。ノイローゼが再発して毎日泣き暮らしている。
どう? “因果は巡る”だよ』
へー。見てないし。どうでもいい。
『加害少女Bも似たり寄ったりの経緯を辿ってるよ。Bの方はもっと悲惨かなぁ。
生まれた子どもが障害持ちのうえ、ダンナは浮気三昧。姑から毎日ねちねちといじめられて、毎日泣いてる。
そしてこどもは学校でいじめられてる。
その段階になってやっと過去自分がしてきたことを省みる。遅いっちゅーに』
……それで?
私にそんな話して、あんたは何がしたいの?
『やったね! ざまぁみろ! って一緒に言いたい。どう? そう思わないの?』
……うーん。思わないなぁ。
ぶっちゃけ、どうでもいいわあんな奴ら。もう私にかかわらないから。
『なるほど。“無関心”ね。君の存在を彼女らは死ぬまで忘れないけど、君は“もうどうでもいい”なんだね』
はははっ!
なにせ、私、死んじゃったからね!
あっちも死ぬまでのことでしょう?
お互い様だわ。ふふふっ
……不思議なことに、ひさしぶりに笑った。なんだかスッとした。
少年は自分を『星の管理者』だと言った。
私たちの感覚でいえば神様にあたるモノ、らしい。
これはつまり、私って異世界転生したとか? って訊いたらなんともあやふやな、気まずそうな顔をしたあと消えやがった。なんだ、あれ。
ラノベやアニメで見たから異世界転生って単語は知ってる。
でも私は私のままだから、転生なんてしてないよね。異世界転移の方が正しいのかな。
でもあれって勇者とか聖女を召喚したりするんじゃなかった? あれ? なんか変だよね。
そもそも私、死んでるんだしね。
私は勇者にも聖女にもなれない。
特別な何かを持っているわけじゃない。普通の、臆病な弱い人間だ。痛い思いをするのは嫌だし、誰かのために何かしたいなんて思わない。
世のため人のために何かをしようなんて、まっぴらごめんだ。
自分のことだけで手一杯でそんな余裕はない。
人のために何かをできるって、それはつまりその人に余裕があるからだ。
歴史を見れば分かることだ。
文化が華やかになるのは戦国の世が終わってから。生きることが第一目標の時に、呑気に絵を描いてる人なんていない。
人助けなんて『余裕』がある人がすればいい。
『べつに聖女になれとも勇者やってとも言ってないよ?』
そんな言葉と共に現れた少年は、可愛い顔で私を見る。
じゃあ、私はなぜここにいるのよ。死後の世界でしょ? 輪廻転生とかするんじゃないの?
『うん。まずその宗教観から捨てようか。君は君のまま、ここにいてくれればいいんだから』
私は私のまま?
『そう。前にも言ったでしょ? 君と話をしたかったって。不条理な目に合ってきたことを僕に話してって』
……神様なら、なんでも知ってんじゃないの? 私のことなんてすべてお見通しなんでしょ?
『君は、蟻の一個体が何を思い、どういう理念で行動しているのか、知ってる?
僕らからしたら、人の生態は“そういうこと”だよ。君が話してくれないと、君の心の内はわからないよ』
……蟻の生態……。
なるほど? なかなかショッキングだわ。
そう、蟻、なの……。
『えぇー? そこで落ち込まないでよ。ちゃんと話してってば~』
はぁ、そうね。
カミサマ相手に私の感覚なんてそんなものよね。
ん……話すって、何を話せばいいのか、わかんないわ。
『思いついたことから。悲しかったことでも、嬉しかったことでも。なんでもいいよ。君が思っていることを、聞きたいんだ』
◇
彼は(「彼」と表現するのも正しいのかしらね。わからないわ)変わったカミサマだと思う。
私が思うことが“話す”ことになるらしいから、実際に声を使って話している訳ではなくて楽だけど、その私の話を根気よく聞いてくれる。相槌も打ってくれるし、一緒に泣いてもくれる。一緒に怒ってくれる。
私はなかなか理不尽な目に合ってきた。
話せば話すほど、そうだと確信した。
父親はいない。母親はすぐ男を連れてきたから、たぶん、母親の浮気かなんかで離婚したんだと思う。
母親は生活のために夜の商売をしていた。
昼間声を出すと煩いと怒られた。よく殴られたし、ごはんを作って貰った記憶もない。
500円玉を握りしめてコンビニでおむすびを買った。
幼稚園とか保育園とかに行った記憶がない。
小学校に入学して給食の温かいご飯に泣いたことがある。
友だちはいなかった。
臭いから寄るなと言われた。
小学生の間はまだ良かった。無視されるくらいは平気だった。
中学校にあがってから、地獄だった。
暴力を振るう同級生がいた。不登校になった。そのときの母親の彼氏にレイプされた。
でもその彼氏の上司? 上役? とかいう人が私を保護してくれた。
温かい部屋とごはんを用意してくれた。
その人がお願いするからアダルトビデオに出た。お小遣いも貰えるようになった。その人が勧めてくれて、援助してくれたから高校に通うようになった。
その高校でいじめにあった。それで、今、何もないところにいて、カミサマと話をしている。
『大変な半生だったね』
そう、かもね。カミサマでもそう思うくらいには。
でもよくある話だとも思うのよね。
『そんな目に合わない人間もいるよ?
