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第684話 クリス、ギルドの景色に思いを馳せる
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錬金術師。それは、知の火花を宿す者たちの総称だ――。
その始まりは、魔法を持たぬ者の切なる願いからだった。
魔族にしか扱えぬ魔法の力に魅せられ、それを解析、人の身でも再現しようと奮起した者達。
金属、薬草、鉱石、そして魂――。自然界の理を積み重ね、数式と試行錯誤で編まれた学問としての術。
下賤の力の模倣だと蔑まされたこともあったが、その有用性に気付いた者達から徐々に受け入れられ、いつしかそれは魔族へ対抗するための手段のひとつとなった。
人々が魔力を手にすると、それは更なる発展を遂げた。
命無き者に、魂を与える術。粘土や金属、石を素材に、魔力を織り込んで生み出される魔法生物。ゴーレムと呼ばれるそれは、1つの研究の通過点でありながらも、実用レベルで広く普及した。
死霊術が禁じられ、アンデッドが補っていた人手はゴーレムに取って代わり、神聖術師や教会のない地域では、薬匠としても重宝される錬金術師。
魔法が“天から与えられし才能”であるならば、錬金術は“地を這い、積み重ねられた叡智”である。
戦場で剣が交わされるとき、勝敗を分けるのは必ずしも刃ではない。毒か、薬か──見えぬところで働く“誰か”の知恵である。
それが陰の立役者たる存在、錬金術師だ。
「……って! 師匠には、そう教わったのですが!? 何故、私はこんな事を!?」
「そんなことはどうでもいい! 見たところ、お前には筋肉が足りない! 筋肉は全てを解決するのだッ!」
クリスが、グレイブヤードミート本店の関係者だろう大男に連れ去られること数分。
与えられた部屋に投げ込まれると、待っていたであろう数名の大男に囲まれ、腕立て伏せをやらされていた。
「お前が授かるゴーレムは、常に隣を歩いてくれるわけじゃない。かといって、キャラバンの馬車にそれを積むスペースがあるとも限らん。その場合、どうする? 背負うしかあるまい! そこで筋肉という訳だ! ガハハ」
マッチョマンのリーダー格だろう男は、クリスの前で腕を組み、思いっきり胸を張る。
「えぇ……」
クリスが顔を歪めているのは、その言葉への心情の表れ――ではなく、腕立て伏せの疲労から。
コット村から今日まで、船上でもシャーリー指導の元、体力作りはやらされていた。
それが単独行動になり、ようやくの解放かと思われた矢先にコレである。
しかし、彼等の言う事は、何も間違ってはいない。
どれだけ凄かろうと、24時間365日稼働し続けられるゴーレムは存在しない。術者操作型のゴーレムは、魔力が切れれば崩壊し、自律型は動きを止める。
仮に無限に行動可能なゴーレムがいたとしても、それを初心者錬金術師に毛が生えた程度のクリスに作り出せるわけがなく、所持していること自体不自然だ。
「既に貴様のスケジュールは決まっている。この後は昼食の後、筋トレ! 小休憩の後、更に筋トレ! 夕刻、ギルドで冒険者登録をし、夕食後の筋トレを終えたら就寝だ」
それを聞くと、クリスの腕から力が抜け、肘がぐにゃりと曲がった瞬間、全身が重力に引きずられ床にべちゃりと張りついた。
「せめて、冒険者ギルドは明日にしませんか?」
「ほう、見上げた根性じゃないか! 明日は筋肉痛で更に辛いというのに、それでも外出を望むか! その意気やヨシッ!」
薄っすらと涙を滲ませるクリス。この部屋に拉致された時、既に気付いてはいたのだ。
外側からのみ鍵が掛けられる仕様の鉄扉。部屋に窓はなく、天井にある小さな換気口には鉄格子が取り付けられている。
石で囲まれた室内は声が反響するばかりで、最早逃げる事は叶わないだろうと……。
「うう……。やっぱり今日でいいですぅ……」
――――――――――
それから数時間後。疲労困憊のなか、クリスは外出を許され、冒険者ギルドへと向かった。
その道のりは、険しく遠い。何故なら背負ったリュックには、10キロ相当の鉄の塊が入っているからである。
「ぐぬぬ……」
それでもクリスは諦めない。王都に住むという夢はもちろん、ここで逃げ出しても、1人で生きていく当てはなく、既に背水の陣なのである。
他国の都市で、知人など皆無。冒険者ギルドに錬金術師として登録し、仕事を引き受ける事は可能だろうが、それが軌道に乗り、王都で生活をしていた頃のようになるまでには、どれほどの時間が掛かるのか……。
