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第474話 女王演説
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メナブレア城の敷地面積は広大だ。城壁がそれをすっぽりと覆い、その中には王宮に始まり、迎賓館に居館、兵舎に門衛棟に倉庫など、いくつもの建物が存在している。
その全てがバロック様式に近い見た目でありながら、一番大きな王宮でも最上階は3階という低階層。
その正面玄関の真上。これ見よがしに迫り出しているバルコニーは、洗濯物を干すにはもってこいの場所だが、そうではない。
その用途は一目瞭然。眼下は、多くの民衆で溢れ返っていた。
「おにーちゃん……私、緊張してきたかも……」
その様子を、部屋の窓からこっそり覗き見ていたミアは、振り向くや否や先程のキャロと同じ顔色になっていた。
俺達がいる場所は、正面バルコニーから向かって東側の部屋。
そこは幾つかの椅子と、同じ数の姿見が置かれているだけの簡素な部屋。さながら舞台の控室だ。
「何を今更……。キャロよりはマシだろ?」
「九条おにーちゃん。私も緊張してきたかもぉ」
子供のような猫なで声で、ミアと同じセリフを耳元で繰り返したのはケシュア。
俺の左腕に抱き着いたかと思ったら、甘い吐息を吹きかけられる。
世の男性なら誰もが喜びそうなシチュエーションではあるのだが、相手がケシュアだというだけで、それも半減だ。
「似てねぇんだよ。二度とやるな」
隙を見せたら負けである。その腕を振り解くと、ケシュアは不満気に口を尖らせた。
これから始まるのは、女王演説。所謂国民へと向けたスピーチだ。
メナブレアでは、この短期間に色々な事が起こりすぎた。
黒き厄災復活に加え、明らかになった巫女の存在。そして祖霊還御大祭中止騒動等々、もはや情報規制は難しい状況。
故に、女王自らが説明責任を果たし、俺達はその功労者として紹介されることになったのである。
「おにーちゃんは、なんで緊張してないの?」
どう説明するべきかと、眉間にシワを寄せる。
場慣れしているから……と言うのが手っ取り早いが、ミアが求めている答えはそうじゃない。
緊張しないコツを聞き出したい――と、いったところだろう。
「自分がどう思われようと気にしなければいいんだ。旅の恥は掻き捨てって言うだろ? 別にここで失敗したって、それがコット村まで広まることはない。そう考えれば、少しは気が楽にならないか?」
「た……確かに……」
そんな、気付きを得た――みたいな迫真の表情で頷かれても、大袈裟が過ぎる。
「そう難しく考えるな。皆が盛り上がっていれば、それに応えて手でも振ってやればいいし、空気が冷え込んでいたら一礼だけして、目を合わせないよう城壁のブロックの数でも数えてればいい。簡単だろ?」
俺がそれを言い終わった瞬間だった。外から上がったのは、割れんばかりの大歓声。
それは、閉め切った部屋の窓がビリビリと振動するほどだ。
「どうやら、始まるみたいだな」
俺達のいる所とは反対側の西部屋からバルコニーへと姿を見せたのは、獣人達の女王ヴィクトリア。
俺がその顔をしっかりと拝めたのは、今回が初めて。
闘技場のVIP席で同席していたミアとキャロからの情報では、ちょっと怖そうな人――とのことだが、確かに纏う空気は張り詰めている。
歳の頃は30前後。所謂人型の獣人だ。露出した部分だけで判断するなら、猫妖種のようにも見えるが、判断材料がケモミミしかない為、断言はできない。
胸を張り、歩く姿はしなやかでありながらも何処か力強い。王様にありがちな如何にもな真紅のマントは煌びやかで、その手に携えている王笏は、権力を象徴しているかのような神々しさだが、その頭には猫の手を模した肉球が象られていて若干のファンシーさも窺える。
鳴り止まない歓声。こんな状態では、女王の話なぞ聞こえないのではないかとも思ったが、手すりギリギリで足を止めた女王が息を大きく吸い込むと、聴衆は嘘のように静まり返った。
