王女殿下のモラトリアム

あとさん♪

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アスラーンの秘密

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「まさか! 違う! 俺にそんな能力はない!!」

 思わず、といった調子で立ち上がって否定するアスラーン。
 驚愕を纏った表情が徐々に泣きそうなものに変わっていく。

 傷ついた瞳。傷つけたのは、わたくし?

「わたくしに、それを立証できる手段すべはないわ」

 強い目で見つめられる。
 ……今はなにを言いたいのか分からないわ。なにも心に響いてこない。

「あぁ、疑っているのか…それも仕方ないか」

 そう言ってドサリと腰を下ろして、項垂れる。
 随分と憔悴しているように見えるわ。

 アスラーン。わたくしを、見て?

 駄目ね。俯いてわたくしを見ようとしない。
 聞こえていないの?
 見えなければ分からないのね?

 テーブルの上に置いたままになっていた彼の右手に、わたくしの左手を重ねる。

 アスラーン。わたくしを、見て?

 途端に、弾かれるように顔を上げて、わたくしを見るアスラーン。

 なにかを必死に訴えているような表情だけど、手を離してしまった今のわたくしにはなにを言いたいのか伝わらないわ。

「なるほど。
 本来の貴方の能力は“人の気持ちが分かる”という程度なのね?
 それも、貴方が見ていないと伝わらない。
 そして触れた相手の気持ちが判るくらい?
 自分の気持ちを伝えるほどではないってこと?」

 わたくしの言葉を聞いたアスラーンは、ちょっとだけ気を緩めたように感じたわ。

「あぁ、その通りだ。
 俺は昔から……そうだな、物心ついた頃から、周りの考えが解っていた……。
 だがそれは、それこそが、我がテュルク国の正統な王の証でもあった」

 そこから語ってくれたアスラーンのお話はとても興味深いものだったわ。

 まず、テュルク国の初代国王が、魔法使いと呼ばれる人間だったのは只の伝説ではなく事実。
 初代様は、一度に大量の物を浮かせたり、海の水を意のままに動かせたり、人々の意を言葉を介さず理解したりと、色々な力を示したのだとか。
 そして初代様の血を濃く継ぐ者を次の国王としたけれど、代替わりするごとにその力が弱くなっていって。
 今代の国王陛下にそんな力はない。
 普通の人間と変わらない。
 ただ、たまに先祖帰りともいうべき人間が生まれるのだとか。

 それがアスラーン。彼は他者の気持ちを知る能力を持っていた。

 と言っても、明確な言語として認知しているのではなく、イメージで分かるのだとか。

 彼曰く、その人の為人ひととなりが輪郭より溢れ出て様々な形で視えると同時に、その人間が持つ思考が色を纏った靄のようなモノで分かるのだとか。
 例えば、人を陥れようとするような人間には黒い靄が出て、その相手に害を与えようとする情景まで視えるのですって!
 酷くなると悪臭にまでなって感じられるとか。
 それはなかなかヘヴィよね。
 だから人間不信ぎみだったとまで告白されたわ。

 笑顔で対応しているのに、その人間の背後から出る黒い靄が自分に殴り掛かる図を視てしまったら、そしてそんな人間ばかりを視てきたら、容易に人を信じることなんてできないでしょうね。

 そういえば、以前お義姉様は仰っていたわ。
 アスラーンは『人嫌いの人間不信、怖がりで慎重。王族らしい傲慢な性格』だって。

「だから、おまえには本当に驚いている。
 おまえは透明だったから。
 そんな人間、初めて見た。
 だがよく視たら、ただ透明だったのではなく水晶……いや、極めて透明度の高い金剛石ダイヤモンドか。
 多角形で光の当たり具合でキラキラと輝く、尊い宝石。それがおまえだ」

 褒められている、と思っていいのよね?

「そんな人間はおまえだけかと思ったら、源流がいた。
この国の王太子妃殿下だ。
 あの方はおまえに負けず劣らず透明度が高い。
 だが、薄いアイスブルーが所々混じっている。
 ……王太子の瞳の色に染まっていた。
 おまえ、あの方の影響を受けていたってことだな」

「わたくしの印象が金剛石ダイヤモンドなら……お義姉様の印象はなに?」

「アイスブルーの水晶の宮殿クリスタルパレスだ」

 それは……うん、凄いわね。

「……触れば相手の考えていることがよりはっきり判明するのは確かだが、俺の気持ちを相手に伝えたことは今までなかった。
 だから、まさか、おまえが俺の考えを読んでいたとは知らなくて……」

 あら、赤いお顔。照れているの?

「触れていなくても、伝わっていたわよ?」

 絶対嫁にするって言ってたときは、真正面で見ていたけど、触れてはいなかったもの。

「どうしてそうなったのか、分からない」

 そう言って、わたくしの瞳を正面からじっと見るアスラーン。

 強い風が吹いて、わたくしの下ろした髪が舞う。聞こえるのは風に吹かれて揺れる木々の音。アスラーンの心の声は、もう、聞こえない。

「昨日は……一種、異様な雰囲気だった。だからそれにてられたのかもしれないな」

 そうね。
 昨日はわたくしも含めて、たくさんの人が浮かれていたもの。

 で? 今でもわたくしの考えは分かるの?

「あー、うん。だいたい、分かる……不機嫌、だよな?」

 明瞭な言葉としては分からなくとも、わたくしが思うことの大まかな概要は分かる……ということね。
 わたくし、随分、不利なのではないかしら!