クリスが、そんな未来を選択するはずがない。未来の見えない苦労よりも、目先のニンジンである。
「これで王都に戻れなかったら、領主様をぶん殴ってやるんだからッ」
悪態をつかなければ、やっていられないとでも言いたげなクリスは、周囲から向けられている憐れみの視線には目もくれず、重い足取りでただひたすらにギルドを目指す。
誰にともなく呟いた声が、本気かどうかは別として、その姿からは、かつての怠け者の面影は消えようとしていた。
グレイブヤードミートの本店から、距離にしておよそ2キロほど。息も絶え絶えのクリスが見上げたのは、冒険者ギルドのトゥームレイズ支部だ。
「やっと、着いた……」
流石は王都にあるギルド。地下にありながらもその巨大な建物は、まさに要塞の如き威容を誇る。
「ま、まぁスタッグのギルドには劣るけど、こっちも中々じゃない」
それが、負け惜しみにも聞こえてしまうのは、その外観からひしひしと伝わる圧迫感によるものだ。
黒鉄と花崗岩を組み上げて造られた外壁は、城砦にも劣らぬ堅牢さを備え、分厚い扉の上にはミスリルで作られたギルドの紋章が掲げられていた。
中へ足を踏み入れると、まず耳に届くのは冒険者たちの賑やかな声。
酒と汗と革の匂いが混ざり合う広大な空間には、粗削りな木製の長卓がいくつも並び、食堂としての機能も備わっている様子。
厨房からは焼いた肉の香ばしい匂いが漂い、腹を空かせた冒険者たちが列を成す。
その反対側に設けられたカウンターには、ギルドの受付嬢が並び立ち、来訪者に応じて依頼の説明や報酬の精算をテキパキとこなしていた。
その背後には巨大な依頼掲示板。張り出された仕事の数々が、冒険者の目に留まるのを待っている。
そんな景色を前に、クリスは僅かに微笑んだ。
椅子に座っても床に足が届かないほど幼かったあの頃――。父の仕事に興味を持ち、無理を言って仕事場について行ったときのことを、ふと思い出したのだ。
そのとき、父がかけてくれた言葉が、今でも心に残っている。
冒険者ギルドとは、武勲と野心、そして血と汗が渦巻く場所であり、街の安寧と明日を切り開く者たちの始発点であるのだと――。
その始まりは、魔法を持たぬ者の切なる願いからだった。
魔族にしか扱えぬ魔法の力に魅せられ、それを解析、人の身でも再現しようと奮起した者達。
金属、薬草、鉱石、そして魂――。自然界の理を積み重ね、数式と試行錯誤で編まれた学問としての術。
下賤の力の模倣だと蔑まされたこともあったが、その有用性に気付いた者達から徐々に受け入れられ、いつしかそれは魔族へ対抗するための手段のひとつとなった。
人々が魔力を手にすると、それは更なる発展を遂げた。
命無き者に、魂を与える術。粘土や金属、石を素材に、魔力を織り込んで生み出される魔法生物。ゴーレムと呼ばれるそれは、1つの研究の通過点でありながらも、実用レベルで広く普及した。
死霊術が禁じられ、アンデッドが補っていた人手はゴーレムに取って代わり、神聖術師や教会のない地域では、薬匠としても重宝される錬金術師。
魔法が“天から与えられし才能”であるならば、錬金術は“地を這い、積み重ねられた叡智”である。
戦場で剣が交わされるとき、勝敗を分けるのは必ずしも刃ではない。毒か、薬か──見えぬところで働く“誰か”の知恵である。
それが陰の立役者たる存在、錬金術師だ。
「……って! 師匠には、そう教わったのですが!? 何故、私はこんな事を!?」
「そんなことはどうでもいい! 見たところ、お前には筋肉が足りない! 筋肉は全てを解決するのだッ!」
クリスが、グレイブヤードミート本店の関係者だろう大男に連れ去られること数分。
与えられた部屋に投げ込まれると、待っていたであろう数名の大男に囲まれ、腕立て伏せをやらされていた。
「お前が授かるゴーレムは、常に隣を歩いてくれるわけじゃない。かといって、キャラバンの馬車にそれを積むスペースがあるとも限らん。その場合、どうする? 背負うしかあるまい! そこで筋肉という訳だ! ガハハ」
マッチョマンのリーダー格だろう男は、クリスの前で腕を組み、思いっきり胸を張る。
「えぇ……」
クリスが顔を歪めているのは、その言葉への心情の表れ――ではなく、腕立て伏せの疲労から。
コット村から今日まで、船上でもシャーリー指導の元、体力作りはやらされていた。
それが単独行動になり、ようやくの解放かと思われた矢先にコレである。
しかし、彼等の言う事は、何も間違ってはいない。
