生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第472話 新生カイエンと神に唾吐く者

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 カイエンの喉元が僅かに動きを見せ、全身が輝きだす。

「――ッ!?」

 カメラのフラッシュを目の前で浴びせられたかのような激しい光が辺りを覆い、バチンッという金属製のワイヤーが切れたような音の後、メリルが意識を取り戻す。

「弾き出されちまった! カイエンは無事か!?」

 真っ白な世界で聞こえたメリルの声。
 背けてしまった視線を再びカイエンへと戻すと、そこには巨大な毛玉があった。
 そして、カイエンの瞼がゆっくりと開かれる。

「俺は……」

 腹の上の違和感の元であるメリルを、片手の爪でひょいと摘まみ上げると、それを自分の顔へと運ぶ。

「――ッ!?」

 寝ぼけてメリルを食べてしまうのでは? ――という俺の不安をよそに、カイエンは大人しくメリルを地面に降ろし、重そうに起き上がった。
 尻もちをついたような体勢で座り、頭を左右に激しく振る。
 覚醒を待つかのように少しの間を置き、ようやく自分の身体の変化に気付けるほどの余裕ができたカイエンは、全身を所構わずまさぐり始めた。

 一番の変化は体の大きさ。一般的な熊と同等のサイズだった身体も、今やその3倍近い。
 例えるなら、馬車と同等。自動車で言うならミニバンくらいか……。
 話す時に見上げなければならないのは玉に瑕だが、大きな変更点はそれくらい。
 顔立ちも毛並みもほぼ一緒。そのままカイエンがデカくなっただけという印象に、俺は少しだけ安堵した。
 元が誰だかわからなくなってしまうような変化は、望んではいなかった。
 勿論、俺の好みという話ではなく、万が一アモンが魔界からこちら側へと戻って来た時、カイエンの姿に気付かない――なんてことになったら悲しいではないか……。

「大丈夫か、カイエン。俺が誰だかわかるか?」

「ああ、九条殿か……。大丈夫だ……。それよりも俺は一体なにを……」

「ベヒモスの魔眼に、意識を支配されていたんだ。……今はどうだ?」

「あのドス黒い感情は、そういう事だったのか……。……今はなんともない。むしろ生まれ変わった気分だ……」

 それを聞いてホッとした。契約は成功したのだろう。意識もハッキリしている様子。
 魔眼の残滓も消滅したと見ていいのではないだろうか?

「九条? カイエンは、なんと言うておる?」

「ああ。どうやら魔眼の影響はなくなったみたいだ」

 それを聞いて、沈んでいた皆の表情にも笑顔が戻る。
 そんなカイエンに、真っ先に飛びついたのはミア。その巨体は、登り甲斐がありそうだ。

「……何と言えばいいのか……悪い夢でも見ていた気分だ……。憎しみが溢れ出し、ベヒモスだけが俺を救ってくれると、誰かが頭の中で囁いてくる……。それを聞き入れないように、深い暗闇の中で必死に耳を塞いでいたんだ」

 いつもの豪快さは鳴りを潜め、視線を落とし塞ぎ込むカイエン。
 それは魔眼への恐怖が推し量れてしまうほど。
 ミアは、そんなカイエンの頭を優しく撫でていた。

「よしよし……。もう大丈夫だよ、カイエン。ベヒモスも、おにーちゃんがちゃんと倒してくれたから」

「……そうだ。暗闇の中で蹲っていたら、小さな光の中から九条殿の声が聞こえてきたんだ。……肉の食べ放題が待っていると……。そうしたら、目が覚めた」

 まさか食欲に引っ張られてきたとは思わず、苦笑してしまったが、それもまたカイエンらしい。

「これでひとまずは一件落着じゃな。……それで? カイエンは魔獣化して、どんな力を授かったんじゃ?」

 それを聞いて、何かに気付いたカイエンが口を開くと、そこから漏れ出る吐息の輝きは凍えるほどの冷たさ。

「どうやら、魔眼の方ではないようじゃな……」

 安堵したような表情を浮かべるエルザに、疑問を覚える。

「魔眼だったら、何かあったのか?」

「いやいや、おぬしとは付き合い辛くなるというだけじゃよ。魔眼を使って組織の秘密を喋らされては敵わんからな……」

「そんなことしねぇよ……」

 俺にちょっかいをかけてこなくなるなら、それはそれで願ったり叶ったりなのだが、知りたかったことは既に聞いた。
 興味本位で首を突っ込み、これ以上ややこしくなるのはこちらとしても御免である。

「あらまぁ……。随分とでっかくなったわねぇ」

 闘技場の出入口だった場所。積み上がる瓦礫の上から顔を見せたのは、観客の避難誘導をしていたケシュア。
 瓦礫が崩れないようにと慎重に降りてくると、近所のおばちゃんみたいな口調でカイエンを見上げる。

「避難は恙無く完了したわ。けが人もいたけど、命に別状はない。九条の正体に気付いた人はいないと思うけど、黒き厄災は正直どうしようもないかな……。幸いこの辺りは騎士団が封鎖してくれてるから、邪魔は入らないと思うけど……」

 町の一角でドラゴンが暴れているようなものだ。当然目撃者は数知れず、その全てを特定することは困難を極めるだろう。
 今はメリルに寄り添い、俺に真剣な眼差しを向けているキャロも、それは覚悟の上のはず。

「ベヒモスは、ファフナーが倒したってことにするのが、自然だろうな……。それよりも……」

 ふとVIP席を見上げると、こちらを覗き込んでいたネヴィアと目が合った。

「――ッ!?」

 恐らく本人も気付いているのだろう。見てはいけないものを見てしまったと――。
 ネヴィアのその表情が、全てを物語っていたのだ。
 出来れば死霊術は誰にも見られないのが理想ではあるが、不特定多数に見られるよりはマシである。

「キャロ……ちょっと……」

 キャロの隣で膝を折り、ぼそぼそと耳打ちするフリをする。
 するとファフナーが瞬時に飛び上がり、VIP席で震えていたネヴィアを捕まえた。

「にゃにゃ!? ディメンションウィング様!? 何をなさるのですかにゃ!?」

 そのままネヴィアを俺達の元へと運ぶも、ネヴィアが解放されることはない。

「た……助けて! 話せばわかるにゃ!! 私は何も見て無いにゃ!!」

「まだ、何も言ってないんですが……」

 恐怖に染まるネヴィアの瞳。無駄だと知ってか藻掻く様子もなく、俺を前にした途端にコレである。
 ある意味、話が早くて大助かりだ。
 脅迫するつもりはないのだが、状況的にそう思われても仕方がない絵面ではある。

「考えてもみるにゃ! 九条殿は巫女とディメンションウィング様を取り持ってくれた恩人! それが禁呪を使ったからと言って、裏切るようなことはしないにゃ! そもそも我が国グランスロードとシュトルムクラータは犬猿の仲。ヴィルザール神なんて、それほど信仰してないにゃ! 踏み絵でもなんでも持ってこいにゃ! 粉々のぎったんぎったんにしてやるにゃ! 唾だってかけられるにゃ! ぺっぺっ!」

「やっぱ見てたんじゃねーか……」

「ゔっ……」

 命乞い……と、言っていいのかは不明だが、とにかく必死なネヴィア。
 言葉を詰まらせ気まずそうにはしているが、俺はそれを疑ってなぞいなかった。
 カガリが俺の視線に気付き、無言で頷いたのだ。根拠はそれだけで十分なのである。
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