生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第704話 クリス、アミーと邂逅する

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 意を決して一歩を踏み出したクリス。その途端、足元が音を立てて崩れ去った。
 暗闇に吸い込まれるように落下し、胸を締め付けるような恐怖に喉が詰まる。骨が砕ける未来が脳裏を過るも、そうはならなかった。
 クリスの身を受け止めたのは、アシュラ。冷たい腕に抱きとめられ、地面に叩きつけられることなく、クリスは無傷のまま深層へと降り立つことができたのだ。
 周囲には、崩れ落ちた石片や土砂が幾重にも積み重なり、舞い上がった細かな砂塵が空気に濁りを与える。
 そこに立つだけで肺が拒絶するような、不快な息苦しさを覚えながらもクリスは、ひとまず安堵した。

「……ありがと、アシュラ」

 まるで荒れ果てた廃墟のようになってしまったが、結果として一気に地下15層までの先回りに成功したクリス。

「……急ぎましょ」

 頭の中に叩き込んだダンジョンマップとトラップの位置。クリスはそのアドバンテージを最大限に生かし、アシュラの腕の中で矢継ぎ早に指示を飛ばす。

「3歩先にトラップ。右壁にそれを解除するスイッチがある」
「次の角を曲がると、毒ガスの部屋。出口の扉は引き戸のように見えるけど、持ち上げれば開けられる」

 アシュラはクリスの言葉に従い、難なくダンジョンを駆け抜ける。
 最適解であり最短距離。その速度は、勝手知ったる我が家を闊歩するようなものだ。

 やがて数多くのトラップを回避し、クリスたちは地下20層へと辿り着いた。
 そこは最終関門とでも言うべきフロア。ここを通り抜けられれば、オーガたちの居住区は目と鼻の先である。
 そして地下21層への階段がある広間へと足を踏み入れた瞬間、クリスは空気が変わったのを感じた。
 暗がりに潜む気配の数に、思わず息を呑む。

「そっちから出て来てくれたのね。話が早くて助かるわ……」

 地下へと続く階段を封鎖するよう待ち受けていたのは、武装したオーガの一団だった。
 闇の奥に並ぶ無数の影、隆起した筋肉、光を反射する鋭利な武器。地鳴りのような低いうなりが広間に響き、クリスを強く睨みつける。
 敵意を剥き出しにしてはいるのだが、コット村に攻めてきたオーガたちとは違い、どこか迫力に欠ける。

「待って。私は敵じゃない。オルガナに言われてここにきたのよ。これが何かは、わかるでしょ?」

 アシュラから降り、その証拠にとクリスが取り出したのは、薄紫に色付いた水晶にも似た小さな石片。
 アシュラの操作を担うなどと吹聴していたそれは、オルガナから預かった魔石の欠片だ。
 それを見たオーガたちに、どよめきが走る。

「確かにそれは、オルガナの魔石……。貴様、オルガナをどうした!?」

 人間で言えば、還暦を超えたであろうオーガの男性が、クリスにビシッと指を指す。
 その疑問は当然。オーガたちから見れば人間は敵だ。クリスがオルガナを殺し、奪ったと考える方が自然。
 なにより、クリスの後方に控えるアシュラからは、尋常ならざる圧力を感じていた。

「オルガナも、その仲間達もみんな無事。結果から言うと、オルガナ達は魔王に会えた。で、アミーの救出を任されたのが私ってワケ。オルガナが一緒にこれないのは……見りゃわかるでしょ? 私は人間で、彼女はオーガなんだから」

「信じられるか! 何故、魔王様が人間など派遣する!?」

「そもそもあなた達の間で噂になってる魔王様って、人間なのよ。しかも、領主様って立場でもあるから、オーガとか魔族に表立って手を貸したりはできないってワケ。ダンジョンハート……だっけ? それが生きてたら、ここに転移できたんだけど、ダメになってるんでしょ?」

 それを聞くと、オーガたちは互いに顔を見合わせ、重たい声を低く漏らし合う。
 クリスの耳に届くのは、石が転がるようなくぐもった響き。視線はときにクリスへと戻り、その眼光には疑念と戸惑いとが入り混じっていた。
 はっきりとは聞き取れないが、迷っているだろう事は確実だ。

「話し合いは結構だけど、こっちだって危ない橋渡ってんだから早くしてよね。そっちだって一刻を争うんじゃないの? 魔族だったら当てはあるから、アミーの為を思うなら断る理由はないと思うけど?」

 それから数分。話し合いが終わると、警戒感はそのままにオーガたちは階段の前から退いた。

「ついてこい。ボスの判断を仰ぐ」


 オーガたちに案内され、辿り着いたのは地下25層。湿った空気が漂うこのフロアからがオーガたちの居住スペース。
 粗削りの石を積んだだけの壁には獣の毛皮が掛けられ、周囲には火を焚いた痕だろう燻った匂いが染みついていた。
 人間のクリスが珍しいのか、オーガの子供が通路の影から覗き込み、母親がそれをやめさせようと引っ込める。
 その光景は、魔物の巣とは言い難い。人と同じ生活感が滲み出ていた。

 そんなフロアの一角に、不釣り合いなほど質素な寝室があった。
 その入口で待つように言われたクリスは、好奇心でその部屋の中を覗き込む。
 粗末な木枠に敷かれた寝台。その上には、一人の少女が横たわってた。
 小さな体には不釣り合いな大きな角。それを隠すよう流れ落ちる透き通った白髪。人とは違う青く沈んだ肌の色は、オーガではない。

(あれがアミー……? 封印……解けちゃってるってことは、結構マズいんじゃない?)

 薄い胸はかすかに上下し、閉じられた瞼は静かな眠りを装っていたが、その呼吸は弱々しくも感じられる。
 そんな少女にオーガの男が歩み寄り、身をかがめると、その耳元で何かを囁く。
 すると、その声に導かれるように、アミーはゆっくりと瞼を持ち上げた。
 細い腕に力を込め、かろうじて上体を起こす。だが、それだけで肩は大きく上下し、喉からは苦しげな吐息が漏れた。
 それを慌てて支えるオーガの男。今にも消えてしまいそうな命の灯火。
 長くは保たない──。それは見る者に否応なく伝わってしまうほど、アミーの姿は儚げだった。
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