生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第685話 クリス、冒険者になる

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「いらっしゃい! 空いてる席にどうぞ!」

 ギルドに併設されている食堂の給仕から声を掛けられ、我に返ったクリス。

「ん……えッ……わたし?」

 冒険者には見えない格好。加えてプレートを身に着けていないなら、殆どが食堂側の客である。しかも、出入口で呆けていては、案内待ちだろうと思われても仕方ない。

「あぁ……いえ……こっちで……」

 クリスが、申し訳なさそうにギルドカウンターを指差すと、早く座れと急かすような視線を送っていた給仕の女性は、一瞬驚いたような顔を見せるも、僅かに頭を下げ、呼ばれたテーブルへと駆けて行った。

 改めて、クリスはギルドのカウンターへと向き直り、自分の頬をパチンと叩く。
 そして、その一部始終を見ていたであろう受付嬢と目が合うと、その場所へと狙いを定め、覚悟を決めて歩き出す。

 重りの入ったリュックを勢いよく降ろすと、ドスンという音と共に振動するカウンター。
 誰かが巨大な斧でも落としたのかと、辺りの注目を集める中、静まり返ったギルド内に、クリスの声が良く通る。

「こ、こんにちわ。ぼ、冒険者になりたいんだけど……」

 その言葉を皮切りに、ざわめきが弾けたように広がった。
 最初に吹き出したのは、隅で酒を煽っていた戦士風のドワーフの男。それに倣ってか、筋骨隆々の男達からも皮肉めいたヤジが飛ぶ。

「お嬢様のおままごとかい?」

「まずはそのお上品な服を脱いで、泥まみれになる覚悟を決めてから出直しな」

 口々に放たれる嘲笑。それは周囲に伝播し笑いの渦が巻き起こる。
 クリスは、それに反論もせず、ただその場に立ち尽くした。
 白い頬にじわりと紅がさし、目元がわずかに揺れる。羞恥を覚え、拳を小さく握りしめるも、逃げ出したりはしない。
 都会のギルドには珍しくない新人いびり。そうなることは、想定済みだ。
 問題は、それをどう捉えるか……。
 その程度で諦めるなら冒険者など向いていないという警告。命を落とす前に早々に立ち去れという、ある意味先輩からの愛の鞭とも呼べるもの――。
 そう考えれば、怒りも湧いてこないからとシャーリーは、そうクリスに教えていた。
 そこまで含めてが、通過儀礼なのだと。

 しばらくその様子を見ていたギルドの受付嬢も、頑なに引く様子を見せないクリスを見て、マニュアル通りの言葉を返す。

「かしこまりました。それでは、幾つかの質問と適性鑑定を行いますので、少々お待ちください」

 受付嬢が持ってきたのは、適性の鑑定に使われる魔道具の水晶と、適性アリと判断された場合に、登録証として扱うプレートだ。

「では、利き手ではない方で、こちらの水晶に触れてください」

 言われた通り、ハンドボールほどの大きさの水晶に左手を添えたクリス。
 すると、無色透明のそれは、ひんやりとした感触と共に輝きだした。

「おめでとうございます。どうやら、錬金術師としての適性をお持ちのようですね」

 直射日光の下では見えないだろう程度の、黄土色に近い光。
 クリスにはわかっていた答えであり、特に驚きもないのだが……。

「良かったなお嬢さん。戦闘職じゃなくて」

 本来であれば、一喜一憂する場面を演出するべきなのだが、外野からの冷やかしの声に、流石のクリスもご機嫌斜め。
 とにかく早く登録を済ませたくて、事務的な受け答えに終始する。

「それでは、こちらのプレートに利き手で触れてください」

 差し出されたのは、黒ずんだ1枚の金属板。その結果に周囲が注目する中、クリスがそれに手を置くと、現れたのは赤銅色に輝くプレート。

「はい、解散。ブロンズでしたぁ」

 冒険者を代表するかのように、近くで覗いていた男がそう言うと、辺りは騒がしさを取り戻し、途端にクリスに興味を無くす。

 受付嬢から説明される、冒険者の心得やルール。真面目に聞いているフリをして、クリスはそれを聴き流す。
 既にシャーリーから耳にタコができるほど、聞かされているので、座学だけなら上級者を名乗れるだろう。

