生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第705話 クリス、アミーを説得する

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 深い闇を宿す黒い眼窩の中に、妖しく輝く紫の瞳がクリスを見つめる。
 それはよそ者を睨みつけるようなオーガのソレとは違う。警戒などまるでしていないかのような、無気力な視線だ。

「こんにちは。あなたのお名前は?」

 鈴のように澄んだ、子供らしい高い声。あどけない笑顔を見せてはいるが、やはりどこか影を差す。
 フードルに無理矢理慣れさせたからか、それとも相手が年端もいかぬ子供だからか。アミーが魔族であるとわかっていながらも、クリスは恐怖を微塵も感じなかった。

「クリスよ。オルガナに頼まれて、あなたを助けにきたの」

「そう……。でも、ごめんなさい。私達のことは放っておいて早く戻った方がいい。もうすぐ20層が崩落を始めるわ。早く戻らないと、あなたまで帰れなくなっちゃう」

 それは、このダンジョンの最終手段。アミーの父であるベリルが、自己犠牲を選択した場所でもある。
 一度崩れたその場所を復旧させ、トラップとして再活用。外部との接続を遮断すれば、侵入者を防ぐことが可能だ。
 当然、それが起動すれば、内側からの脱出もままならない。時間をかければ復旧は可能だろうが、それまでアミーの命は持たないだろう。
 アミーの角は、艶のない灰のような色。それも限りなく白に近かった。

「心配するのは、そっちじゃなくてこっちなの。ここまできて、ハイそーですか――とは、ならないのよね」

 それでは、いままでのクリスの努力が水の泡。仲間を裏切ってまでここにきたのだ。
 何としてでもアミーをコット村へと連れ帰る……。クリスの意思は、固かった。

「そう……。なら、ドズルたちを助けてあげて。私はもう、長くないから……」

 視線を移した先にいたのは、アミーの身体を支えているオーガの男。
 それが本心であろうと、偽りであろうと――クリスにとっては、些細なこと。何と言われようと、アミーの救出優先度が変わることはない。
 しかし、その発言はどこか大人びていて、クリスはそれに疑念を抱く。
 オルガナがアミーを救う為、命を差し出す覚悟で魔王を訪ねてきたのに対し、当の本人は生きることを諦めているかのような言動。
 やる気をなくす――とまでは言わないが、クリスはオルガナたちに僅かながらに同情した。

「……そもそもなんだけど、私を信用していいの?」

「ええ。人間のお客さんで、会話を試みようとした人は、あなたが初めてだから。……それに……」

「それに?」

「クリスさんの後ろのお人形……。なんだか、懐かしい匂いがするの……」

 それには、ピンときたクリス。目を細め、わずかに口元を緩めながら、感嘆を隠しきれない表情を浮かべる。

「へぇ。魔族って、嗅覚が優れてたりする?」

 クリスがアシュラに向かって小さく頷いて見せると、アシュラはぎしりと軋む音を響かせながら、自ら胸部装甲の留め具を外した。
 金属の留め具が外れる音が響き、重々しい金属板が左右に開かれると、その中身は肉体でも臓器でもない。無数の小瓶が仕舞われていた。
 淡く光を反射する薬品の容器。更にその奥には、一振りの魔剣が静かに収められていたのだ。

「――パパの剣!」

 アシュラが自分の体の中から取り出したのは、紅い刀身のイフリート。クリスの薬品類と一緒に、アシュラの内部に隠していた物である。
 それは、いざという時のための切り札。保険と呼ぶにはあまりに凶悪な代物。
 目撃者を残してはならない――。それが、使用に関する絶対の条件だった。

「オルガナから聞いてる。お父さんのことは残念だけど、後を追うにはまだ早すぎると思わない?」

「……でも……」

 アシュラから渡されたイフリートを、抱きしめるよう受け取ったアミーだったが、その表情は優れない。
 状況は最悪と言っていい。周囲は冒険者に囲まれていて、ダンジョンを侵攻してくる三人の冒険者は手練れ中の手練れだ。

「なんかさぁ……子供らしくないのよね……」

「え?」

「死にたくないから助けてって、言えばいいじゃん。何に遠慮してるのか知らないけど、後から金銭を要求したりはしないから」

「別に、そういうわけじゃ……」

 それを聞いて、更にふさぎ込んでしまったアミーに、クリスは大きな溜息をつく。

「あんたが死んじゃったら、私やオルガナだけじゃない。このダンジョンを守り抜いてきたオーガたちの長年の努力が無駄になるのよ? あんたの父親があなたを封印したのは、何のため? 少しでも助かる確率が高い方に賭けたんじゃないの?」

 ほんの少しでも考え方を変えてくれればと願い、口にした言葉だったが、クリスはそれに強烈な自己嫌悪を覚えた。

(――どの口が、それを言うのか……)

 思わず自分に問いかけた。父親と娘の、よくあるすれ違い。互いの価値観の違いから、溝を埋められないまま離れてしまった日々。
 そのくせ、自分のことを棚に上げて、誰かに諦めるなと説教じみた言葉を投げかけている。
 あまりに身勝手で、滑稽ですらある。しかし、その言葉を飲み込むこともできなかった。アミーにとって必要なのは、ただ前を向くための力だったからだ。

「ま、まぁ他人の事は言えないんだけどさ……。もう少し足掻いてみてもいいんじゃない? コット村はいいところよ? ……少なくともあなた達には……ね」

「コット村……とは、どんなところなんですか?」

「え? ……うーん。正直なんで成り立っているのかわからないんだけど、魔王って呼ばれてる人間が領主をしてて、魔族と魔獣、それとアンデッドが我が物顔で村を跋扈してるんだけど、人間もいて……。あっ、人間もいるって言ったけど別に奴隷とかじゃなくて、みんな普通に暮らしてて……。あとでっかい黒い竜がいたりいなかったりして……。私、何言ってんだろ……」

 クリスは自分の口から出た言葉に、思わず苦笑を浮かべた。そんなおとぎ話のような村が現実に存在するなど、誰が信じるのか……。

「そんな夢のような場所があるなら、見てみたいです」

 クリスの言葉に、僅かに笑みをこぼしたアミー。クリスはそれに、感情が入っていなかったように見えて、ムッとした。
 きっと、気休めのための作り話だと受け取ったに違いない。それが普通の反応だということも理解している。
 だが困ったことに、それは誇張でも虚構でもなく、確かに実在している村なのだ。

「あっ! 今、嘘だと思ったでしょ!?」

 アミーの一言に、対抗心をくすぐられてしまったクリスは、アミーが寝ているベッドに両手をかけると、その身を乗り出し顔を近づける。

「嘘じゃないわよ!? ホントだかんね!? いや、何も言わなくていい。そう思うなら、見せてやろうじゃないの!」

 ――嘘ではない。本当に存在するのだ。だからこそ、クリスは胸の奥で固く誓った。この場を必ず乗り切り、アミーをコット村へ連れて帰るのだと。
 そして父に証明してみせる。自分がただ守られる子供ではなく、与えられた役目を果たすだけの力を備えているのだと……。
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