王女殿下のモラトリアム

あとさん♪

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決闘騒動1

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 安全が確認されたと言いながらキャサリンが特別応接室に入って来て、わたくしとメルセデス様は移動することにしたのです、が。

「あの、メルセデス様?」

「なんでしょう、アンネローゼ様」

 なぜ、貴女はわたくしの手を取って進むのですか? それもいい笑顔で。
 それ、王宮で侍女がやるやつですよね! 介助ですよね!

 あまりにも自然な振る舞いで手を差し出されたから、うっかりその手を取っちゃったわ。
 そして気付くのにも遅れたわ。あたりまえの様になさるから。

 ゴテゴテと飾られた重いドレスを身に纏って、高いヒール履いて移動する時にね、侍女が手を引いてくれるのよ。一人で移動するのが大変だから。
 これが正式な夜会となれば、エスコート役は男性だけどね。
 年若い女性の場合は、侍女とか親戚のおば様とかがそのお役目をする訳でね。

 わたくしの場合は、お義姉さまの実家のベッケンバウワー公爵夫人がよく手を引いてくれたものよ。
 あの方、優雅で淑女の鑑のような気品溢れる夫人で、わたくし大好きなの。
 お義姉さまの翡翠の瞳は夫人譲りなのねって瞳を見るたびうっとりしたものだわ。

 でもね。
 メルセデス様は、わたくしの侍女でも親戚でもありませんのよ?

 しかも今は制服姿なの、わたくし。
 膝を隠すくらいの丈のスカートなの。
 靴は編み上げショートブーツなの。

 ぶっちゃけ動きやすいの。
 どこにも歩き難い要素は無いの! なんなら走れるくらいなのよっ!

 むしろ、完璧なドレス姿のメルセデス様の方が、この介助が必要だと思うのだけど。

「あーのですね、この手は、むしろ、逆、なのでは、ないでしょうか?」

「逆ですか? 左手側を引かれる方がよろしかったですか? 申し訳ありません」

「いえ! そうではなく! わたくしには必要ありませんと、申し上げたく――」

 えぇぇぇぇ?
 メルセデスさま……?
 どうしてそんなに絶望! この世の終わり! といった表情でわたくしを見るの?

「申し訳ありません。わたくしがお傍に侍るのは必要ないですよね、そうですよね、確かに今日出会ったばかりのわたくしなど、アンネローゼ様にはっ。必要、などっ……っうぅっ」

 え? えぇ?
 泣いてらっしゃる、の?

「あ、あのですね、制服ですので、介助は必要ないのですよ、決してメルセデス様が不要な人間だという訳では」

 あぁ、なんて綺麗な涙目、なんでしょう。
 メルセデス様、たぶん、その海のように濃く青い瞳で殿方を見詰めたら100%堕とせると思いましてよ?
 目尻がはんなりと赤く染まって、艶っぽいわぁ。
 そしてそのまま綺麗に微笑まれる。儚げで健気で、恐ろしいまでに魅惑的だわ。

「お傍に居ても……よろしいのですか? アンネローゼさま……」

 そっと支えるだけだったメルセデス様の手に、ぎゅっと力が込められ握られた。

「えぇ。よろしくお願いします」

「お二方、もうよろしいですか?」

 キャシーに声を掛けられて、慌てたわ。
 いけない、いけない。うっかりメルセデス様の瞳の魔力に嵌りそうになったわ。

 今度はあの介助式ではなく普通に……そうね、まるでお義姉様とよくやったように手を繋いでの移動になりました。
 なんだか仲良しさんになれたようで、ちょっとだけ嬉しいわ。


 キャシーの案内に従って移動した先は中庭の噴水広場でした。
 ううむ。思ったより人垣ができてますね。決闘しているはずの本人たちが見えないわ。
 誰か一部始終を見ていた人はいないかしら。

「ローゼ!」

 あら。レオニーを始めとする一年専科クラスの面々がそこにいるわ。

「レオニー。なにがあったか聞いてもよくて?」

「私たちにもよく分からないんだけどね。あのピンク頭がえらく興奮してて、“決闘だ! 構えろ!”みたいになってて……」

「剣はどこから持ってきたの?」

「ちょうど、前の時間割りが剣の実践授業だったらしいよ」

「授業の続きなのね。だから、この人だかりってわけなのね」

「しかも! 去年の剣術試合の優勝者が通りかかって、審判役を引き受けちゃったの!」

「え? セルジューク様が?」

 あら。メルセデス様も話の輪に入ってきました。

「セルジュークさま? というお名前なのですか? ご自分で言ってましたよ。“面白いっ。この場で去年の雪辱戦が見れるな! 去年の優勝者の俺が、審判役を引き受けよう!”って」

「あの方は! また面白がって!!」

「また?」

「ちょっと破天荒、と申しますか……享楽的と申しますか。刹那主義、と言ってもいいかもしれません。その場の直感で動くタイプだと、わたくしは認識しております」

 なるほど。なかなか厄介なお人のようで。

「審判がついてしまったら、他者に止めることはできませんね」

「そうなんです! それで、膠着状態なんです」

 膠着状態?

 決闘自体がちゃんと始まっているのなら、これはピンクブロンドの陰謀という線は消えたと見て良いのかしら。若気の至りで始まってしまったと。

 キャシーに目を向けると、彼女は無言で頷いた。
 取り越し苦労で大騒ぎしてごめんなさいね。

 でもキャシーは、こういう時のわたくしを叱ったりしないのよね。皆に迷惑を掛けているというのに。反省するから許してね?


 さて。
 ちょっとお邪魔して人垣をよけて見てみましょうか。
 どれどれ?

 噴水前で、赤毛とピンクブロンドが対峙している。
 両者の手にはレイピア。
 あらまぁ、これまた決闘向きのモノを持って。授業で使ったモノ、ってことかしら。なら殺傷能力を低くした練習用と見ていいかしらね。

 お互い睨み合って、動きが無い。
 見物人たちは、勝手にコソコソとお喋りしているけど、彼らを煽ったり喚声を上げたりはしていない。彼らは彼らの世界に没頭してる、って感じね。

「この睨み合いが始まって、どのくらいの時間が経ったの?」

「かれこれ10分以上はこのまま、よ。初めはちょっと打ち合っていたんだけどね、すっごい集中力だと思うわ」

 なるほど。
 お互い身動きができない、決め手に欠けるってことかしら。

 どうしよう?
 止めるべきかしらねぇ。でも、わたくしにはその権利も無いし義務も無い。
 ん? いちおう放課後に彼らと会う約束をしたのだから、それを無視している彼らに注意するくらいは良いのかしら?

 んーー、でもねぇ。

 関わりたくないっていうのが本音なのよねぇ。
  騎士科の先生でも呼んで止めて貰おうかしら。

  って、あら?

 視界の隅に派手な騎士団の制服が!
 あそこにいるのは、第一騎士隊の隊長さんじゃないかしら?
 確か名前は……クルト・シュバルツバルト。だったかしら。
 今日は彼が講師だったのね。腕組みして見守っていらっしゃる。
 ということは、この決闘を止める気はゼロってわけなのね。
 残念だわ。




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