どれだけ凄かろうと、24時間365日稼働し続けられるゴーレムは存在しない。術者操作型のゴーレムは、魔力が切れれば崩壊し、自律型は動きを止める。
仮に無限に行動可能なゴーレムがいたとしても、それを初心者錬金術師に毛が生えた程度のクリスに作り出せるわけがなく、所持していること自体不自然だ。
「既に貴様のスケジュールは決まっている。この後は昼食の後、筋トレ! 小休憩の後、更に筋トレ! 夕刻、ギルドで冒険者登録をし、夕食後の筋トレを終えたら就寝だ」
それを聞くと、クリスの腕から力が抜け、肘がぐにゃりと曲がった瞬間、全身が重力に引きずられ床にべちゃりと張りついた。
「せめて、冒険者ギルドは明日にしませんか?」
「ほう、見上げた根性じゃないか! 明日は筋肉痛で更に辛いというのに、それでも外出を望むか! その意気やヨシッ!」
薄っすらと涙を滲ませるクリス。この部屋に拉致された時、既に気付いてはいたのだ。
外側からのみ鍵が掛けられる仕様の鉄扉。部屋に窓はなく、天井にある小さな換気口には鉄格子が取り付けられている。
石で囲まれた室内は声が反響するばかりで、最早逃げる事は叶わないだろうと……。
「うう……。やっぱり今日でいいですぅ……」
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それから数時間後。疲労困憊のなか、クリスは外出を許され、冒険者ギルドへと向かった。
その道のりは、険しく遠い。何故なら背負ったリュックには、10キロ相当の鉄の塊が入っているからである。
「ぐぬぬ……」
それでもクリスは諦めない。王都に住むという夢はもちろん、ここで逃げ出しても、1人で生きていく当てはなく、既に背水の陣なのである。
他国の都市で、知人など皆無。冒険者ギルドに錬金術師として登録し、仕事を引き受ける事は可能だろうが、それが軌道に乗り、王都で生活をしていた頃のようになるまでには、どれほどの時間が掛かるのか……。
クリスが、そんな未来を選択するはずがない。未来の見えない苦労よりも、目先のニンジンである。
「これで王都に戻れなかったら、領主様をぶん殴ってやるんだからッ」
悪態をつかなければ、やっていられないとでも言いたげなクリスは、周囲から向けられている憐れみの視線には目もくれず、重い足取りでただひたすらにギルドを目指す。
誰にともなく呟いた声が、本気かどうかは別として、その姿からは、かつての怠け者の面影は消えようとしていた。
グレイブヤードミートの本店から、距離にしておよそ2キロほど。息も絶え絶えのクリスが見上げたのは、冒険者ギルドのトゥームレイズ支部だ。
「やっと、着いた……」
流石は王都にあるギルド。地下にありながらもその巨大な建物は、まさに要塞の如き威容を誇る。
「ま、まぁスタッグのギルドには劣るけど、こっちも中々じゃない」
それが、負け惜しみにも聞こえてしまうのは、その外観からひしひしと伝わる圧迫感によるものだ。
黒鉄と花崗岩を組み上げて造られた外壁は、城砦にも劣らぬ堅牢さを備え、分厚い扉の上にはミスリルで作られたギルドの紋章が掲げられていた。
中へ足を踏み入れると、まず耳に届くのは冒険者たちの賑やかな声。
酒と汗と革の匂いが混ざり合う広大な空間には、粗削りな木製の長卓がいくつも並び、食堂としての機能も備わっている様子。
厨房からは焼いた肉の香ばしい匂いが漂い、腹を空かせた冒険者たちが列を成す。
その反対側に設けられたカウンターには、ギルドの受付嬢が並び立ち、来訪者に応じて依頼の説明や報酬の精算をテキパキとこなしていた。
その背後には巨大な依頼掲示板。張り出された仕事の数々が、冒険者の目に留まるのを待っている。
そんな景色を前に、クリスは僅かに微笑んだ。
椅子に座っても床に足が届かないほど幼かったあの頃――。父の仕事に興味を持ち、無理を言って仕事場について行ったときのことを、ふと思い出したのだ。
そのとき、父がかけてくれた言葉が、今でも心に残っている。
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
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アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
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