俺の心を掴んだ姫は笑わない~見ていいのは俺だけだから!~

あとさん♪

文字の大きさ
18 / 37
本編

18.スケッチブック

しおりを挟む

 その日の放課後、ブリュンヒルデを見かけたのは、本当に偶然だった。
 俺は週に一度の王都守備隊にお邪魔して鍛錬する予定日だった。ブリュンヒルデはスケッチブックを片手にどこかへ向かうところ、ばったり鉢合わせした、といった感じだった。

 こんな偶然、またとない!
 示し合わせた訳でもなく、会えるなんて神様のお導きに他ならない!

「やあ! 偶然だね。どこへ行くの?」

 俺が明るく声をかけたら、ブリュンヒルデは目に見えて狼狽えた。
 ばっちり表情を落とした“鉄仮面の黒姫”に戻っていた。
 どうしたんだ? 何があった? まさか、俺が声をかけたせい? 俺のせい?
 嫌な想像に内心焦りまくる。君のストレスの元は、俺か? 俺なのか?
 だが、何度か瞬きをした次の瞬間、ブリュンヒルデは持ち直した。にっこりと笑顔を浮かべた。あの“淑女の笑み”だ。

「初等部棟へ。今からアーデルハイド王女殿下の元へ向かいます」

「アーデルハイド殿下のところ?」

「はい。初等部学生会の会長を、今、なさっていらっしゃいますから」

 そう。現在、初等部三年のアーデルハイド王女殿下が、初等部学生会の会長だ。多分、ジークが卒業したら王女殿下が高等部の会長になるんだろうなぁ。王族って大変だよな。常にトップでいなきゃいけないんだから。

 そう言えば、彼女と和解したとイザベラが言っていた。そんなに仲良くなったの? わざわざ放課後、初等部棟へ行くほど?

「スケッチブック持って?」

 俺は何気なく聞いたんだ。ブリュンヒルデがその手に持っていたスケッチブック。最近はどんな絵を描いているんだろう。……あれ? もしかして、王女殿下にブリュンヒルデの描いた絵を見せに行くところ、なのか?

「え。いや、これは……」

 なぜかブリュンヒルデは、両手でスケッチブックを抱えた。しっかりとその胸に。まるで俺から守るみたいに。そして顔が強張っている。

「王女殿下に、ブリュンヒルデの絵を、見せに、行くの?」

 壁に手をついて、ブリュンヒルデの進路を塞いだ。慌てたように俺を見上げるブリュンヒルデ。彼女の顔の両側に手をついて囲い込んだ。

「俺は君の絵、最近見ていない」

 ズルくないか?
 ずっと。ずっと言い続けていた。君の絵が好きだと。ファンなんだと。譲ってくれと。売ってくれと。
 でもそれは叶わなくて。
 ブリュンヒルデ。俺との付き合いの方が、殿下より長いよね? 俺の方が、君の絵の良さ、知っているんだよ? ずっと、ずっと前から俺が!
 なのに、つい最近知り合った王女殿下には、君、自ら赴いて絵を見せに行くの? 俺には見せてくれないのに?
 それに。
 コンプレックスだって言ってたのに、いつの間にかそんなに綺麗に笑うようになって。
 俺のいない所で。
 俺の知らないうちに。
 なんで?  ねぇ、なんでなの?

胸の内が、どす黒く濁った感情に押し潰されそうで苦しい。


「あのっ……ごめんなさいっ!!」

 ブリュンヒルデは叫ぶように言った。そして俺の腕の包囲から逃れ走り去ろうとした。

「待って!」

 引き留めようと、慌てて彼女の腕を掴んで。
 その余りの細さ、柔らかさに驚いた。やばい、俺が力込めたら彼女が怪我をしてしまう! 掴んだ手から力が抜けた。その隙に、ブリュンヒルデは俺から逃げようとして、抱えていたスケッチブックを落とした。

「あっ!」

 ばさりと音を立てて地面に落ちたスケッチブックは、とあるページを開いていた。

「……ん?」

「ああああああぁぁぁぁぁ、見てはダメですっ!!」

 慌ててスケッチブックを拾おうとするブリュンヒルデを片手で制し、俺は見開かれたそれを凝視した。

 ……なんだ? この絵。

「あぁぁぁぁぁぁぁ、申し訳ありません、申し訳ありません、本当に、申し訳ありません……」

 ブリュンヒルデは俺に拘束されたまま、両手で顔を覆ってぶつぶつと謝罪の言葉を呟き続けた。

 地面に落ちたスケッチブック。
 見開かれたページには。

 俺が、いた。

 正しくは、俺とシェーンコップ先輩が、いた。
 目を瞑った俺がシェーンコップ先輩にお姫様抱っこされている図、だった。

 ブリュンヒルデの描いたものだと証明できる、緻密で写実的で、実に克明に描かれたそれは、実物をそのまま絵として写したようなそれで。色は無かったけど。黒い線のみの絵だったけど。

 これはあれだね! 去年の剣術試合のときの一幕だね! 俺がブラックアウトして、それをシェーンコップ先輩が保健室へ運んでくれた、の図だね!