「では、これにて登録は終了です。こちらのプレートは冒険者としての身分証明ともなりますので、紛失にはご注意ください。1週間ほどで担当の職員が選出されますので、次回お越しいただいた際にご案内いたします」

 全ての審査が終了し、渡されたプレートを握り締めるクリス。
 これもまた、わかっていた結果ではあるが、周囲の反応には不満を覚える。

(彼等も、これからは冒険者仲間……。気にしちゃダメ……。自分の仕事に集中しないと……)

 ここまでは全て予定通り。クリスは心を落ち着けるため深呼吸し、重いリュックを引き摺りながらも、仕事の依頼が張り出されている掲示板に目を凝らす。

(えーっと……。確かキャラバンって雇用形態で……)

 自分が、参加表明をしなければならない依頼を探す。それがなければ、ここでクリスの夢は終了だ。

「……あった。コレ……よね……?」

「急募!」と、書かれた札付き。制限の項目に書かれていた、シルバープレート以上の文字の上には斜線が引かれ、人員の確保は難航している模様。

(魔族の生け捕り表記が……ない?)

 教わっていた条件とは若干違う依頼。しかし、オーガ討伐が目的のキャラバン募集は、それ以外に見当たらない。

(後で、受付の人に聞けばいいか……)

 クリスがその依頼に手を伸ばし、カウンターへ提出しようと振り返った瞬間だった。

「おいおい、今冒険者になったばかりのヒヨッコが、これを受けるつもりじゃねぇよなぁ?」

 クリスの手から奪われた依頼書。眉間にシワを寄せ、クリスを見下ろすように睨みつけていたのは、強面の人間の中年男性。
 クリスに、ヤジを飛ばした3人組の冒険者のうちの1人だ。
 胸に輝くのは、ゴールドのプレート。スキンヘッドが眩しい武闘派で、まるで鎧のように張り詰めた肉体。
 その全身を覆うシャツは、もはや布というより束縛に近く、縫い目が今にも裂けそうに膨れている。
 胸元に至っては、呼吸のたびにピチピチと布地が波打ち、ボタンが耐えているのが奇跡のようだ。

「――ッ!?」

 誰もが、それに逆らうのは悪手だろうと理解出来る状況。当然クリスもその1人だが、だからといって諦めますとは言えない事情がある。

「えっと……。一応、ランクの制限はないみたいなので……」

「そういうことを言ってるんじゃねぇ。お前コレ、相手がオーガだって知ってて……いや、そもそもオーガって何か知ってるか?」

「い、いちおう……」

 そのオーガに人質にされ、死ぬ思いまでしたのだが、それを公に出来るはずもない。
 コット村の……九条の関係者だと、バレる訳にはいかないのだ。

「どうせ、知識だけだろ? 実際に見たこともねぇ奴がコレに参加したところで、足手まといになるのがオチだ。悪い事は言わねぇからコレだけはやめとけ」

 それは無理な相談だ。むしろ逆で、それの為に冒険者になったようなもの。

「でも……」

「ゴールドの俺が、やめろっつってんだ。先輩の言う事は素直に聞いておくもんだぜ、お嬢ちゃん?」

 その言動には、流石のクリスも苛立ちを覚える。
 先程まで、人の事を散々バカにしていたくせに、いざ冒険者になったら偉そうに先輩面で意見する。

「うるさいなぁ……。オーガを実際に見たことがないと受けちゃダメなんて制限、依頼書には書いてないじゃん。それに、お嬢ちゃんなんて呼ばれる歳でもないんですけど!?」

 相手は恐らく30代後半。確かにクリスとの差はあるが、歳だけで言えば、クリスだって十分大人。
 まさか言い返すとは思わなかったのか、熱を帯びたクリスの声に、その場の空気が張り詰める。

「んだとぉ?」

「なによ!?」

 言葉がぶつかり合った瞬間、二人の間に火花が散った。
 それでもクリスが強気でいられるのは、冒険者同士、更に言うならギルド内での争いはご法度だと説明を受けたばかりだから。
 ただ、相手がそれを守るとも限らないのだが……。
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