「グランスロードの民たちよ。我々は間違った歴史認識を正さなければなりません。遥か昔、我々の祖先は黒き厄災の恩恵を受けていました。しかし、それは犠牲の上に成り立つもの。その非情さ故に、秘匿とされていた生贄の存在を知る者は少ないでしょう。長い間、王国はみなさんを欺いていました……。私には許しを請う資格はありません……」
澄んだ空気を伝う声は凛としていて、感情を乗せながらも決して叫んではいない。
「みなさんも耳にしているでしょう。黒き厄災の復活を。我々はその真相を確かめるべく、調査隊を派遣しました。そして判明したのです。闇の中へと葬り去られていた歴史の真実を。我々が生贄と呼んでいた者達は、竜に仕える巫女であったのです」
窓越しに見える女王の横顔が、こちらを向いた。
それは、俺達の出番が近いという合図だ。
「みんな、準備はいいか?」
やや緊張の面持ちで頷くミア。その手には、カガリの毛が握られていた。
恐らくは無意識だろう。結構強めに引っ張っているようだが、当の本人は緊張故か気付いていない様子。
一方のカガリはというと、嫌な顔ひとつせずミアには慈しむような優しい瞳を向けていた。
「そんな我々の歴史認識を正してくれた調査隊の者達に、この場を借りて感謝の念を伝えたい。多くの国民が彼等の存在すら知らないでしょう。しかしその功績は、我等の新たな道標となるのです」
バルコニーに出ると、女王から前へ出るようにと身振りで促され、控えめにその隣に並び立つ。
そこから見える景色は圧巻であった。眼下には、溢れんばかりの人。
その全ての視線が一カ所に集中しているのだ。ミアじゃなくとも気圧されて当然である。
「まずは、人族である九条とその従魔達。同じくミア。そしてエルフ族のケシュア。種族の垣根を超え、我等獣人族に尽力してくれた彼等に最大級の賛辞をッ!」
巻き起こる大歓声が、まるで衝撃波のように俺達に打ちつける。それは闘技場で聞いたものの比ではない。
素直に歓迎されているのか、それとも女王の力なのかはわからないが、ひとまずはホッとしたというのが正直な感想である。
恐らくはミアも同じ気持ちだろう。見合わせた顔は、素直に嬉しそうだった。
聴衆の期待に応えるかのように手を振る。
俺とケシュアは控えめに。ミアは子供らしく大きな弧を描くように生き生きと――。
その全てがバロック様式に近い見た目でありながら、一番大きな王宮でも最上階は3階という低階層。
その正面玄関の真上。これ見よがしに迫り出しているバルコニーは、洗濯物を干すにはもってこいの場所だが、そうではない。
その用途は一目瞭然。眼下は、多くの民衆で溢れ返っていた。
「おにーちゃん……私、緊張してきたかも……」
その様子を、部屋の窓からこっそり覗き見ていたミアは、振り向くや否や先程のキャロと同じ顔色になっていた。
俺達がいる場所は、正面バルコニーから向かって東側の部屋。
そこは幾つかの椅子と、同じ数の姿見が置かれているだけの簡素な部屋。さながら舞台の控室だ。
「何を今更……。キャロよりはマシだろ?」
「九条おにーちゃん。私も緊張してきたかもぉ」
子供のような猫なで声で、ミアと同じセリフを耳元で繰り返したのはケシュア。
俺の左腕に抱き着いたかと思ったら、甘い吐息を吹きかけられる。
世の男性なら誰もが喜びそうなシチュエーションではあるのだが、相手がケシュアだというだけで、それも半減だ。
「似てねぇんだよ。二度とやるな」
隙を見せたら負けである。その腕を振り解くと、ケシュアは不満気に口を尖らせた。
これから始まるのは、女王演説。所謂国民へと向けたスピーチだ。
メナブレアでは、この短期間に色々な事が起こりすぎた。
黒き厄災復活に加え、明らかになった巫女の存在。そして祖霊還御大祭中止騒動等々、もはや情報規制は難しい状況。
故に、女王自らが説明責任を果たし、俺達はその功労者として紹介されることになったのである。
「おにーちゃんは、なんで緊張してないの?」
どう説明するべきかと、眉間にシワを寄せる。
場慣れしているから……と言うのが手っ取り早いが、ミアが求めている答えはそうじゃない。
緊張しないコツを聞き出したい――と、いったところだろう。
「自分がどう思われようと気にしなければいいんだ。旅の恥は掻き捨てって言うだろ? 別にここで失敗したって、それがコット村まで広まることはない。そう考えれば、少しは気が楽にならないか?」