 ……若干、俺が女性っぽくない? 線が、細すぎない? シェン先輩が逞し過ぎない? 男らし過ぎない? 

 次のページをめくると、そこにいたのはシェーンコップ先輩と俺とジークフリート、三人の絵だった。
 次も。そのまた次のページも。俺とジークだけの絵もあった。

 うん。なぜ、こんな絵が、あるのかな?

「ブリュンヒルデ。これ。なに?」

「……人物絵、です」

「うん。そうだね。いつから人物を描くようになったの? 君は風景とか静物専門だと思っていたけど」

「最近……その、心境の変化というか……いえ、新境地開拓、と申しましょうか……人物も、少々、描いてみようかなぁ、なんて」

「俺が新境地?」

「はい!」

「ジークやシェーンコップ先輩も?」

「……は、い」

「こんなに、ジークと肩寄せ合ったことはなかったと思うけどなぁ」

 俺が見開いたページには、なんというか、睫毛が長く、麗しさを倍増させたような絵の俺とジーク。肩どころか頬寄せ合っている。なんだ? これ。

 うん。もう一度確認したい。
 なんだ? これ。

「え、あ、これは、その……依頼が、ありまして……」

「へぇ? 依頼? 誰の?」

 笑顔のままブリュンヒルデを見詰めること、数分。視線を逸らせたブリュンヒルデが、小さな声で呟いた。

「……エルフリーデさま、です…」

 うん。
 大まかな状況は理解した。
 さて、どうしてくれよう。

「こっちのショーンコップ先輩との絵は? こっちも依頼?」

「そ、れは……あの、その……」

 さっきから挙動不審ぎみのブリュンヒルデ。俺に動きを拘束されて、半分抱き締められているような体勢なんだけど、判ってる? いつもの無表情が嘘のようだ。頬を真っ赤に染めて、ちょっと涙目になって。俺が顔を覗き込めば、視線を避ける様に顔を背けるくせに、俺がスケッチブックを捲れば、慌てて俺の顔色を窺う。

 可愛いなぁ。
 うん、すっごく可愛い。
 君がこうして俺の腕の中に居てくれるのなら、心が軽い。もうなんだっていいや。
 幸せ。君が傍にいるから、ものすごく、幸せだ。

「オリヴァー、さま……」

 ブリュンヒルデのオニキスの瞳が俺を見上げる。あぁ、なにも言わないけど、判るよ。
 今、俺の瞳、きっと紫色になっているんだ。ブリュンヒルデがこんなにうっとりとした顔で俺を見つめるとき、それは俺の瞳の色が変わっているとき。

 可愛いなぁ。
 頬を染めて、俺の瞳の変化を余さず見定めようとして。
 うん、いいよ。もっと俺を見て。
 君の確かな目で、俺を見続けて。

「見惚れちゃうほど、良い男?」

 そう囁くと、ブリュンヒルデは夢から覚めたような顔をして、俺の腕の中から飛び退いた。彼女の体温が離れた途端、腕が彼女を求めて寂しがる。あぁ、抱き締めたいなぁ。

 いやいや。仕事しろ理性。落ち着きたまえ本能。
 それは今は置いて、やるべきことがあるからね。

「じゃ、殿下の処へ行こうか。俺も

 俺がそう提案したら、ブリュンヒルデが“淑女の笑み”のまま、凍り付いた。




しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎる」 その一言で、王太子アルトゥーラから婚約を破棄された令嬢エミーラ。 有能であるがゆえに疎まれ、努力も忠誠も正当に評価されなかった彼女は、 王都を離れ、辺境アンクレイブ公爵領へと向かう。 冷静沈着で冷徹と噂される公爵ゼファーとの関係は、 利害一致による“白い契約結婚”から始まったはずだった。 しかし―― 役割を果たし、淡々と成果を積み重ねるエミーラは、 いつしか領政の中枢を支え、領民からも絶大な信頼を得ていく。 一方、 「可愛げ」を求めて彼女を切り捨てた元婚約者と、 癒しだけを与えられた王太子妃候補は、 王宮という現実の中で静かに行き詰まっていき……。 ざまぁは声高に叫ばれない。 復讐も、断罪もない。 あるのは、選ばなかった者が取り残され、 選び続けた者が自然と選ばれていく現実。 これは、 誰かに選ばれることで価値を証明する物語ではない。 自分の居場所を自分で選び、 その先で静かに幸福を掴んだ令嬢の物語。 「完璧すぎる」と捨てられた彼女は、 やがて―― “選ばれ続ける存在”になる。

婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが

夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。 ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。 「婚約破棄上等!」 エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました! 殿下は一体どこに?! ・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。 王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。 殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか? 本当に迷惑なんですけど。 拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。 ※世界観は非常×2にゆるいです。     文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。  カクヨム様にも投稿しております。 レオナルド目線の回は*を付けました。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

処理中です...