「あー、それで、俺に魅了の力なんか無いってのは、納得、してくれたか?」

 心配そうな表情。わたくしの機嫌を伺う瞳。

 けれどこの人にはわたくしの気持ちなんて分かってしまうのでしょう?
 アンフェアよね?
 拗ねちゃうわ。

 お行儀悪いけど頬杖をついて、わざと視線を逸らして。
 視線を向けないまま、空いた左の手でアスラーンの手を触れば、

『悪かった機嫌を損ねないでくれって思っても仕方ないよな誰だって勝手に考えを読まれるって思ったら気分が悪くなるものだ俺が悪いおまえにだけは嫌われたくない頼む俺を嫌わないでく』

 アスラーンの思考が突風のように脳内を席捲し、びっくりしてまた手を離してしまったわ。
 悲鳴を上げなかったわたくし、凄いって思ったくらいよ。
 そっぽを向いていたのに、思わずアスラーンの顔をまじまじと見つめてしまったじゃないの。

「勝手に人の考えを読むな」

 ちょっとムっとした顔でアスラーンが言う。頬の赤みが可愛いかも。

「貴方がそれを言うの?」

「……すまん」

 ちょっとだけ項垂れる様子が、なんだか仔犬みたい。王族がこんなにすぐに謝ってもいいのかしら。……良くないわよね。

「どうしてか分からないけど、読めてしまったわ。
 わたくしもごめんなさいね」

 そう言えば、ちょっとだけ明るい表情になったわ。おやつあげた仔犬はきっとこんな顔するわね。

「あー、うん。おまえなら、いい」

 なんだか複雑な表情ね。きっとわたくしがアスラーンを見ながら仔犬を連想していることも分かるから、ね。

「名前だけ書いた白紙答案なんて、よく提出できたわね?」

 話題を変えたら、アスラーンはいたずらっ子みたいな顔をしたわ。
 ちょっと得意げにしてるのはどうかと思うわよ?
 子どもみたい。
 仔犬から子どもになったわ。
 貴方、成人しているのに連想するモノはこどもって、おかしくない?

「まだ、おまえから離れる訳にはいかないって思ったから」

「それ、国元の国王陛下は納得されているの?
 それに昨日、かなり危ない発言してたわよ?
 属国になってもいいなんて、ほらを吹くにも時と場所を考えた方が」

「いや? 俺の本音だが。国王おやじだろうと俺のやることに否は言わせない」

 あら。大言壮語にしてもほどがあるわよ?

「おまえも女神の愛し子とか言われて、余計な期待背負わされ苦労した口のようだが、俺もなんだ。
 俺の場合は『初代様のご加護』だ。
 この力がご加護とやらで。
 おかげで、国では国王おやじより俺を神聖視する輩が多いし、発言力も俺の方がある。面倒臭いことにな」

 あら、まぁ……それは。

 自分の与り知らぬところで期待されるのは、とても重かったでしょうね。
 わたくしの『女神さま』もだいぶ重かったけど、超人の魔法使い様しょだいさまと比べられるアスラーンもなかなか……。

「わたくしたち、初代様のご加護持ちと女神の愛し子のカップルなのね」

「……最強かよ」

「そうかも?」

 顔を見れば、穏やかに微笑むアスラーン。

 初めて見たとき、この人のことをなんて思っていたのか忘れてしまったわ。

 ただ、惹かれたの、その深い森の色の瞳に。
 それが脳裏に焼き付いて、いつまでも気になって。
 あの瞳に映し出されるのが自分だけなら良いのにって、いつしか思っていたわ。

 もしかしたら、それがいわゆる『一目惚れ』っていう現象だったのかも。

 わたくしの初恋は叶わないものだったけど、セカンドラブは叶った、ということかしら。

 あら? お兄様の言を信じれば、この恋はサードラブなの? わたくしは恋多き女なのかしら。

「待て。今、なにを考えている?」

 胡乱気な顔をして問い質すアスラーン。眉間のしわがなかなかセクシーよ?

「内緒よ。お義姉様が仰るにはね、『秘密が女を女にする』んですって」

 そう言って立ち上がる。そろそろ陽も傾き始めたわ。

「ちょっと待て。聞き捨てならない」

 わたくしを追いかけるアスラーン。
 なぜかしら。なんだか楽しいわ。ガゼボを出て、桟橋を渡る。

「それとね、『裏切りは女のアクセサリー』って諺もあるのですって。
 お義姉様に習ったわ。
 わたくし、いい女になる為に、研鑽を積まなくてわね」

 わたくしの後ろを歩いていたアスラーンが、急にわたくしの手を握って

『そんなおまえを愛してる』

 突然脳内に伝えてきて。

 びっくりして立ち止まって振り向けば、してやったりな顔をするアスラーンがいた。ビックリしすぎて、手を振りほどいてしまったわ。

「そういうことは、ちゃんと口にして言いなさい!」

 突然わたくしが怒鳴ったからか、キャサリンが慌てた様子で近づいてきたけど、真相を説明できなくて悔しい思いをしたわ。

 あぁ、もう!
 なんとか一泡吹かせることはできないかしら。

 また一年、彼と学園生活を送れる幸運に感謝しつつ、わたくしは思考の海にダイブするのだった。







【おしまい】



◇◇◇◇◇◇

あと一話、アスラーン目線のお話で本当のおしまい
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