「た……確かに……」
そんな、気付きを得た――みたいな迫真の表情で頷かれても、大袈裟が過ぎる。
「そう難しく考えるな。皆が盛り上がっていれば、それに応えて手でも振ってやればいいし、空気が冷え込んでいたら一礼だけして、目を合わせないよう城壁のブロックの数でも数えてればいい。簡単だろ?」
俺がそれを言い終わった瞬間だった。外から上がったのは、割れんばかりの大歓声。
それは、閉め切った部屋の窓がビリビリと振動するほどだ。
「どうやら、始まるみたいだな」
俺達のいる所とは反対側の西部屋からバルコニーへと姿を見せたのは、獣人達の女王ヴィクトリア。
俺がその顔をしっかりと拝めたのは、今回が初めて。
闘技場のVIP席で同席していたミアとキャロからの情報では、ちょっと怖そうな人――とのことだが、確かに纏う空気は張り詰めている。
歳の頃は30前後。所謂人型の獣人だ。露出した部分だけで判断するなら、猫妖種のようにも見えるが、判断材料がケモミミしかない為、断言はできない。
胸を張り、歩く姿はしなやかでありながらも何処か力強い。王様にありがちな如何にもな真紅のマントは煌びやかで、その手に携えている王笏は、権力を象徴しているかのような神々しさだが、その頭には猫の手を模した肉球が象られていて若干のファンシーさも窺える。
鳴り止まない歓声。こんな状態では、女王の話なぞ聞こえないのではないかとも思ったが、手すりギリギリで足を止めた女王が息を大きく吸い込むと、聴衆は嘘のように静まり返った。
「グランスロードの民たちよ。我々は間違った歴史認識を正さなければなりません。遥か昔、我々の祖先は黒き厄災の恩恵を受けていました。しかし、それは犠牲の上に成り立つもの。その非情さ故に、秘匿とされていた生贄の存在を知る者は少ないでしょう。長い間、王国はみなさんを欺いていました……。私には許しを請う資格はありません……」
澄んだ空気を伝う声は凛としていて、感情を乗せながらも決して叫んではいない。
「みなさんも耳にしているでしょう。黒き厄災の復活を。我々はその真相を確かめるべく、調査隊を派遣しました。そして判明したのです。闇の中へと葬り去られていた歴史の真実を。我々が生贄と呼んでいた者達は、竜に仕える巫女であったのです」
窓越しに見える女王の横顔が、こちらを向いた。
それは、俺達の出番が近いという合図だ。
「みんな、準備はいいか?」
やや緊張の面持ちで頷くミア。その手には、カガリの毛が握られていた。
恐らくは無意識だろう。結構強めに引っ張っているようだが、当の本人は緊張故か気付いていない様子。
一方のカガリはというと、嫌な顔ひとつせずミアには慈しむような優しい瞳を向けていた。
「そんな我々の歴史認識を正してくれた調査隊の者達に、この場を借りて感謝の念を伝えたい。多くの国民が彼等の存在すら知らないでしょう。しかしその功績は、我等の新たな道標となるのです」
バルコニーに出ると、女王から前へ出るようにと身振りで促され、控えめにその隣に並び立つ。
そこから見える景色は圧巻であった。眼下には、溢れんばかりの人。
その全ての視線が一カ所に集中しているのだ。ミアじゃなくとも気圧されて当然である。
「まずは、人族である九条とその従魔達。同じくミア。そしてエルフ族のケシュア。種族の垣根を超え、我等獣人族に尽力してくれた彼等に最大級の賛辞をッ!」
巻き起こる大歓声が、まるで衝撃波のように俺達に打ちつける。それは闘技場で聞いたものの比ではない。
素直に歓迎されているのか、それとも女王の力なのかはわからないが、ひとまずはホッとしたというのが正直な感想である。
恐らくはミアも同じ気持ちだろう。見合わせた顔は、素直に嬉しそうだった。
聴衆の期待に応えるかのように手を振る。
俺とケシュアは控えめに。ミアは子供らしく大きな弧を描くように生き生きと――。
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
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