優しい両親に恵まれて、ちゃんと教育を受けて、学校生活を満喫して、好きな人に告白して……ってきゃっきゃふふふの生活。してみたかった?』
うーん。わからないわ。
そんな生活、想像できないもん。知らないから。でもそんな生活、疲れそうね。私をいじめてた子たちも、カースト上位に居た子よ? きゃっきゃうふふしてたはすなのに、いじめなんて陰湿なことしてたわ。それって不幸せだったからじゃないの?
『不幸せだと、他者をいじめるの?』
少なくとも、私はそう思うわ。現状の自分に不満があって、その憂さ晴らしじゃないの?
『君は、してなかったのに?』
え?
『君こそ、憂さ晴らしに誰かをいじめてもおかしくなかったと思うけどね』
あ、そうか。
……そうね。思いつかなかったわ……。
私も誰かをいじめればよかったのかな。
『君みたいな人間はしないと思うけどなぁ』
私みたいな人間?
『痛みを知っている人間。痛いことを知っている分、他者にそれを負わすのを嫌がる善良な人間』
私は善良なんかじゃないわよ。
『そうかなぁ』
そうよ。ただ臆病なだけ。
あぁそうだ、ノラネコに石を投げたことがあったわ。近寄るなって言って。酷い女よ、私は。
『石、投げたの? 当たった?』
当てる訳ないじゃない! 追い払うためだもん、痛い目みせたい訳じゃ、……ない、から……。
『ホラ。君は善良だ。ノラネコを傷付けてエクスタシーを覚える人間ではなかった』
そういう、趣味嗜好が無いだけよ。善良なんかじゃないわ。
そう言うと、カミサマがくすくすと笑う気配がする。
だって、仕方ないじゃない。
私なんかに懐いても飼ってあげられない。お金もない。ただ臆病なだけ。もっと他の優しい人の処へ行けば、あの仔だって幸せになれるかもしれないもん。
『……そんな優しい君に朗報だ。君を殺した加害少女AとBのその後の情報だよ。
ふたりとも、君の最後の死に顔が脳裏に焼き付いて離れないって、精神科にお世話になってた。
ま、仕方ないよね。通勤電車に撥ねられてミンチになった現場を目の当たりにしたんだから』
へー。
それを聞いても、私自身痛かった思い出がないからよくわからない。
『いい気味! って思う?』
まぁね。ちょっとは思い知れ! って私が思ってもバチは当たらないわよね。
『当てない、当てない』
あ、そうか。
バチって神罰だっけ? カミサマはあなただもんね。ははっあなたがそう言うなら、そうなのね。
『バチは仏罰だけど。まぁ、それはこの際、どっちでもいいか。
それでね、彼女らは一応、少年院は出所する。
一般人として開放される。
地元では顔が割れているから一家で引っ越した。
加害少女Aだった成人女性Aは家族と離れ一人暮らし。地方の零細企業で細々と事務職に就いた。同僚と結婚して、一見幸せそうだ。
でもね、彼女のこどもが、いじめにあってるんだ。それも陰湿な、ね。ノイローゼが再発して毎日泣き暮らしている。
どう? “因果は巡る”だよ』
へー。見てないし。どうでもいい。
『加害少女Bも似たり寄ったりの経緯を辿ってるよ。Bの方はもっと悲惨かなぁ。
生まれた子どもが障害持ちのうえ、ダンナは浮気三昧。姑から毎日ねちねちといじめられて、毎日泣いてる。
そしてこどもは学校でいじめられてる。
その段階になってやっと過去自分がしてきたことを省みる。遅いっちゅーに』
……それで?
私にそんな話して、あんたは何がしたいの?
『やったね! ざまぁみろ! って一緒に言いたい。どう? そう思わないの?』
……うーん。思わないなぁ。
ぶっちゃけ、どうでもいいわあんな奴ら。もう私にかかわらないから。
『なるほど。“無関心”ね。君の存在を彼女らは死ぬまで忘れないけど、君は“もうどうでもいい”なんだね』
はははっ!
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